第53話 カナデの覚醒。そして、暴走
翌日。俺たちはセラに連れ出され、里内にある儀式場へと案内されようとしていた。
周囲を固める眷属たちは何とも言えない緊張感を醸し出している。
「着いた。ここが儀式場」
セラが指差すのは、里の中心部にある広大な円形の建造物だった。
内部には赤紫色の液体が満たされた巨大な池と、その中心に聳える祭壇がある。
「……おい、死刑場みてーだぞ」
「もぅ、ニア、冗談……じゃなさそうだね」
カナデも引き攣った顔をする……が、見るからに不気味な施設だ。
何に使うのかは不明だが、魔力で強化された設備であることは分かる。
「大丈夫。ここはただの訓練施設。儀式も簡単」
「簡単……?」
セラがカナデを池の前に導く。
そこには、既に長老や数人の眷属が待機していた。
「吸血鬼の血脈を濃く引き継ぐ者の儀式。純血の私がカナデの体内に魔力を注入する」
「つまり、血を吸うと?」
「違う。首は噛むけど、魔力を送り込むだけ。融合と呼ぶべき」
俺の質問にセラが淡々と答える。
魔力の融合とは随分とユニークな表現だ。
「……なあ、長老ってのはあんただったよな」
俺は先日睨まれた老人に直接問いかける。
相手は僅かに眉を動かしたが、すぐに無表情に戻った。
「左様でございます」
「本当に大丈夫なんだろうな?カナデに危険はないのか?」
「……それは、私共では何とも。所詮は眷属の身。真の純血たるセラ様の領域には及びません」
やや含みのある返答だった。
まるで自分も信じられないと言いたげだ。
「お、おいカナデ。やめるなら今だぞ!」
「んー、大丈夫!ちょっと怖いけど、強くなれるならそれでいいよ」
ニアの制止も虚しくカナデは既に祭壇に上がっている。
いつもの無邪気な姿だが、彼女なりに覚悟を決めているのだろう。
「ミナトー。わたし、頑張るから見ててね?」
「……無理だけはするなよ」
「うん!」
カナデの笑顔が眩しい。このメンタルだけは羨ましいくらいだ。
「本当にやるつもりなんだな、あのアホ」
「今更だろ。本人が一番楽しみにしてるんだからな」
「ったく。どうなってもオレは知らないからな」
ニアが呆れたように吐き捨てる。俺も昨日までならこいつと同じ態度だっただろう。
だが、フレイアの話を思い出すと気が気ではない。
セラが本当に始祖とやらを復活させるつもりなら、カナデは大きな鍵になるのかもしれない。
最悪の場合は──。
「ミナト」
不意に呼ばれて振り返ると、セラがじっとこちらを見つめていた。
こいつが俺の名前を呼ぶなんて珍しい。
というか、初めてじゃないだろうか?
「見守っていて。キミの助けが必要になるかも」
「……ああ、分かった」
「ありがとう」
それだけ言うと、セラは再びカナデの元へと向かう。
オレやニアだけでなく、儀式を見守る眷属たちの間にも重苦しい沈黙が流れていた。
「始める」
「うん!」
「カナデ、目を閉じて。私の力を受けて」
二人が向き合うと同時に、眷属たちが一斉に祈りの動作を取る。
静寂の中、セラがカナデの肩に手を置き、そのまま首筋へと唇を寄せた。
「っ……」
カナデの身体が震える。直後──。
「お、おい!あれ!?」
ニアが驚愕する。
それもそのはず。セラに首筋を噛まれた瞬間、カナデの髪色が一瞬にして変化したのだ。
彼女の特徴的な茶色の髪は純白へ、瞳は真紅に染まり、ポニーテールを止めていたリボンが弾け飛ぶ。
同時に、強烈な魔力波動が広場全体を覆った。
まるで地震のように地が震え、沼が悲鳴を上げるように揺れる。
「これは……っ!」
「魔力が……爆発的に増幅している?」
思わず目を疑った──が、これは紛れもない事実。
カナデの身体から溢れ出る魔力は間違いなく桁違いの成長を遂げていた。
「ウッソだろ!?首を噛まれただけでどんだけパワーアップしてんだ!」
ニアが叫ぶのも無理はない。
目の前で行われている光景は通常ではあり得ない現象だった。
これだけの魔力量があれば、その気になれば国一つを消し飛ばすことも可能だろう。
「成功よ!繁栄の巫女様が真の力に目覚められた!」
「素晴らしい!これで吸血鬼の未来が開ける!」
「セラ様バンザイ!」
眷属たちが歓声を上げる。
カナデも高揚した表情で自分の手を見つめていた。
「す……すごい!これがわたしの本当の力……?」
「そう。吸血鬼の血が覚醒した証」
「なんだか、すごく力が湧いてくるよ!魔力が溢れて止まらない!」
「落ち着いて。まずは興奮を抑えて」
セラが諭す。カナデはまだ我に返れていない様子だ。
「……なぁ、ミナト」
「どうした?」
「もし今のあいつとオレが戦ったらどこまで持つと思う?」
「あの状態のカナデのデコピンに耐えられたらニアの勝ちってことにしてもらえ」
「無慈悲!」
ニアが喚き散らす。冗談抜きでカナデの魔力は桁違いに上昇している。
流石に俺の最大魔力には届かないだろうが、それでもかなり強力だ。
少なくとも、今まで対等だったニアやフレイア、魔力学園の生徒全員が束になっても今のカナデには太刀打ちできないだろう。
かつてカナデに土をつけたミリウスでさえ比ではないどころか、下手をすれば親父クラスにすら届いてるんじゃないだろうか?
