1586年に来た理由
戻って1600年の高野山。
「僕に託したい事?」
「今のまま結城秀康の誘いに応じるのも間違いでは無い。越前において家名を繋いだばかりでなく家老の地位を維持する事が出来ましたので。
高野山に入る少し前。囲碁での対局の場面に戻るのも間違いでは無い。ここで堪える事により藤岡3万石を維持。その後のいくさにより徳川は天下を取り、依田家は譜代大名として活躍する機会を得る可能性があるので。この選択肢も悪くない。」
「それでは不満?」
「不満と言うわけでは無い。ただその場面であったとしても……。」
康真とその妻は嫌な思いをするであろう?
「言われた相手も徳川の家臣。囲碁を打つ間柄と言う事は頻繁に会う人物。言った方は忘れてしまう。しかも酒を飲んでも発言であるのに対し、言われた方は……。」
一生忘れる事は無い。
「その都度思い出す事になる。そこで怒りが沸点に達したとしても刀に手を掛けるわけにはいかないし、今回のような情状が酌量される余地は残されていない。」
「そうなるのか……。」
「これを避ける方法が無いわけでは無い。」
「本当?」
「うむ。」
「教えて!」
「教えても良いのだが。」
「何勿体ぶってるの?早く!」
「……わかった。囲碁での一件を回避する方法。それは……。」
兄康国が生きていれば、康国の妻と結婚する事は無い。
「そうすればたとえ同じ人物と囲碁に興じ、相手を負かせたとしても謗られる事は無い。
「……なるほど。」
「ただそうなると其方が依田を継ぐ事は出来なくなる。」
「……そうなってしまいますね。1つ聞いて良い?」
「答える事が出来る範囲内であれば。」
「康真が結城秀康の家臣になった時、康真と行動を共にした依田家中は?」
「独りしか居ない。」
「他の方々は?」
「そのまま藤岡に留まり、徳川の旗本となっている。」
「兄が生きたとしても家臣の数は、今の状況とほとんど変わらない?」
「そうなります。」
「兄が生きていた時の私の立場は?」
「主君徳川家康に勤仕していた。」
「……悪い状況には無いか……。」
「立ち位置的には……。」
武田信玄時代の真田昌幸(武藤喜兵衛)と同じ。
「一家の長より恵まれているとも言えるのか……。」
「どうでしょう?」
「うん!わかった。」
「ありがとうございます。」
「でも……。」
「どうしました?」
「『兄が生きていれば。』
と言っても僕には医術の心得はありません。」
「そうでした。忘れていました。其方の兄康国が亡くなったのは病が原因ではありません。其方にお願いしたい事。それは……。」
依田康国の命を救う事にあります。




