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Operation PERSIMMON  作者: lemonia
SARUKANI

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第四章 SARUKANI 第二話 牛の糞

「生きとったんか」


 牛が言った。


「ああ」


「ほんまに?」


「見れば分かるだろ」


「いや、そうとも限らんじゃろ」


 栗が横で笑った。


「俺も同じこと言った」


「じゃろうが」


「お前ら仲いいな」


「よくない」「そがぁなこたぁない」


 二人が同時に言った。


 蜂が笑った。


 ほんの少しだった。


 牛がそれを見る。


「蜂も変わらんの」


「あなたは老けた」


「会うていきなりそれか」


「白くなった」


「髪はある」


「そこは訊いてない」


「大事なところじゃ」


 牛は作業台の上に工具を置いた。


 手袋を外す。


 もう一度、剛を見る。


 今度は顔ではなかった。


 左腕だった。


「それ」


「何だ」


「いつからじゃ」


「三年前」


「見りゃ分かるわ。何があった」


 剛は答えなかった。


 牛の顔から笑いが消えた。


「……あの日か」


「ああ」


「弾?」


「ああ」


「誰の」


 剛は牛を見た。


「猿田」


 牛は動かなかった。


 工場の奥から、インパクトレンチの短い打撃音が何度か続いた。


「隊長を撃った弾か」


「ああ」


「同じ弾?」


「親父を抜けて、俺に入った」


 牛は剛の左上腕を見た。


 作業服の胸ポケットからアンダーリムの老眼鏡を出した。


「ちょっと見せえ」


「何を」


「腕」


「今?」


「今」


「話の流れってものがあるだろ」


「腕にも流れがあるんじゃ」


「何の」


「構造の」


 栗が言った。


「諦めろ。もう技術屋になってる」


 牛は剛の返事を待たず、義手を覗き込んだ。


 上腕部のソケット。人工肘。前腕部。

 五本の指を持つハンドユニット。


 触りはしなかった。


「切断位置は?」


「上腕の途中」


「肘は残っとらんか」


「ない」


「断端は?」


「問題ない」


「痛み」


「たまに」


「幻肢痛か」


「そっちはほとんどない」


 牛は鼻を鳴らした。


「あとでちゃんと見せえ」


「なんでだよ」


「気になる」


「医者じゃないだろ」


「医者は治す。わしは直す」


「俺を機械扱いするな」


「かばちを垂れなや、機械のほうじゃ」


 牛は義手を指した。


「そっちなら文句ないじゃろ」


 剛は左手を見た。


「……まあな」


     *


 仕事を切り上げた牛は、三人を自宅へ連れていった。


 ヘンク中心部から北へ少し外れた住宅地だった。


 牛の車は黒いボルボXC70だった。


 年式は古い。

 濃い灰色の樹脂製クラッディングには細かな傷があり、後部には牽引用のヒッチメンバーが付いていた。


「まだこれ乗ってんのか」


 栗が言った。


「壊れんからの」


「買い替えろよ」


「壊れてから言え」


 銀色のフォルクスワーゲン・パサート・ヴァリアントで、その後を追った。


 牛の家は二階建ての小さな家だった。


 庭より、横のガレージのほうが目立った。


 シャッターを開けると、理由が分かった。


 旋盤。ボール盤。溶接機。工具箱。測定器。


 棚いっぱいの部品。


 壁には電線とホースが掛かっている。


 奥には分解された小型ディーゼルエンジンまであった。


「家か、ここ」


 剛が言った。


「家じゃ」


「工場だろ」


「工場はさっきのところじゃ」


「じゃあこれは」


「ガレージ」


「アメリカ人って便利な言葉持ってるな」


 牛は答えなかった。


 作業台の上に積んであった物を端へ寄せた。


「で」


 言った。


