第三章 蜂 第五話 栗
パサートは入口のゲートで止められた。
当然だった。
夜間。事前連絡なし。二人とも武器は持っていない。
蜂が警備員と話した。
栗の名前を出す。
通じない。
別の名前を出した。
警備員が無線を取った。
返事を待つ。
「いる?」
剛が訊いた。
「確認してる」
「いなかったら」
「明日また探す」
「いたら」
「会う」
「簡単だな」
「何をしに来たと思ってるの」
無線が返った。
警備員が蜂に何か言った。
「いた?」
「その名前の人間はいる」
「栗?」
「たぶん」
「またか」
「勤務中だから呼べないって」
「どこにいる」
「それは教えてくれない」
蜂は警備員とさらに話した。
ゲートが開いた。
「入れる?」
「管理棟で待てって」
二人は車を進めた。
*
デポは外から見るより広かった。
コンテナが何段にも積まれている。
その間を舗装路が走る。
倉庫は二棟。
大型車両の整備棟。
事務棟。
遠くには港の照明が滲んでいる。
管理棟の前まで来た。
雨粒がフロントガラスを流れ、照明が濡れた舗装へ滲んでいた。
白線が見えにくい。
蜂は一度止め、少し前へ出した。
切り返す。
もう一度。
剛が横を見る。
「苦手なのか」
「見えにくいの」
「そういうことにしとく」
「降りるわよ」
三度目で、パサートは枠の中央に収まった。
蜂と剛は中へ入った。
受付。
休憩室。
自動販売機。
壁には施設図。
「どこにいるんだろうな」
「待ってれば来るでしょう」
「何時まで」
「一時間くらい」
剛は椅子へ座った。
蜂も向かいへ座った。
「ここまで来て一時間待つのか」
「三年待ったでしょう」
「俺は待ってない」
「そうだったわね」
二十分ほど経った。
*
最初の音は遠かった。
乾いた音。
剛が顔を上げた。
蜂も同時だった。
もう一度。
続いた。
銃声。
管理棟の警備員が立ち上がった。
無線へ手を伸ばす。
声が飛び込んでくる。
早口だった。
警備員の顔色が変わった。
警報が鳴った。
「何だって」
「銃で武装した侵入者」
蜂が立った。
「どこ」
「ヤードの北側」
「栗は」
「分からない」
外で銃声。
さっきより近い。
警備員が二人を見た。
奥を指す。
「ここにいろって」
「栗がいる」
剛が言った。
「知ってる」
「行く」
「武器がない」
「知ってる」
「どうするの」
「行ってから考える」
「それをやめて」
蜂が剛の前へ立った。
「丸腰で銃撃戦に入る気?」
「じゃあ待つのか」
「違う」
蜂は窓から外を見た。
北側から銃声が続いている。
管理棟の正面では、警備員たちが慌ただしく動いていた。
「正面は駄目」
「じゃあ?」
蜂は壁の施設図を見る。
指先が管理棟の裏手をなぞった。
「こっち」
「何がある」
「ヤードへ抜けられる」
「丸腰なのは変わらないぞ」
「だから、まず一人でいる奴を探す」
剛は蜂を見る。
「敵を?」
「武器を持ってる人間を」
「奪うのか」
「ほかにある?」
なかった。
蜂は裏口へ向かった。
「行くわよ」
*
二人は管理棟の裏へ出た。
雨。
コンテナ。
照明。
一部の照明が消えていた。
北側から銃声が続いている。
蜂が物陰へ入る。
剛も続いた。
「どうする」
「待つ」
「さっき俺に待てって」
「今は待つとき」
「どのくらい」
「静かに」
蜂はコンテナの角から通路を見た。
剛も覗こうとした。
蜂の手が胸を押した。
「見るな」
「なんで」
「二人で見る必要ない」
足音がした。
剛にも聞こえた。
一人。
走ってはいない。
近づいてくる。
蜂が壁へ身体を寄せた。
右手を上げる。
剛に動くなと示した。
男が角を曲がった。
ライフル。
濡れたジャケット。
顔は隠していない。
蜂には気づかなかった。
蜂が動いた。速かった。
銃口を外へ押しながら男の懐へ入り、腕を取る。
男が振り向いた瞬間、蜂の足が動いた。
男の身体が舗装へ落ちた。
銃が離れる。
男が起きようとした。
蜂が首へ腕を回した。数秒。動きが止まった。
剛が近づく。
「死んだ?」
「いいえ」
蜂は男を放した。
「静かだったな」
「昔より上手くなったの」
蜂は落ちたライフルを拾った。
確認する。
「これ使える?」
剛へ渡した。
