第48話 旅の始まり
爺さんの家を後にし、俺たちは吸血鬼の里を目指して歩き始めていた。
カナデとセラは約束通り俺と一定の距離を保っている。
ニアが睨みを効かせているので変な真似はしないだろうが……。
「見て!あれ、この近くじゃ見かけないお花だよね?」
「……あれは毒草。触れると皮膚が爛れる」
セラが無表情で警告するがカナデは聞いていない。
ニアは遠くを見つめながら溜息をつく。
「お前らなぁ、ピクニックじゃねーんだぞ」
「えー。いいじゃん。戦闘の危険はないんでしょ?」
「ん。70%の確率で安全。眷属たちは人間を襲わない」
「30%あるじゃねーか!」
ニアが叫ぶが、カナデは相変わらず花畑の方へ目を向けている。
ちなみに、セラはといえば……。
「……俺に何か用か?」
「魔力の流れが気になる。やはりキミは桁違い」
先程から俺を見つめるその瞳には無表情ながらも驚きの色が見える。
どうやら、魔力の波動を感じ取られているらしい。
「キミに初めて会った時、もう終わりだと思った。吸血鬼の里からはミナト・クロフォードとアルドルフ・クロフォードだけは絶対に相手にしてはいけないと通たちが来ていたから」
「俺と親父か?」
「そう。クロフォード王国の中でも特に危険視されている。他国の国王がまとめてかかっても太刀打ちできないレベルだと聞いた」
「親父はともかく俺はまだ学生なんだが……」
「キミはそんなアルドルフを打ち破った。エアハートでは国を滅ぼしかねない黒龍すら討伐した」
どこでそんな話を仕入れたんだこの淫乱吸血鬼は。
まぁ、事実だから否定する気もないが。
「おい、何でそんな情報を集めてんだよ?まさか吸血鬼の再興と一緒に支配でも企んでるんじゃねぇだろうな」
「自衛の為の情報収集。復讐じゃない」
ニアの問いに淡々と答えるセラ。嘘を言っているようには見えない。
「なら何でカナデを連れ去った?わざわざ俺が居るタイミングで」
「あの場にキミが来るとは予想外だった。カナデの兄の実力は把握済み。正攻法でも53%の勝率があるし、不意をつけば84%の確率で勝てる。実際勝った」
「やっぱりこいつムカつくわ!今すぐ再戦しろ!」
「ストップストーップ!また喧嘩始めないでよぉ!」
カナデが慌てて間に割って入る。ニアは未だにセラに負けたのが納得できない様子だ。
ちなみに俺としてはニアの実力でセラと五分というのはやはり信じられないというのが本音である。
ニアの名誉の為に本人には言わないが……。
「カナデの兄の実力は高い方。おそらく、眷属の中で勝てる者はいない」
「な、なんだよ。急に褒めて……気持ち悪りぃ」
「ん。ただ、私にとっては脅威じゃないというだけ」
「てんめぇ……やっぱ今ここで決着つけるか!?」
「あーもう!だから落ち着いてってば!」
騒ぐニアとカナデを横目に、俺は少し前を歩くセラに尋ねる。
「さっき、俺と会ったのは初めてって言ってたよな」
「それが?」
「嘘だろ?」
セラの紅い瞳が、僅かに揺れた。
無表情のままこちらを見返してくるが、その瞳の奥に一瞬だけ警戒の色が走ったのが分かった。
「エアハートのギルドで、俺たちを見てた女……あんただろ?」
セラはしばらく沈黙した。
返事はない。ただ、僅かに視線を逸らしたのが分かった。
「否定しないのか?」
「目が合った」
なら肯定しろよ……と内心でツッコミを入れる。
「……一体何をしていた?」
「偵察」
「なんの?」
「カナデの近くにいる人間。特に、キミ」
セラは短く答える。
表情は変わらないが、言葉を選んでいるのが分かった。
「あの日、エアハートに異変が起きていた。カナデの命が危険に晒される可能性があった」
「……エルドリックの件か」
「そう。あの日から、ギルドのゲートに明らかな異変が起きていた。首謀者がエアハートの国王なら、カナデが巻き込まれる可能性も高い。だから監視してた」
さらっと明かされた真実に息を呑む。
まさかこの女、黒龍の時からゲートに異変が起きていることを見抜いていたのか?
