第3話 心強い味方
話をしたいという手紙を出した所、クレンド様は快く応じてくれた。
という訳でエヴォート侯爵家を訪ねた私は、どうするべきかを未だに悩んでいた。
クレンド様とロメリアの婚約を成立させる。それはなんというか、無理難題だ。
もちろん、クレンド様がそれを熱望すれば、エヴォート侯爵も応じてくれるかもしれない。
ただ、彼は平民を妻に迎えることに否定的だった。そんな彼が、ロメリアと婚約したいと考えるとは思えない。
「それで、俺としたい話とはなんだろうか? やはり、ヴェリオン伯爵家の事情などだろうか」
「ああ、いえ……」
クレンド様の言葉に、私は彼が話に応じてくれた理由を悟った。
彼はきっと、私が気が変わって事情を話すと思っているのだ。それは当然のことである。そう思わなかった私の方が、間抜けだ。
善意で迎え入れてくれえた彼に、ロメリアとの婚約の話を出すなんて、本当にそんなことをしてものだろうか。私の中には、迷いが生まれていた。
「すみません、クレンド様。実の所私は、今回その話をしに来た訳ではないのです」
「……それでは一体何の話をしに?」
「……ですが、やはり話させてもらってもいいですか。実の所私は、とても困っているのです」
「なるほど、なんとなくはわかる。つまり今回のことも、君が今置かれている状況に関するものだということか」
少し悩んだが、私はクレンド様に相談することにした。
ヴェリオン伯爵家の名誉だとか、そういったことは考えないことにする。これ以上彼に黙って、色々とことを進めるなんて、私の精神が限界だ。
そもそも考えてみれば、別にヴェリオン伯爵家が没落しようとも問題はない。
それも含めて、目の前にいるクレンド様に頼る方法もあるのだ。領地のことは、エヴォート侯爵家に任せる。そうすることに、私は特に異論などはない。
もちろん色々と障害もあるだろうが、最終的に民の生活が脅かされないなら、特に問題があるという訳でもない。その辺りも含めて、洗いざらい話してしまおう。
「何から話せばいいのかはわかりませんが、そもそもの話は私の母が亡くなったことにあるのでしょうか……お父様がペルリナとロメリアを迎え入れて、それが全てがおかしくなりました」
「やはり、そういうことなのか」
「クレンド様は聡明なお方ですね。少ない情報から、状況を理解するなんて……お察しの通り、私は今ヴェリオン伯爵家で弱い立場にあるのです」
私はぽつぽつと事情を話し始めた。
それをクレンド様は、静かに聞いてくれる。それが私は、とても嬉しかった。
◇◇◇
「なるほど、事情についてはよくわかった。色々と大変なことになっているようだな」
話を聞いて、クレンド様はゆっくりとため息をついた。
彼が私の事情に心を痛めていることが伝わってくる。その優しさは、やはり偽りなどではないようだ。
「ヴェリオン伯爵が、そこまでの愚か者とは……彼を糾弾することは、それ程難しいことではないだろうな。君に対する扱いは、凡そ正気のものではない」
「そうなのでしょうね……」
「ペルリナとロメリアの両名も問題であるといえる。彼女達は、典型的な成り上りだ。貴族の家に一員として迎え入れられたことでつけ上がっている。なんとも醜いものだ」
「はい……」
クレンド様は、お父様やペルリナ、ロメリアのことを批判した。
その言葉には、確かな怒りが込められている。貴族の一員として、勝手な振る舞いをする三人は軽蔑の対象なのだろう。
「とはいえ、君の考えも理解することはできる。ここでことを荒立てれば、ヴェリオン伯爵家の領地に暮らす民に皺寄せがいく可能性はある。例えヴェリオン伯爵であっても、秩序を守っていることは確かだ」
「ええ、それが気掛かりなのです。私自身は、最早伯爵家の地位などはどうでも良いと思っています。逃げ出すこともできました。そうしなかったのは、何れロメリアが伯爵家を牛耳るからで……」
