第52話 フレイアの目的は……セラの抹殺?
深夜。天井に浮かぶ魔力灯だけが照らす静寂の中で、俺は宙に浮いていた。
吸血鬼の里全体を俯瞰してみると、想像以上に理想的な村だった。
そこにある家々からは温かな灯りが漏れ、人々の生活音が聞こえてくる。
田畑を耕す者、手工芸に励む者、楽しげに会話を交わす子供たち。
まさに平和な日常の風景。
それだけに先ほどのクロフォード王国への憎しみ溢れる姿とのギャップが際立つ。
恐らくは過去の悲惨な出来事から来るものであろうが……。
彼らは眷属であり、純血種の吸血鬼とは別物だろう。
だがこうして暮らしぶりを目の当たりにすると印象は変わる。
ある家の前で若い男女が並んで座っていた。恐らく恋人か夫婦だろう。
別の場所では子供たちが鬼ごっこをしている。
里の周囲を囲う林は天然の遊び場となっているらしい。
皆が皆、懸命に生きている。
「というか、寝ろよ。いや、吸血鬼だから夜行性なのか?」
思わず独り言を漏らす。
自分でもどうでもいいことだと分かっていても、つい口に出てしまった。
「そんな物悲しそうな顔で飛んでるなんてらしくないわね。ミナトくん」
突然真下から声がした。
視線を向けると、宿舎の庭先にフレイアが立っていた。
浴衣姿の彼女は真っ直ぐこちらを見上げている。
「何してるんだ?」
「それはこっちの台詞よ。夜中に何やってるのかと思えば……」
俺はゆっくり降下していく。
フレイアの表情は普段通りだが、どこか警戒心を滲ませている。
「散歩だ。吸血鬼の里ってのがどんなもんか見ておきたくてな」
「カナデちゃんから聞いたわ。あなたも吸血鬼の血を求めてるって」
「まあな」
「まあなって……まあいいわ。中に入りましょう。ここじゃ誰かに見つかるかもしれない」
促されるまま宿舎へ戻る。
フレイアの部屋も俺たちと同じく和室だった。
「で?どうしたんだ?」
「単刀直入に言うわ。あなた、セラ様のことをどう思ってる?」
「どうって……ほぼ初対面に身体の関係を迫ろうとした頭のおかしい500歳児」
「身体!?」
フレイアが目を見開く。
よほど衝撃的だったようだ。
「ちょっ、それどういう意味!?詳しく──てかあなた、まさか受け入れたの!?」
「するわけないだろ。全力拒否だ」
「そ、そうよね。焦った……いや、そういう問題じゃなくて……!」
フレイアは混乱しているようだが、すぐに我に返る。
「これまでのこと、聞かせてもらえない?あたしも全部を把握してるわけじゃないから」 「まあ、別にいいが」
俺はこれまでの経緯を簡単に説明した。
セラとの出会い、爺さんから聞かされたカナデやニアの出自の真相。
セラとの利害一致と交換条件。
全て話し終えると、フレイアは深いため息をついた。
「……あなた、思ったより考えなしで行動してるのね。ていうか、強さ以外眼中になさすぎるんじゃない?」
「自覚はしてる」
「開き直るんじゃないわよ。クロフォード王国の第二王子様が吸血鬼の里に乗り込んで挙句血を貰おうだなんて……バレたら大問題よ?」
「ああ、だから完全黙秘を頼んだだろ?」
俺の言葉にフレイアは呆れた表情でこちらを見る。
「はぁ……まあいいわ。今度はこっちの事情を聞いて」
「フレイアの?」
「ええ。あたしも実はアルドルフ様から特別な任務を与えられているの」
ようやく本題に入る気になったようだ。
フレイアの表情が一気に真剣なものへと変わる。
「あたしがこの里に来た本当の目的──吸血鬼の始祖復活に関する調査と、その阻止。そして、セラ様が関与していた場合は、最悪抹殺も視野に入れること」
「……は?」
思わず間が抜けた声を出してしまう。
始祖の復活?
セラの抹殺?