M16A4だった。
M4とは少し違う。
長い。
取り回しも違う。
だが、どうでもよかった。
「弾が出るなら」
蜂は男の装備を探った。
M16の予備弾倉。
二本。
剛へ渡す。
腰にはGlock 17。さらに大型の軍用ナイフが一本。
蜂はナイフをコンテナの上に放り投げ、Glock 17を抜く。
予備弾倉も一本奪いつつ、弾倉と薬室を確認した。
「そっちでいいのか」
「今はね」
蜂は剛とM16A4を見る。
「交換する?」
「いらない」
剛はM16A4を構え直した。
「長いな」
「文句言わない」
「言ってない」
「顔が言ってる」
「親父みたいなこと言うな」
蜂の動きが一瞬止まった。
「行きましょう」
*
コンテナの間を進んだ。
警報。
雨。
銃声。
遠くでトラックの警笛が鳴った。
侵入者が何人いるのか分からない。
目的も分からない。
剛たちはただ、栗がこの中にいることだけを知っていた。
角。
蜂が止まる。
剛も止まる。
男が一人走ってきた。
M16A4を構える。
二発。
男が倒れた。
蜂がすぐに近づく。
男が落としたコルト・ガバメントを蹴る。
「当たった」
「見れば分かる」
「確認するの」
「死んでる?」
「生きてる」
「じゃあ」
「動けない」
蜂は男のガバメントを拾い、コンテナの上へ放り投げた。
「行くわよ」
二人は進んだ。
*
倉庫に近づくにつれて、銃声が増えた。
短い連射。
単発。
警備側のもの。
侵入者のもの。
その中に。
重い、低い音が混じった。
一発。
間。
もう一発。
剛が止まった。
「……ショットガン」
蜂も止まっていた。
また一発。
近い。
「いる」
「分かる?」
「分かる」
「音だけで?」
「音だけじゃない」
蜂は倉庫を見る。
「栗はああいう場所が好き」
「本当に変態みたいだな」
「本人にも言ったことある」
二人は倉庫へ入った。
*
中は暗かった。
非常灯。
棚。
パレット。
貨物。
通路。
外より狭い。
銃声が反響する。
剛には方向が分かりにくかった。
蜂は迷わなかった。
床に男が倒れている。
近距離。
胸部。
散弾。
少し先にもう一人。
「派手だな」
「昔から」
角。
足音。
剛はM16A4を構えた。
男が飛び出した。
剛が撃つより先に、横から銃声がした。
重い音。
男が崩れた。
その向こう。
Benelli M4。
銃口がこちらを向いた。
「動くな」
声。
蜂はグロックの銃口を下げた。
「久しぶり」
男が止まった。
「……蜂?」
「ええ」
Benelli M4の筒先が少し下がる。
男が剛を見る。
顔。
左腕。
また顔。
「……誰だ」
「ひどいな」
剛が言った。
男は数秒、剛を見た。
「待て」
Benelli M4の銃口がさらに下がる。
「剛?」
「ああ」
「生きてたのか」
「見れば分かるだろ」
「いや」
栗は本気で困った顔をした。
「そうとも限らんだろ」
奥で銃声がした。
蜂が顔を向ける。
「再会はあと」
「何しに来た」
「あなたを探しに」
「なんで」
「それもあと」
栗はBenelli M4へ弾を足した。
「じゃあ仕事が先だ」
「何人」
「あと四。たぶん」
「目的は」
「貨物」
「何の」
「俺も知らん」
栗は剛のM16A4を見る。
「それ、使えるのか」
「弾が出る」
「聞き方が悪かった」
「二年間これで食ってる」
「M16で?」
「銃で」
「そうか」
栗が笑った。
「じゃあ死ぬなよ、新人」
「まだそれか」
「俺から見れば新人だ」
栗が先へ出た。
*
栗は速かった。走るのではない。止まる場所が短い。
角。入口。棚の切れ目。見る。動く。撃つ。また動く。
Benelli M4が長く感じられない。
剛は後ろからついていった。
一人目。
栗が位置を出した。
蜂がGlockで撃った。
二人目。
剛が足止めした。
栗が距離を詰めた。
一発。
三人目は外へ逃げた。
蜂は追わなかった。
「撃てただろ」
剛が言った。
「撃つ必要がない」
「逃げるぞ」
「警備がいる」
外から銃声。
短い。
止まった。
「ほら」
蜂が言った。
栗が蜂を見る。
「相変わらずだな」
「何が」
「猿田みたいなこと言う」
蜂の顔から表情が消えた。
栗は気づいた。
「……何だ」