「で、セラ。この後はどうするんだ?」
「勿論、繁栄の巫女として協力してもらう」
「……まさかとは思うが、眷属全員との子作りを勧めたりしないよな?」
「それは最終手段。まずは眷属全員にカナデの血を分け与え、吸血鬼としての能力を向上させる。数百年に一度現れる繁栄の巫女は神聖なる存在」
思ったよりまともな回答……いや、血を分け与えるというのはどうなんだ?まあ子作りよりはマシか……。
「吸血鬼の血は絶やさせない。眷属たちも誰一人として死なせない。それが私の望み」
セラの眼差しは真剣そのものだった。
本当に彼女はただ里を存続させる為に行動しているだけなのかもしれない。
フレイアの危惧する“始祖”云々の話は杞憂であることを願いたい。
「ミナトは後でカナデに噛んでもらえばいい。そうすればキミの目的もたち成するはず」
「……それは、どうなんだろうな」
「ハーフとしての血も価値がある。私が直々に吸血鬼の血をカナデに飲ませたから尚更。直接噛まれる方が確実性が高い」
「なら検討の価値ありだな」
「検討すんのかよ!どう考えてもやべぇだろ!」
ニアがギャーギャー喚くが、俺の興味はすっかりとカナデの覚醒に移っていた。
元々はセラが見せた吸血鬼としての能力が目的だったが、ハーフとはいえこれだけの魔力上昇。
それを俺の体内で試せば更なる高みに至れる。
いや、もしかしたら魔力量を測ることが不可能な程に昇華するかもしれない。
「もうオレには何がなんだか……で、この後は眷属の皆さんに血を与えるってことでOK?」
「そうなる。カナデ、体調は──」
言いながら、セラがカナデに視線を向けた瞬間──。
「……っはぁ……はぁ……」
「カナデ?」
セラが心配そうに声をかけるが、カナデの呼吸が荒く汗が滲んでいる。
顔は赤く火照り、身体が小刻みに震えていた。
「大丈夫?」
「……うん。なんか……凄く熱い……それに、身体が変な感じがして……」
「初めての覚醒で肉体が慣れていない証拠。少し休めば治る」
「そう……だね。休めば、すぐに……んっ……!」
カナデがふらつき膝から崩れ落ちそうになる。
咄嗟にセラが支えるが、彼女の瞳はさらに色濃く真紅に染まっているように見える。
「おいセラ、大丈夫なのか?」
「……これは……想定外」
「想定外?」
「ん。カナデはハーフ。だから、覚醒の儀式の際は個人差がより強く表れる」
「……つまり?」
「純血の血を飲んで覚醒した時、その影響により身体が極端に敏感になる傾向がある。要するに……凄く"興奮"しやすくなる」
予想外の解答に全員が絶句する。
カナデは自分の両手を見つめたまま硬直していたが、やがて彼女の身体が微かに震え始めた。
「っ……ふ、あはっ……」
「お、おい。カナデ?」
「あはっ……ははははは!アハハハハハハハハハハッッ!!」
カナデの身体が大きく仰け反り、天に向かって狂喜に近い笑い声を上げる。
明らかに正気ではない。
セラが慌てて彼女を押さえ込もうとするが既に遅かった。
「すごい!すごいパワーッッ!!」
「カナデ、落ち着いて!」
「魔力が、力が漲ってる!もう怖いものなんて何もないよ!」
「ダメ!今は抑えないと!」
セラの制止も虚しく、カナデの身体から魔力が爆発的に放出される。
その圧力に耐え切れず、周りの沼が勢いよく噴き上がる。
「ねぇ、ミナト!わたし、手に入れたよ!!これでもう、足手まといじゃないよね!?きっと吸血鬼の技だって使える!ミナトに負けない強さも──っ!?」
言葉が途切れる。
同時に、彼女の全身から紅黒い魔力が溢れ出した。
眷属たちが悲鳴を上げ、距離を取る。
セラでさえ眉を潜め後退した。
