第三章 蜂 第四話 追う者
翌朝。
ホテルを出ると、蜂が待っていた。
旅行鞄が一つ。
「それだけ?」
「何が」
「荷物」
「十分でしょう」
「仕事は」
「断った」
「俺のために?」
「違う」
「じゃあ」
「PERSIMMONのため」
蜂は歩き出した。
「同じじゃないか」
「違うわ」
*
栗の足取りは、古かった。
最初の連絡先。
半年前。
次。
三か月前。
さらに次。
一か月前。
仕事仲間。
警備会社。
契約仲介。
蜂は電話をした。メールを送った。直接会った。
剛は横で待った。
「よく覚えてるな」
「何を」
「人」
「仕事だから」
「俺、昔の仕事仲間なんか半分忘れたぞ」
「二年しかないでしょう」
「十分だろ」
「私は十一年ある」
「そうだった」
昼過ぎ。
二週間前まで縮んだ。
夕方。
九日前。
「いた」
蜂が言った。
「栗?」
「九日前に仕事を受けてる」
「どこ」
「まだ聞いてない」
「なんで」
「今から聞くから」
*
仲介業者は小さな事務所にいた。
五十代。
太っている。
愛想は悪かった。
蜂が英語へ切り替えた。
栗の名前。
契約。
九日前。
男は最初、知らないと言った。
蜂は別の名前を出した。
男の顔が変わった。
少し話す。
長くなる。
剛には内容が全部は分からなかった。
やがて蜂が黙った。
男も黙った。
蜂が剛を見る。
「何」
「四日前」
「何が」
「栗を探してる人間が来た」
「誰」
「知らない男が二人」
「会社?」
「名乗らなかった」
「何を聞いた」
「栗の居場所」
「教えた?」
「教えてないって」
仲介業者が何か言った。
蜂が聞き返す。
男が答える。
「それだけじゃない」
「何」
「三年前、栗が誰と仕事をしてたか」
剛は男を見る。
「名前を出した?」
「向こうから」
「誰」
「KANIZAWA」
剛は黙った。
「もう一人」
蜂が言った。
「SARUTA」
「……俺たちより先か」
「かもしれない」
「そいつら、栗の場所を知ってる?」
「ここでは教えてない」
「ここでは?」
「他から辿れる」
蜂は男へ質問を続けた。
最近の契約。
施設。
仕事内容。
警備増員。
日付。
男は嫌そうに答えた。
*
外へ出た。
「何が分かった」
「栗は九日前に警備の仕事を受けてる」
「場所は」
「直接は教えてもらえなかった」
「じゃあ」
「候補は絞れる」
「どうやって」
「契約内容」
蜂は端末を開いた。
地図。
物流会社。
警備会社。
施設。
契約開始日。
「三つ」
「どれ」
「まだ」
二つ消えた。
残ったのは一か所だった。
剛は地図を見る。
「アントワープ?」
「ええ」
「港?」
「港そのものじゃない。港湾地区の外れ」
「何の施設」
「民間のコンテナデポ。警備増員が入ってる」
「いつから」
「八日前」
「栗がそこに?」
「可能性は高い」
「ここから?」
「遠いわ」
剛は時計を見る。
「着くころには夜だな」
「ええ」
「明日の朝にする?」
「今から行く」
「栗がいる確証は」
「ない」
「じゃあ」
「四日前」
蜂が言った。
「何?」
「あの二人が栗を探してた」
「ああ」
「私たちが最初とは限らない」
剛は地図を閉じた。
「行こう」
*
列車を乗り継いだ。
ゲルリッツを離れると、石造りの旧市街はすぐに消えた。
窓の外へ広がったのは、平らな畑と小さな町だった。
林、風力発電機、赤い屋根、駅、また畑。
西へ進むほど町は大きくなり、線路脇には倉庫、高架道路、工場、貨物ヤードが増えていった。
夕方には空が低くなり、厚い雲が西に垂れ込めていた。
途中で列車を降りた。駅前のレンタカー会社で、銀色のフォルクスワーゲン・パサート・ヴァリアントを借りた。
蜂が運転席へ座り、剛は助手席へ収まった。
市街地を抜け、高速道路へ上がる。
さらに西へ走り、国境を越えた。
標識の文字が変わったが、道そのものは変わらなかった。
大型トラックの割合が増え、物流倉庫とサービスエリアが流れていく。
「昨日までなら」
蜂が言った。
「何」
「あなたの問題だった」
「PERSIMMON?」
「ええ」
「今は?」
「違う」
「親父の?」
「SARUKANIの」
剛は窓の外を見る。
「まだ何も分かってない」
「だから調べるの」
「猿田がやったとは限らない」
「そうね」
「会社かもしれない」
「そうね」
「関係ない奴かも」
「そうね」
「何でもそうねって言うな」
「分からないもの」
「蜂らしくないな」
「何が」
「昔なら決めつけて撃ってた」
「猿田に怒られる」
剛は蜂を見る。
「今でも?」
蜂は前を見たままだった。
「今でも」
*
途中で蜂の端末が鳴った。
「誰」
「さっきの仲介」
短い会話。
切る。
「何だって」
「栗の番号が分かった」
「かけろよ」
「嫌」
「なんで」
「監視されてたら?」
剛は黙った。
「場所が分かってるなら直接行く」
「慎重だな」
「猿田に教わった」
「またか」
「嫌?」
「分からん」
「便利な答えね」
「お前に言われたくない」
*
さらに走った。
日が落ちた。
空が黒くなるより先に、周囲の灯りが増えていった。
倉庫、物流センター、コンテナを積んだトレーラー。
高速道路の向こうには工場の照明が続き、遠くの空だけが白く明るい。
「あれが港?」
「ええ」
暗い地平の上に、クレーンの灯りが並んでいた。
雨が降り始めた。
蜂がワイパーを動かす。
「もう近い」
「栗がいればいいな」
「いるわ」
「確証ないんだろ」
「今はそう思ってる」
「それ、決めつけじゃないのか」
「撃たないからいいの」
剛は笑った。
パサートは港湾地区の外縁へ入った。
幹線道路を外れ、倉庫と物流会社が並ぶ地区へ進む。
雨が強くなる。
やがて、高いフェンスが見えた。
その向こうにコンテナが積まれている。
照明塔。倉庫。トレーラーの列。
さらに遠くには、巨大港のクレーンが光っていた。
「ここ?」
「ええ」
蜂は車を減速させた。
入口のゲートへ向かった。
栗がいる。
そう信じて来た。
だが、四日前から栗を探している者がいる。
その者たちが、どこまで辿り着いているのか。
二人には分からなかった。