「あとで」
蜂が言った。
「その話をしに来た」
*
襲撃は、それから十分ほどで終わった。
警察が到着した。
救急車。
港湾地区の保安担当。
赤と青の灯りが、濡れたコンテナに反射した。
剛は奪ったM16A4を地面へ置いた。
蜂もGlock 17を置いた。
両手を見える位置へ出す。
警察に事情を聞かれた。
長かった。
二人が襲撃前から施設内にいたことは、管理棟の入退場記録と警備員の証言で確認された。
身分も確認された。
剛と蜂は栗の元同僚で、現在も同じ業界で働く人間として。
栗の雇い主とその元請けからも、擁護めいた話が入った。
二人は取り調べには、素直に最大限協力した。
見たこと。
やったこと。
奪った武器。
撃った相手。
コンテナの上へ放り上げたナイフとガバメントのことまで、事実をそのまま話した。
現場の状況とも矛盾しなかった。
それでも簡単には終わらなかったが、一方的に拘束や留置されることはなかった。
日付が変わるころ。
ようやく三人で話せる時間ができた。
*
倉庫裏。
雨は弱くなっていた。
栗がジタン・カポラルの青箱を出す。
蜂を見る。
「吸う?」
「いらない」
剛にも差し出す。
「吸う」
パッケージの煙を纏った踊り子の意匠が目についた。
剛は栗の戦闘を思い出しながら一本取りだす。
「お前、吸うようになったのか」
「三年ある」
「そうか」
火をつける。
煙を肺に留めてから、嘆息するように吐いた。
栗が剛の左腕に視線を移した。
今度は隠さなかった。
「それ」
「あのとき」
「猿田?」
「ああ」
栗の顔が変わる。
「隊長を撃った弾か」
「知ってるのか」
「隊長を撃ったことは知ってる」
「正当防衛だって?」
「ああ」
「違う」
栗は動かなかった。
「何が」
「親父は猿田を襲ってない」
煙草の先が赤くなった。
「俺は見てた」
栗が蜂を見る。
蜂が頷いた。
「本当よ」
「……最初から話せ」
「長い」
「三年分なら長いだろ」
剛は話した。
三年前。
誠。
猿田。
自分が見たもの。
同じ弾が誠の身体を抜けて左腕へ入ったこと。
病院。
会社を辞めたこと。
土壁と石を組んだ家。
誠を知っていた男。
PERSIMMON。
栗は途中で質問しなかった。
最後まで聞いた。
煙草を足元へ落とす。
踏む。
「PERSIMMON」
「ああ」
「隊長が残した?」
「たぶん」
「猿田が絡んでる?」
「ああ」
「証拠は」
「これから探す」
栗は少し黙った。
「他は?」
「蜂だけ」
「牛と臼は」
「まだ」
「猿田は」
「知らない」
蜂が言った。
「あなたを探してる男が二人いる」
栗の目が蜂へ向いた。
「いつ」
「四日前。あなたに仕事を回した男のところへ来た」
「何を訊いてた」
「あなたの居場所。それと、三年前に誰と仕事をしていたか」
「名前は?」
「隊長と猿田」
栗は数秒黙った。
「……遅いな」
「何が?」
「三日前から同じ車を二度見てる」
蜂の目が変わる。
「車種」
「シュコダ・オクタヴィア・コンビ」
「色は?」
「濃いグレー」
「ナンバー」
「全部は見てない。頭二文字と末尾だけ」
「覚えてる?」
「当然」
蜂が端末を出した。
栗が番号を言う。
蜂が入力した。
「そいつらだと思う?」
「知らん」
「警備の仕事とは?」
「関係ないと思う」
「今日の襲撃は?」
「ただの強盗だ」
「なぜ分かる」
「狙ってたのは貨物だ。俺を殺したいなら、もっと簡単な場所がいくらでもあった」
剛が言った。
「じゃあ別件か」
「たぶんな」
栗は煙草をもう一本出した。
今度は火をつけなかった。
「それより」
剛を見る。
「お前、これからどうする」
「PERSIMMONを追う」
「その先は」
「猿田」
「殺すのか」
「分からない」
栗が蜂を見る。
「こいつにもそう言った?」
「ええ」
「嘘だと思った?」
「ええ」
栗が笑った。
「俺もだ」
「で?」
剛が言った。
「何が」
「どうする」
栗は煙草を箱へ戻した。
「猿田か」
「ああ」
「いつ出る」
「ここが片付いたら」
「分かった」
栗は立ち上がった。
「待て」
剛が言った。
栗が振り返る。
「話、まだ全部してないぞ」
「移動中に聞く」
三人になった。