「おい、セラ!」
「……申し訳ない。私の計算外だった」
「謝罪は後だ。まずはこの状況をどうにかしないと──っ!?」
カナデが顔を上げる。
同時に、紅く冷たい瞳が俺を捉えた。
その視線はあまりにも危険な光を帯びている。
まるで獲物を見つけた捕食者のようだ。
「アハッ♪」
「っ!?」
──兄さん♪
……瞬間、あの悪魔の顔が脳裏を掠めた。
「お、おいミナト!!逃げろ!!」
気づけば、カナデは俺の眼前まで迫っていた。
普段の彼女とは比べ物にならない速度。
反射的に飛び退くと同時に、カナデの手が空を切る。
「あははははははは!!さっすがミナト!やっぱり強いんだね!」
「……くそが」
こんな時にまで出てくる前世のトラウマに悩まされる自分が何とも情けない。
明らかに正気を失っているカナデの目には狂気に満ちた愉悦の色があった。
「落ち着け、カナデ!オレだ!ニアだ!兄ちゃんだぞ!」
「……ニア?……あ、そっか。いたね」
「おい!」
「……ごめんね、悪いけど──今は邪魔しないで?」
次の瞬間、カナデから溢れ出た巨大な血の刃がニアを捉える。
その凄まじい速度と威力にニアは反応することもできぬ中、俺は咄嗟に魔力障壁を展開した。
「うぉっ!?」
激しい衝撃と共に砂埃が舞う。
ギリギリで間に合った。
しかし、血の刃が纏う魔力の波動はあまりにも規格外。
魔力障壁は砕け散り、吹き飛ばされながらも何とかニアを庇う。
「っ……てえ!」
「おい、無事か!?」
「あ、ああ。わりぃ、助かった……」
ニアは辛うじて無傷だったが、その表情には恐怖の二文字が浮かんでいる。
今の一撃、あのまま直撃していれば間違いなくニアは死んでいただろう。
「お、お前……今、自分が何やったかわかってんのか!?」
「アハハハハハハハハハ!!」
ニアの叱責など耳に入っていない様子でカナデは不気味に笑う。
その紅く光る瞳からは理性など完全に失われていた。
「か、カナデ様!どうか気を鎮めてください!!」
「"繁栄の巫女"ともあろうお方がこのような蛮行など……!」
「うるさいなぁ」
眷属たちの懇願も虚しくカナデは冷ややかに言い放つ。
彼女の身体から溢れ出した禍々しい紅く黒い魔力はまるで生き物のように蠢き、周囲の物体を破壊しながら広がっていく。
「──邪魔な人たち、みーんな死んじゃえっ♪」
凄まじい速度で血の刃が周囲の眷属たちに襲い掛かる。
その時、セラが咄嗟に眷属たちの前に滑り込み、両腕を広げて防御の姿勢を取った。
「っ……!」
セラは真紅の魔力を纏い、自身と眷属たちを保護する。
カナデの血の刃とセラの魔力が激しく衝突し、轟音と共に互いの魔力が火花を散らす。
「っ、なんて力……!」
セラが呻く。彼女の額には冷や汗が浮かんでいた。
眷属たちはかろうじて無事だったが、中には意識を失っている者もいる。
「アハハハハハハハハハ!!セラもそんな顔するんだ!すごいね!でもわたし、まだまだ本気じゃないんだよ!?」
カナデの魔力は依然として暴走している。
彼女の身体から放出される紅い魔力は最早制御不能に近く、触れるものを容赦なく破壊していく。
「ねぇ、ミナト!わたし、もっと力が欲しいの!ミナトと同じところに行きたいの!だから──」
「ふざけんな、カナデ!てめぇ、いい加減に目を覚ましやがれ!」
「さっきからうるさいなぁ、ニアは。次何か言ったら──殺しちゃうよ?」
「っ……!」
カナデの言葉にニアが凍りつく。
実の兄に向ける紅く染まった瞳に、かつての優しさは欠片も残っていない。
「……ミナト」
「何だ?」
「出番」
セラが短く告げる。
彼女の顔には苦悶の色が滲んでいた。




