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第64話 ヤンデレ再び。セラVSアリス

 吸血鬼の里に突如出現した亜空間のゲート。

 紫紺の光を放つその内部から姿を現した少女は、ゆったりとした動作で地上へ降り立った。


「な、何で……アンタが!?」

「こんばんは、ニアさん……でしたね。クロフォード王国との交流戦ではお世話になりました」


 涼やかな声で挨拶するアリス。


 しかし、その瞳には狂気の輝きが宿っている。


「お、おいおい!ちょっと待てよ!なんでこんな所にアンタがいんだよ!?」


 ニアの叫びも虚しく、アリスは優雅に微笑む。

 セラの目が鋭くなり、その周囲に血の刃が生成され始めた。


「……誰?」

「帝国っていう、最近うちと揉めてる所の貴族令嬢。前にミナトと戦ったこともあんだけど……」


 セラは警戒を強め、ニアは苦々しげに答える。


 何故、彼女がここに?

 今のゲートは何だ?


 疑問符が頭の中を埋め尽くすが、目の前の危機の方が先決だった。


「吸血鬼の里に何の用?」

「ふふっ……お騒がせしてしまいましたね。私はただ、彼を探しに来ただけなのです」

「彼?」


 アリスの視線がセラとニアを通り越し、何かを探すように彷徨う。

 その仕草は、まるで恋人の居場所を探す乙女のようでありながら、底知れない不気味さを醸し出していた。


「……違う」

「はい?」

「キミの目的は、“始祖”」


 セラが断言すると同時、辺りの空気が一変する。


 アリスは満面の笑みを湛えながら、僅かに魔力を発散させた。


「素晴らしい洞察力です。流石は純血の吸血鬼と称賛すべきでしょうか?」


 アリスが妖艶な笑みを浮かべる。

 途端に彼女の周囲の魔力濃度が急上昇した。


 凄まじい紫色の魔力が渦を巻き、まるで竜巻のように螺旋を描いていく。


「なんなんだよ!?帝国が吸血鬼の里に乗り込んで来る理由なんてねぇだろ!?」


 ニアが叫ぶ。


 しかし、アリスは聞く耳を持たずといった様子で笑みを崩さない。


「ありますよ?だって……彼に手を出した泥棒猫が居るんですから♪」


 ゾクリ、とニアの背筋が凍るような錯覚を覚える。


 アリスの瞳孔が開ききり、狂的なまでの愛情が溢れ出ているように感じた。


「だ、だから彼って誰なんだよ!」

「知る必要もないでしょう。邪魔者は……消えてください」


 アリスが両腕を広げる。


 すると、彼女の背後に巨大な紋章陣のようなものが展開され、中から黒い影のような触手が幾つも出現した。


「な、なんだよありゃ!?あれが魔力なのか!?」

「……!?」


 ニアとセラが驚愕する間にも、触手は鞭のようにしなりながら襲いかかってくる。


「こっ、のぉ!」


 ニアが剣を抜いて応戦する。

 だが、刃先が触手を捉えた瞬間、纏わせていた魔力を吸収され、そのまま弾き飛ばされてしまった。


「な!?」

「無駄ですよ。この子たちは相手の魔力を喰らって成長するんですから」


 楽しそうに嗤うアリス。


 セラも血の刃で応戦しようと試みるが、触手が絡みつき、逆に魔力を奪われてしまう。


「吸血鬼の血も美味しいかもしれませんね♪」


 アリスの狂笑が響き渡る中、触手が二人を捕獲しようと蠢く。


 しかし──。


「……邪魔」


 セラが小さな声で呟いた。


 次の瞬間、彼女の全身から紅蓮の魔力が吹き荒れ、周囲を飲み込むように広がっていく。


「へぇ……」


 アリスの口角が吊り上がる。


 セラは魔力の奔流を操作し、無数の血の槍を生成する。

 

