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Operation PERSIMMON  作者: lemonia
蟹の子

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第二章 蟹の子 第五話 BEE

「これ、写していいか」


 剛は紙を持ち上げた。


 男は少し考えた。


「紙は、いい」


 剛は携帯端末を出した。


 名前。


 番号。


 地名。


 写真。


 誠の手書きのメモ。


 PERSIMMONと書かれた封筒も撮った。


 記憶媒体には触らなかった。


 最後に、もう一度名前を見る。


 Brzîeřa Řehořczyk.


「……これで蜂ってのは無理があるだろ」


「何?」


「何でもない」


 紙を戻した。


「この箱、誰かに見せたことあるか」


「ない」


「俺が初めて?」


「そう」


「何で」


 男は剛を見る。


「蟹澤だから」


 剛は何も言わなかった。


 箱の蓋を閉めた。


     *


 主任はランドクルーザー70の下にいた。


 剛が戻ると、靴だけが見えた。


「遅い」


「一時間待つんじゃなかったのか」


「五十七分だ」


 剛は時計を見た。


「細かいな」


「死体を探しに行く準備してた」


「残念だったな」


「M4が手に入ると思ったのに」


 主任が車の下から這い出した。


 剛の顔を見る。


「何かあったか」


「何で」


「行く前と顔が違う」


「そうか?」


「ああ」


 主任はそれ以上訊かなかった。


 剛も話さなかった。


 車に乗った。


     *


 南へ走りながら、剛は端末で名前を検索した。


 電波は入ったり消えたりした。


 Brzîeřa Řehořczyk.


 入力するだけで面倒だった。


 一文字間違えた。


 やり直した。


 何も出ない。


 綴りを確認する。


 もう一度。


 断片的な記録が出た。


 古い競技記録。


 難民支援団体の名簿。


 同姓らしい人間。


 別人。


 別人。


 別人。


 剛は画面を閉じた。


「何探してる」


 主任が運転しながら訊いた。


「人」


「女?」


「たぶん」


「たぶん?」


「名前が読めない」


「見せろ」


 剛は端末を向けた。


 主任は一秒見た。


「知らん」


「役に立たねえな」


「運転中の人間に何を期待してる」


 剛は端末を戻した。


 BEE。


 それなら知っている。


     *


 蜂がSARUKANIに来たころ、剛はまだ子供だった。


 ある日、GHSCの施設に郵便が届いた。


 訓練場から戻る途中だった剛が、それを受け取った。


 宛名を見る。


 読めなかった。


「これ誰のだ?」


 休憩室には四人いた。


 誠。


 猿田。


 牛。


 蜂。


 蜂が手を上げた。


「私」


 剛は封筒を見る。


 蜂を見る。


 もう一度封筒を見る。


「これが?」


「そう」


「読めない」


「読めるわ」


「本人はな」


 猿田が笑った。


「お前、蜂にもちゃんと名前があると思ってなかっただろ」


「あるとは思ってた」


「じゃあ何だと思ってた」


 剛は考えた。


「蜂」


「それ名前じゃねえよ」


 蜂が剛から封筒を取った。


「返して」


「何て読むんだよ」


「ブズィエジャ・ジェホルチック」


 剛は黙った。


「もう一回」


「ブズィエジャ・ジェホルチック」


「蜂でいい」


「だから名前じゃない」


 牛が横から口を挟んだ。


「わしゃ牛の糞じゃぞ」


「お前はそれでいい」


 誠が言った。


「なんでじゃ!」


「だって牛の糞だもん」


「理由になっとらんじゃろうが!」


 猿田が吹き出した。


 蜂も笑った。


 剛も笑った。


 あのころは。


 それだけの話だった。


     *


 三年前。


 事件のあと、剛は蜂と会っていない。


 正確には、会わせてもらえなかった。


 病院にいたころ、SPU-3の人間について何度か訊いた。


 答えは毎回違った。


 配置転換。


 任務中。


 契約終了。


 所在不明。


 最後には、


 もう関係のない人間だ。


 そう言われた。


 剛も訊かなくなった。


 義手をつけた。


 歩けるようになった。


 銃を持てるようになった。


 GHSCを出た。


 それから二年。


 蜂がどこで何をしているのか、調べようとも思わなかった。


 調べてどうする。


 父親は死んだ。


 SARUKANIはなくなった。


 自分は裏切り者の息子だった。


 それで終わった話だった。


     *


 南の町に着いたのは日が落ちるころだった。


 主任が仕事仲間を紹介してくれた。


 三日後に護衛がある。


 イラン国境を越えて、チャーバハールまで三日。


 報酬は悪くない。


「やるか?」


「少し待ってくれ」


「珍しいな」


「何が」


「仕事選ぶのか」


 剛は答えなかった。


 安宿を取った。


 ベッド。


 机。


 シャワー。


 水は出た。


 温かくはなかった。


 十分だった。


 剛は机に端末を置いた。


 男の家で撮ったものを一枚ずつ見る。


 車両番号。


 地名。


 人名。


 日付。


 PERSIMMON。


 そして。


 Brzîeřa Řehořczyk.


 横にBEE。


 今度は名前そのものではなく、電話番号を調べた。


 古い番号だった。


 現在は使われていない。


 国番号から地域を絞る。


 別の記録へ当たる。


 そこから名前。


 会社。


 さらに別の名前。


 何度も行き止まった。


 二時間かかった。


 ひとつだけ、新しい記録が出た。


 民間警備会社。


 契約要員。


 登録は八か月前。


 名前は違った。


 だが、生年月日は合う。


 国籍も。


 射撃資格。


 長距離射撃。


 観測。


 偵察。


 剛は椅子にもたれた。


「……お前だろ」


 写真はなかった。


 所在地があった。


 ここから飛行機を二本。


 さらに陸路。


 近くはない。


 剛は端末を伏せた。


 三日後の仕事。


 チャーバハールまで三日。


 報酬は悪くない。


 行けば金になる。


 蜂を探しても、金にはならない。


 蜂が何か知っている保証もない。


 そもそも会ってくれる保証もない。


 三年間、剛はそうやって生きてきた。


 金にならないことはしない。


 考えても仕方のないことは考えない。


 死んだ人間は戻らない。


 失った腕も戻らない。


 それで十分だった。


 十分だと思っていた。


 剛は立った。


 M4をケースへ入れた。


 弾薬。


 着替え。


 工具。


 義手用の予備部品。


 それで全部だった。


 主任へ短いメッセージを送った。


 仕事は断る。


 すぐ返事が来た。


『もっといい仕事か?』


 剛は少し考えた。


『金にはならない』


 今度は返事が遅かった。


『お前、十九だよな?』


 剛は笑った。


 端末をポケットへ入れる。


 最後に、男の家で撮った紙を見る。


 Brzîeřa Řehořczyk.


「……やっぱ読めねえ」


 その横。


 BEE。


「蜂でいい」


 剛は荷物を背負った。


 三年前。


 あの農家で止まった話が、


 もう一度、動き始めていた。


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