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Operation PERSIMMON  作者: lemonia
蜂

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第三章 蜂 第二話 師匠

 ゲルリッツの旧市街を歩いた。


 蜂が先。


 剛が半歩後ろ。


 石畳だった。


 向こうから来た男が蜂を見た。


 次に剛を見た。


 もう一度蜂を見た。


 最後に剛を見た。


 二度目の視線には、明らかに好意ではないものが混じっていた。


「……なんだあいつ」


「何が?」


「睨まれた」


「そう」


「知り合いか?」


「いいえ」


 蜂は歩き続けた。


 別の男が声を掛けた。


 蜂が短く答える。


 男が笑う。


 もう一度何か言う。


 蜂が答える。


 男は肩をすくめて離れた。


「今の何だった」


「誘われたの」


「断ったのか」


「ええ」


「いつ」


「さっき」


「会話してたか?」


「したわ」


 剛は振り返った。


 男はもういなかった。


「昔より、人のあしらい方上手くなったな」


「昔のほうが面倒だったもの」


          *


 十一年前。


 蜂が十六歳。


 剛が八歳だった。


 誠が一人の少女を連れてきた。


「今日から一緒に仕事をする」


 誠はそう言った。


 少女は背が高かった。


 十六歳には見えなかった。


 プラチナブロンド。


 緑がかった目。


 表情が少ない。


「名前は?」


 猿田が訊いた。


 少女が答えた。


 猿田が黙った。


 誠も黙った。


「もう一回」


 もう一度聞いた。


「ブズィエジャ……」


 誠が止まった。


「ズィアでいい」


 少女が言った。


「助かる」


 猿田が言った。


          *


 その日の午後。


 猿田はズィアを射場へ連れていった。


 安全確認。


 姿勢。


 呼吸。


 引き金。


 教えることは少なかった。


 すでに知っていた。


 的を替える。


 距離を伸ばす。


 また伸ばす。


 猿田は双眼鏡を下ろした。


「隊長」


「何だ」


「こいつ、どこで拾った」


「拾ったって言うな」


「当たるぞ」


「知ってる」


 ズィアが銃を下ろした。


「次は?」


 猿田は的を見た。


「射場で的を撃つだけなら、お前は十分だ」


 ズィアを見る。


「でも、お前がこれから撃とうとしているものはなんだ?」


「人」


「そうだ。だから当てるだけじゃ足りない」


「何がいる?」


「待つこと」


 ズィアは黙った。


「射撃は当てる技術だ」


 猿田が言った。


「狙撃は、撃つべき時まで待つ仕事だ」


「いつ撃つの」


「撃ちたいときに撃つな」


「じゃあ、いつ」


「当たるときだ」


「今も当たってる」


 猿田が笑った。


「そういう意味じゃない」


          *


 その日の夜。


 ズィアの無線名を決めることになった。


 それだけの話だった。


 後から考えれば、SARUKANIという名前が生まれたのは、そのついでだった。


「ズィアじゃ駄目なのか」


 Benelli M4を分解していた、軽薄そうな男が言った。


「外で使ってる名前と分けたほうがいい」


 誠が言った。


「じゃあ適当に決めろよ」


「お前のも適当に決めるぞ」


「待て。なんで俺まで変わる」


 工具をいじっていた白人の男が顔を上げた。


「蟹澤と猿田」


「何だ」


「蟹と猿じゃの」


 少し沈黙した。


「……サルカニじゃねえか」


 猿田が言った。


 ズィアだけが分かっていなかった。


「何?」


「日本の昔話」


 誠が説明した。


 蟹と猿。


 柿。


 青い柿。


 殺された蟹。


 仇討ち。


「それで誰が戦うの」


 ズィアが訊いた。


「栗」


 誠が言った。