 触手が血の槍に触れた瞬間、表面を覆っていた魔力が吸い取られる。

 だが、既に加速していた血の塊は止まらない。


 凝固した血液が触手を貫き、内部から引き裂いていった。


「おかしいですね。魔力は確かに吸収されているはずなのに……」

「その触手で吸収できるのは、直接触れた魔力だけ。触れた魔力は吸収できても、実体化した血液までは消せない。私の血槍なら、貫ける」


 セラは冷静に状況を分析しながら、アリスを見据えた。


「ふふっ……お見事です。流石は純血の吸血鬼様ですね」

「余裕かましやがって……!」


 ニアが剣を構え直すも、アリスは意に介さない様子だ。


「そのゲートは、キミの仕業?」

「ええ。分け与えた魔力を伝って、この場所を特定しました。便利でしょう?」

「分け与えた?あんたが、誰にだよ!?」

「さあ?ご想像にお任せします」


 不敵に笑うアリスに、ニアの脳内に以前に読んだ報告書の内容が蘇る。


 エアハートでミナトが戦ったという、魔力を超えた“魔術”。


 このゲートもその類いだというなら、やはりこのアリスが関わっている……?


「お喋りはこの辺にしておきましょう。“始祖”が封印されている場所へ案内してください」

「……キミのような得体の知れない存在を招き入れるわけがない」

「そうですか。なら、少々手荒な真似をする他ありませんね」


 アリスの視線がセラを射抜く。


 セラの目が険しくなると共に、魔力の密度が増していった。


「まずは彼の唇を奪った泥棒猫からです♪」

「……キミ、気持ち悪い」

「酷い言い草ですねぇ。でも、嫌いじゃないですよ?その生意気な目──ぐちゃぐちゃに壊してあげる」


 アリスの雰囲気が一変する。


 狂気が溢れ出したかのように哄笑を上げると、魔力鎌を生成した。


 空気を切り裂くように振るうと、まるで亀裂が走るように空間そのものが歪む。


「な、なんだありゃ!?」

「……何かが来る」


 ニアが狼狽し、セラが警戒を強める中──。


「さぁ、行きなさい」


 宙に浮かぶ不気味な紋章陣が、みるみるうちに巨大化する。


 そして、その中から紫電を纏った巨大な龍のような怪物が姿を現した。


 その眼は爛々と赤く輝き、口元からは瘴気混じりの吐息が漏れている。


「おいおいおい!嘘だろ!?」

「……っ」


 流石のセラも冷や汗を流す。


 召喚されたのは、自身の魔力量を遥かに上回る異形の存在──それは明らかだった。


「さあ、どうしますか?素直に案内してくだされば、痛い目を見ずに済みますが?」

「……どうせ、キミは私を見逃すつもりなんてない」

「ご明察♪」


 アリスの哄笑と同時に、龍の雄叫びが里中に響き渡った。


「……っ、おい!ミナトを呼ぶぞ!!オレらだけじゃ厳しすぎる!」

「それは実に魅力的な提案ですが……」


 アリスが指を鳴らすと同時に、龍の咆哮が轟く。


 周囲一帯に衝撃波が発生し、木々や瓦礫を吹き飛ばす。


「くっ……魔力の圧力だけでこれかよ……!」

「……少し厳しい」


 二人は即座に防御態勢を取る。


 セラが血の壁を展開したことで直撃を免れるが、衝撃自体は容易に防げるレベルではない。


「あら、案外粘りますね。吸血鬼らしい粘着質とでも言うべきでしょうか?」

「……こいつ、なに?妄想が激しい異常者?」

「おまっ、よくこの状況で言えたな!?」


 セラの冷静な分析とニアのツッコミが交差する中、宙に浮かぶアリスは右手を翳す。


 紫色の魔力が凝縮される。


 それは瞬く間に龍の口元へと集まっていき、巨大なエネルギー塊へと変貌していく。


「あれは……ヤバいかも」

「くそっ!どうすんだよ!?」

「大丈夫。私なら止められる。ただ、キミはその間にミナトを──」


 セラが魔力を集中させようとする。


 だが、アリスが愉悦に浸るような声で嗤った。


「残念ですが、狙いはあなたの可愛い眷属たちですよ♪」

「っ!?」


 セラの双眸が見開かれる。


 アリスが指を鳴らすと同時に、龍は目標をセラたちではなく、里全体へと変えた。


「や、やめっ……」


 セラが叫ぶ間もなく──膨大な魔力が解放され、紫色の大瀑布となって里中に降り注いだ。


 大地が揺れ、砂煙が舞い上がる。


「ぁ……」

「う、嘘だろ……」


 あまりの光景に、二人は唖然とする。