「そうなると、秩序もなくなるか。それをレフティア嬢は危惧している訳だな」
私の言葉に対して、クレンド様は笑顔を浮かべていた。
彼はなんというか、心なしか嬉しそうだ。今の会話に、そのような反応をするようなことがあっただろうか。
「レフティア嬢、君の覚悟を俺は賞賛するとしよう」
「賞賛? それは一体、何に対して?」
「伯爵家の地位など必要ないと言ったことや領地の民を気にしていることに対する賞賛だ。君は聡明な女性であるとは思っていたが、その通りだった」
「クレンド様……」
クレンド様の賞賛の言葉に、私は少し怯んでいた。
自分がそこまで褒められるような人間だとは、思っていなかったからだ。
なので、照れてしまうのだが、今はそんな風に和んでいる場合ではないだろう。これからのことをクレンド様と話さなければならない。
「……クレンド様、私のことを賞賛していただけるのは嬉しく思います。そんなあなたに、私は頼みたいことがあります。どうか私に協力していただけませんか?」
「ああ、もちろん俺はそのつもりだ。君になら手を貸したいと思うからな」
私のお願いに、クレンド様はゆっくりと頷いてくれた。
どうやら私は、とても心強い味方を得られたようである。
◇◇◇
私は、クレンド様とともにとある人と対面していた。
その人は、私達に対して怪訝な顔を向けている。それは恐らく、クレンド様が私に協力するということを聞いたからだろう。
「クレンド、話はわかった。しかし、本当に大丈夫なのか? 他家の事情に首を突っ込むなんて」
「兄上、心配せずとも上手くやるつもりです。これを兄上に話したのは、保険ですから」
「急に現れて何を言うかと思ったら、とんでもないことを言い渡してきたな」
「父上には言えないことですから、兄上に言わざるを得ないのです」
「なるほど……」
クレンド様の兄であるギーゼル様は、ゆっくりとため息をついた。
彼からしてみれば、急に弟から結構重たいことを打ち明けられたのだから、それは当然の反応であるだろう。
「ギーゼル様、すみません。あの、私のせいで……」
「……ああいや、レフティア嬢に言いたいことがあるという訳ではない。そうだな、あなたはとても苦労している。それは理解している。クレンドの判断は怖いものではあるが、誇れるものであるということもだ」
私が謝罪をすると、ギーゼル様は少し気まずそうにしながらそう言ってきた。
彼の考えは、とても真っ当なものだ。他家の事情に介入することには、危険が伴う。心配するのは、当然のことだ。
しかしながら、それでも私に罪悪感を覚えている所を見ると、ギーゼル様もとても良い人なのだとわかる。似た者兄弟、ということだろうか。
「クレンド、レフティア嬢を救いたいという気持ちはわかった。ただ、勝算はあるのだろうか。そこの所を私はきちんと聞いておきたい。勝算もなくことを起こすのは、蛮行としか言いようがない」
「それについては、これから探ってみるつもりです。ことは慎重に行わなければならないことですから、大胆な行動はしません」
「なるほど、それで勝算がないとわかったらどうする?」
「勝算となるものを見つかるまでが、この戦いです」
「それはお前らしいが、なんというか強引だな」
クレンド様は、堂々とギーゼル様に対して言葉を言い放っていた。
自信に満ちた真っ直ぐな発言は、なんとも彼らしい。私もその精神は、見習いたいものである。
「それで、まずは何をする」
「レフティア嬢の現状を覆すためには、ヴェリオン伯爵夫人ペルリナを探るのがいいかと思っています。彼女には色々と裏がありそうだ」
「ふむ、わかった。それなら、存分に探るといい。父上には、私が上手く言っておく」
クレンド様の言葉に、ギーゼル様はゆっくりと頷いた。
確かに、あの継母には色々ときな臭い所がある。叩けば埃の一つや二つくらい、出て来るかもしれない。




