第62話 セラとミリウスの対峙
数分後、俺は負傷した眷属たちを出来る限り治療して回った。
流石に死者まで蘇らせることはできないが、まだ息があるなら治療は可能だ。
ただでさえ残された寿命が短いというのに、こんなことで命まで奪われるのは気の毒すぎる。
「律儀なものですね」
「誰のせいでこうなったと思ってる」
「必要な犠牲です」
「ブレないよな、あんた……」
呆れ混じりに返しながら、最後の一人の治療を終える。
改めて周囲を見渡せば、里はかなり荒れていた。
木々は無惨に切り倒され、建物も所々破壊されている。
(派手にやってくれたな、全く……)
内心で毒づきながら、再び歩を進める。
数分もしないうちに里の中心部へ到着すると、そこには負傷した眷属たちを治療するセラの姿があった。
「ミナト」
こちらに気付いたセラが振り返る。
その目には疲労の色が濃い。
だが、俺の隣に立つミリウスを認めた瞬間に紅い瞳が鋭く細められた。
「……お前が、侵入者?」
「これはこれは。純血の吸血鬼……セラ様ですね。お初にお目にかかります」
ミリウスが形式的に頭を下げる。
しかし、その声音から敬意など微塵も感じられない。
むしろ、隠す気すらない敵意が滲んでいた。
一方のセラも、全身から魔力を迸らせる。
周囲の空間に血液が浮かび上がり、瞬く間に無数の刃へと姿を変えた。
「……これは、非常に興味深いですね。紅く濁った魔力。これほど凄まじい圧力でありながら、気配をほとんど感じ取れないとは」
「黙れ。よくも、眷属たちを──!」
そのまま血の刃が射出されるが、俺は二人の間へ魔力障壁を展開した。
血の刃が障壁へ激突し、砕け散る。
飛散した赤い破片が周囲の地面へ突き刺さった。
「落ち着け、話はついてる。これ以上攻撃しないと約束させた」
「どいて。私はもう逃げない。この女は、眷属たちを……!」
「……ミナト様、正当防衛ですよね?」
背後からミリウスの声が聞こえる。
「この私に冷や汗をかかせるほどの強者です。是非とも一度、お手合わせ願いたいものですね」
「張り合うなっての」
魔力糸を展開しようとするミリウスを押し止める。
口では余裕ぶっているが、セラの異質な魔力を目の当たりにして、流石のミリウスも警戒しているらしい。
セラも血の刃を構えたままだが、俺が間に入ったことで少しは冷静さを取り戻してくれた。
「……説明して、ミナト」
「ああ」
俺はここへ来るまでの経緯を掻い摘んで説明した。
途中、セラが何度もミリウスを睨んでいたが、一応は納得したのか、やがて周囲に浮かんでいた血の刃が霧散していく。
「信用はできない」
「大丈夫だ。こいつが妙な真似をしたら俺が止める」
そう言ってから、ミリウスへ視線を向ける。
「……約束したよな?」
「ええ。もちろんです」
ミリウスは微笑んでいる。
だが、俺が何を言いたいのかは十分理解しているはずだ。
「ミナトがそう言うなら、従う」
「悪いな」
「ん。怪我人はまだいる。残りは医務室に運んだから、手伝って」
それだけ言い残し、セラは足早に歩き出した。
彼女の小さな背中を見送りながら、ミリウスが小さく目を細める。
「意外ですね。あそこまで眷属に執着するとは。代わりなど、いくらでも用意できるでしょうに」
「あいつはそういう奴なんだよ」
「……随分と理解していらっしゃるようで」
「そうか?」
「ええ。よほど彼女の境遇に感情移入されたのですか?」
「どうかな」
とはいえ、あんな告白を聞かされた後でセラをかつてのような無表情淫乱吸血鬼と見ることは、もうできそうになかった。
「それより、あんまりセラを挑発するなよ。分かっただろ?やり合えばあんたでもかなり危険な相手になるぞ」
「……心外ですね。負けるつもりはありませんよ」
