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Operation PERSIMMON  作者: lemonia
SARUKANI

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第四章 SARUKANI 第三話 道具

 午前二時を過ぎたころ、栗が負けた。


「寝る」


 そう言って、ガレージの隅にあった椅子を三つ並べた。


「そこで?」


 剛が訊いた。


「横になれればどこでもいい」


「ホテル取るか?」


「今から移動するほうが面倒だ」


 ジャケットを丸めて頭の下へ置く。


 蜂が言った。


「それ、牛の作業着」


 栗が頭を上げた。


 ジャケットだと思っていたものを見る。


 紺色のつなぎだった。


「……借りるぞ」


「洗濯して返せ」


「起きてたのかよ」


 牛はノートPCから顔も上げなかった。


 十分後、栗は寝ていた。


 さらに十分後、鼾をかき始めた。


「ホテルでも同じだったな」


 剛が言った。


「だから一人部屋にしたの」


 蜂が答えた。


「知ってたのか」


「昔から」


 牛がパイプを置いた。


「ようあれで生き残れたの」


「寝るときだけ無防備なんだろ」


「十分じゃろ」


 栗の鼾が止まった。


「聞こえてるぞ」


「寝とらんのか」


「寝てる」


「器用じゃの」


 また鼾が始まった。


     *


 資料を追うほど、PERSIMMONは奇妙になった。


 単純な改竄ではなかった。


 削除された記録がある。


 追加された記録がある。


 時刻だけが変わったものがある。


 担当者だけが入れ替わったものもある。


 だが、牛が気にしていたのは変更された箇所だけではなかった。


「ここ」


 画面を指した。


「変わっとらん」


 剛が見る。


「だから?」


「こいつは不正の記録じゃ」


「本物の?」


「少なくとも古いほうにもある」


 輸送会社。


 契約番号。


 積荷。


 受取人。


 現行版でもほぼ同じだった。


 別の記録。


 武器の数量が合わない。


 それも旧資料の時点から存在する。


「こっちもじゃ」


 牛が言った。


「直してない」


 蜂が画面を覗く。


「残した?」


「かもしれん」


「何のために」


「分からん」


 剛が笑った。


「便利だな、その言葉」


「事実が増えりゃ減る」


 牛は気にしなかった。


 別のファイルを開いた。


「ほいじゃが、見えてきたこたぁある」


「何?」


「新しいほうは、不正を消しとらん」


 栗の鼾が止まった。


「それ、さっきも言ってたな」


 目は閉じたままだった。


「寝ろ」


「寝てる」


 牛は続けた。


「むしろ残しとる。横流しも、金も、無許可の輸送も」


「で、それを親父に集めた」


「そう見える」


 牛は処分者一覧を開いた。


「ほいで、こんならぁは実際に切られた」


 数人の名前。


 事件後に解雇された者。


 契約を解除された者。


 司法当局へ引き渡された者。


「会社からすれば」


 蜂が言った。


「不正を摘発したことになる」


「そうじゃ」


「誠を中心にした不正を」


「公式にはの」


 剛は画面を見た。


「都合がいいな」


「誰に?」


 牛が訊いた。


 剛は答えかけた。


 止まった。


「……会社」


「それだけか」


 牛は処分者一覧を閉じた。


「昨日言うたじゃろ。切られた奴だけ見るな」


「残った奴も見る」


「そうじゃ」


 別の一覧を開く。


 三年前の役職。


 現在の役職。


 退職。


 異動。


 昇進。


 死亡。


 牛は名前を一つずつ追った。


「まだ早い」


 言った。


「何が」


「話を作るのが」


 剛は何も言わなかった。


 牛は画面を閉じた。


「証拠が先じゃ」


     *


 午前三時を過ぎた。


 蜂もソファへ移った。


「一時間寝る」


「起こす?」


「起きる」


「何時に」


「一時間後」


「だから起こす?」


「起きる」


「分かった」


 蜂は横になった。


 三分ほどで呼吸が一定になった。


