第4話 継母の評判
私はクレンド様とともに、とある町に来ていた。
ここはヴェリオン伯爵家の領地内にあるとある町だ。ここではかつて、ペルリナが暮らしていたという。
「さてと、情報を集めるためにはやはり酒場などが良いだろうか」
「酒場、ですか……大丈夫ですかね?」
クレンド様が示した目的地に、私は不安を感じていた。
酒場というものに、正直そこまで良い印象はない。なんというか、柄の悪い人達が集まっていそうな気がする。
もちろん、それは私の偏見かもしれない。ただやはり、酒を扱っている所なので、そういった人がいる可能性は高いのではないだろうか。
「レフティア嬢のことは、俺が守ってみせる。故に心配をすることはない」
「クレンド様が頼りになることはわかっています。でももしも怪我などしたら……」
「まあとにかく、入ってみるとしよう」
クレンド様は、私の心配をそれ程聞かずに酒場に入っていった。
仕方ないので、私もそれについて行く。クレンド様は慣れているのだろうか。それとも怖い者知らずなのだろうか。
「店主、少し邪魔をする」
「あ、ああ……いや、あなた達は」
「……おいおい、これはまた大そうなお客さんが来たじゃないか」
「本当だ。貴族か、それも子供だぜ」
私達が店内に入ると、周囲の視線がこちらに集中した。
身なりなどから、身分の予想はついたらしい。それにして、結構多くの人は萎縮している。
それは当然のことだ。貴族に失礼なことをしたら、ただでは済まない。普通の人なら、絡んで来たりはしないだろう。
「気に食わねぇなぁ」
「まったくよ、貴族の坊ちゃん嬢ちゃんが何の用だ。まさかとは思うが、俺達の邪魔でもしに来たのかよぉ」
しかし中には、そういった常識が通用しない人もいるようだ。
そう言った人達は、クレンド様の前に出て来ている。
酒の臭いがするので、恐らく酔っているのだろうか。そのこともあって、冷静な判断ができていないのかもしれない。
「邪魔をしに来たつもりなどはない。店主、この店で一番高い酒を買いたい」
「あ、いや、未成年の方には……」
「ここにいる方々に振る舞ってもらいたいのだ。俺はお代を出すというだけで飲むつもりなどはないさ」
「ま、まあ、そういうことなら……」
クレンド様の言葉に、彼にからもうとしていたゴロツキ達は顔を見合わせた。
この店で一番高い酒なんて、滅多に飲めるものではないだろう。そちらに興味が移ったのかもしれない。
「なんだ、話がわかるな旦那」
「気前のいい人だ。しかし一体、どうしてこんな所に?」
「ペルリナという女性について調べたいのだ。ほら、最近ヴェリオン伯爵家に嫁いだ女性だ」
「おお、あいつのことか」
「なるほどな、貴族の坊ちゃんが直々に素行調査か……」
酔っぱらい達は、クレンド様に対してかなり友好的になってきた。
彼の手際が良かったということだろうか。これなら無事に話を聞けそうだ。
「ペルリナは、まあこの辺りではなかなか有名な女だぜ。見てわかる通り、美人だったからな」
「ああ、本当にいい女だったぜ。ただ、それは見た目の話さ。あいつに関わって、どれだけの男が泣きを見たことか……」
酔っぱらい達は、ペルリナのことを口々に語り始めていた。
彼女がそこまで有名だったなんて、私は知らなかった。ただ、ここにいる人達の間で有名いであるというのは、決して褒められるようなことではないような気がする。
「いつだったかな。もう十年以上前になる。あいつが子供を連れるようになったんだよな」
「あの時はまさか、伯爵家の旦那の子供なんて思っていなかったが……」
「そうそう、その前に少し田舎に帰っていたんだったか」
「そうだった、そうだった。あっちで産んだんだろうな」
ゴロツキ達の言葉に、私は少し驚くことになった。
てっきり、ペルリナはこの町の出身とばかり思っていたからだ。確か、お父様もそのように言っていた気がする。つまりこれは、彼女が隠していたことということだろうか。
「ペルリナさんは、こちらの出身ではなかったのか。一体、どこの出身なのだろうか?」
「ああ、ここからそう遠くない村……なんだったけな」
「パイトンだったか。特に何もない小さな村だ。ペルリナ自身は、忌み嫌っている村だったぜ」
「そちらで、ロメリア嬢を産んだと……」
「そうだったはずだ」
そこでクレンド様は、私に視線を向けてきた。
それは暗に、この後にパイトンに向かおうと言いたいのだろう。
もしかしたら、そこにペルリナの秘密はあるかもしれない。お父様にも出身地は隠していた訳だし、その可能性は高そうだ。
「バンカルの奴が生きてたら、詳しいことがわかるんだがな」
「バンカル? それは一体誰なんだ?」
「ペルリナの幼馴染だった奴だよ。あいつもパイトンからやって来た。結構つるんでいたし、ペルリナとできてたって話もある」
「その人は既に亡くなったのか? 事故か何かで?」
「詳しいことはあまり知らないが、そんな所だろうな。亡くなったのはつい最近のことだ。そうだな。ペルリナが嫁ぐと決まった直後くらいだったか」
「あいつも大概だったからな。碌な死に方はしないと思っていたが、こんなに早くなくなるなんてな」
ゴロツキが語ったことに、私とクレンド様は顔を見合わせた。
ペルリナと懇意にしていた男性が、彼女が嫁ぐ時期に亡くなった。そこには何かしらの関係がありそうに思える。