「栗?」


「囲炉裏に隠れてる。猿が帰ってきたら、火の中から弾けて飛びつく」


 全員が一人を見た。


 Benelli M4を分解していた男だった。


「……なんだよ」


「待ち伏せ」


 猿田が言った。


「近距離」


 誠が言った。


「突然一撃」


 工具の男が言った。


「見るな」


「栗だな」


「やめろ」


「CHESTNUT」


「もう決まったのかよ!」


 猿田が笑った。


「次が蜂」


 全員がズィアを見た。


「なぜ?」


「刺す」


 誠が言った。


 猿田が昼間の的を思い出した。


「……あ」


「何?」


「これは決まりだな」


「なぜ?」


「昼の的を見た」


 ズィアは少し考えた。


「BEE?」


「BEE」


 猿田が言った。


「次」


「牛の糞」


 工具をいじっていた男が顔を上げた。


「待て」


「出口のところにいる」


 誠が説明した。


「逃げてきた猿が踏む」


「それで?」


「滑って転ぶ」


 全員が工具の男を見た。


「見るな!」


「罠」


「障害物」


「地雷」


「敵の足を止める」


「進む場所を決める」


「爆薬で道も潰す」


「役割で人を糞にするな!」


「BULLSHIT」


「BULLでいいじゃろ!」


「お前は牛じゃない」


 誠が言った。


「じゃあ何なんじゃ!」


「牛の糞だ」


「その話は今聞いたわ!」


「最後は臼」


 部屋の端にいた大男が顔を上げた。


 全員がそちらを見た。


「……何だ」


「屋根の上にいる」


 誠が言った。


「最後に落ちる」


「どこへ」


「猿の上」


 大男は黙った。


 全員が見た。


「……何だ」


「いや」


 猿田が言った。


「ぴったりだな」


「MORTAR」


 誠が言った。


「臼でもある。迫撃砲でもある」


「それでいい」


 大男はあっさり受け入れた。


「なんで全部いるんだよ」


 猿田が言った。


 牛の糞だけが納得していなかった。


「わしゃBULLでええじゃろ」


「駄目」


「なんでじゃ!」


「お前はそれでいい」


「なんでじゃ!」


「だって牛の糞だもん」


「理由になっとらんじゃろうが!」


「じゃあ隊長はKANIな」


 栗が言った。


「俺はKANIZAWA」


 誠が答えた。


「じゃあ猿田はSARU」


「俺もSARUTAでいい」


「なんでお前らだけ普通なんじゃ!」


「対外連絡があるからな」


「わしもあるわ!」


 誠は真顔で言った。


「お前は対外的にもそれでいい」


「よくないわ!」


 そうして、その夜。


 蜂が蜂になった。


 栗が栗になった。


 牛の糞が牛の糞になった。


 臼が臼になった。


 蟹澤と猿田は蟹澤と猿田のままだった。


 SARUKANIという呼び名そのものは、蟹澤と猿田の二人から生まれた。


 蜂がSARUKANIに入ったのではない。


 蜂が来た夜、SARUKANIが生まれた。


          *


 問題は、銃ではなかった。


 十六歳の蜂は、銃を扱えた。


 人間を扱えなかった。


 男が声を掛けた。


 蜂は無視した。


 男が近づいた。


 蜂は離れた。


 男が腕へ触れた。


 蜂の手が腰へ動いた。


 猿田が手首を掴んだ。


「抜くな」


「触った」


「見てた」


「なら離して」


「お前じゃない。そいつをだ」


 猿田は男を追い払った。


「全部敵だと思うな」


「触ってくる」


「触る前に帰らせろ」


「どうやって」


「まず顔を見ろ。次に言葉。駄目なら距離。それでも来たら手だ」


「その次は?」


「その次に銃だ」


 蜂は不満そうだった。


「面倒」


「人間は面倒なんだよ」


「撃ったほうが早い」


「隊長」


 猿田が言った。


「とんでもないガキ連れてきたな」


「誰がガキだ」


 誠が即座に返した。


 蜂が誠を見た。


「私じゃない?」


 誠は蜂を見る。