 剛と牛だけが残った。


 ガレージは静かになった。


 栗の鼾以外は。


 牛が立ち上がった。


「ほい」


「何」


「腕」


「今かよ」


「今じゃ」


「資料は?」


「頭が煮えてしもぉた」


「俺の腕で休憩するな」


「ええけぇ来い」


 作業台の一角を空けた。


 牛は手を洗った。


 今度はアンダーリムの老眼鏡ではなく、保護眼鏡を掛けた。


「外せるか」


「当たり前だろ」


 剛は上着を脱いだ。


 義手を外す。


 左上腕の断端が現れた。


 牛の顔から、いつもの軽口が消えた。


 断端には手術痕が残っていた。


 三年経っている。


 それでも、そこに本来あったものが戻ることはない。


「いらうぞ」


「ああ」


 牛は初めて触れた。


 皮膚。


 筋肉。


 ソケットが当たる位置。


 肩を動かさせる。


「上」


 剛が上げる。


「前」


 出す。


「後ろ」


 引く。


「痛いか」


「いや」


「ここ」


「平気」


 牛は義手を取った。


 ソケットを見る。


 人工肘。


 前腕部。


 ハンドユニット。


「悪くない」


「褒めてやるよ、作った奴に」


「誰じゃ」


「知らない。会社が手配した」


「GHSC?」


「ああ」


 牛は鼻を鳴らした。


「最後まで面倒は見たんじゃの」


「腕一本分だけな」


 牛は答えなかった。


 五本の指を動かさせた。


 開く。


 閉じる。


 ペットボトルを持たせる。


 工具を持たせる。


「落とすこたぁあるんか?」


「ある」


「どがぁなときじゃ?」


「油断したとき」


「そりゃぁ右でも落とそうが」


「じゃあ問題ないな」


「そがぁな話じゃないわ」


 牛はドライバーを持たせた。


 剛が握る。


「回してみい」


 回す。


 遅い。


 牛が取り上げた。


「銃は?」


「撃てる」


「左は」


「支えるだけ」


「どう支える」


 剛は義手を付け直した。


 棚に立て掛けてあった金属パイプを取る。


 右手を銃把に見立てる。


 左の義手で前方を支える。


「こんな感じ」


 牛が横から見る。


「握っとらんの」


「握らせることもある」


「必要か?」


「何が」


「握ること」


 剛は牛を見た。


「銃だからな」


「銃を握るんは右じゃろ」


「左もだ」


「なんで」


「落とすから」


「落ちんようにすりゃええ」


「だから握るんだろ」


 牛は首を振った。


「人間の手ならの」


 義手を指した。


「これは人間の手じゃない」


 剛の顔が少し硬くなった。


 牛は気にしなかった。


「悪い意味で言うとらん」


 作業台からバイスプライヤーを取った。


「これに五本指つけるか?」


「つけない」


「なんで」


「要らないから」


「そういうことじゃ」


 牛はプライヤーを置いた。


「何でも一本でやろうとするから無理が出るんじゃ」


「手は一本だぞ」


「先っぽは替えられようが」


 剛は義手を見た。


「……付け替える?」


「そうじゃ」


 牛は紙を取った。


 鉛筆で簡単な図を描く。


 上腕ソケット。


 人工肘。


 前腕。


 その先。


「ここまでは今のでええ」


 手首部分に線を引く。


「問題はこっちじゃ」


「手?」


「先っぽ」


「同じだろ」


「違う」


 牛は五本指を描いた。


「普段はこれ」


 次に単純な受け具を描く。


「銃ならこれ」


「何だそれ」


「まだ何でもなぁ」


「絵が下手だな」


「黙っとれや」


 もう一つ。


 工具を固定するホルダー。


「工具じゃったら、こういうのでええ」


「手じゃないな」


「じゃけぇ、手にする必要がない言うとろうが」


 牛は鉛筆を置いた。


「あんたぁ左手がのぉなった」


 剛は黙って聞いた。


「じゃが、左側までないなったわけじゃあない」


 牛は剛の肩を指した。


「肩は動く」


 上腕を指す。


「ここも残っとる」


 人工肘。


「肘は機械で作れる」


 その先。


「なら、最後まで人間の真似せんでもええ」


 剛は紙を見た。


「便利になるのか」


「作ってみんと分からん」


