第15話 真っ直ぐな人
エヴォート侯爵家の領地にある村プラエリオは、小さな村だった。
その村の一角には、一つの家がある。その家に暮らす男性こそ、ヴェリオン伯爵家の血を継ぐ男性であるらしい。
「なるほど、それでお二人はこちらにやって来たという訳ですか……」
「ええ、そうなんです」
その男性アドルフさんは、私達の来訪にその顔を歪めていた。
それは仕方ないことではあるだろう。私達にとっても彼は厄介な存在ではあるが、その逆もまたいえることなのだ。
とはいえ、こちらとしても彼のことを放っておく訳にはいかない。一度きちんと話し合いをしておかなければならないのだ。
「……正直言って、俺には自分がヴェリオン伯爵家の一員だなんて自覚はありませんよ」
「自身の素性について、ご存知だと聞いていますが……」
「ええ、母から聞かされていました。その疑惑があるみたいな曖昧な言い方でしたけどね。まあ、母も正式に鑑定した訳でもないため、半信半疑だったんでしょう」
「それを聞いて、ヴェリオン伯爵家に何か働きかけようなどとは思わなかったのですか?」
「思いませんよ。別に興味もありませんから」
アドルフさんは、とても淡々と言葉を発していた。
彼からは本当に興味がないというか、私達の来訪を鬱陶しく思っていることが伝わってくる。
「俺はこの村で平和に暮らせるなら、それでいいと思っています。それ以外のことなんて望んでいません。俺を保護したいとか、そういう話なら放っておいてもらいたいんです。そういう訳には、いかないものなのでしょうか?」
「そうですね……アドルフさんがそう望むのなら、それでもいいのかもしれません」
「もちろん、こちらとしても彼の提案はありがたい限りではある。そういうことなら、そう取り計らうとしよう」
私の言葉に、クレンド様はゆっくりと頷いてくれた。
それにアドルフさんは、少し驚いているような気がする。
「……案外、すぐに引き下がってもらえるんですね?」
「ええ、まあ、そちらに敵意がないなら、正直な所問題があるという訳でもないんです。ヴェリオン伯爵家は、没落している訳でもありますし……」
「没落……ああいや」
そこでアドルフさんは、ゆっくりと首を横に振った。
彼はなんというか、しまったというような表情を浮かべている。こちらをじっと見つめているし、一体どうしたのだろうか。
「すまなかった……」
「……え?」
「俺はなんということをっ……どうか許してくれ」
アドルフさんは、地に伏しながら私に謝罪してきた。
それに対して、こちらは困惑することしかできない。一体彼は、どうしたのだろうか。
◇◇◇
少し時間が経って、アドルフさんは落ち着いた。
それから彼は、家の中に招き入れてくれた。家の中は片付いている。今は一人暮らしであると聞いたが、掃除は行き届いているようだ。
「えっと、それでどうしてアドルフさんはあのように謝られたのですか?」
「いや、よく考えてみれば、あなたは大変な境遇にあると思ってしまって……」
「大変な境遇?」
「継母や妹だったと思っていた者達に騙されていて、父親が母親を……それらのことで、没落までしてしまって。色々と大変だったでしょう。それなのに、俺は随分と冷たい物言いをしてしまったと思ったんです。本当に、申し訳ありませんでした」
アドルフさんは、本当に申し訳なさそうに謝ってきた。
その様子に、私とクレンド様は顔を見合わせる。
アドルフさんは、本当に良い人なのだろう。その謝罪からは、それが伝わってきた。
「別に気にしないでください。私は平気ですから」
「平気?」
「こう見えても貴族ですからね。自分で言うのもなんですが、私も結構タフなんですよ」
私は、アドルフさんに対して胸を張った。
少々自信過剰するような気もするが、彼を納得させるにはこれくらいが丁度良いだろう。隣にいるクレンド様が少し笑っているのが、気になる所ではあるが。
