第1話 妹との対面
本妻である母が亡くなって、妾がお父様と再婚した。
その妾とお父様の間には、子供がいた。その子は、私にとっては妹にあたる。
「私の名前は、レフティア。あなたの名前を教えてもらえるかしら?」
「……」
初めて会った時、私はその子に自己紹介をした。
妾の子ではあっても、それでも妹は妹だ。その時の私は、そう思っていた。
今思い返してみると、何もわかっていなかったといえる。なぜなら、妾だった義母もその娘である義妹も、私のことを快く思っていた訳ではなかったからだ。
「あなたなんかに、名乗る名前はありません」
「え?」
「何もわかっていないのですね? 私は、妾の子として生まれたせいで、不自由な生活を送っていたんです。自分が恵まれているとも自覚していないあなたなんかには、わからないことでしょうけれど」
私の妹は、その顔を醜悪に歪めて言葉を発していた。
彼女の中には、私に対する激しい憎悪があるように思えた。どうやら妹の中には、妾の子として生まれた故の不満が積もっていたらしい。
「しかし、あなたの母親が亡くなった今、立場は逆転するのですよ?」
「なんですって?」
「お父様が本当に愛していたのは、私のお母様です。貴族同士の都合で、あなたの母親と結ばれたようですが、そこには愛なんてありません。わかりますか? お父様の寵愛を受けることができるのは、私の方なんですよ」
「それは……」
妹の指摘に、私は何も言い返すことができなかった。
なぜなら私も知っていたからだ。母と父が、決して良好な関係ではなかったと。
政略結婚なのだから、そういうこともあるだろう。幼い頃から、私はそのように考えていた。
しかしそれは、私が思っていた以上に根深いものだったといえる。
父にとって私の母は、疎ましい存在だったのだろう。今の私の扱いからも、それはなんとなく伺える。
「姉だからといって、威張り散らさないでくださいね。このヴェリオン伯爵家を継ぐのは、このロメリアなのですから。あなたは、私の傀儡です。私がヴェリオン伯爵家で豊かな暮らしができるように、精々政略結婚の道具として、役に立ってください」
「あなた……好き勝手言って」
「好き勝手言えるのですよ。今にあなたもわかるようになるでしょう。お父様が、どれだけ私のことを愛してくださっているのかが」
口の端を歪めて笑う妹に、私は少し後退ってしまった。
結局の所、彼女と仲良くするなんてことは無理な話だったのだろう。性格が捻じ曲がった妹は、私を支配することしか考えていないのだから。
◇◇◇
妹であるロメリアの要望によって、私は屋根裏の小さな部屋で暮らすことになった。
あろうことか、お父様はあの妹のふざけた提案を聞き入れたのである。その時私が悟ったのは、自分の味方が既にヴェリオン伯爵家にいないということだった。
あの妹や継母はもちろん、父も私を蔑ろにする。使用人達も、雇用主である父の機嫌を損ねるようなことはしない。広い屋敷の中で、私は孤立することになったのだ。
「こんな所に押し込まれて、なんて惨めなのかしら」
薄汚れた屋根裏部屋は狭く暗く、とても人並みの生活が送れるような場所ではない。
せめて掃除くらいはしてもらいたかったものだが、妹の手引きか、そのままの状態で住まうことになりそうだ。
「まずは掃除ということかしらね」
別に掃除が嫌いという訳ではない。
ただ、妹の意思でそれを強制されているという現状は、屈辱的だとしか言いようがない。
とはいえ、私にそれを覆せるような力はなかった。私は今まで、ヴェリオン伯爵家の庇護下で過ごしていたか弱い存在だったのだ。
「強く……ならなければならないのね」
掃除を始めた私は、自分がこれから苦しい生活を送ることになることを理解した。
この部屋で暮らすことだけで、ロメリアの嫌がらせが終わるとは思えない。彼女は様々な方法で、私を虐げるつもりだろう。
継母だって、私のことは快く思っていない。あの親子は徹底的に私のことを蔑み、屈辱を与え続けてくるだろう。