「またそれか」


「便利じゃろ」


 牛は笑った。


     *


 夜が明け始めた。


 蜂は本当に一時間で起きた。


 栗は起こされても起きなかった。


 牛が椅子を蹴った。


「朝じゃ」


「あと五分」


「外で寝え」


「なんでだよ」


「鼾がうるさい」


「お前の家だろ」


「じゃけぇじゃ」


 栗は片目を開けた。


「理屈がおかしい」


「起きたなら働け」


「最悪だな」


 蜂がコーヒーを淹れていた。


 剛は牛が描いた義手の図を見ていた。


「何それ」


 蜂が訊いた。


「新しい手」


「手じゃない」


 牛が訂正した。


「道具じゃ」


 蜂は紙を見た。


「銃?」


「銃用」


「こっちは?」


「工具」


「これは?」


「まだ決めとらん」


 栗が覗いた。


「武器つけろよ」


「嫌じゃ」


「刃物」


「嫌じゃ」


「銃」


「銃は別にある」


「火炎放射器」


「あんたが背負えぃや」


 栗が剛を見る。


「夢がないな、こいつ」


「俺に言うな」


 牛が紙を取り返した。


「義手は玩具じゃないんじゃけぇ」


「知ってる」


「なら黙っとれぃや」


 栗はコーヒーを取った。


「はいはい」


 牛が資料へ戻る。


 画面を開いた。


「昨日の続きじゃ」


     *


 午前中。


 四人で記録を追った。


 旧PERSIMMONに残された断片。


 現行PERSIMMON。


 作戦報告。


 車両記録。


 装備記録。


 人員配置。


 ひとつずつ照合する。


 そして、一つの作戦で止まった。


 四年前。


 黒海沿岸から内陸へ入った地域。


 GHSCの現地施設から、山間部の集落へ向けて行われた作戦だった。


 作戦番号。


 日付。


 参加者。


 車両。


 装備。


 旧資料と現行版で、大筋は一致している。


「珍しいな」


 栗が言った。


「ほとんど同じじゃないか」


「いや」


 牛が言った。


 一か所を指した。


「ここじゃ」


 撤収時刻。


 旧資料。


 二二時四十分。


 現行版。


 二一時五十五分。


「四十五分」


 剛が言った。


「それだけ?」


「それだけじゃなぁぞ」


 牛は車両記録を出した。


 三台。


 一台目。


 二台目。


 三台目。


「現行版じゃ、全車両が二一時五十五分までに現場を離れたことになっとる」


「旧版は?」


「三台目だけ二二時四十分」


「誰が乗ってた」


 牛が参加者一覧を見る。


 誠。


 猿田。


 数名の契約要員。


 そして。


「臼」


 栗が言った。


 蜂も画面を見る。


「私たちは?」


「おらん」


「俺もいない」


 栗が言った。


「わしもじゃ」


 牛が答えた。


 剛は当然いなかった。


「何の作戦?」


「現地協力者の回収」


 牛が答えた。


「現行版じゃ、回収対象は不正取引の仲介人になっとる」


「古いほうは?」


「そこが欠けとる」


 資料の一部がなかった。


 誰を回収したのか。


 なぜ回収したのか。


 その部分だけが残っていない。


「四十五分で何が変わる」


 剛が訊いた。


「整理するぞ」


 牛が言った。


 机の上の紙を払い、三枚だけを残した。


「古い記録じゃ、三台目は二二時四十分まで現場におった」


「ああ」


「その車に隊長がおった可能性がある」


「可能性?」


「乗員記録が欠けとる。じゃが参加者は残っとる」


 牛は現行版を指した。


「こっちじゃ、三台とも二一時五十五分に現場を出たことになっとる」


「それで?」


「このあとじゃ」


 別の報告書を出した。


 二二時十分。


 現場から離れた別の場所。


 そこで誠が、ある人物へ指示を出したことになっている。


「現場からそこまで?」


 剛が訊いた。


「車で一時間弱」


「じゃあ旧資料だと無理だ」


「そうじゃ。二二時四十分まで現場におったなら、二二時十分に別の場所にはおれん」


 栗が身を起こした。


「現行版なら?」


「二一時五十五分に出れば間に合う」


 蜂が現行版を見る。


「だから撤収を四十五分早めた」


「そう読める」


「隊長を、その場所に置くために」


