第58話 フレイアとセラの対面
「素晴らしい。流石は“繁栄の巫女”を打ち破った人間。吸血鬼の血を得るだけで、ここまで能力を開花させるとは」
偽セラ──いや、セラの姿を借りた何者かは嘲るように笑った。
ニアが目を見開く。
「こいつ……本当に!?」
「黙れ、餓鬼」
偽物の掌から、黒い糸のような魔力が放出される。
狙いは、ニアだ。
「避けろ」
「ちっ……!わかってる!」
ニアは咄嗟に跳躍して回避する。
興味深い魔力の使い方だが、攻撃速度は遅い。
「計画は失敗か。だが、君らから入手した情報で十分に進捗がある。彼女の血を得られれば尚良しだが」
奴の指がカナデに伸びる。
だが、その腕は途中で停止した。
「なっ……!?」
俺はすでに魔力障壁をカナデの周囲に展開していた。
セラの姿をした何者かの動きが封じられる。
「詳しい話は、あんたを捕まえてからだ」
人差し指に魔力を込め、それをピストルのようにセラもどきへ向けた。
トリガーを引くように指先から放った魔弾が、正確に目標を貫く。
「ぐぁっ……!?」
爆音とともに壁が抉れた。
吹き飛んだセラの擬態が剥がれ落ち、その下から現れたのは、血のような赤い肌をした男の顔だった。
「き、貴様……!?」
真紅の瞳が俺を睨む。
思った通り、戦闘力は低い。
「ニア」
「ああ、任せろ!」
ニアが刀を構え、男の懐へ踏み込んだ。
剣の柄で赤肌の男の腹部を強打する。
男は呻き声を上げると同時に、その場へ崩れ落ちた。
「かはっ、うっ……!」
苦しそうに悶える男の顔を覗き込む。
背丈も性別もまるで違う。
これも吸血鬼の能力だろうか?
「この、外道どもが……!」
「あぁ?変装して寝込みを襲う方が外道だろうが」
ニアが唾を吐くように言い放つ。
今にも斬りかかりそうな勢いだ。
「で、あんたは何者だ?あの500歳児はどうした?」
「ふん……知らんな。先祖の意向を無視して安息の未来を望む、愚かな指導者の末路など」
男は嘲笑交じりに言い放った。
“先祖”……やはり、フレイアから聞いた過激派の一員らしい。
「先祖だ?何を訳の分からねぇことを」
「くっくっ……何も知らぬか。始祖の復活こそが我らの悲願。その巫女は、そのための重要な鍵なのだ」
ニアが眉をひそめる。
俺自身も初めて聞く話だ。
「なら、知っていることを話してもらおうか。身体をバラバラにされたくなければな」
俺は体内の魔力を解放し、その圧力で赤肌の男の身体を地面へ押し付けた。
苦痛に歪む顔を眺めながら問いかける。
「素直に話せば、これ以上は何もしないが?」
「ぐっ……化け物め……!」
「てめぇは妹を利用しようとした。当然、報いを受けるんだよ!」
ニアが怒りを露わにしながら一歩前へ出る。
赤肌の男の目が恐怖に染まった。
「ま……待て!私はただ命令されただけだ!」
「命令だ?誰に?」
「ミ──っ!?」
その時だった。
男の身体が、まるで雪崩のように崩壊し始めた。
「な、何だ!?」
「な……馬鹿な……嫌だあぁぁ!?」
灰のように細かな粒子となって消滅していく男。
最期の断末魔が室内に響き渡る。
あっという間に跡形もなく消失した男。
床には緑色の液体だけが残されていた。
「なんだよ、消えちまったじゃねえか!」
「証拠隠滅か。徹底してるな」
俺は嘆息しながらしゃがみ込み、床に広がる緑色の血を凝視する。
カナデやセラのものとは違う、異質な魔力の残留物だ。
「それは眷属特有のもの。私から魔力を与えられた他種族の血が混ざり合う際に生じる副産物」
突如として、背後から声が聞こえた。
振り返る。