もちろん、偶然という可能性もあるが、探ってみるにこしたことはないだろう。丁度、パイトンに行く訳だし。
◇◇◇
私はクレンド様とともに、パイトンという小さな村まで来ていた。
その長閑な村には、まばらに人がいる。ここでペルリナは産まれて、また彼女の娘であるロメリアも産まれたということらしい。
「あなたがハーティアさんですか?」
「ええ、いかにも。私がハーティアです」
私達の目の前には、老婆がいる。
彼女はこの村のまとめ役のような女性で、産婆でもあるらしい。
この村で生まれた子供のことは、彼女に聞けばなんでもわかる。それがこのパイトンで暮らす人達の総意であるらしい。
「貴族の方が、このような村に用事とは驚きです。一体、何をしに来られたのでしょうか?」
「ペルリナさんのことを聞きたくてこちらに伺いました……彼女が伯爵家に嫁いだのですから、それは充分予測できたのではありませんか?」
「言われてみれば、それはそうかもしれませんね。しかし、嫁ぐ前にも来なかった方々が来たものですから、失念していました」
「なるほど、確かにそれはあなたの言う通りですね」
ハーティアさんは、私達のことを警戒しているようだった。
急に貴族の二人組が来たのだから、その反応も当然だろうか。
「ペルリナさんのことは、よく知られているのですか?」
「もちろんですとも。あの子はこの村始まっての問題児ですからね」
「問題児? というと」
「お転婆というと可愛すぎる程に、あの子は奔放でしたから。昔は可愛げもあったのですが、大人になったら、訳のわからないことばかりし出して」
「そうでしたか……」
ハーティアさんは、愛憎半ばといった感じでペルリナのことを語っていた。
生まれた時から知っている彼女からしてみれば、ペルリナは可愛いくもあるのだろう。ただ、少なくとも最近の彼女のことは快く思っていなさそうだ。
「ああそうだ。バンカルさんという方のことも聞いていいですか? ペルリナさんと仲が良かったようですが……」
「バンカル……あれも、ペルリナに負けず劣らず奔放でした。しかし、最も許せないのは、私よりも先に逝ったことです」
「事故で亡くなったと聞いていますが……」
「事故、そうですね。あれは事故だったのでしょうか……」
「ハーティアさん? どうされたのですか?」
クレイド様の言葉に、ハーティアさんは遠くを見つめた。
その表情には、悲しみや疑念といった感情が溢れている。
どうやらバンカルという男性の死には何かがありそうだ。そこに、ペルリナも関わっているのだろうか。
その可能性がない訳ではない。彼女が過去を隠していた理由が、もしかしてここにあるのではないだろうか。
「ハーティアさん、できれば聞かせていただけませんか。それはもしかしたら、とても大切なことかもしれないのです」
「……ええ、実は私もそう思っていたのです。あれの死は、なんというか不可解でした」
「不可解?」
「バンカルは山に山菜を取りに行って、そこで獣に襲われて死んだのです。ただ、あれは臆病な男でした。山になんていく気概があったとは思えない」
クレンド様に促されて、ハーティアさんは話を始めた。
バンカルという男性は、話を聞いた限りではそれ程良い人だとは思えない。
町で言われていたが、彼は小悪党であったらしい。それでいて小心者で、ペルリナには頭が上がらなかったと聞く。
「……ご遺体は山で見つかったのですか?」
「ええ、そうなのです。遺体には確かに傷がありました。獣に襲われたとしか言いようがない状態でしたが……」
「ハーティアさんは、別の可能性があると思っているのですね?」
「……バンガルは死んだ後に、山に運ばれたのではないかと思うのです」
「それは……」
ハーティアさんの言葉に、私とクレンド様は顔を見合わせる。
彼女が謂わんとしていることは、なんとなくわかった。誰かがバンガルさんを手にかけた、と彼女は言いたいのだろう。
私達の脳裏には、ペルリナのことが過っていた。彼女がこの件に関わっているとしたら、それはどうしようもないくらいの大問題だ。
「そういった疑う声もあったというのに、事件の捜査は驚くくらいに行われませんでした。わざわざ町の方から警察が来ていたというのに……」
「行われなかったのですか?」
「ええ、何かしらの作為を感じずにはいられません。もちろん、私の思い過ごしかもしれませんが……」
ハーティアさんの続く言葉に、私達は少し言葉を詰まらせることになった。
事件の調査が碌に行われていないというのは、とても気になる所だ。それはこの件に、何かしらの権力が絡んでいるということになる。
その権力を行使できるのが誰であるかは、考えるまでもない。ペルリナに愛を向けていたお父様なら、充分にそうしそうだ。
「……それからもう一つ、気になっていることがあります」
「はい、なんですか?」
「ペルリナの娘のことです。あの子はヴェリオン伯爵との間にできた子らしいですが……」
「ハーティアさん?」
「いえ、これ以上は私の口からは言えません。言うべきではないことです」
最後にハーティアさんは、意味深な言葉を残した。
それに私は、固まっていた。ある一つの可能性が脳裏を過ったのだ。
それが本当なら、根本から事情が覆ることになる。私はゆっくりと、息を呑むのだった。