「そうじゃ」


 牛は紙を並べ直した。


「時刻を四十五分変えただけに見える」


 一本目を指した。


「じゃが、その四十五分で隊長を移動させる」


 二本目。


「移動した隊長が、この場所におったことにする」


 三本目。


「そこで、不正な指示を出したことにする」


 剛は三枚を見た。


 ようやく形が見えた。


「……一個ずつは小さい」


「そうじゃ」


「でも繋げると、親父がやったことになる」


「そういうことじゃ」


 栗が腕を組んだ。


「車の時刻を変える」


「うん」


 蜂が続けた。


「人員の位置を変える」


「うん」


「担当を変える」


「そうじゃ」


「そうすると、本当にあった不正に隊長が関わっていたことにできる」


 牛は頷いた。


「いま見えとる範囲じゃ、それが基本形じゃ」


 剛が言った。


「つまり、全部を捏造する必要はない」


「ない」


「本物の事件を使えばいい」


「そうじゃ」


「本物の車。本物の人間。本物の金。本物の武器」


「ほんで」


 牛が言った。


「そこを繋ぐ線だけ変える」


 蜂が静かに言った。


「意味を変える」


 牛が蜂を見る。


「そういうことじゃ」


 少し前に聞いた言葉だった。


 だが今度は、剛にも具体的に見えた。


 事実を消す必要はない。


 並べ替えればいい。


 人間を別の場所へ置く。


 時刻を少し動かす。


 誰の指示だったかを変える。


 それだけで、同じ事件が別の事件になる。


「でも」


 栗が言った。


「この三台目に隊長が乗ってたかどうかが分からない」


「そうじゃ」


「そこが分からないと、この四十五分が何のためかも確定しない」


「そういうことじゃ」


 蜂が参加者一覧を見る。


「猿田もいた」


「ああ」


「なら猿田は知ってる」


「聞きに行くか?」


 栗が言った。


「まだ早い」


 牛が即答した。


「じゃあ誰に聞く」


 誰も答えなかった。


 数秒。


 栗が画面を指した。


「いるだろ」


 牛も見た。


 蜂も見た。


 剛が名前を読む。


「臼」


     *


 電話番号は残っていた。


 三年前のものだった。


「使えると思う?」


 蜂が訊いた。


「掛ければ分かる」


 栗が携帯電話を出した。


「今?」


「今」


 剛が笑った。


「牛と同じこと言ってる」


「一緒にするな」


「そがぁなこたぁない」


 牛が言った。


「お前まで言うな」


 栗は番号を押した。


 呼び出し音。


 一回。


 二回。


 三回。


 四回。


 切れる寸前。


 繋がった。


「臼」


 栗が言った。


 少し間があった。


『何だ』


 低い声だった。


「生きてるか」


『生きてる』


「どこにいる」


『何の用だ』


 栗は一度、蜂を見た。


 牛を見る。


 最後に剛を見た。


「SARUKANI」


 電話の向こうが静かになった。


 数秒。


『場所を送れ』


 それだけだった。


 通話が切れた。


 栗は携帯電話を見た。


「相変わらずだな」


 蜂が言った。


「来るの?」


「ああ」


「いつ?」


「聞いてない」


 牛が鼻を鳴らした。


「相変わらずじゃの」


 剛は参加者一覧に残った名前を見た。


 MORTAR。


 三年前に散った一人が、また戻ってくる。


 牛は画面を閉じた。


「寝るぞ」


「今?」


 剛が訊いた。


「今じゃ」


「臼が来るかもしれないだろ」


「来たら起きる」


「いつ来るか分からないぞ」


「じゃけぇ寝るんじゃろうが」


 牛はガレージの照明を一つ消した。


 栗が言った。


「ホテル行こうぜ」


「今さら?」


「ベッドで寝たい」


 蜂はもう鞄を持っていた。


「賛成」


 三人がガレージを出ていく。


 剛も続いた。


「牛」


「何じゃ」


「腕」


「起きてからじゃ」


「今じゃないのか」


 牛は照明を消した。


「今は寝る時間じゃ」


 暗闇から声だけがした。


「道具にも休みは要ろうが」

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