第51話 思わぬ再会
俺たちが案内されたのは、二十畳ほどの広さがある和室だった。
畳と障子に囲まれた落ち着いた空間は、前世の記憶を彷彿とさせる。
「ふぅ〜……なんだか疲れたよ〜」
カナデが大きく伸びをすると、そのまま畳の上に寝転がる。
慣れない環境に加えて、立て続けに色々なことが起きたせいで、流石に疲れが出ているようだ。
「ったく。おいミナト、さっきのはどういうことだよ」
「爺さんも言ってただろ?先代達が散々吸血鬼狩りをしてたみたいだからな。恨みを買ってても不思議じゃない」
「……オレは納得いかねぇけどな。お前は関係ないだろ」
珍しく義理堅いことを言うニア。
まあ、俺自身思うところがないわけではない。
何百年も前の人間がやったことを理由に殺されかけるのは流石に納得いかない。
セラの統率力のお陰で事なきを得たのも紛れもない事実だろう。
俺とて、向こうから喧嘩を売られなければ無意味に暴れるつもりはない。
「明日また迎えに来る。今日はゆっくり休んで」
「おい、ちょっと待て。まだ聞きたいことが──」
ニアが質問を投げかける間もなく、セラは襖を閉めて姿を消してしまう。
その去り際、僅かに口角を上げたように見えたのは気のせいだろうか。
「結局何の説明もなしかよ!」
「儀式がどうのとか言ってたよな。カナデは何か知ってるのか?」
「うん。わたしが吸血鬼として覚醒するための儀式だって。成功すれば魔力量が何倍にも上がるって聞いたよ」
「……は?」
さらっと重大なことを言いやがった。
しかも、内容が俺の思っていた以上にダイナミックだ。
「お前よぉ……つかマジで、未だに実感ねえわ。こんなんが“繁栄の巫女”ねぇ……」
「ね?すごいよね。わたしもびっくりしちゃった」
「……お前、楽しんでるだろ?」
「ちょっとだけ!」
ニアの呆れたような一言に、カナデが得意げに笑う。
こういう肝の据わり具合は、昔の彼女を知る身としては安心するところではある。
だが、それ以上に気になることがあった。
あの里の連中全員が、カナデを歓迎していたわけではない。
昨晩襲ってきた連中もそうだ。
セラがいるからといって、完全に安心するのは早いだろう。
「油断は禁物よ、カナデちゃん。この里も一枚岩じゃないようだしね」
突如として室内に女の声が響く。
同時に襖が静かに開かれ、見覚えのある人物が姿を現した。
「久しぶり……でもないけど、まさかこんな場所で会うなんてね。驚いたわ」
「え?──えぇっ!?」
カナデが驚きの声を上げる。ニアも目を見開いていた。
そこに立っていたのは──。
「フレイア先輩!?」
浴衣に身を包んだフレイアだった。
しかも何故か、その手には綿飴が握られている。
「奇遇!何でここにいるんですか!?」
「観光……って言ったら信じてくれるかしら?」
「いや、信じないだろ……」
「あら、酷いわね。門番にはそう説明したのよ?」
「……待て。門から普通に入ったのか?」
「ええ。身元を確認された後、通してもらえたわ。あまりに話が早くて、少し驚いたけどね」
フレイアは艶然と微笑み、綿飴を一口齧る。
あれだけ厳重に隠されている里へ、観光という名目で入れたらしい。
どう考えても怪しいが、本人はさほど気にしていないようだ。
「まあ、冗談は置いといて調査よ。最近、クロフォード王国の監視網に吸血鬼の生き残りらしき存在が引っかかったの。アルドルフ様が調査を決められてね」
「……親父が?」
「そう。帝国の手掛かりになるかもしれないと思って、あたしが自分から志願したんだけど……」
そこでフレイアが言葉を止める。
彼女にとっても、俺たちがここにいるのは完全に予想外だったらしい。
視線がカナデへと向けられた。
「まさかあなたたちが来てるなんて。そればかりか、カナデちゃんが吸血鬼の血を引いてるなんて何の冗談よ……」
「わたしが一番驚いてますって。でも、ワクワクもしてるんです。この力がどうなるか興味深くて!」
「あのねぇ……」
フレイアが額を押さえる。
正直、俺も同じ気持ちだった。
「状況分かってる?クロフォード王国と吸血鬼は争い続けてきた歴史があるのよ?ハーフとはいえ、あなたの正体が国に知られれば……少なくとも自由ではいられないでしょうね。軟禁される可能性だって十分にあるわ」
「……それは、嫌かな〜」
カナデが困ったように笑う。
これは確実に事の重大さを完全には理解していない顔だ。
「ま、まあミナトがいますし!いざとなれば……ね?」
「ね?じゃない」
カナデ一人のためにクロフォード王国全体を敵に回せとでもいうのか。
……まあ、本当にどうしようもなくなったら、そうするしかないのだろうが。
「しかし、よりによって最悪のタイミングでフレイアが来るとはな」
「人を疫病神みたいに言わないでくれる?ミナトくんにも責任はあるんだからね」
「分かってるよ。取引……というか、頼みなんだが」
俺はフレイアを見る。
「カナデのことは親父には黙っておいてくれるか」
「最初からそのつもりよ」
「……いいのか?」
