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第47話 淫乱吸血鬼は早速仕掛ける


 翌朝。

 薄暗い部屋の中、俺は妙な重みを感じて目を覚ました。


 腹の辺りに、何かが乗っている?

 

「……?」


 薄目を開けると白髪の頭頂部が見える。


 そのまま、ゆっくりと視線を下げると──、


「おはよう」

「……」


 無表情のセラが俺の上に馬乗りになっていた。


 しかも、跨っている位置がダイレクトヒットしている。


「………」


 一瞬、フリーズする。


 そして数秒後、なんとか状況を理解する。


 まさか、早速か?

 元より嫌な予感はしていたが、初日から実行に移してくるとは……。


「……おい、一体何をしてる?」

「起きた。取引の履行」


 何を当たり前のことをとばかりに淡々と言う。

 その無表情ぶりには感嘆すら覚える。 


「いやいや、まだ同意してないだろ。大体、そういうのはなしにするって昨日──」


 言い終わるより早くセラが俺の腕を掴む。  

 そのまま唇を近づけてきた──が、寸前のところで両手で頬を抑えられる。


「中性的な顔。女性好みな容姿」


 セラが無表情で呟く。

 何を言ってるんだこいつは。


「吸血鬼の理想型に近い。遺伝子的にも問題ない」

「それ、褒めてるのか?」

「当然。誇るべき。ただ、私は人間の美的センスについてはよくわからない」

「……とりあえず退いてくれ」


 セラの手を振り払おうとするが、彼女の細腕からは想像できない程の力で掴まれている。抜け出せない。


「魔力が欲しい」

「っ……!」

「だから取引。私とキミの遺伝子を結合させて最強を生み出す」


 セラの唇がさらに迫ってくる。


 吐息がかかる距離にまで接近し──、


「っ!?」


 俺は床に転がり込むようにして彼女の拘束から逃れる。

 セラは不満げに俺を見下ろす。


「何で避けるの?」

「当たり前だ!どう考えてもアウトだろうが!」

「でも交わる必要がある。吸血鬼の未来のために」


 真面目な顔でとんでもないことを言い出す。

 昨日感じた嫌な予感が的中してしまったらしい。


「取引はしたはず。キミは私に協力する。私はキミに血を与える」

「同行するだけだと言ってるだろ。それに、まだ血を入れるとは言ってない」


 セラの目が細くなる。


 その瞳に宿る感情は読み取りにくいが、おそらく不満だろう。


「なら、味見」

「は?」


 次の瞬間、セラが再び覆いかぶさってくる。


 今度は首筋を狙ってきた。


「おまっ、やめろ!」

「逃げても無駄。拘束する」


 瞬間──身体全体に痺れのような感覚が走る。


 まるで金縛りにあったかのように指一本動かせなくなった。


「……やるな」

「密着されればこうなる。吸血鬼を舐めない方がいい」


 セラが俺の首筋に鼻を近づけ、匂いを嗅ぐ。


 大した芸当だが、この状態でも魔力操作はできる。


 今すぐに魔力障壁を展開し、セラを吹き飛ばすことも可能だが──。


「私の、全部あげる」


 唐突な告白(?)。ここまで誤解を招く台詞もない。


 まるで理性を失った獣のように彼女の唇が近づいて来る。


「……悪く思うなよ」


 覚悟を決めた瞬間──。


「ミナトー?おじいちゃんが朝ご飯だって……」

「っ!?」


 部屋の襖が開かれ、カナデが入室してきた。 


 当然、彼女の視線が向かう先は俺の上に馬乗りになりながら唇を押し当てようとしているセラの姿である。


「…………」


 沈黙、空気が凍り付く。


 そして、次の瞬間──、


「ミ〜ナ〜ト〜く〜ん?こんな朝早くから何してるのかなぁ?」


 満面の笑みに目だけは冷たい光を宿したカナデが仁王立ちしていた。


 セラは無表情のままカナデを見つめている。


「……邪魔。私の食事中」

「んー?セラ〜?それってどういう意味かな?」


 カナデの周りに膨大な魔力が渦巻く。


 明らかにブチ切れモードだ。

 

「契約前の確認。魔力の質が合わないと困る」

「ふぅ〜ん。でもね〜、それは同意があってのことだよね?」

「同意?必要?」

「超必要!!」


 カナデが叫ぶ。


 俺は耳を塞ぎたい衝動に駆られたが、身体が麻痺していて不可能だ。


「セラ、吸血鬼の風習は知らないけど、こんな真似は許されないからね?」

「カナデの許可は不要。この男は私の物。契約により」

「おっかしいなー?ミナトは物じゃなくて人なんですけど?あと誰がいつそんな契約したのかな〜?」


 カナデの魔力がさらに膨れ上がる。

 このままでは部屋が吹き飛ぶかもしれない。

 そう思った矢先──。


「カナデは嫉妬深い。独占欲が強い。それは良くない」

「……うーん。意味がわかんないよー?セラちゃんは一体何を言ってるのかなー?」

「要するに今のカナデは邪魔者。身体を捧げる覚悟もないくせに嫉妬だけする浅ましく滑稽な女」

「…………」


 やばい。やばいやばいやばい。


 なんなんだよこの地獄みたいな状況は……あのカナデが言い返せないほどの罵詈雑言浴びせられてるってどういうことだ?


