第59話 セラの本音
セラに案内されたのは、里内でも最も奥まった区画にある小さな木造建築だった。
内部は簡素だが清潔感があり、中央には古びたテーブルと椅子が設置されている。まさに密談のための空間といったところか。
「ここなら盗聴もない。安心して話せる。座って」
「ああ」
促されるまま席につく。
セラも向かい側に腰を下ろした。
「まずは改めて謝罪と感謝。カナデを──“繁栄の巫女”を救ってくれたこと。私の判断ミスが招いた事態だった」
セラは頭を垂れる。
その真摯な態度には嘘偽りがないように見えた。
「まあ、それは素直に受け取っておくが、ニアもいる時に言ってやれよ。あいつ、ああ見えて結構妹想いだし」
「了解。明日にでも直接伝える」
セラは淡々と言いながらも、視線は真剣そのものだ。
ならば、こちらも本題に入ろう。
「さっきの奴、過激派とか言ったな。前にセラを狙ってた連中か?」
「ん。私の統治を快く思っていない者たち。始祖の復活を妄信的に信じる狂信者集団。最近、その活動が活発化している」
始祖の復活……フレイアが言っていた話と繋がってくる。
彼女も半信半疑だったが、親父が掴んだ情報は正しかったということか。
「そいつらはなんで始祖を復活させたいんだ?」
「簡単な話。始祖であれば吸血鬼社会を再建できる。彼らは私の統治を軟弱と考えている」
セラは冷静な口調だが、拳が強く握られているのがわかる。
恐らく、過去に何度も刺客を送られてきたのだろう。
「あの偽物がカナデの血を欲しがった理由は?」
「繁栄の巫女の魔力は稀有。特に吸血鬼因子を濃縮した血液は、純血よりも強力。復活の贄に使えば、始祖を蘇らせられる可能性がある」
カナデが狙われた理由がようやく明確になった。
まあ、大体は想像通りではあるが、厄介な話だ。
「一応確認なんだが、セラは復活には反対なんだよな?」
「力による支配は理想じゃない。私が目指すのは種の安泰。愚かな歴史は繰り返したくない」
セラの声には揺るぎない信念が感じられる。
これ以上の確認は不要だろう。
「クロフォード王国が私を快く思わない理由も理解してる。でも、私は共存を目指す」
「だから、フレイアの目的を知りながら観光客として受け入れたと?」
「ん。事実、彼女が私や里に向ける目は変わってくれた。先程も本気で私を殺す気はなかった」
どうやらセラは、俺が思っている以上に平和と調和を重んじるタイプらしい。
始祖という切り札を持ちながら、人間との共存を選択する姿勢には好感が持てる。
「私への疑いは晴れた?」
「一応な。というか、始祖のことといいフレイアのことといい、そういうことは先に言っとけよ。言葉足らずもいいとこだぞ」
「ミナトには言われたくない。キミも大概」
セラは不満げに唇を尖らせた。
心外な、俺も人と話すのは得意じゃないが、こいつほど酷くない……筈だ。
「本当はカナデが心配なくせに、最初は同行を拒否した」
「……それはセラとカナデが子作りだの言うからだろ。アホか」
「でも、私がカナデを無理やり連れて行った時は真っ先に追いかけてきた。要するに自分の気持ちを認めたくないだけ」
鋭い指摘に思わず顔を背ける。
この500歳児、意外と人の心情を読むのは巧いらしい。
「それで?この後はどうするんだ?」
「誤魔化した」
「茶化すな。過激派ってのはどのくらいの規模なんだ?」
「里内で5。外部を含めると10人。ただ、全員が武闘派というわけではない」
小規模ではあるが、なんとも反応に困る数。
とはいえ、外部協力者がいるとなれば厄介だ。
「不思議に思わなかった?フレイア・エアハートが、どうやって外界から隠された里の情報を知ったのか」
「もしかして、それも?」
「そう。過激派が密かに情報を流出させていた。私も知らない間に」
セラが悔しそうに俯く。
クロフォード王国が吸血鬼の里の曖昧な情報を入手できたのも、過激派の暗躍が一因ということか。
「だからこそ、キミを同行させた。カナデを守れるのはもちろん、アルドルフ・クロフォードのような私では手に余る相手だった場合──」
「……あんたまさか、もし親父が攻めて来た時の切り札として俺を利用する気だったのか?」
「可能性のひとつとして準備していた。キミは一度、アルドルフを打ち破ってる。あの時のカナデを除けば、彼に勝る人間は他にいない」
「……俺が親父側についたら?」
「あり得ない。そうなれば、カナデはクロフォード王国から追放される」
なんという用意周到さ、ただの淫乱吸血鬼だと思っていた時期が懐かしい。
俺に吸血鬼の血を宿すよう誘導したのも、俺とクロフォード王国の間に溝を作る狙いがあったのだろう。
伊達に里のトップはやっていないということか。
「ミナトは強い。でも、だからこそ迂闊。利用される側にならないよう注意」
「一本取られたな……」
「一本じゃない。四本ぐらい取ってる」
「勘弁してくれ」
セラが珍しく得意げな顔をする。こんな顔もするのか。
まんまと彼女の策略に乗せられたわけだが……一応俺にもメリットはあったから良しとしよう。
