第61話 毒舌メイドの乱入
どのくらい時間が経ったのか。
夜の冷気が幾度となく俺たちを包み込む中で、ようやくセラの嗚咽が止んだ。
「恥ずかしい……忘れて」
「多分無理だぞ。あんなセラは初めて見たからな」
「……なら、誰にも言わないこと。言ったらミナトが私を襲ったと告発する」
どんな脅しだよ……顔を伏せながら、未だに俺のシャツを握り締めているセラに苦笑する。
さっきまであれだけ感情を剥き出しにしていたくせに、早速いつもの調子に戻ろうとしている。
500年も生きてるくせに、精神的には見た目通りってことか。
「今、失礼なことを考えた」
「気のせいだ」
「体内の血流が乱れた。今のミナトはカナデと私の魔力が入り混じっている状態。嘘をつけばすぐバレる」
さらっと恐ろしいことを言われる。
強くなりたい一心で吸血鬼の力を取り込んだが、こんな落とし穴があるとは予想外だった。
今後は魔力コントロールをさらに徹底する必要がありそうだ。
「それで?これからどうするんだ?」
「カナデの目覚めを待つ。眷属たちの寿命を延ばすには“繁栄の巫女”の魔力が必要」
「例の儀式ってやつか」
「そう。あの時は暴走したけど、次は大丈夫。75%の確率で成功する」
「相変わらず普通に不安になる数字だな……」
「また暴走しても、ミナトがいれば大丈夫」
すっかり通常運転に戻った様子で、セラは小さく微笑んだ。
泣き腫らした目とは対照的に、その表情はどこか吹っ切れたようにも見える。
「……カナデやニアにはちゃんと説明しろよ」
「カナデは分かってくれる。カナデ兄は……やっぱりミナトにお願いする」
「おい」
「あいつ面倒くさい。すぐ突っかかってくる」
「セラが煽るせいでもあるからな?」
肩を竦めながらも、そのやり取りさえどこか和やかに感じてしまう。
つい先ほどまで警戒していた相手だというのに、不思議なものだ。
「帰る?」
「そうだな。カナデが目を覚ますまでは付き添ってやりたい」
再び暴走するようなことがあれば、フレイアやニアではまず止められない。
今のところ強い魔力は感じないが、万が一を考えれば用心しておくに越したことはないだろう。
「じゃあ私も──」
「セラ様!」
俺たちが立ち上がろうとした、その時だった。
セラの眷属の一人だろうか?
血相を変えてこちらへ駆け寄ってくる。
「侵入者です!」
「……詳しく」
「はっ!里内に何者かがが侵入!クロフォード王国の関係者と思われ、里の者たちを次々と襲っています!」
クロフォードからの刺客──親父か?アルフェンか?
いや、それにしてはやり方が粗暴すぎる。
いくら敵対してきた吸血鬼とはいえ、問答無用で眷属まで手にかけるのは穏健派の二人らしくない。
俺はすかさず魔力感知を始めた。
「被害は?」
「すでに数十名が襲われ、死者も出ています……!重傷者も多く、このままでは……!」
セラが眉をひそめる中、確かな魔力を捉える。
──ミリウス。
間違いなく、あの女だ。
「ミナト?」
「セラ。カナデの護衛を任せていいか?俺が行ってくる」
「ダメ。眷属たちに死者が出てる。私も行く」
「あいつの狙いはセラだ。それに、俺と一緒にいるところを見られたら面倒なことになる」
「……っ」
セラが目を見開く。
すぐに俺の意図を察したようだった。
ミリウスがどこまで情報を掴んでいるのかは知らない。
だが、俺がセラと親しげに行動している姿を見られれば、親父やアルフェンへ報告される可能性が高い。
そうなれば、クロフォード王国と吸血鬼の里の緊張が一気に高まり、本格的な衝突へ発展しかねない。
「……分かった。里の者をミナトが守る。感謝」
「別に感謝する必要はないぞ。俺は俺のために戦うだけだ」
「それでも助かる。ミナトが来てくれなければ……きっと今頃」
「そっちも、カナデを頼む」
「任せて」
互いに視線を交わし、頷き合う。
セラが踵を返したのを確認すると、俺も地面を蹴った。
全身に魔力を巡らせ、一気に加速する。
「……あの毒舌メイド、派手にやってくれたな」
魔力の流れを追えば、居場所はすぐに分かった。
案の定、里の中心部近くから凄まじい魔力の奔流を感じる。
そこへ辿り着いた時には、すでに周囲の木々が無惨に切り裂かれていた。
その中心に立っていたのは、一人のエルフ。
ミリウスは無数の魔力糸を操りながら、淡々と眷属たちを蹂躙していた。
「……吸血鬼の眷属。こんなものですか。で、純血種はどこです?」
「お、お前のような……エルフに……!」