 この無表情ロリ、下手したらミリウスが可愛く見える程の毒舌なんじゃ……。


 正直関わりたくないのだが……このまま放置してたら間違いなく俺がとばっちりを食らう。


「……おいセラ、いい加減離れろ」

「……!」

「これ以上は俺も本気で抵抗しなきゃならなくなる」

「……流石。私が見込んだだけはある」


 解放した俺の魔力を感じ取ったのか、セラが大人しく離れる。 

 意外と素直に退いてくれた……と安心したのも束の間──彼女は俺の唇に指を突っ込んでくる。


「っ!?」


 次の瞬間、その指先を自らの口元へ持っていく。

 俺の唾液を舐め取ったセラが僅かに目を見開く。


「魔力濃度97.8%。味も完璧。合格」

「………」


 もう何も言えん。セラの奇行に頭が痛くなってきた。

 カナデはもう限界を超えているようで笑顔のまま震えている。


「……ミナト」

「お、おう……?」

「後で……覚えててね?」


 地獄の底から響くような声。

 カナデはそれだけ言い残すと部屋を出て行った。


「……いや、何で俺が悪いみたいな空気になってるんだ」

「キミが私としてくれないから」

「……それ、意味わかって言ってるのか?」

「もちろん。次は身体と身体を重ね──」

「わかった、もういい。俺が悪かった」


 セラの教育はカナデに任せよう。 

 これ以上は精神衛生上よろしくない。


「……朝飯、食いに行くか」

「了解」


 セラが俺の後をついて来る。


 この女と何日行動を共にすることになるかは知らないが、ああ毎日襲われる日々が続くのかと不安になる。  


「なに?」

「その魔力、どういう原理なんだ。どうやって隠してる?」

「隠してはいない。吸血鬼の魔力は特別。人間とは波長が異なるだけ」


 なるほど……感知できないではなく、そもそも受信側の周波数帯外にあるということか。 

 俺は改めてセラの体内の魔力を観察する。昨夜にも感じたが、やはり通常の人間とは明らかに異なる性質を持っている。


 それでいて自然で、薄く、意識しなければ見た目通りのか弱い少女のようにしか見えない。


「……厄介だな」

「なにが?」

「なんでもない。今後は寝込みを襲うようなことはしないでくれ。次やったら敵とみなすからな」

「ん。じゃあ次はキミの意思で私と身体を──」

「切り刻むぞ」

 

 首を傾げるセラに思わずため息をつく。


 やがて、居間に着くとすでに食卓が整えられていた。


 すでにカナデや爺さんは箸を進めている。


「よう、お疲れさん。朝からモテモテだったな」

 