「おい、待て。何を言ってる?セラを殺せってことか?」
「正確には始祖復活の阻止が最優先よ。会ったら問答無用ってわけじゃないわ。ただ、彼女が本当に封印を解こうとしているなら、もう手段は選んでられないから」
あまりに唐突な発言に困惑を隠せない。
俺とてセラを完全に信用しているわけではないが、わざわざ抹殺までする必要性を感じない。
「彼女……セラ様はこの現代を生きる唯一の純血の吸血鬼。情けないけど、あたしには彼女の魔力は全く読めないわ。ただ……」
「おおよそ、フレイアの予想通りだと思うぞ」
未だにセラの魔力には底が見えない。
俺と戦った時に見せた吸血鬼特有の能力や多彩な魔力操作。どちらも侮れない。
本人はニアと五分と言っていたが、吸血鬼の能力まで含めれば話は全く別だろう。
俺の見立てが正しければ、単純な強さならミリウスと同等かそれ以上ではないだろうか。
ギルドレベルでいえば、少なくともAランクの魔獣程度なら単独で狩れるレベルは間違いなくある。
「でもね、今の里を守るだけじゃ限界があると考える者たちもいる。だからこそ、過激派は“始祖”と呼ばれる最強の吸血鬼を目覚めさせようとしているらしいの。最悪の時代を生み出した元凶をね」
全く聞いたこともない話だ。
どうやら爺さんも詳しくは知らなかった情報らしい。
「じゃあ、セラがそいつを復活させようとしてる証拠は?」
「今のところないわ。むしろ彼女は過激派と対立している。ただ、唯一の純血種である以上、始祖の封印に関する知識を持っている可能性は高いでしょう?」
「おいおい……」
なんとも曖昧な判断基準だ。
とはいえ、確証がないからこそフレイア自身が調査に来たということなのだろう。
「その始祖とやらはどのくらいやばいんだ?」
「アルドルフ様が言うには、『自分など比較にならない。奴が復活すれば、これから敵対するであろう帝国をも灰燼に帰す』って」
思わず絶句する。
あの親父がそこまで言うのか。
「王家に残された古い記録によれば、吸血鬼が世界から迫害されるようになった元凶ともいえる存在よ。人間を捕食するだけじゃなく、力による支配を当然としていた。残忍にして冷酷。500年前の大戦における最大の脅威だったそうよ」
「それが王国が吸血鬼狩りを行ってきた理由か」
「おそらくね。アルドルフ様が始祖を危険視する理由も理解できるわ。でも……」
フレイアが言葉を途切れさせる。
彼女にも葛藤があるのだろう。
「あたし自身は、この里の眷属たちが悪人とは思ってない。むしろこんなにも慎ましく暮らしているのに、500年前の罪で未だに迫害されていることの方が疑問よ」
「……今の話、カナデには?」
「言える訳ないでしょ。あの子、夕飯の時からセラ様のことを嬉しそうに話してるのよ?これから自分の師匠になってくれるんだって」
フレイアの顔に疲労の色が見える。
どうやらカナデの純粋さに翻弄されているようだ。まあ当然か。
「ごめんなさい、最初はあたしも単なる偵察のつもりだったんだけどね。そもそもアルドルフ様はセラ様の実在すら半信半疑で、掴んでいたのは吸血鬼の里の曖昧な情報くらい。始祖の復活なんて最悪の中の最悪を想定してただけ。実際は……」
「……セラは実在していて、カナデが吸血鬼のハーフで、しかも繁栄の巫女ときた」
「夢なら覚めてほしいわね。しかも、あなたまで吸血鬼の血を欲してるなんて……」
フレイアが小さく溜め息をつく。
確かに事態は混沌を極めている。
調査を依頼した親父ですら、こうなるとは予想していなかっただろう。
「で、フレイアは結局どうするんだ?」
「観光客ってことになってるし、もう少し様子を見るつもりよ。始祖復活の兆候があるなら報告しなきゃいけないし、危険なら撤退するわ。根拠もなしに戦闘を仕掛けるつもりはないもの。何より、セラ様と正面から戦える自信はないしね」
彼女らしい割り切り方だ。
事実、事はフレイア一人で対応できる範疇を超えている。
むしろ任務の遂行を第一に考えるなら早急に帰還すべきだが、それをしないのは彼女が俺やカナデを気遣ってくれている証拠だろう。
「ただ、始祖の復活だけは絶対に阻止しなきゃいけないわ。約束して?万が一、セラ様が怪しい動きをしたら全力で止めるって。あなたにしかできないから」
「責任重大だな」
「自業自得でしょ。吸血鬼の血を取り込むつもりの第二王子様?」
フレイアの軽口に苦笑する。
仮に始祖が復活するというならば、それこそ世界全体を巻き込む脅威となり得る。
フレイアの危惧は尤もだが、カナデが心底信じ切っているセラを殺すなどという選択肢は取りたくない。
「分かった。とにかく始祖ってやつの復活だけは阻止する。俺だってそんなバケモンとやり合うのは御免だ」
「お願いね。あたしも出来る限りサポートするわ。一緒に行動するのは厳しいけど……」
「ああ。セラを信じるかどうかは明日の儀式とやらを見届けてからだ」
「ええ。そうしてちょうだい」
話が一段落したところで立ち上がる。
窓から覗く景色は依然として美しく、穏やかだ。
だが、その裏側に潜む闇はまだ計り知れない。
「もう遅い時間ね。あたしも眠くなってきたし……」
「ああ、じゃあな」
「うん。……あ、最後に一つだけ」
部屋を出る直前、フレイアが俺を呼び止めた。
「フレイア?」
「あたしの気持ち、変わらないわよ。いくら強くなるためだって、セラ様に言いくるめられて危ない約束をするのは認めないから」
「……しないっつーの」
「カナデちゃんのために無茶するのも、ね?あたし、結構嫉妬深いんだから」
「勘弁してくれ……」
最後の最後で揶揄われる羽目になった。
フレイアの妖しい笑みを背に受けて部屋を後にする。
セラ、カナデ、始祖、そしてフレイア。
単なる休暇のはずが次々と問題が舞い込んで来てしまった。
まあ、自業自得でもあるが。
「……頼むから、本当に厄介なことだけは企んでないでくれよ」
思わず呟く。
あの500歳児が本当に里のために奔走していることを願いながら、俺は部屋へと戻ることにした。




