第6話 反転する父
ヴェリオン伯爵家にクレンド様が訪ねて来たのは、私がお父様に密告をしてから、少ししてからのことだった。
対外的には、一応婚約の話をするための来訪だ。それにロメリアは、かなり喜んでいるようである。
彼のことを気に入ったということは、本当であるらしい。それが私は、少し意外だった。
「ふふ、あなたも少しは役に立つのですね? まあ、これがあなたの最後の手土産というものですか。少しくらいは、感謝してあげてもいいですよ?」
「そう……」
「なんだか暗いですね。まあ、それも当然ですか」
ロメリアは、私の反応に対して笑みを浮かべていた。
彼女が上機嫌なのは、私が屋敷から出て行くと思っているからなのかもしれない。
実際の所、まだ屋敷から出て行く気はないので、この話は適当に受け流すしかないだろう。
「あなたは、クレンド様と懇意にされていたみたいですからね?」
「……ええ、そうだけれど」
「ふふ、そんな人が私の婚約者になるなんて、屈辱的でしょう?」
ロメリアが上機嫌なのは、そういった理由もあるようだ。
彼女がクレンド様に興味を持ったというのは、私が仲良く話していたから。その理由には、少し驚いてしまう。
ロメリアはとことん、私を苦しめたいらしい。自身の婚約までその一環とするというのは異常だとさえ思えてしまうのだが。
「もっとも、伯爵家から出て行ったら、どの道クレンド様と結ばれることなんてできないのですから、私がこんなことをする必要なんてなかったということでしょうかね?」
「……まあ、そうかもしれないわね」
「そのような淡白なコメントをしないでくださいよ。つまらないじゃないですか。もしかしていじけているんですか?」
ロメリアは、私のことを嘲笑ってきた。
口ではつまらないと言っているが、彼女はとても楽しそうにしている。私が屈辱を覚えていると思っているからだろうか。
ただ私からすれば、なんとも滑稽な様だった。今の彼女は、道化でしかない。私の方が、笑いたいくらいだ。
「さて、私はそろそろクレンド様とお話してきましょうかね……ああ、あなたの時間も用意してあるみたいですよ。クレンド様が、今回の件でお礼などを言いたいそうですから。まあいい機会ですから、最後のお別れでも言ったらどうですか?」
「……ええ、そうね」
ロメリアは私に言葉をかけた後、去って行った。
そんな彼女の背中を見ながら、私は考える。バンガルさんの事件の調査結果は、どうだったのだろうか。
クレンド様がここを訪ねて来たということは、何かがわかったということだろう。どのような結果だったのか、かなり気になる所だ。
◇◇◇
クレンド様と対面した私は、彼が意気消沈していることに少し驚いた。
何故そうなっているのか、なんとなくわかる。先程まで彼はロメリアと話していた訳なので、恐らく彼女が原因だろう。
「クレンド様、お疲れのようですね?」
「ああ、レフティア嬢……すまないな」
「いえ、お気になさらずに。ロメリアの相手は疲れましたか?」
「そうだな……疲れた。ロメリア嬢はなんというか、やりにくい相手だ。俺にとって、あまり関わり合いたくないタイプだな」
クレンド様は、ロメリアのことを強く否定した。
今回の件などに関わらず、彼とロメリアの相性はそれ程良くないということだろうか。
ただ、先程話を終えたロメリアは、嬉しそうな表情をしていたような気がする。彼女の方は、別の感想を抱いたということだろうか。
「さてと、気を取り直して、バンガル氏の事件に関することを話すとしようか」
「あ、ええ、その結果がとても気になっていました」
クレンド様は、身構えを正して私に向き合った。
そういう所の切り替えは、流石といえる。私も姿勢を正して、彼の言葉を聞くとしよう。
「こちらを訪ねて来たということは、何か進展があったということでしょうか?」
「察しがいいな。その通りだ。手紙を出すことも考えたのだが、記録には残さない方が良いと思ったからな……」
「ええ、それは賢明な判断だと思います。手紙は見られるかもしれませんし……」