 ニアが露骨に笑いを堪えながら声をかけてくる。


 この野郎、聞いてたな……。


「なぁ、やっぱりニアもついて来いよ。このコンビはヤバイ。俺一人じゃ手に負えない」

「おぉ……まさかミナトの口から泣き言が出るとは」


 ニアが目を丸くする。強さ以前に、あの淫乱吸血鬼コンビの相手は精神衛生上非常によろしくない。  

 セラに関してはマジで常識が通用しない。


「まあ、いや……なんだ。応援してるぜ?吸血鬼の未来の為に頑張れ!」

「……お前もたまには可愛い妹の為に頑張れよ」

「断る!可愛くねぇし、淫乱妹の子作り計画なんかに付き合えるか!」


 言い切りやがった。


 まあ、正直気持ちは分からんでもないが……。


「ニ〜ア〜?誰が可愛くないってぇ?淫乱〜?子作り計画〜?」

「い、いや……!?ちょっ……」


 いつの間にか背後にいたカナデが笑顔でニアの肩を掴む。

 カナデはもうさっきの一件で完全にキレている。半分八つ当たりだ。


「朝食を済ませたらすぐに里に」

「……こいつは空気読まないしな」

「なに?」

「いや、なんでもない」

「確か、歩いて一日半ほどだったな。ミナト様は確か飛べたはずですが……」


 爺さんが俺に視線を送る。 


 正直、その提案にはあまり乗り気にならない。


 この淫乱コンビに密着されるとか拷問でしかない。 


「ミナト〜?なんなのかなぁその嫌そうな顔は〜?」

「いい加減機嫌直せよ……」

「え〜?全然怒ってないよぉ?ただね〜?セラと随分仲良くなったみたいで嬉しいなぁって思って」


 カナデの怒りゲージはMAXのままだ。

 尚、元凶である無表情ロリ淫乱吸血鬼は我関せずといった態度で会話を続ける。


「問題ない。私は飛べる」

「ん?そうなのか?」

「ん。ただし、魔力消費が大きい為、1時間飛ぶと枯渇する。回復まで12時間必要」

「……期待した俺が馬鹿だったよ」


 これはもう徒歩しかなさそうだ。

 まあ、俺としては余計なトラブルを避けられるならそれに越したことはない。


「で、ニアは本当に来ないのか?昨日は刺激が欲しいみたいな事言ってただろ」

「刺激過ぎんだろうが。実の妹が吸血鬼のハーフだの子作りとか言い出した時点でヤバさしかねーだろ」

「だ・か・ら!わたし、セラに協力するだけだから!」

「本当か〜?吸血鬼になってミナトのこと喰ったりしないか〜?」

「……ニアも、覚えててね?」


 おいおい、これ以上カナデを怒らせるなよ。 


 というか「も」って何だ……俺は一体どんな罪を犯したっていうんだ。


 ただ正直、俺の胃袋の為にもこいつが同行してくれると助かるんだが、そんなニアに意見を述べる人物がいた。


「キミは純人間。だけど、同行は賛成」

「あぁ?昨日は不意打ちしといてよく言うぜ」

「反省してる。ただ、カナデの兄なのは確か。眷属達の牽制になる」


 セラの発言に注目する。

 眷属とは昨日も話に出ていた吸血鬼の事情を知りつつも再興に協力してくれた者達のことだろう。


「……お前まさか、オレまで利用するつもりか?」

「眷属の中にはカナデを疎ましく思う者がいる。人間でありながら吸血鬼の血を濃く受け継いでいるから」

「待てい!それは初耳だぞ!!」


 爺さんから抗議の声があがる。


 カナデも驚いた様子だが、セラは平然としている。


「心配はいらない。私の庇護下にある間は安全。ただし、万が一の時には純人間の血縁が居る方が便利」

「てめぇ……やっぱりオレを利用する気満々じゃねーか!」

「私では対処出来なくても彼が居れば安心。怖がらなくていい」


 セラが俺の方を見る。

 大体分かってはいたが、俺はあくまでも保険として同行らしい。


 しかし、遠回しに戦力外と言われたニアが怒りに震えていた。


「怖がるって誰が!?オレをなんだと思ってんだこのガキ!」

「戦闘能力は彼の3……2%……1%……程度」

「どんどん下がってんじゃねーか!!」


 ニアの怒号が響く。

 助け舟を求めようにも爺さんとカナデは無言で頷くだけだ。


「行って来い。ニア。ミナト様だけではカナデが過ちを犯す可能性が高い」

「過ち!?おじいちゃんまで、酷い!」

「やかましいわ!現にろくに考えもせず吸血鬼の未来の為に身体を捧げようとしてるだろうが!」

「言ってない!わたし、そんなこと言ってないよ!?」


 カナデが慌てて否定する。だが爺さんの眼光は厳しい。

 そんな二人のやりとりを見て、ニアはため息をつきながら立ち上がった。


「………わかったよ。オレもついて行ってやるけど、条件がある。カナデとセラはミナトと接触禁止」

「なんで!?」

「異議あり」

「お前らなぁ……」


 呆れるニア。

 とはいえ、俺としては大いに賛成だ。


「吸血鬼の本能だの何だのに流されてミナトを襲ったら洒落にならねえだろうが。特にそのガキはマジで理性が効いてるか怪しいからな。カナデはその監視役だ」

「えぇー……」

「お前がそのガキのアホな計画に乗った所為だろうが。そのくらい我慢しろ」


 ニアの提案に渋々従うカナデ。セラは不満そうだが一応了承したようだ。


 流石は騎士団でまとめ役を務めるだけはあり、こういう時は頼りになる。


「ミナト様」

「何だ?」

「カナデを、宜しくお願い致します」


 爺さんから託される。  


 まあ、言われなくてもそのつもりだ。


「わかってる。念の為に言うが、爺さん。このことをうちに報告は絶対になしだ。下手したら全員が処罰対象だからな」

「無論です。カナデが吸血鬼のハーフだと公表など絶対に出来ません。見つかればまず軟禁。最悪の場合──」

「その先は言わなくていい。カナデは守る」

「……ありがとうございます」


 爺さんにしっかり釘を刺しておく。


 未だに実感はないが、カナデが吸血鬼のハーフなどという情報が伝わればクロフォード王国はまず黙っていないだろう。


「よし、じゃあみんなで出発!楽しい旅にしようね!」


 ようやく気が晴れたのか、カナデが元気良く声を上げる。


 こうして、吸血鬼の里への本格的な旅が始まった。


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