第2話 無茶な要望
結果から言ってしまえば、散々だったといえる。
ロメリアとペルリナの両名は、貴族としての礼儀や作法がなっていなかった。
お父様が二人を甘やかしていることは知っていたのだが、流石に何も教えていなさすぎだ。これでよく、舞踏会に参加させたものである。
「……レフティア嬢、お疲れのようだな」
「あなたは……」
そんな二人の失敗の数々に、消沈していた私に話しかけてくる人がいた。
その人物のことは、それなりに知っている。彼はエヴォート侯爵家の次男クレンド様だ。
彼とは、こういった場で何度か話したことがある。友人といっていいかは微妙だが、確実に知り合いだといえるくらの関係だ。
「ええ、クレンド様、実は今私はとても疲れています。何故疲れているのかは、クレンド様もおわかりでしょうけれど」
「ロメリア嬢とヴェリオン伯爵夫人のことか。君にこういったことをいうのは失礼かもしれないが、正直理解できないな。ヴェリオン伯爵が、あの二人を迎え入れたことが」
「それは……」
クレンド様の言葉に、私は思わず頷きたくなった。
お父様がペルリナを妻に迎えたことは、軽率だったとしか言いようがない。
もちろん、お母様が亡くなって新たに妻を迎えることは、貴族として理解できる。しかし何も、あのような人を妻として迎える必要なんて、なかったと思うのだが。
「子供がいたことが問題なのかもしれないが、平民を正妻にするなんて軽率だ。現に二人は、今回恥をかいている。住む世界が違うことを実感しているかもしれない。まあこういった場に出すのなら、もう少し礼儀や作法は教え込んでおくべきだっただろう」
「……返す言葉もありませんね」
クレンド様は、とても淡々と正論を述べてきた。
そんなことを言われてしまったら、私も認めざるを得ない。
「ああ、すまない。別に君を責めたいという訳ではないのだ」
「いいえ、私もヴェリオン伯爵家の一員ですからね。あの二人の失態は、私の失態です」
「……確かに言われてみれば、それは妙な事柄だな。俺が知っているレフティア嬢なら、二人をあのような状態で舞踏会の場に臨ませないと思うが」
「それは……買い被りというものですよ」
鋭い指摘をされて、私は少し焦ってしまった。
私が屋根裏部屋に押し込まれているなんて、誰かに知られたら大変だ。ヴェリオン伯爵家の名誉のためにも、隠しておかなければならない。
しかし私の返答にも、クレンド様は怪訝な顔をしているような気がする。彼は中々に聡明な人だ。あまり話していると、ぼろが出てしまうかもしれない。
「……まあ、レフティア嬢にも色々と事情はあるのかもしれないな」
「えっと……」
「それを敢えて聞こうとは思わない。君が話したくないと思っていることを深堀する必要はないだろうからな」
クレンド様は、少し沈黙した後に言葉を発した。
その言葉に、私は彼から視線を外す。彼の気遣いに対して、なんとも言えない気持ちになってしまったからだ。
「もちろん君が話したいというなら、聞くつもりではある。それを聞いて別に、俺は動かないという選択を取ることもできる。話だけ聞いて欲しいという場合も、あるだろう」
「クレンド様、私は……」
「だが君が困っているなら、力を貸したい。俺の力などは微力かもしれないが」
クレンド様は、笑みを浮かべながらそう言ってきた。
その言葉自体は、とても嬉しい。いっそのこと彼に全てを話して、助けてもらいたい所である。
しかしそうしてしまったら、ヴェリオン伯爵家の評価が著しく下がるかもしれない。できることなら、それは避けたい。今後のためにも、ヴェリオン伯爵家は守りたいのだ。
単に話すだけという選択もあるが、わざわざそうする必要もないだろう。
クレンド様は、心優しき人だ。そんな人の心に、変な気掛かりを残したくはない。
「クレンド様、ありがとうございます。その提案は、とても嬉しいです。ですが、この事情はヴェリオン伯爵家の問題ですから……」
「なるほど」
「申し訳ありません。せっかくの提案を無下にしてしまって……」
