第49話 敵襲
夕刻になり、その日は適当な野営地を見つけて一夜を明かすことになった。
周囲に危険な魔物はいないものの、木々の合間に潜む何かに注意しつつ焚き火を起こす。
「なーんでせっかくの休日にこんなことになってんのかねぇ。本当なら今ごろ爺さんに愚痴言って、酒でも呷ってるはずだったのに」
「おい未成年」
「堅いこと言うなよ。クロフォード王国じゃ成人する前に嗜むもんだろ」
相変わらずなニアを横目に見つつ、俺は周囲の警戒を怠らない。
セラ曰く、30%の確率で何らかの危険があるとのことだ。
「ここから東、500m先の川辺に小魚がいる。食料に最適」
「セラ、詳しいね。ここら辺に来たことあるの?」
「眷属たちが情報を共有してる。地元民より詳しい」
俺たちが野営を決めた時から、セラの動きには違和感があった。
相変わらず無表情だが、どこか落ち着きがない。
「何を警戒してる?」
「……予想より早い」
「敵か?」
セラの視線が森の奥へと向けられる。
俺自身も探知してみるが、特別強い魔力は感じない。
やはり、吸血鬼は通常の魔力探知とは異なる何かを持っているらしい。
「なあカナデ、ニアと一緒に魚獲りに行って来てくれないか?」
「いいけど、何で?」
「狙われるならまずはセラだろ?見張りは俺がやっとくから、頼む」
「魚か……確かに腹も減ってるし、行くか」
ニアが乗り気に反応したため、カナデも特に疑問を持たずに従う。
二人が離れた瞬間、セラが呟いた。
「わざわざ戦力を分散する必要ある?」
「いや、せっかくだから吸血鬼の戦闘スタイルでも見学させてもらおうかと思ってな」
「戦闘狂」
呆れたような表情だが否定はしない。
どうやら俺の判断は正しいらしい。
「来たな。人数は?」
「四人。魔力の使い方も拙い」
要は雑魚か。
ならば尚更、カナデやニアを巻き込む必要はないだろう。
「手伝い、必要か?」
「不要。私が対処する」
「了解。遠慮なくぶちのめしてくれ」
セラがスッと立ち上がり、静かに歩き出す。その動きには一切の無駄がない。
足音も気配も完全に消えていた。流石は吸血鬼と言うべきか。
「待て!」
「動くな!」
闇から突然、四人の影が現れた。
いずれも黒いローブで顔を隠し、手には短剣が握られている。
見るからに怪しい集団だ。
「吸血鬼の末裔!大人しく投降せよ!」
「裏切り者よ!未来の為にお前を葬る!」
まさに理想的な小物台詞だ。
というか、言ってることと行動が矛盾してないか?
もちろん、セラは動じない。
「……お前たちは里の過激派。これ以上、同胞を巻き込むなら容赦はしない」
セラが跳躍する。
次の瞬間、思わず目を疑った。
目で追っていたはずのセラの姿が消えている。あの時と同じだ。
「な──」
「グハッ!」
一人目の刺客が地面に倒れる。
何が起きたか分からないまま、残りの三人が構えようとするが、もう遅い。
「里の決定には従ってもらう。抵抗するなら──相応の罰を受けてもらう」
「ヒィッ!」
二人目が倒れたところで、ようやく認識できた。
まるでワープしたかのような高速移動。あれが吸血鬼の能力なのだろうか?
残った二人が必死に逃げようとするが、セラの追跡は完璧だ。
俺はと言えば、完全にスポーツ観戦気分で眺めていた。
「……終わり」
「や、やめ──」
「里の決定を無視して同胞まで襲った。無罪にはならない」
最後の一人を地に伏せたセラが、無表情で振り返る。
俺が拍手すると、小さく眉をひそめた。
「お疲れ。見事な戦闘だったな」
「当たり前。雑魚過ぎて手応えがない」
「口悪いな……」
セラの辛辣な物言いに呆れつつも、その実力には感服する。
やはりこの女、只者ではない。
「どうやって移動してた?目で追えなかったぞ」
「吸血鬼の能力の一つ。私自身を小さくして死角に滑り込み、一気に襲撃した」
予想外の答えに驚く。
まさか自身のサイズ変更とは……確かにそんな芸当ができるなら、死角などあってないようなものだ。
「面白そうだな。カナデにも使えるようになるのか?」
「努力次第。相応の魔力操術と、吸血鬼の血を濃く引き継いでいるなら不可能じゃない。キミも」
「俺か?」
思わぬ一言に首を傾げる。
吸血鬼の血を体内に取り込むことで、この能力が手に入るのだろうか?