「あっちだって、まさかカナデちゃんが吸血鬼のハーフだなんて思ってもいないでしょうしね。それに──」
フレイアは少しだけ表情を和らげた。
「あたしも、カナデちゃんとミナトくんが国から追われるようなことになったら嫌だもの」
「……助かる」
フレイアは呆れたような表情を浮かべる。
予想外ではあったが、ここに来たのが彼女だったのは不幸中の幸いかもしれない。
もしこれがミリウスや親父だった場合──。
……考えるのはやめておこう。
「ところで、そっちの人は……カナデちゃんのお兄さんだったかしら?」
「……はい。フレイア様ですね。ニアと申します」
今までの態度から一変し、ニアが真面目な顔で敬礼する。
フレイアは一瞬だけ目を丸くした後、柔らかく微笑んだ。
「そんなに畏まらなくていいわ。あたしには王族の血は流れてないし、もう王女ってわけじゃないもの。気軽に話しましょう」
「しかし……」
「本当にいいから。今のあたしはエアハート王国とクロフォード王国を繋ぐ役目をしているだけよ」
「わかり……分かったよ、フレイアさん」
「ええ。それでいいわ」
ニアは渋々といった様子で了承する。
フレイアの複雑な立場と過去からすれば、王族として扱われる方が辛いのだろう。
エアハートで起きた惨劇を考えれば尚更だ。
「で、フレイアは吸血鬼の里について何か知ってるのか?」
「調べられた範囲だけだけどね。ここの人たちは、普段は穏やかな者が多いみたい。外部との接触を最低限にして、ひっそりと暮らしてきたそうよ」
「……さっきは俺を殺そうとしてきたけどな」
「ええ。クロフォード王国への憎悪は別みたいね。あたしも、そこまで根深いとは思わなかったわ」
フレイアの表情から笑みが消える。
「それに、ここ数十年で里の人口は急激に減少しているの」
「人口が?」
「ええ。眷属たちは吸血鬼の力を長く維持できないらしいわ。魔力が衰え、寿命を迎える者も少なくないそうよ」
「……寿命って、そんなに短いのか?」
「詳しくは分からない。でも、このままでは遠くない未来に里そのものが存続できなくなる可能性もあるって」
「え?それもしかして、わたしのせいっ?」
カナデが真顔で自分を指差す。
フレイアは少し困ったように笑った。
「いや、違うわ。むしろ逆よ。カナデちゃんの存在は、この里にとって希望の光みたいなもの」
「希望……」
「眷属たちの力が衰えつつある中で、吸血鬼の因子を色濃く受け継いだ稀有な存在が現れたんだもの」
「だから、“繁栄の巫女”ってことか」
「そういうことね」
ようやく話が繋がってきた。
セラがあれほどカナデに執着していたのも、里の連中が彼女を救世主のように扱っていたのも、単なる伝承や信仰だけが理由ではないらしい。
「ただ、それ以外にも面倒な事情があるのよ」
「面倒な事情?」
「セラ様を中心とした改革派と、古代の支配体制に戻そうとする過激派との対立」
それは恐らく、昨晩の森での襲撃とも関係しているのだろう。
セラは詳しい説明を省いていたが、要するにこの里の内部でも思想の違いによる分裂が起きているということか。
「セラは信用していいのか?まさかとは思うが、カナデを利用して何か企んでいるとか」
「もぅ、ミナト。失礼だよ。セラはそんなことしないから」
「分かってる。ただ、用心に越したことはないだろ」
カナデが頬を膨らませるが、こればかりは譲れない。
今まで無表情で妙なことばかり口走る吸血鬼だと思っていた少女が、この里では最高権力者ときた。
何より、クロフォード王国と吸血鬼には長い因縁がある。
セラ自身に悪意がなかったとしても、あいつ一人の意思だけで全てが決まるとも限らない。
「ごめんなさい。そこまではまだ分からないわ。ただ……」
「ただ?」
一瞬、フレイアの視線が僅かに鋭くなった。
「……いえ、何でもない。それを探るために来たのよ」
明らかに何かを隠している。
だが、深入りはしないことにした。
彼女が話さないということは、まだ確証がないのだろう。
「まあ、カナデちゃんじゃないけど、そこまで心配しなくても大丈夫だと思うわ。少なくとも今のところは、大半の住民はセラ様の判断を尊重しているみたいだし」
「ならいいんだけどな」
「お前、散々自己責任みたいなこと言ってたくせに、なんだかんだでカナデのこと心配してんじゃねぇか」
ニアがニヤニヤしながら茶々を入れてくる。
無視だ、無視。
まあ、図星ではあるが。
「ふふ……ありがと、ミナト」
「別にいい。それより飯だ。腹減った」
気恥ずかしさを誤魔化すように立ち上がると、カナデがくすりと笑った。
おそらく、このまま何事もなく帰れるなんてことはないだろう。
セラを中心とする改革派。
それに反発する過激派。
急激に減少している眷属。
そして──繁栄の巫女と呼ばれるカナデ。
明日に行われるという覚醒の儀式。
何となく胸騒ぎがする。
ただの杞憂なら、それに越したことはないが……。
一抹の不安を抱きながら、その日はカナデやニア、思いがけず合流したフレイアと共に過ごすことになった。