「次の過激派の狙いに目星はついてるのか?」
「恐らく、またカナデを狙ってくる。純血の私の血よりも価値があるから。そのために他国の人間も利用するかもしれない」
「今回はフレイアだから良かったものの──」
「ん。下手をすれば全面戦争になりかねない」
確かに、ミリウスや親父に本格的にセラの存在が知られれば間違いなく面倒なことになる。
最悪の場合、カナデや俺は二度と帰れなくなる上、フレイアの立場も危うくなるだろう。
「ここから先はカナデが目覚めてから改めて話したい。ミナトも疲労困憊」
そういえば、カナデの暴走を止めて以来、ほとんど休みなしで過ごしていたことに気付く。
吸血鬼の魔力を得たとはいえ、身体は正直だ。
疲労が全身に蓄積していることを今さら自覚した。
「一旦休んで回復に努めれば、対策も立てやすい。カナデにも詳しい説明をするべき」
「同感だ。ニアも混乱してるだろうしな」
「……カナデの兄にはキミから言ってほしい」
「露骨に嫌な顔すんな」
面倒とばかりに顔をしかめるセラに呆れる。
本当に掴みどころのない女である。
「なら、今日のところは解散ってことでいいか?」
「……その前に」
「なんだよ?」
「魔力が不安定。吸血鬼因子を制御できていない」
セラが俺の手首を掴んだ。
吸血鬼特有の体温の低さが伝わってくる。
「大人しくして。大丈夫」
「おい」
「痛くない。むしろ快感」
「またか。いい加減にっ──!?」
思わず抵抗しようとした、その時だった。
魔力の流れに乱れが生じ、視界が一瞬だけ暗転する。
全身から力が抜けた。
セラに掴まれた手から、急速に魔力が逆流していくような感覚に襲われる。
「カナデの……“繁栄の巫女”の魔力をそのまま受け入れるのは無茶。いくら魔力コントロールに長けていても、吸血鬼の因子は特殊。私が調整する」
「やめ……!」
言い終える前に視界がぐらついた。
膝をつき、そのままセラに抱き止められる。
冷たい手が背中に触れているのに、不思議な安心感を覚える。
「やはり大したもの。普通の人間なら暴走するまでもなく自壊してる。キミの魔力回路は……面白い」
「……あんた、こうなることも織り込み済みだったろ?」
「はて?記憶にない」
セラは露骨に首を傾げながら、両手で俺の頬を挟み込んだ。
そのまま吸い込まれるように、彼女との距離が縮まる。
「……待て」
「ふふっ……いただきます」
「──っ!?」
次の瞬間、唇が奪われた。
予想外の事態に硬直する。
彼女の唇は柔らかく、冷たく──そして甘美だった。
触れ合った場所から、セラの魔力がゆっくりと流れ込んでくる。
カナデの荒々しい力とは違う。
確かに洗練された、穏やかな魔力だった。
「ん……」
……約10秒ほどの接吻の後、セラはゆっくりと唇を離した。
「美味。やっぱりミナトは極上。魔力の質も量も素晴らしい」
「……結局は淫乱吸血鬼だったな」
「褒め言葉。次は身体と身体を重ねたい」
「冗談は年齢だけにしろ……ただまあ、落ち着いた」
先程までの倦怠感が嘘のようだ。
セラの魔力が俺の体内を循環し、荒れていた力を安定させていくのがわかる。
「……まあ、礼は言っておく。自分がどれだけ考えなしに行動してたかを思い知らされたよ」
「根は素直。好感」
「一言多い」
軽口を叩きながらも、セラの顔を見据える。
結局、最初に会った時からまんまと彼女の掌で踊らされていたというわけだ。
隙あらば魔力だの身体を重ねたいだのと口にしていたあのセラが、実は緻密に計算していたというのだから笑えない。
「ミナト」
「今度はなんだ?」
「キミは信用できる。吸血鬼を恐れない。差別しない。力があるのに私たちを排斥しようともしない」
「する理由がないだろ」
「理由がなくても排除しようとするのが人間。私は、それを嫌というほど見てきた」
セラの目は遠くを見つめている。
この小さな身体で数百年の時を生きてきた彼女が背負ってきた重荷は、俺には想像できない。
「……まだ動けるなら、少し付き合ってほしい」
「何に?」
「来れば分かる」
「ちょ……おい!?」
強引に腕を引っ張られ、部屋の外へ連れ出された。
今となっては抵抗することなど容易だが、何故かそんな気にもならない。
「一体どこに行くつもりだ?」
「私の住処。両親のお墓が近くにある」
「墓?なんでまたそんなところに」
「色々と知ってほしい。吸血鬼の歴史。あと──私自身」
セラが俺の手を引く力が僅かに増す。
彼女の表情は見えない。
だが、決意に満ちた声色には一切の揺らぎがなかった。
「私の初めてを奪った。拒否権なし」
「……奪ったのはあんたの方だろうが」
「つまり、お互い様」
「絶対意味が違うからな?」
ツッコミを入れる俺に、セラは足を止めて振り返った。
真っ直ぐに、俺の目を捉える。
「……ミナトに見てもらいたいものが、ある」
彼女の真剣な眼差しに思わず息を呑む。
このセラという少女は、俺の想像以上に多くの傷と秘密を抱えている。
そう確信した瞬間だった。