「三年ぶりにわしの顔見に来たわけじゃなかろう」


「違う」


「知っとる」


 剛が鞄を置いた。


「PERSIMMON」


 牛の手が止まった。


「……何?」


「知ってるか」


「名前は」


 栗と蜂が顔を見合わせた。


「お前もか」


 栗が言った。


「隊長がやっとった何かじゃろ」


「中身は?」


「知らん」


 牛は椅子を引いた。


「で?」


 剛は話した。


 三年前。


 猿田が誠を撃ったこと。


 公式には正当防衛とされたこと。


 誠がGHSC内部で不正を働いていたとされたこと。


 自分がそれを否定したこと。


 だが、証拠を何一つ持っていなかったこと。


 十六歳の息子が父親を信じて訴えている。


 周囲には、それ以上のものには見えなかったこと。


 そして三年後。


 誠を知っていた男と、ヘラート州南東部を南へ下る途中のガソリンスタンドで出会ったこと。


 その男の手元に、PERSIMMONと記された資料が残っていたこと。


 牛は途中で一度も口を挟まなかった。


 最後まで聞いた。


「猿田は親父に撃たれてない」


 剛は言った。


「親父は銃を向けてもいない」


 牛は黙っていた。


「俺は見た」


「そうか」


「信じるか」


 牛は少し考えた。


「資料見せえ」


 剛は牛を見た。


「そこ?」


「そこじゃ」


「猿田が親父を」


「聞いた」


「俺が見たって」


「それも聞いた」


「じゃあ」


「お前の記憶と資料は別じゃ」


 牛は手を出した。


「資料」


 栗が笑った。


「こういう奴だったな」


「何がじゃ」


「何も変わってない」


「お前に言われとうない」


 剛は鞄から複写した資料を出した。


 牛の顔が変わった。


     *


 最初の三十分、牛はほとんど喋らなかった。


 紙を読む。


 ノートPCへ画像を移す。


 また紙を見る。


 数字を書く。


 別の記録を見る。


 棚から電卓を取った。


「PCあるだろ」


 剛が言った。


「黙っとれ」


「はい」


 さらに二十分。


 牛が一枚の紙を置いた。


「古いな」


「三年前だからな」


「そういう意味じゃない」


 別の記録を見る。


 ファイルの日付を確認する。


 紙の管理番号を見る。


「これ、どこにあった言うた?」


「その男のところ」


「会社から持ち出したんか」


「分からない」


「隊長が渡した?」


「それも分からない」


 牛は紙を光に透かした。


「少なくとも、事件のあとに会社が出した資料とは違う」


 剛が顔を上げた。


「分かるのか」


「公式の調査結果は見たことがある」


「覚えてる?」


「全部は覚えとらん」


 牛は資料へ目を戻した。


「じゃが、こんな並びじゃあなかった」


 栗が訊いた。


「どう違う」


「分からん」


「またか」


「じゃけぇ、比べるんじゃろうが」


 牛はノートPCを引き寄せた。


「今のPERSIMMONが要る」


「取れるの?」


 蜂が訊いた。


「たぶんの」


「会社に?」


「わしが辞めたんは三年前じゃ。知っとる奴くらいまだおる」


「機密じゃないのか」


「事件そのものは処分済みじゃ。公式の調査資料も社内じゃかなり出回っとった。三年前の案件を見たい言うだけで、いちいち理由なんぞ聞かん」


 牛は携帯電話を取った。


「少し待っとれ」


     *


 現行のPERSIMMONは、その日のうちに手に入った。


 拍子抜けするほど簡単だった。


 牛が昔の同僚へ連絡した。


 古い案件を調べている。


 当時の監査資料が残っていたら送ってくれ。


 それだけだった。


 相手も深くは訊かなかった。


 事件から三年が経っていた。


 GHSC内部ではすでに処理の終わった案件だった。


 送られてきたファイルを、牛は別のフォルダへ保存した。


「これが会社に残っとるPERSIMMON」