珍しく対抗心を露わにするミリウスと共に、セラの後を追った。
医務室へ戻ると、カナデは未だ眠りについていた。
ニアとフレイアは、俺の後ろから入ってきたミリウスを見るなり露骨に警戒心を露わにしたが、事情を説明するとひとまず矛を収めてくれた。
俺たちは早速、運び込まれた眷属たちの治療に取りかかる。
既に息を引き取った者もいたが、医務室へ運ばれた者たちは、幸いにも一命を取り留めていた。
多少出血が酷い程度なら俺の魔力操作で対処できるし、フレイアやミリウスの協力もあって治療は順調に進んだ。
「ミナト様のお手並みには驚かされます」
「あんたもな。戦闘だけじゃなく治療までお手の物か」
「王族の側近たるもの、幅広い技能を習得していなければ務まりませんので」
皮肉を交わしながらも、ミリウスの手際は確かだった。
魔力糸を極細に変化させ、傷ついた血管の修復や出血部位の固定に利用している。
先ほどまでその糸で襲われていた眷属たちは、なんとも言えない表情で治療を受けていた。
やがて一通りの処置が終わると、眷属たちは俺たちへ一礼し、それぞれの持ち場へ戻っていった。
「まさかミリウスさんに見つかっちまうとはな……休日のはずが散々だぜ」
「同情はしますよ、ニア様。私も今日は驚きの連続ですから」
軽口を叩きながらも、ミリウスの視線はベッドで眠るカナデへ向けられている。
「確認しますが、カナデ様が吸血鬼のハーフであることは間違いないのですね?」
「信じられないか?」
「当然でしょう。この平民の天然娘が、そんな特別な存在だったとは到底……」
「ま、オレも妹のことながら未だにピンと来ねぇけどな」
ニアが苦笑する。
その隣では、フレイアが不安げな表情を浮かべていた。
まあ、一番に知られたくないやつに知られればそうなるか。
「その……さ。ミリウスさん?このこと、上に報告したりとか……」
「先ほどミナト様から釘を刺されましたが、状況が変わりました。直ちにアルドルフ様へ報告すべき案件でしょう。“繁栄の巫女”ともなれば一大事です」
「なっ……!」
ニアとフレイアの表情が強張る。
二人の視線が一斉に俺へ向いた。
「冗談ですよ」
「お前な……」
思わず額を押さえる。
「個人的な興味が湧いてきました。しばらく傍観させていただきましょう」
「本気かよ……」
「吸血鬼の未来などに関心はありません。ただ、カナデ様が覚醒させた力がそれほどのものなら、ミナト様共々敵に回すのは愚策ですから」
飄々とした態度を崩さないミリウスに、ニアとフレイアは困惑した顔を浮かべる。
いかにもこいつらしい理由だ。
もっとも、本心がそれだけとも思えないが。
「それより、セラ様。一つお聞きしても?」
「なに?」
「貴方の目的は吸血鬼の再興。そして、カナデ様の血を眷属たちへ与え、寿命を延ばす。それが儀式の概要で間違いありませんか?」
「……そうだけど」
セラの声が僅かに低くなる。
対するミリウスは、気にした様子もなく続けた。
「では、その後は?」
「……何が言いたい?」
「儀式によって眷属の寿命は延びるかもしれません。しかし、それは根本的な解決ではありませんよね。人間にとって吸血鬼が忌むべき存在であることに変わりはない」
室内の空気が張り詰める。
「吸血鬼の敵であるお前に話す必要はない」
「ですが、現実問題として共存は困難でしょう。仮にカナデ様が魔力を供給し続けたとしても、それは一時凌ぎに過ぎません」
セラが押し黙る。
俺も何か言おうとしたが、言葉が出なかった。
腹立たしいが、ミリウスの指摘自体は間違っていない。
「じゃああなたは、吸血鬼は淘汰されるべきだと?」
フレイアが毅然とした口調で問いかける。
彼女もまた、ここへ来てから吸血鬼に対する認識を変えた一人だ。
