↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/72

第66話 再戦。ミナトVSアリス

「今度は──逃げないでくださいね?」


 龍の口元に集まっていた光が、さらに膨れ上がる。


 紫電を纏っていた翼から、少しずつ光が失われていく。

 その巨体を形作る魔力までもが喉元へ流れ込み、開かれた顎の奥へと凝縮されていた。


 次の一撃に、全てを注ぎ込むつもりなのだ。


「お、おい……さっきより、明らかにやばくなってねぇか……?」


 ニアの声が掠れる。

 答える者はいなかった。


 龍の口腔に生じた白い輝きが、里の残骸を照らし出す。

 崩れた家屋の影が、地面を這うように長く伸びた。


 頭上の魔力灯が明滅する。

 まだ形を保っていた建物から、軋む音が響いた。


「ニアくん、セラ様と一緒に伏せて!」


 フレイアは両手を前へ突き出した。


 ミナトが張った障壁の内側へ、自分の魔力を重ねる。

 薄く広げていては意味がない。四人を覆える範囲まで絞り、可能な限り密度を高めた。


「ミリウスさん!」

「既に」


 幾筋もの銀糸が、フレイアたちの頭上を走る。


 糸は網状に編み上がり、さらに幾重にも重なった。

 飛来する瓦礫を防ぐと同時に、魔力を受け流すための盾となる。


 ニアもセラを庇うように立ち、長剣へ魔力を纏わせた。


「……正面からは、無理」


 セラが呟く。


 その視線は、龍の顎の奥へ固定されていた。


「今の私たちじゃ……」

「分かっています。それでも、何もしないわけにはいきません」


 フレイアは前を見据えたまま答える。

 逃げる時間はない。


 背後には、まだ助け出せていない眷属たちがいる。

 医務室では、カナデや負傷者たちが眠っている。


 ここで少しでも勢いを削がなければ……そう考えた時、セラの震える指先から血が浮かび上がった。


 形は不安定だった。

 それでも、薄い赤い膜がフレイアの障壁へ重ねられる。


「……少しだけなら」


 フレイアは短く頷いた。

 礼を言う余裕もなく、前方へ視線を戻す。


 ミナトは、まだ一人で立っていた。


「ミナトくん!」


 呼びかけに、彼は僅かに顔を動かした。


「そこから出るな」

「あなたは!?」

「俺が止める」


 それだけ告げて、再び龍へ向き直る。


 武器を生成する様子はない。

 自分の前へ新たな障壁を張る気配すらなかった。


 アリスの口元が、ゆっくりと緩む。


「そうですね。避けてしまっては、後ろの皆さんが困りますものね」


 返答はない。

 ミナトは右足を半歩引き、静かに腰を落とした。


「……お、おい?」


 ニアが眉を寄せる。

 その構えの意味を理解するより先に、龍が大きく顎を開いた。


 光が、溢れる。


「来るぞ!!」


 ニアの叫びと共に、紫紺の奔流が一直線に放たれる。


 地面が抉れ、瓦礫が吹き飛ぶ。

 放射された熱と圧力だけで、障壁が激しく震えた。


 その中で、ミナトだけが前へ出た。


 地面を蹴り、低く跳躍した身体が、迫り来る奔流の真正面へ躍り出る。


 腰から膝へ、そして足先へ。

 幾層もの魔力が重なり合い、引き絞られた右脚へと収束していく。


 そして──蹴り抜く。


 右足を覆っていた魔力が大きく広がる。

 迫り来る紫紺の奔流を、真正面から迎え撃った。


 ──衝突。


 耳を塞いでも意味がないほどの轟音が、全身へ叩きつけられる。


「っ……!」


 フレイアの膝が沈んだ。


 銀糸の盾が大きく撓む。

 それでも、背後へ抜けてくるはずの破壊の奔流は届かなかった。


 止まっていた。

 龍の最大出力のブレスが、ミナトの足先で。


「……は?」


 ニアの呟きが漏れる。

 次の瞬間──ミナトの髪が、白く染まった。


 光を反射したのではない。

 黒かった髪が根元から色を変え、ほんの一瞬、純白となって宙へ広がる。


「……私やカナデと、同じ……」


 セラの紅い瞳が見開かれた。

 同時に、ミナトから溢れ出す魔力が跳ね上がる。


 それまでの出力さえ、抑えられたものだったと思わせるほどの変化だった。


 人間の魔力に、紅い異質な力が重なる。


 混ざり切っていなかった二つの流れが、一度だけ噛み合ったかのように。


「こ、これは……!」


 ミリウスの声が、鋭く響いた。

 銀糸を操っていた指が止まる。


 普段なら決して見せないほど大きく目を見開き、ミナトを凝視する。


 次の瞬間、ミナトが脚を振り抜いた。


「──返すぞ」


 紫紺の奔流が、折れ曲がる。


 足先から広がった魔力がブレスの先端を包み込み、その勢いごと反対側へ押し返した。


 逆流した光が、まだ吐き出され続けている魔力を巻き込む。

