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Operation PERSIMMON  作者: lemonia
SARUKANI

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第四章 SARUKANI 第一話 三人

 アントワープを出たのは、日が傾き始めてからだった。


 事情聴取と現場確認に、半日近く取られた。


 三人が使った銃は、すべて現場に残した。


 ようやく解放されたころには、スヘルデ川の向こうの空が赤くなっていた。


 三人は栗の荷物を回収し、駐車場へ向かった。


 銀色のフォルクスワーゲン・パサート・ヴァリアントが停まっていた。

 

 蜂と剛がドイツで借り、国境を越えてここまで乗ってきた車だった。


 運転は蜂だった。


 栗が助手席に座った。

 

 剛は後ろだった。


 アントワープ港の外縁部を抜ける。


 倉庫。コンテナ。タンク。トレーラー。


 遠くには、巨大なガントリークレーンが夕空に黒い骨組みを並べていた。


 パサートは港湾地区を離れ、アントワープ環状道路R1へ入った。


 夕方の交通量は多かった。


 蜂は何度か車線を変え、東へ向かうE313へ乗った。


「で」


 栗が言った。


「全部聞こうか」


 剛は後席で窓の外を見ていた。


「長いぞ」


「移動中に聞くって言っただろ」


「どこまで話したっけ」


「お前が生きてたところまで」


「ほとんど最初じゃねえか」


「だから長いんだろ」


 蜂が前車を追い越した。


「最初から話したほうがいいわ」


「また?」


「栗には断片しか話してない」


 栗が振り返った。


「俺が撃たれてる間に何を話したんだ」


「あなたの悪口」


「そうか」


 それ以上は聞かなかった。


 剛は話した。


 三年前。


 コンクリート造りの小さな建物。


 父親と猿田。


 PERSIMMON。


 猿田が撃った。


 父親の身体を抜けた七・六二ミリ弾が、そのまま剛の左上腕へ入った。


 骨を砕き、血管と筋肉を壊した。


 誠は倒れた。


 剛も倒れた。


 腕そのものは残っていた。


 残せなかったのは、その後だった。


 目を覚ましたときには、話がすべて出来上がっていた。


 蟹澤誠はGHSC内部で不正に関与していた。


 違法な取引に手を染め、会社の資産と作戦を私物化していた。


 それを調査していた猿田伸吾が誠と対峙した。


 誠は武器を向けた。


 猿田は自分の身を守るために撃った。


 それが会社の結論だった。


「猿田が隊長を撃ったこと自体は、隠してない」


 栗が言った。


「ああ」


「そこは俺も聞いた。正当防衛だったってな」


「違う」


 栗が黙った。


「親父は猿田を襲ってない」


 剛は言った。


「逆だ」


 蜂は前を見たままだった。


「俺は目の前で見た」


 栗はしばらく何も言わなかった。


 タイヤが舗装の継ぎ目を踏んだ。


 小さな振動が後席まで伝わった。


「お前は、それを会社に言ったんだな」


「言った」


「何て?」


「その点については猿田氏も認めている、って」


 栗が眉を寄せた。


「上手いな」


「ああ」


 猿田は、撃っていないとは言わなかった。


 撃った。


 そこは事実だった。


 違うのは、なぜ撃ったのかだった。


「俺が何を言っても、証拠がなかった」


「十六だったからな」


「ああ。親父はそんなことしてないって、それしか言えなかった」


 事実を話しているつもりだった。


 だが、聞く側には、父親を信じたい息子の感情にしか見えなかった。


「PERSIMMONが何かも知らなかった」


 栗が振り返った。


「本当に?」


「ああ」


「隊長から何も?」


「何も」


 剛は少し考えた。


「名前を聞いたとき、柿だと思った」


 栗が鼻から息を出した。


「まあ、柿だからな」


「お前は知ってたのか」


「名前だけ」


 剛が顔を上げた。


 蜂も一瞬だけ栗を見た。


「覚えてるの?」


「何度か聞いた」


「誰から」


「隊長」


 栗は前へ向き直った。


「何年も前からだ。隊長がその名前で何かやってた。たまに書類持って消えたり、誰かと会ったりしてた」


「中身は?」


「知らん」


「聞かなかったのか」


「俺はショットガン屋だぞ」


「理由になってないだろ」


「なる。隊長が俺に言わないことは、俺が知らなくていいことだ」


 それは栗なりの信頼だったのだろう。


 剛はそれ以上言わなかった。


「猿田は?」


 蜂が訊いた。


 栗は少し考えた。


「副長だ。俺よりは知ってただろうな」


 車内が静かになった。


 その言葉だけが残った。


 猿田は知っていた。


 どこまでかは分からない。


 だが、少なくとも栗よりは。


 そして三年前、誠を撃った。


     *


 その夜、三人はハッセルトに入った。


 アントワープからE313を東へ一時間ほど。


 リンブルフ州の州都だった。


 翌朝にさらに東へ動くことを考えれば、都合がよかった。


 中心部から少し外れたホテルに部屋を二つ取った。


 蜂が一人。


 剛と栗が一部屋。


「なんでだ」


 栗が言った。


「何が」


「俺とお前が同じ部屋」


「嫌なのか」


「お前、いびきかく?」


「知らん」


「最悪だな」


「お前は?」


「俺はかかない」


「自分じゃ分からないだろ」


「じゃあ二人とも分からないな」


 それで話は終わった。


 蜂の部屋へ集まった。


 小さなテーブルでは足りなかった。


 ベッドの上まで使って、PERSIMMONの資料を広げた。


 剛が持ち出してきた断片だった。


