元服
気付いたら私は1586年の二俣城に居た。
「福千代丸は居るか?」
福千代丸は依田康真の幼名。
「大久保様。福千代丸に御座います。」
大久保は徳川家重臣大久保忠世の事。
「殿より浜松へ来るよう沙汰があった。」
「浜松でありますか?」
「うむ。其方も齢13。人質生活も飽きた頃であろう?」
「はい。1日も早く兄上のように徳川のため。働きたいと考えています。」
「その意気や善し。殿もきっとお喜びになる事であろう。」
私が浜松に赴く事になった理由。それは元服の儀式を執り行うため。浜松城に到着した私は徳川家康の御前に招かれそこで家康自らが私の前髪を落とし元服。それだけでも大変名誉な事なのでありましたが……。
「私の諱『康』の字と松平の姓を与える。」
更には、この時秀吉の御伽衆となっていた佐々成政より太刀と御髪道具を賜る厚遇ぶり。そこで家康は
「其方は佐々殿の武勇にならい、忠勤に励むべし。」
との有難い御言葉が。その帰り道……。
「大久保様。」
「どうした康真?」
「私は新参の国衆の出であります。」
「知っておる。」
「それに私は跡取りではありません。」
「兄康国がしっかり守っている。」
「斯様な私に……。」
「過度とも思える厚遇ぶりであるのは確かである。」
「大久保様もそのように思われているのでありますので……。」
「心配するな。殿が其方や其方の兄を大事にしている理由を徳川の家中皆が知っている。其方の父の働きが無かったら甲斐と信濃は北条のものとなっていた。うちの支援が届かない信濃において、其方の父は独り北条の補給部隊を断つ戦略を実行しただけでなく真田昌幸を調略した上、上信国境を封鎖した。その働きぶりは誰もが認めている。殿はこれに報いるべく其方の父の旧領である佐久を全て安堵。しかし実態は切り取り次第。そこでの戦いにおいて……と言う事は其方も知っておろう?」
「……はい。」
「本来であれば佐久は甲斐同様徳川の直轄地となる運びと……なのであったが、殿はそれを許さなかった。幸いその時二俣には其方と其方の兄が居た。兄はその時14歳。元服出来る年齢に達していた。急ぎ元服の儀を執り行うと同時に佐久領の平定を指示。ただ其方の兄康国は元服したばかりである事に加え、生まれてからずっと人質生活を送って来た事もあり依田家臣との繋がりは薄い。そこで殿は私に佐久の平定を厳命された。」
「大久保様の助けが無ければ……。」
「いや実際に働いたのは其方の父からの方々であり、康国であった。彼らの働きが無ければ佐久を平定する事は出来なかった。佐久領は依田松平のものである。殿はその働きを其方にも期待している。何かあったら言ってくれ。いつでも相談に乗る。」
「お願いします。」




