第5話 一つの可能性
私とクレンド様は、馬車に乗って移動していた。
ハーティアさんから聞いた話は、私達に一つの可能性を示してきた。それはとても、重要な事柄である。
「ロメリア嬢は……本当にヴェリオン伯爵の娘、なのだろうか?」
「……ハーティアさんは怪しんでいましたね。よく考えてみれば、町でもペルリナは多くの人と関係を持ったと言われていましたし」
「可能性は低くはない。とにかく、それを確かめるのが第一だろう。もちろん、バンガルの一件も調べよう。いや、それら二つが繋がっているかもしれないか」
ロメリアの父親がお父様ではないとしたら、誰が父親なのだろうか。
そう考えた時に最初に挙がって来るのは、バンガルさんであるだろう。
幼馴染であり、ハーティアさんと良くつるんでいた彼ならば、可能性はある。それで揉めて手にかけたなんてことも、あるかもしれない。
「しかし、ヴェリオン伯爵は血の繋がりなどを調べていないのだろうか。然るべき機関に調査を依頼するなどということは、そもそも済ませていると考えていたが……」
「その辺りについては、ペルリナが隠蔽したのかもしれません。彼女はヴェリオン伯爵夫人になる前から、ある程度の力は持っていたようですから」
町で聞いてわかったことだが、ペルリナという女性は様々な人に顔が利くらしい。
男を手玉に取る能力は高かったらしく、ひどい目を見ることが多いと知っていても、彼女に引っかかる人はそれなりにいたようだ。
そんな彼女なら、血統を偽ることくらいはできたのかもしれない。いやもう一つの可能性として、お父様を言いくるめたというのもあるだろうか。
「……お父様はペルリナに夢中でしたから、上手く言いくるめたのかもしません。例えば、然るべき機関に出す髪の毛などをすり替えたとか」
「なるほど、何れにしても彼女が何かしらの策を取ったと考えるべきか。もちろん、ロメリア嬢がヴェリオン伯爵の娘ではないと決まった訳ではないが」
「そうですね……問題はどうやって確かめるか、ですか」
クレンド様の言葉に、私は少し自分がはやっていたことを悟った。
確かに、まだそれが確定した訳ではないのだから、あれこれ考えるのはまず確かめてからだろう。そのための方法を考えなければならない。
「……クレンド様、私はいっそのこと、お父様に話してみるというのがいいと思うのですが、どうでしょうか?」
「ヴェリオン伯爵に?」
「お父様は、小心者ですからね。私がその疑念を出せば、必ず確かめると思います。そこにお母様の介入なんてさせません。秘密裏に行うはずです」
「……レフティア嬢がそう思うなら、やってみるといい。俺は事件の方を調べてみる」
「ええ、よろしくお願いします」
私は、お父様にその疑念をぶつけてみることにした。
それが有効であることには、ある程度の確信がある。これでもお父様とは長い付き合いだからだ。これなら確実に、ロメリアのことを調べることができる。
実際に血が繋がっていた場合私がなじられることになるが、それは別にいつも通りなので、デメリットでもない。そのため、とりあえずやってみるべきだろう。
◇◇◇
「……お前が私を訪ねて来るなんて、どういう風の吹き回しだ?」
「……少し話したいことがありまして」
私の来訪に、お父様は少し警戒しているようだった。
実の娘が訪ねて来てその反応であるというのは、歪としか言いようがない。
ただお父様は一応、私に対してひどいことをしていると理解しているようだ。それで報復などを恐れているというのが、彼が小物たる所以であるだろう。
「話したいこと、何の話だ」
「ロメリアのことです」
「ロメリア? ふん、あの子に何かされたのか?」
「いえ、そういう訳ではありませんが……」
ロメリアのことを口にすると、お父様は嫌らしい笑みを浮かべていた。
彼女に私を虐げたことを喜ぶその性根は、腐っているとしか言いようがない。
この男の血が自分に流れているということには、嫌悪感を覚えてしまう。そういう意味では、今回の鑑定の結果によって、ロメリアのことが羨ましくなるかもしれない。
「彼女は、本当にお父様の娘なのでしょうか?」
「……何?」
躊躇っても仕方ないため、私は早速本題を切り出した。