「ガキじゃない。新人だ」


「十六だぞ」


 猿田が言った。


「新人だ」


 誠はそれで話を終わらせた。


          *


「臼」


 猿田が呼んだ。


「何だ」


「こいつに、人間の壊し方教えてやれ」


「どこまで」


「殺さないところまで」


 臼は少し考えた。


「難しいな」


 訓練用のマットへ出た。


「本気でやれ」


 臼が言った。


 蜂は臼を見上げた。


「怪我する」


「誰が?」


 蜂は少し考えた。


 もう一度、臼を見上げた。


「……私」


「正解だ」


 臼は真顔だった。


 八歳の剛が横から言った。


「臼がおかしいんだよ」


「知ってる」


「聞こえてるぞ」


 臼が言った。


          *


 数か月後。


 別の男が蜂の腕を掴んだ。


 蜂は銃へ手を伸ばさなかった。


 腕を外した。


 身体を入れた。


 男が床へ落ちた。


 猿田が見ていた。


「……軽い」


「普通はそのくらいだ」


 剛が言った。


「臼がおかしいんだよ」


「知ってる」


 臼が遠くから言った。


「聞こえてるぞ」


          *


「私に狙撃を教えたのは猿田よ」


 現在。


 蜂が言った。


 二人は旧市街の屋外カフェにいた。


「親父じゃないのか」


「隊長は何でもできた。でも狙撃は猿田のほうが上だった」


「そうだったのか」


「知らなかった?」


「俺、八歳だぞ」


「そうね」


「猿田が何教えてたかなんて知らん」


「待つこと」


「待つ?」


「撃つべき時まで」


 蜂はコーヒーを見る。


「猿田は、待つのが上手かった」


「昔は?」


「昔はね」


          *


 剛は端末を出した。


 PERSIMMON。


 土壁と石を組んだ家。


 誠を知っていた男。


 残っていた資料。


 男が誠を知っていたこと。


 誠を悪人としてではなく、恩人として覚えていたこと。


 蜂は黙って聞いた。


「会社の記録では」


 蜂が言った。


「隊長は不正に関わってた」


「ああ」


「猿田がそれを突き止めた」


「ああ」


「隊長が猿田を襲った」


「違う」


 蜂が顔を上げた。


「親父は猿田を襲ってない」


「剛」


「逆だ」


 蜂は動かなかった。


「俺は目の前で見た」


「……何を」


「猿田が親父を撃った」


「それは猿田も認めてる」


「違う。そこじゃない」


 剛は左腕を机へ置いた。


「親父は撃ってない。銃も向けてない」


 蜂の視線が義手へ落ちた。


「猿田が先に撃った」


「それで」


「ああ」


「その腕?」


「親父を抜けた弾が入った」


 蜂は何も言わなかった。


「俺が知ってるのはそれだけだ」


「PERSIMMONは?」


「知らなかった」


「隊長から何も?」


「何も」


「名前も?」


「三年前に聞いた。でも意味は知らなかった」


「何だと思ったの」


「柿」


 蜂が剛を見る。


「本当に?」


「PERSIMMONだぞ」


「そうだけど」


「十六だったんだぞ」


「それは関係ないと思う」


「うるさい」


 蜂は少しだけ笑った。


 すぐ消えた。


「だから証明できなかった」


「ああ」


「隊長が不正をしていなかったことを」


「ああ」


「あなたが見たのは、猿田が先に撃ったことだけ」


「そうだ」


「それだけでは会社の話をひっくり返せない」


「そうだ」


 蜂はしばらく黙った。


「あなた、猿田を殺すつもり?」


「分からない」


「嘘ね」


「じゃあ訊くな」


 蜂は手を伸ばした。


「最初から見せて」


「全部?」


「全部」


 剛は端末を蜂へ渡した。


 三年前。


 家族を壊した男は、蜂に狙撃を教えた男だった。


 そして蜂は、その男から教わった通りに、まだ撃たなかった。


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