「なるほど、俺より年下なのに立派な人ですね……まったく、自分の小ささが嫌になってしまいます」
「いえ、小さいなんてことはありませんよ。アドルフさんは、しっかりとした人だと思います」
「そうですか? そう言っていただけるのは嬉しい限りですが……」
「ええ、そうですよ。アドルフさんがそういう人で、本当に良かったと思っています」
アドルフさんは、とても真っ直ぐな人だった。
自身を伯爵家の令嬢だと思い、ずっと私のことを恨んでいたロメリアとは大違いである。
彼女のように恨みを向けて来られていたら、参っていた所だ。こういう風に笑い合えるのは、私としてはとても嬉しいことである。
「まあ、半分しか血は繋がっていませんが、私にとってアドルフさんは兄にあたる訳ですからね」
「兄……そうですか。そういうことになるのですね」
「気付いていなかったんですか?」
「いや、まあ、そうですね……あまりそういった観点から考えてはいなかったと言いますか」
私の言葉に、アドルフさんは少し気恥ずかしそうにしながら頭をかいていた。
初対面の相手に急に妹なんて言われて、すぐに受け入れられる訳ではないだろう。
ただ、悪い反応ではないような気がする。そのことに私は安心した。やはり彼は、ロメリアとは違うようだ。
「しかし妹ですか。そう言われると、なんというかとても身近に感じられるものですね」
「まあ、私がアドルフさんの妹であるということは、紛れもない事実なのですけれど……」
「そうなのですよね。不思議な感じです」
アドルフさんは、少しぎこちなく笑みを浮かべていた。
私が急に妹だと言ったためか、距離感を掴めないでいるのだろう。戸惑っていることが、その所作からはよく伝わってくる。
「……私が妹――ロメリアという少女と一時期姉妹の関係にあったということは、アドルフさんもご存知なのでしょうか?」
「ああ、えっと、それは確かあなたを騙していたという……」
「ええ、まあ、彼女自身にその自覚はなかったのですけれど。彼女と最初に話した時は、それはもうひどいものでした」
アドルフさんと話していて思い出したのは、やはりロメリアのことだった。
妹と兄という違いはあるが、それでも私にとって二人は急に見つかった兄弟という点で、同一だといえる。
「私は一人っ子でしたから、兄弟というものには少し憧れがあったんです。まあ、貴族の兄弟なんてものは、後継者争いなどで大変だとも聞いていましたが……」
「兄弟に対する憧れ、ですか……それは俺も、なんとなく理解することができます」
「ロメリアからは拒絶されました。彼女がもう少し私に対して友好的だったなら、違う結末もあったのかもしれません」
ロメリアは、私のことを頭ごなしに否定してきた。
本妻の子供だったからと敵視し、決して分かり合おうとしなかった。それ所か、私に対して嫌がらせまでしてきたくらいである。
その結果として、彼女は一生心に残る傷を負った。自業自得であるとは思うが、なんとも哀れな末路だといえるだろう。
「だからアドルフさんとは、できれば手を取り合いたいと思っているのです。それに関しては、貴族の事情だとかそういうことではありません。ただ私が個人として、そうしてくれた方がありがたいと思えることです」
「……なるほど。そういうことなら、その手を取らないといけないな。妹の頼み一つも聞けない兄なんて、なんとも情けない話だ」
「アドルフさん……」
私が手を差し出すと、アドルフさんは少し砕けた口調でその手を取ってくれた。
その力強さに、私はなんだか安心していた。どうやら、彼とは分かり合うことができそうだ。
「また何かあったら……いや、何かなくてもいつでも遊びに来てくれ。俺はお前を歓迎するよ、レフティア」
「ありがとうございます……アドルフお兄様」
結果的にではあるが、私は兄を得ることができた。
それはなんとも、幸福なことだといえるだろう。母を失い、父を自らの手で裁いた私は、新たなる家族との出会いに感謝するのだった。