 吸血鬼の里は一瞬のうちに半壊状態となり、瓦礫の山と化していた。


 そこに広がるのは、炎上する家屋や倒壊した建物の姿。


 そして、夥しい量の血痕が地面を濡らしていた。


「……あ……ああ……」


 セラが震えながら、膝から崩れ落ちる。


 理解が追いつかない。


 否──信じたくない。


 今の一撃で、どれだけの眷属が犠牲になったのか。


「おや?あれは、子供たちでしょうか?」

「っ!?」


 アリスが指差す方向に視線を向ける。


 そこには、瓦礫の下敷きになった幼い眷属たちの姿があった。


 声はよく聞こえない。

 しかし、微かに呻き声を上げている。


 セラの血の気が引いていく。


「あ……ああ……そんな……」


 龍の魔力が再び収束され始め、セラは咄嗟に血の壁を展開しようとする。


 だが、指先が震える。魔力が纏まらない。

 先ほどまで自在に操れていたはずの血が、まるで彼女自身の恐怖を映すように形を崩していく。


 その狙いは、明らかだったのに──。


「や、やめ……て……お願──」

「やめなーい♪」


 悲痛な懇願も虚しく、アリスが指を鳴らす。


 天使のような笑顔と共に──再度、紫色の魔力波動が放たれた。


「ぁ……」


 光が全てを飲み込んだ。


 先ほどまで幼い眷属たちがいた場所には、何も残っていない。


 セラは目を見開いたまま、硬直していた。


 喉元から、声にならない悲鳴が漏れ出る。


「ふむ、なかなかの威力……まだまだ彼と戦える域ではありませんが、及第点といったところでしょう」

「こ、このクソ女がああああああ!!」

 

 ニアが怒りに任せて駆け出す。


 宙に浮かぶアリスへ、渾身の突きを放つ。


「勇敢と無謀は違うんですよー?」


 アリスは魔力鎌を軽く振るい、ニアの剣を弾く。


 衝撃で吹き飛ばされたニアは、地面に叩きつけられた。


「ぐっ……!」


 肺から空気が押し出される。


 それでもニアは震える腕で身体を起こし、瓦礫と化した里を見渡した。


 つい先ほどまで、確かにそこにいた。


 笑っていた者たちがいた。


 幼い子供たちがいた。


 それを、この女は──。


「て、てめぇ……人間じゃねぇ……!」


 掠れた声が漏れた。


「こんなこと……人間にできるわけがねぇだろ……!この、化け物が……!」

「化け物?」


 アリスは意外そうに瞬きをした。


 怒るでもなく、傷つくでもなく。


 ただ、本当に不思議そうに首を傾げる。


「ニアさんって、随分とロマンチックな方なんですね」


 そして、自分の胸元へそっと手を添えた。


「わたし、ちゃんと人間ですよ?」

「……は?」

「だって、そういうものでしょう?人間って」


 アリスは微笑んだ。


 あまりにも穏やかな、場違いな笑顔だった。


「自分とは関係のない誰かが泣いて、傷ついて、人生を滅茶苦茶にされて──それを安全な場所から眺めて、好き勝手なことを言う」


 その瞳が、細くなる。


「自分が『正しい側』にいると思えば、どこまでも残酷になれる」

「な……」

「誰かの不幸を見て安心して、誰かが叩かれていれば一緒になって笑って、飽きたら……また次の誰かを探す」


 口元がゆっくりと吊り上がる。


「少なくとも、わたしが見てきた人間は、そういうことを平気でする生き物でしたよ?」


 アリスは両腕を広げた。


 まるで、自分こそが人間という生き物の代表であるかのように。


「だから、わたしだって同じです♪」

「一緒に……すんな……!」

「ええ、もちろんですよ。わたしの考えが絶対に正しいなどと言うつもりはありません。だから、ニアさんはニアさんの意見を大切にして下さいね?」


 ニアは、背筋が冷たくなるのを感じた。


 こちらの言葉を理解していないわけではない。

 自分の考えを押しつけようとしているわけでもない。


 むしろ、相手が違う考えを持っていることを、あっさりと認めているのだ。


 ──少なくとも、俺は気にしない。お前はお前だろ。


 不意に、ミナトの声がニアの脳裏を掠めた。

 忌まわしい父親と同じ血を引いていることに悩んでいた自分へ、あいつが何気なく投げかけてくれた不器用な言葉。


「……っ」


 何故、今あいつを思い出した?

