第50話 吸血鬼の里に到着
翌朝。昨晩の襲撃騒ぎも落ち着き、俺たちは再び吸血鬼の里を目指していた。
途中に何度か小休止を挟みながらも順調に進み、ついに目的の地へ辿り着いたのは夕刻前のことだった。
「ここが……吸血鬼の里か?」
周囲は一見して、ただの荒地にしか見えない。
岩と砂だけの不毛な地形が延々と続き、人が暮らしているような気配など微塵もなかった。
だが、セラは迷うことなく進み続ける。
「あそこが入口」
「入口って……何もないよ?」
「正確な場所は地下。地上部分に偽装された入口がある」
セラは崖に近づき、岩壁へ手をかざす。
すると、彼女の指先から微かな魔力が放たれ、岩壁の奥へと吸い込まれていった。
数秒ほどの沈黙。
やがて、内側から何かが作動するような音が響き、岩壁がゆっくりと左右へ開き始めた。
「ま、マジかよ……今、魔力で開けたのか?」
「半分正解。今のは中にいる者への合図」
「つまり、開けるかどうかは向こうが判断するってことか」
「ん。許可のない者は通さない」
なるほど。単純に魔力を流せば開くような仕組みではないらしい。
これほど厳重に隠されているのも、吸血鬼が人間から身を守るためなのだろう。
「全長約10km」
「10km!?」
カナデが驚きの声を上げる。
セラは大したことではないと言わんばかりに淡々と続けた。
「吸血鬼は基本的に地上に住まない。陽光に弱い個体も多いから。それ以上に、過去の人間との戦いの名残で地下生活を選択した」
爺さんから聞いた話が真実なら、吸血鬼はかつて人類と世界の覇権を争った種族だ。
最終的には自ら表舞台から身を引いたとはいえ、その後も人間側との争いは続いた。
そんな彼らが現代まで生き延びるには、こうして人目を避けるしかなかったのだろう。
「入って。案内する」
セラに促され、俺たちは暗い穴へと足を踏み入れる。
内部は意外にも整備されており、所々に魔力灯らしき明かりが灯されていた。
岩を削って作られた通路をしばらく進み、長いトンネルを抜ける。
里へ続く門の手前では、セラと同じ黒い外套を纏った数人の人影が待機していた。
俺たちは思わず警戒するが、セラに驚いた様子はない。
そのまま彼女が軽く指を動かす。
すると、俺たちの後方を宙に浮いたまま運ばれていた昨晩の四人が、見えない手に引かれるように前へ移動した。
「地下牢へ。勝手に処刑しないで。処分は私と長老で決める」
「承知致しました」
黒衣の者たちが恭しく頭を下げ、気絶した四人を引き取っていく。
(……便利だな、あの念動力)
ここまでずっと四人を浮かせたまま運んできたというのに、本人は疲れた様子すら見せていない。
改めて、吸血鬼の能力の便利さを実感した。
俺たちはそのまま先へ進んでいく。
そして──。
「すげぇ……まるで村みたいだ」
ニアが率直な感想を漏らす。
そこには、地下とは思えないほど穏やかな世界が広がっていた。
遥か頭上の巨大な空洞。その天井には無数の魔力光が瞬き、まるで本物の星空を再現しているかのようだった。
淡い光に照らされた大地には木造の家々が立ち並び、その間を人々が行き交っている。
ただし、その住人たちは普通の人間とは明らかに異なっていた。
皆一様に白い髪と赤い瞳を持っている。
間違いなく吸血鬼──いや、セラの言う『眷属』と呼ばれる者たちなのだろう。
「セラ様!お帰りなさいませ!」
「セラ様のお戻りだ!」
俺たちの存在に気付いた途端、周囲の人々が一斉に道を開ける。
セラが現れると、彼らは深々と頭を下げ、明らかな畏敬の念を示していた。
「セラ様って……」
「すごい!セラ、偉いんだね!」
ニアは呆然とし、カナデは素直に感心している。
当のセラはいつもの無表情を保っているが、どことなく普段より堂々として見えた。
「長老は?」
「はっ、奥殿にてお待ちです。すぐにお呼びに──」