「何であの日にエルドリックが首謀者だと分かった?」
「吸血鬼は様々な魔力感知に優れる。彼の腕から感じたのは明らかに普通じゃない。何より、ゲートが彼に強く反応していた」
「……俺のことは?」
「キミがカナデと行動を共にしている以上、脅威か味方か判断する必要がある。結果──」
セラは一度言葉を切り、真っ直ぐ俺を見る。
「脅威だと判断した。ただ、まともに戦えばこちらも只では済まない。だから、接触は避けた」
「……なるほどな」
あの夜、一瞬だけ感じた異質な魔力。
冷たく、甘く、粘り気のある感触。
あれがセラのものだったと、改めて実感する。
「今はどうなんだ?俺はまだ脅威か?」
「……現時点では、保留」
短く答えるセラの瞳に、わずかな何かが混じっているように感じた。
正直、エアハートの一件を知りながら黙認していたことに思うところがない訳じゃないが、無関係なセラを責めるのも筋違いだろう。
「話を戻すが、戦闘の危険はないって言っても30%もあるんだろ?具体的に何に注意すればいい?」
「通常であれば眷属たちも客人として迎え入れてくれるはず。ただ……」
「ただ?」
「一部の過激派は外部者を快く思っていない。もし襲撃を受けた場合、キミなら問題なく対処できる。ただ……」
セラの言葉にカナデが不安そうに尋ねる。
「そんな危ないの?わたしたち、大丈夫?」
「カナデは心配しないで。私が守る」
「おーい?オレも居るんですけど?あとミナトも」
「彼は自衛可能。カナデの兄は……守るべきか迷う」
「迷うなよ!守れ!」
またもニアが抗議する。
カナデは苦笑いしながら宥めている。
「……わかった。カナデの兄も可能な限り守る」
「可能な限りって何だよ!?そこは確約しろ!」
「保証は難しい。他人任せにしないで自分の身くらいは自分で守って」
「お前が無理矢理連れてきたんだろうが!」
「強制はしてない」
すっかり犬猿の仲となった二人を横目にカナデが俺に擦り寄ってくる。
ニアは気づいてないようでセラと口論を続けているが……。
「うーん。喧嘩するほど仲が良い……ってことにしとく?あの二人」
「いや、無理があるだろ……その内本気で殺し合い始めるぞ」
「あはは……ミナト、その時はお願いね?」
カナデが呆れ半分といった表情で言う。
言われなくてもそうするつもりだが……などと頭を掻きながら呟くと、カナデが唐突に手を握ってきた。
「ミナト、本当にありがと。一緒に来てくれて」
「……改まってどうした?感謝されたくて同行したわけじゃないぞ」
「んー?照れてるー?目、逸らしてるけど」
こいつ、完全に俺を弄ぶ気でいるな。全く油断も隙もない。
「ごめん、でも本当だよ?ミナトが一緒で良かった。心強いし、何より楽しい」
「そうか?それなら、いいんだが……」
まさかこんなストレートに褒められるとは思わず面食らう。
カナデの表情にはいつものような無邪気な様子ではなく、どこか落ち着いた雰囲気で微笑んでいた。
「カナデこそ、昨日今日でよく決断出来たよな。それとも吸血鬼云々ってのは前から気づいてたのか?」
「気付いてたっていうか……ミナトが魔力学園に入学する前くらいかな。セラと初めて出会ったの」
「え?そんなに前から知り合いだったのか?」
「うん。『いつか迎えに来るから』って。最初は冗談だと思ってたけど……お母さんの話を聞いて……」
カナデが遠い目をしながら語る。
俺が知らなかっただけでカナデとセラは既に面識があったらしい、道理で。
「最初は戸惑ったよ?でもあの日、ミリウスさんに負けてからずっとわたし考えてたんだ。このままじゃミナトにとってお荷物でしかないって」
「だから、吸血鬼の力を手に入れて強くなろうと?」
「それもあるけど……置いていかれたくないもん。言ったでしょ?いつかミナトの隣に立てる存在になりたいって。助けて貰ってからずっと目標だったんだから」
カナデの目は真っ直ぐだった。
こんな無謀とも言える決断をした背景に俺の存在があったことに少しだけ胸が熱くなる。
だが、それ以上に──。
「なぁ、カナデ」
「うん?」
「最初からそう言えよ。子作りだの遺伝子だの言うから本気で淫乱になったのかと思っただろ」
「ちょ、この流れで淫乱言うかな!?それにあれはセラの提案で……」
カナデが慌てて否定する。
まあ、今回は俺も大人げなかったと反省すべきかと思った矢先──。
「淫乱は事実。カナデはハーフなのに吸血鬼の血を濃く受け継いでいる。覚醒すれば彼にも迫るかも知れない」
容赦なくも興味深い情報を提供するセラ。
しかし、当然周りの反応は……。
「え──えぇっ!?オレ、そんなヤツと血が繋がってんのかよ!?悪夢か!?」
「酷っ!ひっど!わたし、淫乱じゃないから!」
「淫乱。むしろそうじゃないと困る。吸血鬼は基本性的な欲求が強い方が増殖に有利」
「やっぱり子作り前提なんじゃねぇか!?」
「ちーがーいーまーすー!!」
今度はカナデも交えての三つ巴の口論に発展。
ニアが遂に耐えかねてセラに斬りかかり、それをセラが躱し、さらにカナデが加勢するというカオスな状況の中、俺たちの旅は続くのだった。