 

 目の前にいるのは、大勢の命を奪って笑っている女だ。


 似ているはずなどない。


 なのに──言葉の奥にある考え方だけが、妙に重なってしまう。


「さあ、そろそろ終わりにしましょうか」


 アリスが地へと降り立つ。


 魔力鎌を携え、ゆっくりと近づいていく先は──。


「に、逃げろ……セラ……!」


 ニアが近づこうとするが、身体が言うことを聞かない。


 先ほど地面へ叩きつけられた衝撃で呼吸は乱れ、剣を握る腕にもほとんど力が入らなかった。


「くっ……そ……!」


 再び地面へ倒れ込む。


 その間にも、アリスはゆっくりとセラへ近づいていた。


「…………」


 セラは動かない。


 いや、動けない。


 虚ろな紅い瞳は、消し飛ばされた子供たちがいた場所へ向けられたままだった。


 何もない。


 本当に、何も残っていない。


 つい先ほどまで、そこには命があった。


 笑っていた。


 走っていた。


 自分を見つければ、無邪気に手を振ってくれた。


 ──また。


 また、失った。


「ふふ……」


 目の前に黒い靴が止まった。


 セラの身体がびくりと震える。


「かわいそう」


 アリスが囁いた。


 優しい声だった。


 だからこそ、余計に恐ろしかった。


「大切な人たちが、目の前でいなくなっちゃいましたね?」

「……っ」

「お辛いですか?」


 セラの唇が震える。


「悲しいですか?」


 アリスは腰を屈める。


 指先で、セラの顎をゆっくりと持ち上げた。


「……綺麗な顔。近くで見てもシミ一つありませんね。お肌も潤ってて、本当に500歳ですか?」


 狂気と嫉妬、歪んだ愛情の入り交じった視線が向けられる。


「これですか?彼の唇に触れたのは……?」

「……っ」


 セラが身を捩ろうとした。

だが、恐怖に強張った身体は、まったく言うことを聞かなかった。


「教えてください。彼とのキスはどんな味がしたんですか?いつから私の“優也兄さん”に──『恋』なんて感情を抱くようになったんですか?」

「ゆう……や?」


 耳元に届く囁きに一瞬だけ違和感を覚えるが、もはやセラの思考は纏まらない。

 

 怖い。


 ただひたすらに、恐怖という感情が全身を駆け巡る。


「──ねえ、早く教えて?」


 アリスが顔を近づけ、瞳を覗き込む。


 一筋の光もない、深淵のような目。

 そこに映るのは、絶望に染まった自分の顔。


「あ……ぁ……」


 呼吸が出来ない。

 涙が溢れ出す。


 目の前の少女は、悪魔か?化け物か。


 否、セラには分かっていた。


 目の前の少女は、正真正銘の──人間。


「あはははははははははははっ!!」

 

 『人間』は高らかに嗤う。


 恍惚とした表情のまま、魔力鎌をゆっくりと振り上げる。


「──500年間、よく頑張りました♪」


 その刃がセラの首筋へと振り下ろされる寸前──。


「っ!?」


 セラの顎を捉えていたアリスの指先が飛び散った。


 鮮血が舞い、地面に赤い斑点を描く。


「あはっ♪」


 アリスは笑う。


 しかし、追撃は容赦なく放たれた。


 魔力刃が次々とアリスの四肢を抉り、千切っていく。


 それでもなお、アリスは笑う。

 心底愉しげに。


 血飛沫と共に肉片が散り、その身体が崩れていく。


 やがて、彼女は狂喜の笑みを浮かべたまま、砕け散った。


「…………」


 静寂が訪れる。


 呆然と座り込むセラの頬には、アリスの返り血が付着していた。


 セラは恐る恐る、魔力の主を求めるように振り返る。


 そこには──感情の一切が抜け落ちた表情のミナトが立っていた。

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