「いいえ」
意外にもミリウスは否定した。
「何故、そんな回りくどい方法を取るのかと疑問に思っているだけです」
「どういう意味?」
「過激派は“始祖”の復活を目論んでいる。ならば、セラ様も同じ手段を取ればよろしいのでは?」
ミリウスが微笑む。
「始祖を復活させる。再び吸血鬼が世界を支配する。それなら迫害されることも、眷属の寿命に怯える必要もない。全て解決です」
「なっ……!?」
「あなた、それ本気で言ってるの!?」
ニアとフレイアが声を荒げる。
だが、セラだけは何も言わなかった。
拳を強く握り締めている。
「かつて吸血鬼が世界を支配していた時代があったのでしょう?ならば“始祖”の復活こそ、最も合理的かつ確実な方法では?」
「……馬鹿にするな」
氷のように冷たい声だった。
空気が変わる。微かに血の臭いが漂い始めた。
「同族は、その傲慢さ故に敗北した。もう二度と繰り返さない。それが私の歴史であり、誇り」
「誇りのために種族が絶滅する……実に非合理的です」
「っ……!」
セラの魔力が一気に膨れ上がった。医務室全体が震える。
机の上に置かれていた器具が床へ落ち、薬瓶が甲高い音を立てて転がった。
「お、おい、ミリウスさん!あんた何考えてんだよ!?」
ニアが割って入ろうとする。
だが、セラの放つ圧力に押され、思わず足を止めた。
「どうしました?その怒りに身を委ねれば、“始祖”への道が開けるかもしれませんよ?」
「……挑発には、乗らない」
膨れ上がっていた魔力が、少しずつ収まっていった。
セラの額には玉のような汗が浮かんでいる。
ニアとフレイアが安堵したように息を吐いた。
「残念です」
「お前は……吸血鬼を滅ぼすのに都合のいい理由が欲しかっただけ。そんな奴に、私は負けない」
強い拒絶。
その言葉を聞いて、ようやく俺もミリウスの狙いを理解した。
「頭を冷やしてくる。もう遅いから、ミナトたちは休んで」
セラが立ち上がる。
そのまま医務室を出ていこうとして──。
「セラ」
「……ミナト?」
「……よく耐えたな」
思わず労いの言葉が出た。
自分でも柄じゃないという自覚はある……が、声を掛けずにはいられなかった。
「……ありがとう」
微かに微笑んだ後、彼女は扉の向こうに消えていった。
「ミリウスさん。一体どういうつもり?」
セラがいなくなるなり、フレイアが低い声で問い詰める。
「フレイア様のご想像通りです。あちらから手を出してくださるのであれば、正当防衛が成立しますからね」
「……あんた、最低ね」
「褒め言葉と受け取っておきます」
全く悪びれる様子のないミリウスに、フレイアが深い溜息を吐く。
「なあ、ミナト」
今度はニアが声をかけてきた。
「セラって、思ってたより……」
「ああ、最初の印象と違うだろ」
「なんつーか……憎めなくなってきたな」
今まで犬猿の仲だったニアにも、思うところがあったらしい。
完全に信用したわけではないだろう。
それでも、その表情から以前ほどの敵意は感じられなかった。
「今日はもう休むか。カナデが目を覚ますまでに、俺たちも万全にしておいた方がいい」
「そうね。あたしも少し横になりたいわ」
フレイアがベッドへ腰掛け、眠り続けるカナデの顔を覗き込む。
ニアもそれ以上は何も言わず、壁際へ寄りかかった。
俺は最後にミリウスへ視線を向ける。
「一応言っとくが、次に妙な真似をしたら俺が黙ってないからな」
「承知しております。ミナト様に逆らうほど愚かではありませんので」
「どの口が言ってんだ……」
言葉とは裏腹に、ミリウスはどこか愉快そうな笑みを浮かべていた。
この先、こいつがどう動くのかは分からないが、今はとりあえず休息を取るべきだろう。
俺も椅子に腰掛け、瞼を閉じた。