「逃げることができない訳ではないかもしれない……」
全てを捨てることによって、ここから逃げ出すことができないという訳でもない。
今のヴェリオン伯爵家の者達は、私を追いかけたりはしないはずだ。ロメリアでさえ、そこまで私にこだわりがあるとは思えない。
ただ、それで本当にいいのだろうか。このままロメリアのような者にヴェリオン伯爵家の主導を握られることが、良いことであるとは思えない。
「彼女には貴族の誇りなんてものはない……きっと自分のために権力を振るう」
お父様が再婚してからというもの、ロメリアは好き勝手に暮らしている。
好きなものを買い、好きなものを食べているのは、まだ許容することができない訳ではない。
ただ彼女は、習い事などを拒否している。貴族としての苦労などは、するつもりがないようだ。
「彼女を止められるのは、私しかいない。私がやるしかない」
ヴェリオン伯爵家の血を引いているのは、ロメリアを除いて私しかいないはずである。
少なくとも、現状はそうだ。故にロメリアを止めることができるのは、私しかいない。ヴェリオン伯爵家とその領地の人々の暮らしを守るために、私はここに残ることを決めるのだった。
◇◇◇
屋根裏部屋に押し込まれた私であったが、対外的な場には参加することを許された。
ロメリアはごねたようだが、流石にお父様もそこまで愚かではなかったということだろう。ロメリアを正当なる後継者とするにしても、まだ時間がかかるため、私を対外的にも蔑ろにすることは難しいと考えたのだ。
「言っておきますが、いい気にならないでくださいね。今はまだ、あなたという存在に影響力がある故に、この場に出て来ることを許されただけで……」
「……わかっているわ」
「……レフティア、あなた、ロメリアになんて口の聞き方をしているのかしら? あなたの立場というものがわかっていないようね?」
「申し訳ありません」
ロメリアと継母ペルリナは、舞踏会の場において、私に詰め寄ってきていた。
イルヴァン公爵の元で開かれたこの舞踏会には、様々な人達が参加している。その人達の視線は、二人に集まっているようだ。
ヴェリオン伯爵が、新たに妻に迎えた平民の親子。それだけでも興味深い存在ではあるため、それは当然といえば当然だ。
「しかしながら、ここではあくまで私がヴェリオン伯爵家の正当なる血統だと考えられています。実情はどうあれ、今は長姉としての振る舞いをお許しください」
「生意気なことを言う娘ね。あの薄汚い女狐にそっくりだわ」
「……」
ペルリナの言葉に、私は激しい怒りを覚えた。
母のことを侮辱されるということは、自分のことを悪く言われるのは我慢ならない。
とはいえ、この場で激昂してしまったら、今目の前でぐちぐちと言っている二人と同じ所に堕ちてしまう。それだけは避けたかったので、私はなんとか感情を抑える。
「お母様、この人が愚かな存在であることなんて、わかっていたことではありませんか」
「ああ、そうだったわね。流石はロメリア。賢い私の娘だわ」
「でも、確かにこの人が言っていることは間違いではありません。お父様も、まだ対外的には彼女を据える方が得策だと考えています。その方が私達にとってもいいと思っているのです。ここは仕方ありませんから、従いますよ、お姉様」
ロメリアは、私のことを嫌味たらしく姉と呼んだ。
その言葉には、敬意も親愛もない。私に対する侮蔑を含んだ言葉だ。
それも私は、受け流す。この二人の相手を真面目にしても仕方ない。全て聞き流すくらいが、丁度良いだろう。
心配なのは、この舞踏会で二人が余計なことをしないかということだ。
二人の立ち振る舞いによっては、ヴェリオン伯爵家の評価を著しく下げることになる。今後のためにも、それは避けたい所なのだが。
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