だとすれば、益々興味深い。
「他にはどんな能力があるんだ?」
「主に戦闘に使うのは念動力による物体操作と身体強化。魔力量によっては分身も可能」
便利なことばかりだな。
吸血鬼の血がどれほど貴重か、改めて実感できる。
「私と交わる気になった?」
「まだ言うか」
「一番効率的な方法は体液交換。確実性が高い」
「却下だ」
セラの表情が僅かに曇る。
こいつは魔力に飢えすぎている。恐らく吸血鬼の本能なのだろうが……。
「おーい、なんかすごい音──って!」
「ちょっ、え?誰?何があったの!?」
丁度いいタイミングでニアとカナデが戻ってきた。
互いに大量の魚を抱えている。地面に倒れている刺客たちを見て、流石に驚いているようだ。
「敵襲!?30%が早速的中ってか!?」
「みたいだな。まあ、セラが全部片付けたが」
「このガキが?マジかよ……」
信じられないといった表情のニア。
しかし、周囲に転がる男たちを見て納得せざるを得ないようだ。
「お腹が空いた。魚を焼いて」
「おいおい、まさかこいつらの前で食うのかよ」
「問題ない。全員気絶してる。食後、拘束して里へ連れ帰る」
「……殺さねぇのか?」
「里の者を襲った以上、処罰はする。でも、私一人で全てを決めるつもりはない」
予想外の答えだった。
てっきり、この場で処刑でもするのかと思っていたのだが。
「……意外とまともなんだな」
「失礼。私はいつもまとも」
「それはないだろ」
「キミは私を誤解してる」
セラが僅かに不満そうな顔をする。
ニアは未だ警戒を解いていないようだが、カナデはどこか安心したように息を吐いた。
「はぁ……ミナト、準備手伝ってくれ」
「ああ、分かった」
結局、俺たちは周囲に転がる刺客たちを見ながら夕食を取ることになってしまった。
その間、カナデは先程の戦いについてセラを質問責めにしている。
「すごい!わたしにもそんな能力が使えるようになるかな?」
「可能性はある。少なくとも、訓練が必要」
「やった!教えてね!」
カナデは目を輝かせている。
あの無表情淫乱吸血鬼にもガンガン絡んでいくコミュ力は、正直尊敬する。
「なんつーか……やっぱり来るんじゃなかったわ。カナデのやつ、吸血鬼になるって自覚あんのかよ」
「なるも何もハーフなんだろ?今更だ」
「そりゃそうかもしんねぇが、もっと葛藤とか……期待するだけ無駄か」
勝手に自己解決して勝手に絶望するニア。
気持ちは分からないでもないが、俺個人としてはカナデのそういう面は好印象だ。
彼女なりに覚悟があっての決断なのだろう。
しかし、ニアは違ったようだ。
何かを考え込んでいる。
「どうした?悩みか?」
「いや、何かオレだけ蚊帳の外みたいでさ。カナデは母さんの血を受け継いでるってのに、オレには何もねぇのなって思うと複雑っつーか……こっちに来たのは“あいつ”の血なのかなって」
ニアは自らの手を見つめる。
10年前、ニアとカナデに非情な虐待を行った父親。
カナデが母親の血を色濃く受け継いでいるのに対し、自分は父親の血を……ということか。
「気にするな……っても無理か」
「おいおい、慰めてくれんじゃねーのかよ」
「……少なくとも、俺は気にしない。お前はお前だろ」
我ながらありがちな励ましだが、ニアは意外そうな顔で俺を見つめる。
しばらく沈黙していたが、やがて小さく笑い声を漏らした。
「お前ってさ、やっぱり不器用だよな。あんなに強えのに、励まし方が普通過ぎんだよ」
「放っとけ」
「でもまぁ、サンキュ。ちょっと気ぃ楽になったわ」
ニアが笑う。
普段から茶化しているだけに、こういう表情は珍しい。
予めセラから事情を聞いていたカナデとは違い、妹や殺された母親が吸血鬼の血族だったと知ってから、ずっと葛藤していたのだろう。
俺も、少し配慮が欠けていたかもしれない。
「…………」
視線を感じた。
セラがじっとこちらを見ている。
いや──俺だけではない。
一瞬だけ、ニアの方も見ていた。
「何だ?」
「……別に」
「そうか?」
すぐに視線を逸らされる。
普段通りの無表情だが、何か言いたげだったような気もする。
まあ、こいつの考えていることを読もうとするだけ無駄か。
「キミは、吸血鬼についてどう思う?」
「どうって……セラ以外には会ったことないし、判断材料が少ないからな。ただ、興味深いとは思うぞ」
「私はキミに期待している」
「どういう意味だ?」
セラはすぐには答えなかった。
焚き火越しにこちらを見つめる紅い瞳が、ほんの僅かに揺れる。
「……今は答えられない」
「なんだよそれ」
「私にも、まだ分からないから」
珍しく曖昧な答えだった。
だが、次の瞬間にはいつもの無表情に戻る。
「ただ、私の体液をキミの中に入れた時の結果が楽しみ」
「気持ち悪い言い方するな……」
最後の最後で台無しである。
カナデはジト目でこちらを睨んでいるが、俺は何もしていない。
「おいセラ、いい加減諦めろ。ミナトはこう見えてデートの経験すらないんだぞ。初夜の相手が幼女なんて無理無理」
「私の誘惑が通用しない理由がそれ?」
「後は単純にお前らの魅力が足りないだけじゃないか?」
「失礼」
「ニ〜ア〜?お前『ら』ってどういう意味かな〜?」
こうして騒がしい夜は更けていく。
順当に行けば、明日には吸血鬼の里へ到着するのだろう。
セラの能力を目の当たりにして、余計に期待が膨らんでくる。
あいつが俺に何を期待しているのかは分からない。
ただ──俺の方も、吸血鬼という存在に強く惹かれ始めているのは確かだった。
果たしてその血を取り込んだ時、俺はどれだけ強くなれるのだろうか。