「ご苦労様です」
言い終わるより早く、魔力糸が男の首を捉える。
俺は即座に魔力槍を生成。
ミリウスが糸を引き絞るより早く投擲した。
「っ!?」
ミリウスが咄嗟に身を翻す。
魔力槍が糸を断ち切り、拘束から解放された眷属の男が地面へ崩れ落ちた。
寸前で致命傷は免れたようだが、意識は朦朧としているらしい。
「この魔力……やはり、あなたでしたか。ミナト様」
「一体何の真似だ?ミリウス」
「何の真似とは、私があなた様に伺いたいのですが?」
ミリウスの視線が鋭くなる。
右手が僅かに動いた。
直後、一本の魔力糸が高速で射出される。
狙いは俺ではなく、背後にいる眷属の心臓。
「やめろっての」
魔力槍を展開し、横から撃ち落とす。
ミリウスは僅かに眉根を寄せ、一歩前へ踏み出した。
「……何故庇うのですか?吸血鬼は討伐対象のはずですが」
「敵意のない奴まで殺すのはやり過ぎだ。これ、親父かアルフェンの命令なのか?」
「いいえ。全て私個人の判断です。いずれにせよ、吸血鬼は殲滅すべき種族」
「……そうかよ」
思わず溜息が漏れる。
理由は想像できなくもない。
だが、だからといって無抵抗の者まで殺していいわけがない。
「み、ミナト殿……」
「ここは俺が何とかする。他の負傷者を連れて離れてくれ」
「はっ……ありがとうございます……!」
眷属の男が弱々しく礼を述べ、仲間に肩を貸されながら離れていく。
ミリウスはそれを冷徹な眼差しで見送ると、俺へ向き直った。
「さて……まずは説明していただきましょうか」
「説明?」
「カナデ様やニア様と休暇中だったはずですが?」
「色々あってな」
「私の目は誤魔化せませんよ?」
ミリウスの指先が僅かに動く。
魔力糸が空気を切り裂いた。
「俺とやる気か?」
「……そんな野蛮な真似はしたくありません。ですが、第二王子であるミナト様が吸血鬼側についたと知れば、アルドルフ様やアルフェン様はどう思われるでしょうか」
「別に吸血鬼側じゃない。中立だ」
「中立……それはまた、随分と都合のいい言葉ですね」
ミリウスの口元が歪む。
そこには嘲弄と諦観が入り混じっていた。
「あんたこそ、どうやってここを突き止めた?」
「今の純血種を快く思わない方が、手引きしてくださいまして」
「そいつの名前は?」
「さあ?聞いていません。興味もないので」
嘘をついてるようには見えない……となれば、やはり過激派か。
セラに反発する連中なら、内部から侵入を手助けすることも可能だろう。
「面倒なことになったな……」
思わず頭を抱える。
正直、ここでミリウスを無力化すること自体は難しくない。
だが、それをすればクロフォード王国と敵対する形になりかねない。
かといって放置すれば吸血鬼たちへの襲撃が続き、いずれカナデが“繁栄の巫女”であることまで知られてしまう。
「それで、純血の吸血鬼はどこに?」
「さあな。俺も知らない」
「嘘は通じませんよ?どうしても言わないのであれば──」
ミリウスが右手を掲げると、空間に無数の魔力糸が展開された。
先端は鋭利な刃のように研ぎ澄まされ、その全てが俺へ狙いを定めている。
「少し、痛い目に遭っていただくことになります」
冷徹な宣告と共にパチンッ……と指が鳴る。
次の瞬間、魔力糸が四方八方へ飛び散った。
樹木が裂け、岩が砕ける。
蜘蛛の巣のように絡み合った糸が、逃げ場そのものを奪うように空間を埋め尽くしていく。
「見栄えは悪くないけどな」
即座に魔力障壁を形成。
飛来する糸をまとめて弾き飛ばす。
同時に反撃用の魔力矢を複数生成し、糸と糸の隙間を縫うように射出した。
「くっ……!?」
一本がミリウスの肩口を掠める。
あえて直撃は避けた。
牽制のつもりだったが、それが逆に癇に障ったらしい。
「舐めた真似を……!」
怒気を含んだ声と共に、周囲の魔力濃度が一気に上昇する。
前から思っていたが、案外頭に血が上りやすいタイプだよな、この女。
「今ので分かっただろ、さっさと退け。お前じゃ俺は止められない」
「誰に向かって……!」
怒号と同時に、十数本もの魔力糸が一斉に襲いかかる。
魔力矢で迎撃しながら、そのまま距離を詰める。
「……っ!?」
次の瞬間、弾いたはずの魔力糸が空中で軌道を変え、俺の背後へ回り込んできた。
なるほど、厄介な操作技術だ。
これだけの本数を同時に操りながら、一本一本の軌道まで変えてくる。
魔力感知と操作、その両方が高水準だからこそできる芸当。
「──が、遅い」
地面を蹴る。