 剛が男のもとで複写した資料を指す。


「で、こっちが?」


「会社の外に残っとったPERSIMMONじゃ」


 二つが並んだ。


 同じ名前だった。


 中身も似ていた。


 同じ作戦番号。同じ車両。

 同じ人間。同じ場所。同じ死者。


 だが、同じではなかった。


「まず車から見るぞ」


 牛が言った。


 古い資料を開く。


 ランドローバー・ディフェンダー110。

 白。


 車両番号GH-317。


「こっちじゃ、この日にここを出とる」


 次に会社側の資料。


「こっちじゃ二時間遅い」


「どっちが正しい?」


「まだ分からん」


「何で変わってる」


「それを調べるんじゃ」


 整備記録。


 旧資料では、GH-317は翌朝に整備施設へ入っている。


 現行版では前日の夜だった。


「これで何が変わる?」


 剛が訊いた。


「この時間に、こいつが走れたか走れんかったかが変わる」


 次。


 輸送記録。燃料。


 装備。爆薬。現場写真。人員配置。


 三人も手伝った。


 栗は作戦を覚えていた。


 蜂は人間を覚えていた。


 剛は二つの資料の違いを拾った。


 牛は、その違いが何を意味するのかを追った。


 一時間。


 二時間。


 ガレージの外が暗くなった。


 栗が煙草を出した。


 牛が顔を上げた。


「外で吸え」


「お前も吸うだろ」


「紙巻きは臭いんじゃ」


「煙草は煙草だろ」


「一緒にすな」


 牛は棚からアークロイヤル・フルアロマのパウチを取った。


 刻み葉を指でほぐし、使い込んだコモイのフルベントへ詰める。


 栗が呆れた顔で見る。


「それはいいのか」


「これはええ」


「何が違う」


「紙の燃える臭いがせん」


「煙は出るだろ」


「かばち垂れな。お前のは外じゃ」


 栗は煙草を見た。


 外を見た。


 戻した。


「あとで吸う」


「賢明じゃ」


 牛はパイプに火を入れた。


 甘い香りが薄く広がった。


 また資料を見る。


「これ」


 牛が言った。


 爆薬使用記録だった。


「古いほうと新しいほうで量が違う」


「どっちが現場に合う?」


「写真を見る限り、古いほうじゃ」


 次。


「この発電機」


 装備番号を指す。


「古いほうじゃ、この日は修理中」


「新しいほうは?」


「現場で使ったことになっとる」


「なんで」


「待て」


 さらに次。


 輸送車両の出発時刻。到着時刻。


 積載物。担当者。


 変更は小さかった。


 十分。二十分。


 車一台。装備一個。爆薬数キロ。


 担当者一人。


 だが、それらを並べると、一つの方向へ動いていた。


「なあ」


 剛が言った。


「何が見えてる」


「まだ分からん」


「さっきからそればっかりだな」


「分からんものを分かった言う奴よりマシじゃ」


 牛はパイプを咥えたまま、二つの資料を見比べた。


 旧資料。現行資料。


 同じ事件。同じ事実。


 違う配置。


 牛が壁へ紙を貼り始めた。


 一本の線を引く。


 車両記録と作戦報告。


 もう一本。


 爆薬使用記録と現場写真。


 もう一本。


 整備記録と輸送記録。


 さらに、人員配置。


 線が増えていった。


 蜂が立ち上がった。


「これ」


 現行版の一行を指した。


「誠の名前が増えてる」


 旧資料を見る。


 そこには別の担当者名があった。


 栗が別の記録を取った。


「こっちもだ」


 牛は二枚を並べた。


 しばらく見た。


 次の資料。


 また次。


 誠の名前だけではなかった。


 誠の指示。誠の承認。誠の管理下。


 古い資料では別々の人間、別々の部署、別々の経路に散っていたものが、現行版では少しずつ蟹澤誠へ集まっていた。


 だが、すべてではなかった。


 古い資料で不自然な動きをしていた人間の何人かは、現行版でも名前が残っている。