 紙。複製したデータ。古い記録。


 車両番号。作戦番号。


 人名。地名。日時。


 誠が残したものなのか。


 誰かが複製したものなのか。


 それすら判然としないものもある。


 栗はしばらく黙って読んでいた。


「これが、その男のところに?」


「ああ」


「隊長が預けた?」


「そこまでは分からない」


「本人には聞かなかったのか」


「聞いた。親父には世話になったって。それ以上は、ほとんど話さなかった」


「話せなかった?」


「話さなかった、だと思う」


 栗は紙を一枚持ち上げた。


「これは?」


「車両記録らしい」


「らしい?」


「俺に聞くな」


 栗は別の紙を取った。


「これは」


「整備記録」


「これは?」


 剛が覗き込んだ。


「……爆薬?」


 蜂が言った。


「使用記録ね」


「なんでこんなものが混じってる」


「分からないから持ってきた」


「潔いな」


「褒めてないだろ」


「褒めてない」


 三人で読み続けた。


 分かるものもあった。


 作戦報告なら読める。


 地図も読める。


 武器の記録も分かる。


 人員配置も分かる。


 だが、それらの間にあるものが分からなかった。


 栗が一枚の記録を指で叩いた。


「これ、おかしくないか」


 蜂が覗く。


「何が?」


「この日の作戦、車が二台しかないことになってる」


「三台だった?」


「たぶん」


「たぶんじゃ駄目ね」


「十年以上前だぞ」


 別の記録を蜂が取った。


「この時間も変」


「何が」


「移動が早すぎる気がする」


「距離は?」


「分からない」


 剛が地図を開いた。


 三人で見る。


「……行けなくはないんじゃないか」


「道路状況次第ね」


「じゃあ分からん」


 栗が紙を置いた。


 しばらくして、また別の紙を取る。


「これは爆薬か」


「さっきもあった」


「種類が違う」


「分かるのか」


「そのくらいはな」


「量は?」


「知らん」


 剛が栗を見る。


「ショットガン屋?」


「そういうことだ」


 また紙が置かれた。


 三人とも現場では役に立つ。


 撃てる。


 動ける。


 人間を追える。


 危険も読める。


 だが、机の上に並んだ数字は撃っても死ななかった。


 蜂が椅子の背にもたれた。


「何か変なのは分かる」


「ああ」


「でも説明できない」


 栗が言った。


「牛に見せろ」


 蜂がすぐ頷いた。


「私もそう思ってた」


 剛は二人を見た。


「じゃあ最初から言えよ」


「あなたが一生懸命読んでたから」


「見てたのか」


「ええ」


「止めろよ」


「勉強になるでしょう」


 栗が笑った。


「教育係みたいだな」


「昔からよ」


「そうだったか?」


「剛が八歳のころから」


「俺、そんなに世話された記憶ないぞ」


「だから上手かったの」


 剛は何も言わなかった。


     *


 牛は見つかった。


 驚くほど簡単に。


 栗が昔の連絡先を掘り起こし、蜂が現在の記録を辿った。


 ベルギーのヘンク。


 ハッセルトから東へ二十キロほど。


 かつて炭鉱で栄え、後には自動車産業を抱えた工業都市だった。


 牛は名前を変えていなかった。


 人目を避けてもいなかった。


 隠れる理由がなかった。


 三年前の事件のあとGHSCを離れ、いまはヘンクの工業地区にある会社で、特殊車両や建設機械、産業設備の保守をしていた。


「らしいな」


 栗が言った。


「牛らしい」


 蜂が言った。


「牛の糞だけどな」


 剛が言った。


「本人の前で言え」


「言うよ」


 翌日の午後。


 銀色のパサートはハッセルトを出て、N75を東へ走った。


 ヘンクへ近づくにつれて、景色が変わった。


 物流倉庫。工場。資材置場。大型トラック。


 市街地を抜け、さらに工業地帯へ入った。


 かつてフォードの巨大工場があった街だった。


 自動車工場そのものは消えても、その周囲に根を張った金属加工、物流、機械、保守の仕事までは消えていなかった。


「デトロイトから来て、結局ここか」


 剛が言った。


「何が?」


 蜂が訊いた。


「いや。牛らしいなと思って」


 栗が窓の外を見た。


「本人に言え」


「言うよ」


 パサートは、フェンスに囲まれた整備会社の敷地へ入った。


 屋外には黄色いリープヘルのホイールローダーが停まっていた。


 その隣には、キャブを持ち上げられた白いMANの大型トラック。


 奥には分解された油圧シリンダーがパレットに並んでいる。


 三人は車を降りた。


 油の匂いがした。


 鉄を削る音がした。


 建物の中へ入る。


 エアツールの乾いた音。


 溶接機の光。


 奥で誰かが工具を使っていた。


 作業服の男が一人、機械の陰から出てきた。


 髪には白いものが増えていた。


 側頭部は短く刈られ、長い髪を後ろでまとめている。


 口髭にも白いものが混じっていた。


 男は栗を見た。


 次に蜂を見た。


 そして剛を見た。


 止まった。


 視線が剛の顔から左腕へ落ちた。


 上腕部を包むソケット。


 そこから人工の肘、前腕、五指の手が続いている。


 また顔へ戻った。


「……剛か」


「ああ」


 男はしばらく剛を見ていた。


 それから言った。


「三年も経っとるんじゃぞ。少しは成長せえや」


 懐かしい訛りだった。


 牛の英語には、昔から癖の強いデトロイト訛りがあった。


「相変わらず訛ってるな」


 牛は鼻を鳴らした。


「お前に言われとうないわ」


 剛は笑った。


 三年ぶりだった。


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