一瞬で上空へ跳躍し、眼下へ向けて無数の魔力弾を散布した。
爆発。
轟音と土煙がミリウスの視界を覆い尽くす。
「気配が消えた……どこに──」
「ここだ」
「なっ……!?」
真横へ着地する。
ミリウスの肩を掴み、そのまま地面へ押し倒し、彼女の首筋へ掌底を当てる。
「動くなよ?」
掌の中で魔力を圧縮する。
低い駆動音のような響きと共に、ミリウスの体内を流れる魔力へ直接干渉した。
「くっ……この……!」
抵抗しようとしたミリウスの身体が硬直する。
そのまま魔力の流れを一時的に滞らせた。
これなら、しばらくまともには動けないだろう。
「落ち着け。別に殺しはしない。ただ撤退してほしいだけだ」
「黙れ……!才と血統に選ばれただけのクソガキが、偉そうに……!」
いや、口悪……完全に素が出てるな。
この状況で悪態をつける根性だけは大したものだ。
「“始祖”の復活を狙ってる連中がいる」
「っ!?」
ミリウスの表情が変わった。
「どういう意味か、分かるよな?今ここで吸血鬼を滅ぼそうとすれば、連中が何をするか分からない。下手すればクロフォード王国の存続にも関わるぞ?」
「………」
彼女の瞳が僅かに揺らぐ。
この反応、おそらくフレイアと同じように、“始祖”に関する情報自体は伝えられている。
咄嗟に思いついた方便ではあるが、嘘を言っているわけでもない。
何があっても、カナデが吸血鬼とのハーフであり、“繁栄の巫女”であることだけは悟られるわけにはいかない。
「…………」
しばしの沈黙。
やがてミリウスは、深く溜息をついた。
「……今回は退きます。ですが、勘違いしないでください。吸血鬼への対応を保留にするだけです」
「助かるよ。親父やアルフェンへの報告は?」
「最低限のみ。ミナト様が吸血鬼の肩を持っているとは報告いたしません」
「ありがたい」
「……ただし、条件があります」
拘束を解除すると、ミリウスはゆっくりと立ち上がった。
服についた土埃を払い、こちらを見据える。
いつもの冷静さを取り戻してはいるが、その瞳には僅かな逡巡が残っていた。
「私を同行させてください。ミナト様の監視役として、真意を見極めさせてもらいます」
「……断ったら?」
「吸血鬼への攻撃を継続します」
「この状況、俺はあんたをどうとでもできるんだぞ?」
「ええ。ですので、条件を飲めないのであれば殺してくださって結構ですよ?」
……この女、完全に腹を括りやがった。
セラや眷属のことはともかく、ミリウスの同行を許せば、カナデの正体を隠し通すのはまず不可能になる。
だからといって殺すこともできない。
そんなことをすれば、クロフォード王国と完全に敵対することになる。
「分かった。ただし、これ以上里の連中には手を出すな。負傷者の治療にも協力しろ」
「……私に吸血鬼を治せと?」
「あんたが傷つけたんだろ。処遇については里の長にも話を通す」
「……承知しました」
「それと、こっちも約束しろ」
「何ですか?」
「吸血鬼の里で得た情報は誰にも話すな。もちろん、親父やアルフェンにもだ」
「内容によります」
「──約束しろ」
「っ!?」
魔力を解放する。
ほんの一瞬だけ、明確な殺意を乗せて。
「実力の差ってのを理解しろよ。死ぬ覚悟ができてると言っても、身体をバラバラにされても同じことが言えるか?」
「……っ」
もちろん、本当にそんな真似をするつもりはない。
だが今は、俺が必要ならそれを実行できる人間だと、ミリウスに思わせる必要がある。
数秒の沈黙後、彼女は視線を逸らした。
「……分かり、ました。決して口外いたしません」
魔力を収める。
途端にミリウスが大きく息を吐いた。
額には薄く汗が滲んでいる。
それでも、すぐに気丈な顔を作ってこちらを睨み返してきた。
「この化け物め……」
「聞こえてるからな?」
「事実でしょう。それほどの実力がありながら、何故吸血鬼に肩入れするのです?」
「別に肩入れしてるわけじゃないんだけどな」
早くも皮肉を飛ばしてくるあたり、図太さだけは流石というべきか。
「とにかく急いでくれ。怪我人の救助もある」
「承知しました。ミナト様の命に従います」
ミリウスが大人しく従うのを確認し、俺は里の中央広場へ向かう。
しかし、本当に厄介なことになった。
ただでさえ、セラ、始祖、カナデの覚醒と問題が山積みだというのに、今度はミリウスまで加わった。
「……休暇って、何だったんだろうな」
そんなことを考えながら、俺は負傷した眷属たちのもとへ急いだ。