 巨大なうねりとなったそれが、放たれた軌道を遡っていく。


 龍が顎を閉じようとしたが、間に合わない。

 自ら放った最大の一撃が、その頭部を呑み込んだ。


 咆哮が途切れる。

 紫紺の光が首を走り、胸郭を貫き、巨大な翼を覆い尽くした。


 紋章陣が激しく明滅し、巨体を維持していた輪郭が崩れ──龍は自らのブレスの中で消滅した。


「…………」


 誰もが、すぐには言葉を発せなかった。


 ミナトが地面へ降り立つ。

 その時には、髪は既に元の黒へ戻っていた。


 白く染まっていたのは、ほんの一瞬。

 だが、見間違いではない。


「今の……」

「蹴った、よな……?」


 フレイアは乾いた喉を動かし、ニアが呟く。

 いつもの調子で騒ぐことさえできない。


 握っていた剣を下ろすことも忘れ、ただミナトの背中を見つめていた。


 セラもまた、唇を僅かに開いたまま動かない。


 ミリウスの指先で、緩んでいた銀糸が張り直された。

 彼女の視線は、龍が消えた場所ではなく、ミナトの髪へ向けられている。


 その沈黙を破ったのは、小さな拍手だった。


「……素晴らしい」


 アリスが、両手を合わせていた。

 消滅した龍には目もくれない。


 ただミナトだけを見つめ、抑え切れない喜びを滲ませながら微笑んでいる。


「素晴らしいです、ミナト様。まさか、あの一撃まで正面から返してしまうなんて」


 声が弾む。

 切り札を失った者の反応ではなかった。


「もっと見せてください。まだ、お隠しになっているのでしょう?」


 ミナトの肩が、僅かに強張った。



◇



 ──やっぱり、兄さんはすごいね。


「っ……!」


 突如として声が、耳元で響いた。


 アリスは、まだ十数歩先にいる。

 その唇は、動いていなかった。


 右耳のすぐ傍で、小さな魔力の震えが生じている。


 音だけを届けているのか。

 それとも、直接聞こえているように錯覚させているのか。


 ニアは龍の消えた場所を見上げ、フレイアは障壁の状態を確かめている。

 この声に反応しているのは、俺だけだった。


 ──わたしを止めるために、そこまで頑張ってくれたんだよね?


「……黙れ」


 小さく吐き捨てる。

 右脚に残った痺れが、まだ消えない。


 今の瞬間、体内の魔力が妙な繋がり方をした。

 自分のものとは違う流れが噛み合い、普段なら通さない量の魔力が一気に脚へ集まった。


 カナデから得た吸血鬼の力の影響か?


 確認している暇はない。

 目の前の女から、視線を外すわけにはいかなかった。


「ご気分を害してしまいましたか?」


 今度は、誰にでも聞こえる声だった。

 アリスが首を傾げる。


 その穏やかな問いかけと重なるように、俺の耳元へ別の声が届いた。


 ──わたし、嬉しいんだよ?兄さんが、わたしをずっと覚えてくれてて。


 喉の奥が強張る。

 忘れられるわけがない。


 あの部屋も。

 鎖の音も。

 彼女に届かなかった手も。


 それを、この女は──。


「……お前」

「はい?どうしましたか、ミナト様?」


 違う呼び名。

 同じ笑顔。


 他の連中の前では、あくまで帝国の貴族令嬢を演じるつもりらしい。


 俺だけに、昔と同じ声を聞かせながら。


「……そんなに見たいか」

「ええ、ぜひ♪」


 アリスは迷わず頷いた。

 俺は一度だけ、深く息を吸った。


 何とか、感情を押さえ込む。


 黙らせたい。

 今すぐに、目の前から消してしまいたい。


 だが、それだけでは駄目だ。


 斬り刻んでも戻ってきた。

 肉体を壊すだけでは、この女の再生は止められない。


 なら、その再生を成立させている力ごと処理する。


 俺は右手を上げた。


「フレイア、そのまま下がってろ」

「……分かったわ」


 答えを聞きながら、まず俺とアリスの周囲へ障壁を展開する。


 地面へ深く食い込ませたそれを、筒状に立ち上げる。

 さらに、その外側へもう一枚。


 力を外へ漏らさないための壁だ。


 この里を──セラが守りたかったものまで壊すわけにはいかない。


「……閉じ込めるおつもりですか?」


 アリスが周囲を見回す。


「逃げないでほしいんじゃなかったのか」

「ふふっ……そうですね」


 笑い声を無視し、魔力を練り上げる。


 右腕へ、その先にある、ただ一点へ。


 体内を巡る力を収束させるほど、腕の奥が熱くなる。

 先ほど噛み合った異質な魔力も、今度は流れを見失わないよう、慎重に重ねていった。


 低い音が響く。

 空気が震え、障壁の内側で砂が浮いた。


 終わらせてやる、ここで──!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。