「ん。こちらから出向く。急ぎの用件がある」
「承知致しました」
眷属たちは恭しく退いていく。
セラの口調自体は普段とほとんど変わらない。
それなのに、この場では妙な威厳すら感じられた。
「お前、そんな立派な立場だったのか?」
「私は唯一現代を生きる純血の吸血鬼。だから里を統括する責務がある」
「へぇ……って、ちょっと待て!確か純血ってのは500年前の生き残りなんだろ?じゃあお前──」
「ニ〜ア〜?女の子に年齢を聞くのはダメだからね〜」
カナデが鋭い視線を向ける。
まあ、薄々そんな気はしていたが……。
セラの見た目はどう見ても十代前半の少女にしか見えない。これが吸血鬼の生命力というものなのか。
「ついて来て」
セラに案内されるまま、俺たちは里の中央部へと向かう。
途中、すれ違う眷属たちが俺たちに好奇の視線を向けてくる。
特にカナデへと視線が集中しており──。
「あの人間は?」
「まさか、あれが繁栄の巫女様……?」
「伝説は本当だったのか……!」
徐々にざわめきが広がっていく。
何のことか分からぬまま、俺たちは里の最奥にある一際豪華な建物へと到着した。
「セラ様……よくお戻りなされました」
そこにいたのは老齢の男だった。
他の眷属と同じく白髪と紅い瞳を持っている。
しかし、その佇まいから漂う風格は周囲の者たちとは明らかに違っていた。
「里の様子は平穏無事でございます。ただ、北方からの襲撃が続き──」
「報告は後ほど聞く。優先事項がある」
セラが長老の言葉を遮り、俺たちの方へ向き直る。
「これが繁栄の巫女候補。そして協力者」
老人の目がカナデを捉える。
瞬間──その瞳が潤んだように見えた。
「な、なんと……」
「え?」
「なんと!あなたが“繁栄の巫女”様ですか!?」
長老の言葉にカナデが目を丸くする。
それだけではない。
周囲にいた眷属たちまで、一斉にカナデへ頭を下げ始めた。
明らかに様子がおかしい。
「え?わたし、巫女?どういうこと?」
「セラ様、予言が成就したのですね!」
長老は涙さえ浮かべて喜んでいる。
カナデだけでなく、俺もニアも事情が飲み込めずにいると、セラが淡々と口を開いた。
「吸血鬼の血を濃く受け継ぎし者。数百年に一度現れる繁栄の兆し。故にカナデは我々にとって救世主」
「……マジで?」
ニアが呆然とするのも無理はない。
俺自身、セラの話を半信半疑で聞いていた部分もある。
まさか里全体からここまで盛大に歓迎されるとは思っていなかった。
「うーん……?──うん、とにかくすごいんだ、わたし!」
相変わらずのポジティブ思考である。
いや、単に理解が追い付いていないだけだな、これ……。
「セラ様の命を受け、繁栄の巫女様をお迎えできるとは光栄です」
「あ、はい。ただ、わたし、普通の女の子ですよ?」
「滅相もございません!あなた様こそ我が一族復活の希望!」
完全に信仰対象になってしまった。
もはや巫女というより神の化身扱いだ。
「……なあミナト、ここ笑うとこか?」
「多分違う」
「だよなぁ……」
ニアが耳元で囁く。
今まで平民だと思っていた幼馴染が吸血鬼とのハーフだったというだけでも頭がパンクしそうなのに、これ以上余計な設定を積み上げないでほしい。
「して、セラ様。後ろのお二方は……」
長老の鋭い眼光が俺とニアに注がれる。
先程までとは明らかに空気の温度が変わった。
「一人はカナデの兄。吸血鬼の血は流れてないけど、そこそこ役に立つ」
「てめっ、紹介が適当過ぎねーか!?」
「実情を説明しただけ」
「実情って何だよ!」
ニアが即座に噛みつくが、長老はほとんど関心を示していない。
問題は──俺に対する反応だった。
周囲の眷属たちも、明らかに警戒の色を強めている。
「そちらの少年は……」
「クロフォード王国の者。ただ、彼は──」
「っ……やはり!皆の者、奴を捕らえよ!」