 事件後に処分された者もいた。


 辞職した者もいた。


 蜂が一人の名前を指した。


「この人、本当に処分されてる」


「ああ」


 栗が別の記録を見る。


「こいつもだ。隊長の件とは別に、横流しで引っかかってる」


 剛が訊いた。


「じゃあ、そいつらの不正は本物なのか」


 牛は答えなかった。


 古い資料と現行版を往復する。


「少なくとも、何もなかった奴に罪を着せただけには見えん」


「どういうこと?」


「腐っとったところは、ほんまに腐っとった」


 牛はパイプを灰皿の縁へ軽く当てた。


「じゃが」


 現行版を指した。


「腐っとった理由まで、隊長に集めとる」


 剛は黙った。


 牛は三年前の調査報告を開いた。


「これが正しいことにしたいんじゃ」


「何?」


 剛が訊いた。


 蟹澤誠による不正行為。


 違法取引。


 資産の私物化。


 無許可作戦。


「これに合わせると、新しいほうの変更が全部意味を持つ」


 蜂が紙を見る。


「どういう意味?」


「車がおらんと困るところに車を置く。使えん装備を使ったことにする。爆薬の量を変える。時間をずらす。担当者を変える」


 牛の指が最後に止まった。


 蟹澤誠。


「ここへ持ってくるために」


 栗が処分者の一覧を見た。


「でも、こいつらは切られてる」


「そうじゃ」


「だったら会社は、不正そのものを隠したかったわけじゃない?」


 牛は少し考えた。


「少なくとも、全部を隠したかったようには見えんの」


 蜂が訊いた。


「じゃあ、何を隠したかったの?」


「それはまだ分からん」


 牛は処分者の一覧を閉じた。


「誰を切ったかだけ見ても分からん」


 剛を見る。


「誰を残したかも見んとな」


 剛はその言葉を聞いた。


 だが、まだ意味は分からなかった。


「誰かが書き換えた」


「書き換えただけじゃない」


 牛は首を振った。


 旧資料を一枚。


 現行版を一枚。


 並べた。


「元になった作戦は本物じゃ」


 次の二枚。


「車も本物」


 次。


「人間も、死んだ奴も、使った装備も、大筋は本物」


「じゃあ何を変えた」


「意味じゃ」


 牛は現行版を指で叩いた。


「これ、間違えたんじゃない」


 剛は牛を見た。


「じゃあ何だ」


「合わせたんじゃ」


 誰も喋らなかった。


 ガレージの時計だけが動いていた。


 牛は旧資料を左へ置いた。


 現行版を右へ置いた。


「最初に事実がある」


 左を指した。


「あとから話を作った」


 右を指した。


「ほんで、事実のほうを話に合うよう並べ直した」


 蜂が言った。


「誠が不正をしていたように」


「そう見える」


「見える?」


「まだ断定はせん」


 剛が言った。


「猿田だ」


「決めるな」


 牛の声は低かった。


「でも」


「お前が見たことと、これをやった奴が誰かは別じゃ」


 剛は黙った。


「順番を間違えんな」


 牛は資料を見た。


「まず、何を変えた」


 一枚取った。


「次に、何のために変えた」


 もう一枚。


「そのあとで、誰が変えた」


 牛は老眼鏡を外した。


「猿田がそこにおるんなら、最後に出てくる」


 剛は何も言わなかった。


「出てこんかったら」


 少し間を置いた。


「そんときは、お前が間違ぅとる」


 剛は牛を見た。


「分かった」


「よし」


 牛は老眼鏡を掛け直した。


「最初からやるぞ」


 蜂が椅子を引いた。


 栗も座り直した。


 剛は資料を集めた。


 三年前。


 剛には、父親を信じることしかできなかった。


 いまは違った。


 信じるだけでは足りなかった。


 調べることができる。


 牛が最初の記録を開いた。


「まず車じゃ」


 夜は、まだ長かった。

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