それに対して、お父様は目を丸めている。その表情は、すぐに怒りのものに変わった。
「何を言い出すかと思えば、下らないことを言う。ロメリアが私の娘であることを疑う余地などないだろう」
「そうでしょうか? お義母様は、中々に奔放な女性だったと聞きますし……」
「あり得ない。ペルリナは一途な女だ」
お父様の言葉に、私は少しだけ呆気に取られてしまった。
まさか彼は、ペルリナのことを碌に調査していないのだろうか。血について既に調べたなどとも口にしないし、そもそも何も調べていないのかもしれない。
それは貴族として、なんとも愚かなことだ。それだけ、ペルリナに心酔しているということなのだろうか。
「……バンガルという男性のことをご存知ですか?」
「バンガル? な、何故お前がその男のことを……」
「彼は、お義母様の幼馴染だったと聞いています。なんでも懇意にしていたとか」
「懇意? 馬鹿な。あれはストーカーで……いや、幼馴染だと?」
バンガルさんの名前を出すと、お父様は少し焦ったような顔をした。
その人を知ってはいるが、正しく認識していた訳ではないらしい。その顔に疑念が現れ始めた。これならもう、敢えて押す必要もないだろう。
「……まあ、私も小耳に挟んだだけですから、根も葉もない噂かもしれませんね。変なことを言ってしまって、申し訳ありません」
「いや……そうだ。そうだとも」
私は、お父様にゆっくりと背を向けた。
口では強がっているが、今彼の中では疑念が渦巻いている。
その疑念を解消するために、お父様は必ず動くだろう。これでロメリアの真実は、わかるはずだ。
◇◇◇
「珍しいですね、あなたがお父様の部屋を訪ねるなんて」
お父様の部屋から出た私は、ロメリアに話しかけられた。
丁度辺りを通りがかったのだろうか。彼女は、怪訝な顔をしてこちらを見つめている。
ロメリアは私が何をしていたのか、聞き出そうとしているのかもしれない。彼女に知られると中々に厄介なことになるので、ここは適当に受け流すとしよう。
「……ええ、少し今後のことについて話したくてね」
「今後? ああ、そろそろこの伯爵家から出て行く訳ですか?」
「まあ、そんな所ね」
ロメリアの言葉に、私はゆっくりと頷く。
すると彼女は、口の端を歪めた。その醜悪な笑みは、とても人に見せられるものではない。可愛らしさだとかそういったものを捨てた笑みだ。
「やっと、決心ができましたか。まあ、このままここに残っても惨めなだけですから、それは当然といえば当然ですか。伯爵令嬢としての地位を失う。それはあなたにとって何よりの屈辱でしょうけれど……」
「それは……」
ロメリアの言葉に、私は呆気に取られてしまった。
勝ち誇ったような顔を彼女はしているが、はっきりと言って見当外れである。
別に私は、伯爵令嬢としての地位などにこだわっている訳ではない。どうやらロメリアは、それを見誤っているようだ。
思えば、初めて会った時からずっと彼女はそうだった。
伯爵令嬢の地位、それに彼女の方はとても固執しているような気がする。
「精々あなたも、貧乏で貧しい生活で苦労してください。それでやっとわかるでしょうね。私の気持ちが……煮え湯を飲んだあの日々のことが!」
ロメリアは、私に対して感情を露わにしてきた。
この子はずっと、私に対して牙を向いてきている。それは恐らく、妾の子として生まれたからこそのものなのだろう。
そう考えると、仮にロメリアがヴェリオン伯爵家の血を引いていなかったとしても、彼女自身はそれを知らないということになる。もしもそうなら、なんというか哀れだ。
「……まあ、あなたが何を思っているかは知らないけれど」
「はい?」
「私は私の道を行くだけよ」
「……負け惜しみ、ですか。ふふ、つくづく惨めな人ですね。なんだか笑えてきます」
私の言葉に、ロメリアは笑みを浮かべていた。
そもそもの話、これは勝ちだとか負けだとか、そういう話ではない。彼女はきっと、それを永遠に理解できないのだろう。
だからこそ、私は彼女と分かり合うことができないのだ。その理由がわかった私は、ゆっくりとロメリアの横を通り過ぎて行くのだった。