私の言葉に、クレンド様は少し残念そうな顔をした。
それを見ると、心が苦しくなってくる。こんなにも優しい人にそういう顔をさせるのは、やはりとても申し訳ない。
「いや、謝る必要があるという訳ではない。この提案は、非常に合理的な面からした提案だからだ」
「合理的な面?」
「俺はエヴォート侯爵家の次男だからな。どこかに婿入りする必要がある。その相手として、君を少し考えていた。ここで恩を売っておけば、良いと思っただけのことだ」
「それは……」
クレンド様は、提案した理由を述べてきた。
ただそれは、本心からの言葉という訳でもないような気がする。
これは恐らく、私が気に病まないようにかけた言葉だ。クレンド様は、どこまでも私を気遣ってくれている。本当に良い人だ。
「そうですか。クレンド様も、色々と大変なのですね……」
「ああ、そうだとも」
「それでは、私はそろそろ失礼させてもらいます」
私は、ゆっくりとクレンド様に背を向けた。
彼の優しさに触れたお陰か、心は少し軽くなった。なんというか、これからも頑張れそうだ。
◇◇◇
舞踏会が終わり屋敷に戻った私は、お父様に呼び出されていた。
あの二人の失態について、小言を言われるのだろう。それがなんとなく予想できたため、ここに来るのはかなり億劫だった。
とはいえ、呼び出しに従わなかったらそれはそれでひどいことをされそうだ。それなら、小一時間程ぐちぐちと言われる方がマシである。
「先日の舞踏会において、ペルリナとロメリアが恥をかいたそうだな?」
「……ええ、そうですね」
「まったく、お前は何をしていたのだ。あの二人をサポートすることが、お前の役目だろう」
お父様は、予想していた通りのことを言ってきた。
そもそもの話、馬鹿みたいに二人のことを甘やかして、貴族としてのいろはを身に着けさせなかったのはお父様の落ち度である。どうして私が、それで責められなければならないのだろうか。
もっとも、そんなことを考えても仕方ないことはもうわかっている。
ここは黙って叱責を受けて、なるべく早く部屋に帰って休むとしよう。
「まあ、そのことについて色々と言いたいことはあるが、一旦置いておくことにしよう」
「え?」
「お前を呼び出したのは、他に聞きたいことがあるからだ」
お父様の言葉に、私は驚くことになった。
まさか予想していた以外の話をされるなんて、思ってもいなかったからだ。
しかし、なんだろうか。まったく見当がつかない。まあ考えても仕方ないし、話を聞いてみるしかないだろうか。
「舞踏会でお前は、ある青年と親しく話していたそうじゃないか」
「青年……えっと、エヴォート侯爵家のクレンド様のことですか?」
「ああ、エヴォート侯爵家の人間だったか」
私は、ほぼ反射的にクレンド様のことを言ってしまった。
しかし、それは間違いだったかもしれない。お父様に彼のことを話して良いとは思えない。クレンド様を変なことに巻き込んでしまう可能性がある。
「いや実は、ロメリアがその青年に興味を持っていてな」
「興味?」
「エヴォート侯爵家の人間ならば、願ってもいないことだ。是非ともロメリアと婚約してもらいたい所だ」
「婚約……」
お父様は、心なしか興奮気味に言葉を発していた。
侯爵家との婚約、それはお父様としてはかなり欲しているものなのだろう。
そこでお父様は、私に視線を向けてきた。それが何を意味しているかは、なんとなく察しがついている。
「レフティア、お前が今回の婚約の話を進めろ。クレンドをその気にさせるのだ」
「なっ……」
「それくらいできなければ、お前はヴェリオン伯爵家の一員として認められない。まあ、精々頑張れ」
お父様は私に対して、滅茶苦茶なことを言ってきた。
婚約を成立させるのなんて、本来ならお父様の役目である。それを娘に押し付けるなんて、何をやっているのだろうか。
私は思わず、頭を抱えてしまう。どうやらお父様は、思っていた以上にろくでなしだったらしい。