クレンド様は、とても慎重にことにあたってくれていた。
それは私にとって、とてもありがたいことである。万が一ということもあるので、慎重には慎重を期した方がいい。
「それで、どのような進展が?」
「バンガル氏の死について、何かしらの偽装があったのは事実であるようだ。当時の捜査をしていた警察の何人かが喋ってくれた」
「……やはり、そうでしたか」
「彼らもどこからのお達しであるかは知らないらしいが、ヴェリオン伯爵家ではないかと思っているらしい」
「なるほど……」
クレンド様の言葉に、私はゆっくりと息を呑んだ。
その可能性が高いとは思っていたのだが、実際に聞かされると少し苦しくなってくる。
お父様は、私が思っていた以上に腐っていた。ペルリナは、非道な女性だった。それらの事実を受け止めるのは、流石にそう簡単なことではない。
「ただ確固たる証拠が掴めているという訳でもないのが現状だ。そちらの方はどうだ? 首尾は順調なのだろうか?」
「ええ、お父様はまず間違いなくロメリアとの血の繋がりを確かめると思います」
「まあ結果はともかくとして、それなら一応安心できるか」
「はい。このまま予想通りの結果になってくれると良いのですが……」
ただ、それらの事実が現実味を帯びてきたことによって、私の中にも確固たる覚悟が固められた。
容赦や情けなどは必要ない。私は彼らを排除する。それがヴェリオン伯爵家に名を連ねる者の一人として、私がやるべきことなのだろう。
◇◇◇
お父様から呼び出された私は、目の前でニコニコと笑顔を浮かべる男に、嫌悪感を覚えていた。
そのような表情は、今まで向けられたことがない。正直言って、不愉快な表情だ。あまり直視したくはない。
「レフティア、私は今の今まで、なんとも愚かなことをしていた。今になって、それがやっとわかったよ」
「……そうですか」
お父様の猫なで声は、聞くに堪えないものである。
しかしこの話は私にとって大事なものなので、一言一句聞き逃してはならないというのが、今の状況だ。
非常に苦しくはあるが、これからの未来を考えれば我慢することはできる。ただできれば、早く終わって欲しいというのが正直な所だ。
「私の勘違いは、お前の母親に対する評価から始まっていたのかもしれない。今思い返してみれば、お前の母には随分と助けられていた。良い女だったといえるだろう」
「……」
お母様に対して、お父様はひどく上から目線で評価を下していた。
どの口が言っているのか、そのような言葉が喉から出そうになったが、なんとか抑える。
お母様の死をかつては嘲笑っていたこの男の手の平返しは、到底許せるものではない。だが、今は我慢するべき時だ。私は自分に必死にそう言い聞かせる。
「……何か心境の変化でもあったのですか?」
「賢いお前ならわかっているだろう。お前がこの間もたらしてくれた情報の真偽を、私は確かめたのだよ」
お父様は、私に近寄ってきて肩に手を置いた。
振り払いたい所だが、それも我慢だ。ロメリアのことを聞かなければならない。
このような態度をするということは、結果はわかっているようなものだ。ただ、実際にお父様の口からそれを聞くまでは、完全に安心することができない。
「それでは、ロメリアは……」
「ああ、私の子ではなかった……あのペルリナという女は、ペテン師だ! まったく持って、腹立たしい。まさか、この私を騙していたとは」
騙されていたお父様は、間抜けとしか言いようがない。
そう思いながらも、私は少しだけ笑みを浮かべていた。お父様とロメリアには血の繋がりがない。これはとても強力で、非情なる事実だ。
その事実だけで、お父様の感情は根本から変わる。こうして私に対して、父親ぶっているのが何よりの証拠だ。
「レフティア、私はこれから二人の元に行く。お前も付いて来てくれるな」
「ええ、もちろんです、お父様……」
私はお父様の言葉に、ゆっくりと頷いた。
これであの二人を、ヴェリオン伯爵家から追い出すことができる。私はそのことに、一先ず安心するのだった。




