第三章 蜂 第三話 ズィア
蜂の部屋には、物が少なかった。
必要な家具。
必要な食器。
必要な衣類。
それ以上がほとんどない。
剛は部屋を見回した。
「ずっとここ?」
「いいえ」
「いつから」
「一年くらい」
蜂が普段どこで暮らしていたのか、剛は知らなかった。
考えたこともなかった。
蜂は蜂だった。
任務が終わればどこかへ帰り、次の任務にはまたいた。
子供のころの剛にとって、大人とはそういうものだった。
「座って」
蜂が言った。
剛は椅子へ座った。
蜂は棚の奥から箱を出した。
古い箱だった。
「何それ」
「昔のもの」
「珍しいな」
「何が?」
「物、捨てそうだから」
「捨てるわよ」
「じゃあなんで残ってる」
「捨てられなかったから」
蜂は箱を開けた。
*
写真。
紙。
古い記録媒体。
社員証。
配属書類。
剛は一枚を取った。
Brzîeřa Řehořczyk.
その下。
ZIA.
「ズィアって誰だ」
「私」
「……蜂じゃないのか」
「その日の昼まではね」
「昼?」
「私が来た日の夜に、蜂になったの」
「覚えてない」
「でしょうね」
「何時間ズィアだったんだよ」
「あなたの前では、半日くらい」
「短いな」
「私もそう思う」
写真があった。
十六歳の蜂。
誠。
猿田。
栗。
牛。
臼。
端に八歳の剛。
「俺、小さいな」
「八歳だから」
「なんでこんなところにいたんだ」
「いつもいたでしょう」
「そうだけど」
剛は写真を見る。
自分にとっては普通だった。
物心がついたころから、父親について基地や現場を移動していた。
安全な場所。
危険な場所。
その境目。
大人たちの仕事。
銃。
車。
無線。
そういうものが生活の背景だった。
「お前は違ったんだよな」
「ええ」
「親父とずっと一緒じゃなかった」
「隊長が私を見つけたのは五歳」
「知ってる」
「そのあと孤児院へ入れられた」
「会社の?」
「支援していたところ」
「十一年?」
「だいたい」
「親父、会いに行ってた?」
「何度か」
「知らなかった」
「あなたには言わなかったんでしょう」
「なんで」
「子供だったから」
「お前も子供だろ」
「そうね」
蜂は写真を一枚取った。
十六歳の自分。
「でも、あそこは帰るべき場所じゃなかった」
「孤児院?」
「ええ」
「寝る場所はあるだろ」
「そういう意味じゃない」
剛は黙った。
「SARUKANIに来て、初めてできた」
「何が」
「私の居場所」
蜂は写真を見る。
「隊長。猿田。栗。牛。臼」
剛を見た。
「あなた」
「俺?」
「いたでしょう」
「八歳だぞ」
「だから?」
「何の役にも立たん」
「家族って、役に立つから家族なの?」
剛は答えなかった。
*
別の写真。
猿田が蜂の頭を押さえている。
蜂が嫌そうな顔をしている。
後ろで誠が笑っている。
「楽しそうだな」
「そう?」
「嫌そうだけど」
「嫌だったもの」
「猿田のこと?」
「頭を触られるのが」
「猿田は?」
蜂は少し考えた。
「好きだったわ」
「へえ」
「変?」
「いや」
剛は写真を見る。
猿田は笑っている。
蜂も、本気で嫌がっている顔ではなかった。
「みんな好きだった」
蜂が言った。
「家族だったから」
剛は次の写真へ移った。
猿田と誠。
二人とも若い。
「俺も好きだった」
「猿田を?」
「ああ」
「そう」
「親父の次くらいに信用してた」
「私も」
三年前までは。
*
「病院には行った」
蜂が言った。
剛は顔を上げた。
「何?」
「あなたの」
「来たのか」
「入れなかった」
「なんで」
「会社の管理下だったから」
「俺、覚えてない」
「意識が戻る前だった」
「そのあと」
「移された」
「どこへ」
「分からない。会社が教えなかった」
「そんなことあるか」
「SARUKANIは解散」
蜂が言った。
「全員、別々に事情聴取された」
「お前も?」
「ええ」
「何聞かれた」
「隊長の行動。仕事。金。人間関係。猿田との関係」
「何て答えた」
「知っていること」
「それで?」
「何も変わらなかった」
蜂は箱へ写真を戻した。
「猿田は会社に残った」
「知ってる」
「現場から管理側へ移った」
「ああ」
「私は仕事を続けた」
「栗たちは」
「散った」
「連絡は?」
「最初はあった」
「今は?」
「ほとんどない」
「なんで」
「三年あるから」
剛は義手を見る。
「俺は会社を辞めた」
「辞めさせられたんじゃないの?」
「違う」
「いつ」
「十七になる前」
「早い」
「耐えられなかった」
「何が」
「目」
蜂は黙った。
「親父が不正をやったことになってた」
「ええ」
「俺はその息子」
「ええ」
「廊下歩けば見られる。食堂入れば話が止まる。何か言えば可哀想な息子を見る顔をされる」
「それで辞めた」
「ああ」
「そのあと二年?」
「仕事してた」
「戦場で?」
「だいたい」
「一人で?」
「契約ごとに違う」
「十九歳で二年」
「そうなるな」
蜂は剛を見る。
「馬鹿ね」
「知ってる」
「死んでてもおかしくない」
「主任にも言われた」
「誰?」
「前の仕事の主任」
「何て」
「死ぬなよ」
「普通ね」
「俺もそう思う」
*
箱を閉じた。
「栗を探す」
蜂が言った。
「分かるのか」
「昔の連絡先なら」
「生きてる?」
「たぶん」
「たぶんか」
「三年あるから」
「またそれか」
「三年は長いわ」
「俺には短かった」
蜂は剛を見る。
「そうでしょうね」
「牛は?」
「栗のあと」
「臼」
「そのあと」
「猿田は?」
蜂は答えなかった。
箱を棚へ戻した。
「まず栗」
「なんで」
「見つけやすそうだから」
「それだけ?」
「それで十分」
剛は立った。
「いつ出る」
「明日」
「今日じゃないのか」
「もう夜よ」
「三年待っただろ」
「あなた、待ってないって言ったでしょう」
剛は黙った。
蜂は少し笑った。
「明日の朝」
「ああ」
SARUKANIという家族は、三年前に壊れた。
その名前を持っていた者たちが、どこにいるのか。
二人はまだ知らなかった。