そこに立っていたのは、紛れもなく本物のセラだった。
「おまっ、また偽モンか!?」
「違う。私は本物」
「……おい、ミナト」
「ああ、どうやら間違いないらしい」
ニアが警戒するが、俺の感知によれば今度こそセラ本人だ。
少なくとも、先ほどの偽物とは異なり魔力の波形が整っている。
「……今の、説明してくれるんだろうな?」
「もちろん。そのために来た」
「カナデの容態は?」
「問題ない。むしろ眠らせている方が安全。ただ、できれば外で話したい」
セラはそう言うと、ちらりと扉の方を見る。
そこには、セラへ鋭い視線を向けているフレイアが立っていた。
「……やはり、気付いていたんですね」
そう言いながら、フレイアがゆっくりと近づいてくる。
彼女の眼には明らかな警戒心が宿っている。
「え?フレイアさん?」
「ニアくんには話してなかったわね。まあ、詳しくは後で。今は……」
フレイアの視線が再びセラを射抜く。
二人の間に漂う緊張感は明らかだった。
「フレイア・エアハート。ただの観光客ではないことはわかっていた。クロフォード王国の回し者?」
「違います……と言っても無駄でしょうね」
「キミがクロフォードとエアハートのパイプ役として働いていることは把握済み」
さらりと聞き捨てならない言葉が飛び出した。
それも知っていて放置していたあたり、やはり只者ではない。
「目的はなに?私の命?」
「……それは、あなたの回答次第ですね。この世界を生きる唯一の純血吸血鬼、セラ様」
フレイアは掌へ魔力を集中させ、剣を形成した。
そのまま剣先をセラへ向けると、ニアが思わず身構えた。
「お、おい!?フレイアさん!?」
「下がって、ニアくん。ミナトくんも巻き込まれたくなければ離れなさい」
冷酷な宣告だった。
俺はカナデの眠るベッドに魔力障壁を展開し、その傍らに立つ。
「殺気はない。キミに私を攻撃する意志はない。ただの脅し」
「……流石ですね。ただ、これ以上有耶無耶にはできません」
「わかってる。だから、相手を選ばせて」
セラは俺の方へ視線を向けた。
その瞳には、何か強い意志のようなものが宿っている。
「ミナトにだけ話す。それが条件」
は?何で俺?
「……理由をお伺いしても?」
「彼は吸血鬼を敵視していない。クロフォードの人間は私たちを狩りの対象として見てる。キミは今、クロフォード側の任務で動いている」
フレイアの眉が僅かに動いた。
まあ、事実だから否定しようがないだろう。
「え、マジで……?じゃあフレイアさんは……」
「ニアくん、説明は後ね」
ニアが困惑する中、フレイアは微笑を浮かべたまま俺へ視線を移した。
「そういうことらしいから、ミナトくん。後はよろしく」
「いや、何でこの流れで俺なんだよ……」
「元からそういう話でしょ?ニアくんにも説明しなきゃいけないし、カナデちゃんはあたし達で見ておくから安心して」
この女、まさか最初からこれを狙っていたのか?
いずれにせよ、断る理由もないか。
そんなことを考えていると、セラが俺の袖を引っ張ってくる。
「長話になる。行こう」
「ん?ああ」
「おい、待てよ!オレも行くぞ!」
「いらない。どうせ理解できない」
「んだとコラァ!?」
「大丈夫よ。ミナトくんならきっと解決してくれるから」
フレイアがニアの肩を掴んで制止する。
一方、ニアに辛辣な言葉を吐いたセラは、俺の袖を放そうとしない。
その細い指に込められた力は、予想以上に強かった。
「早く」
セラが催促する。
その表情には、どこか寂しげな色が浮かんでいるように見えた。
俺はそのまま、セラと共に部屋を後にした。