長老の命令一下、周囲の眷属たちが一斉に臨戦態勢へ入った。
武器を手にする者。
魔力を練り上げる者。
先程までの歓迎ムードが嘘のように、明確な敵意が俺へと集中する。
「やはり奴ら側の人間か!?」
「セラ様が連れてきたというから信用したが……!」
眷属たちの敵意が露わになる。
爺さんから話を聞いた時から予想はしていたが、彼らのクロフォード王国に対する憎悪は、俺が思っていた以上に根深いらしい。
まあ、気持ちは分からないでもないが……。
「一族の仇!」
眷属の一人が飛び出してくる。
魔力を帯びた刃が俺に目掛けて振り下ろされるが──刃は俺の身体に届く寸前、展開した魔力障壁によって弾かれた。
「な……っ!」
「──おい、今のは俺への宣戦布告と受け取っていいんだよな?」
俺は体内から魔力を放出した。
「っ……!?」
空気そのものが震え、周囲の眷属たちが一斉に顔を歪めた。
争う気はない──が、だからといって一方的に攻撃されて黙っているつもりもない。
これくらいは正当防衛の範疇だろう。
「おのれ……クロフォードめ!」
「怯むな!ご先祖様の無念を晴らすのだ!」
意外にも、彼らは簡単には引かなかった。
純血であるセラとは違い、眷属だからだろうか。
こいつらの魔力量なら容易に把握できる。
しかし──弱い。
どいつもこいつもカナデやニアに大きく劣る。
いくら数が多かろうと、俺にとって脅威にはなり得ない。
「ま、待って!」
「おい、落ち着けよ!」
カナデとニアが声を上げるが、興奮した眷属たちには届かない。
再び複数の者たちが一斉に襲いかかってきた。
これはもう仕方ない、俺は指先へ魔力を集中させ──。
「──控えよ」
「……!」
低く、威厳に満ちた声が響き渡った。
セラだ。彼女の小さな身体から、紅黒い魔力が静かに溢れ出す。
昨晩まで俺たちと馬鹿なやり取りをしていた少女と同一人物とは思えないほど、その姿には圧倒的な威圧感があった。
「彼は私の招いた客。無礼は許さない」
「し、しかしセラ様!」
セラの紅い瞳が妖しく輝く。
その視線には、殺意にも似た冷酷さが宿っていた。
「せ、セラ様!この男は吸血鬼の御先祖様を……!」
「クロフォードの血を引く者。しかし、直接手を下したのは彼ではない」
「しかし、吸血鬼の仇敵を招き入れるなど……」
「500年前の罪を、今を生きる者へ押しつけるのは筋違い」
「ですが!」
尚も食い下がる長老。
対するセラは表情一つ変えず、冷たく言い放った。
「ミナト・クロフォード──彼を敵に回せば、里自体が滅ぶ。そう言ったのは長老」
「……っ!」
その言葉に、周囲の空気が凍りつく。
なんというか、完全に化け物扱いされているな。
まあ、慣れたものだが……。
「……申し訳ありません。里を守るためにも必要な措置でした」
「理解はする。ただし、二度はない」
長老が深々と頭を下げる。
セラは相変わらず無表情だった。
しかし、その一言に誰一人として逆らおうとはしない。
改めて、この里におけるセラの権威の高さが窺える。
「ミナト……殿。非礼をお詫び致します。どうかこの場は……」
「いや、まあ、そっちの事情も分かる」
「……ご寛恕に感謝致します」
とりあえず、場は収まったようだ。
カナデは安堵した表情を見せ、ニアは呆れ半分といった様子で肩を竦めている。
「長老。明日は儀式を行う。全ての準備を整えておいて」
「はっ!お任せ下さい」
「他の者は部屋の用意。客人を丁重に案内するように」
「承知致しました!」
ひとまずは一件落着といったところか。
ただ──。
「儀式、な……」
何となく、嫌な予感がする。
俺は嬉しそうに眷属たちと話しているカナデと、相変わらず何を考えているのか分からないセラを見比べる。
こいつ、本当に全部を説明してるんだろうな……?
そんな疑念を抱きながら、俺たちは里の宿泊施設へと案内されることになった。




