第14話 屋敷の整理
クレンド様は、一旦エヴォート侯爵家に戻っていった。
父親や兄と、これからについて色々と話し合うつもりであるらしい。
私は、その報告を待つことになった。諸々の挨拶は、その後で行う算段であるらしい。
とはいえ、私にとって事件が一区切りついたのは事実である。義母だったペルリナも今は捕まっているし、後は司法の判断に任せるだけだ。
その判決には、権力は及ばない。きちんとした判決が下されるはずだ。
そんなことを思いながら、私はヴェリオン伯爵家の屋敷に戻って来ていた。
色々とあったため、屋敷には使用人すらいない。とても静かで、少し不気味なくらいだ。
とりあえず私は、掃除から始めることにした。
クレンド様は、家族との話が終わったらここに来る。その時のためにも、できるだけ屋敷は綺麗にしておきたい。
とはいえ、広い屋敷であるためやはり骨が折れる。流石に一人で掃除というのは、無理な話だっただろうか。
「さて、ここはどうするべきなのかしらね……」
そんな私は、ある部屋の中に入って頭を抱えていた。
お父様の執務室、ここは恐らく、そのままクレンド様の執務室となるだろう。
ここは使用人の人達が仮にいても手が出せないだろうし、ある程度整理しておいた方が、良いような気がする。
「お父様は、かなり雑ね。あまり整理整頓ができていないみたい……あら?」
お父様の机を漁っていた私は、日記帳と書かれたものを見つけた。
あのお父様が、そんなものを残していたという事実は驚きだ。そんなこまめな人ではないと思っていたのだが。
「……日付が飛んでいるわね」
お父様の日記を捲ってみたが、とても雑なものだった。
やはりこまめに日記をつけるなどということは、あのお父様には無理な話だったということだろう。重要な出来事だけ、記したということか。
「うげっ……どうしてそんなことを日記に残して」
お父様は、自身の女性関係について日記に書き記していた。
ペルリナと出会った日などのことが赤裸々に書いており、少し気分が悪くなった。
人の日記など、読むべきではなかったということだろうか。私は自らの過ちを感じながらも、次のページを捲った。
「え?」
するとそこには、またも女性関係について記されていた。
ただ、そこに記されているのはペルリナとのことではない。別の女性との関係が、記されているのだ。
まさかとは思って、私は日記のページを捲っていく。そして理解した。この日記が、お父様の女性関係に関する全てが記されているものだということを。
◇◇◇
「なるほど、それはなんとも……由々しき事態といえるかもしれないな」
「ええ、そう思うんです」
父と兄との話を終えたクレンド様に、私は父の日記について伝えた。
それに対して、彼は苦い顔をしている。それは当然だ。この日記に記されていることは、はっきりと言って面倒なことだ。
お父様が多くの女性と関係を持っていたということは、それらの女性との間に子供がいるかもしれないということである。
ヴェリオン伯爵家が没落するといっても、私がクレンド様と婚約する以上、妾の子は障害となり得る存在だ。もしもいるなら、何かしらの対処をしなければならないだろう。
「……父上と兄上との話はまとまった。俺は君と正式に婚約する。ヴェリオン伯爵家を、エヴォート侯爵家は丸ごと引き入れるつもりだ」
「予定通りといえば予定通りですね……」
「ああ、まあこの事実を受けたとて、そうすることに変わりはないだろう。とはいえ、この件については調べる必要があるな」
私は、クレンド様の言葉にゆっくりと頷いた。
やはりこの件については、念入りに調査を進めるべきだろう。ヴェリオン伯爵家の血を引く者が私の他にいるのかは、とても重要なことだ。
仮にそういった人が見つかったらどうするかは、また考えなければならないことである。放っておくのか保護するのか、はたまたお金などで解決するか、選択肢は色々とあるだろう。
「まあ、そこまで心配するべきことという訳でもないだろう。一応こちらには、ヴェリオン伯爵家は既になくなっているという論がある」
「それは、詭弁ではありませんか。私を妻に迎え入れているという事実を突かれると、中々に痛いように思いますが……」
「それでも事実としてヴェリオン伯爵家というものはもうない。いざとなったら、それで押し通すとしよう……もちろん、相手が穏便であるなら、そんな論はいらない訳ではあるが」
「ああ、そうですね。言われてみれば、その通りです」
クレンド様は、言葉を発しながら途中で何かに気付いたように目を丸くしていた。
その気持ちは、よく理解できる。私も同じだったからだ。
彼に妾の子が存在していたとしても、その人に敵意があるとは限らない。
もしかしたらとても穏便に解決できるのかもしれないし、その可能性を最初からないものと考えるべきではないだろう。
とはいえ、実際問題どちらの可能性が高いかは明白であるように思える。
結果的には違った訳だが、ロメリアだってこじれた妾の子であった。それを考えると、どうしてもすんなり解決できないように思えてしまう。
まあそもそも、妾の子が存在しているのかどうかも、まだわからないのだが。
◇◇◇
「結論から言うと、ヴェリオン伯爵には隠し子がいたようだ。その数は三人だ」
「そうでしたか……」
クレンド様は、調査の結果を私に苦笑いしながら教えてくれた。
彼の口振りからして、正式な調べももう終わっているのだろう。お父様、引いては私と血の繋がりがある妾の子が、三人も存在していたというのは驚きだ。
ただ、日記にあった女性関係から考えると、それは少ない方なのかもしれない。あの赤裸々に書かれていた日記から考えると、十人くらいいてもおかしくはなかったように思える。
それなら、不幸中の幸いだと考えるべきだろうか。後はその三人と、穏便に話し合えることを願うばかりだ。
「ただ、対処するべきは一人ということになるだろうな」
「え?」
「三人の内二人は、既に亡くなっている。一人は病死で、もう一人は事故死だったそうだ。これに関しては、特にヴェリオン伯爵が関わったという訳でもないだろう。そもそも伯爵は、その存在を知らなかったという可能性が高い」
「……そう、でしたか」
クレンド様の言葉に、私はなんとも言えない気持ちになっていた。
顔も名前も知らない訳ではあるが、曲がりなりにも兄弟だった者達が亡くなっているという事実には、心が痛くなってくる。
ここで喜べるような人間である方が、貴族には向いているのだろうか。そう思った私は、思わず自嘲気味に笑みを浮かべてしまう。
「あまり気落ちするものではない……といっても、無理な話か」
「いえ、大丈夫です」
「君のそういった優しさを、俺は美徳であると思っている。さて、もう一人の話をするとしようか」
とりあえず私は、気持ちを切り替えることにする。
いつまでも気落ちしていても仕方ない。他に対処するべきことがあるのだから、そちらに集中するべきだ。自分にそう言い聞かせて、背筋を伸ばす。
「奇妙な偶然ではあるが、その男子はエヴォート侯爵家の領地にある村で暮らしている。母親は病で亡くなっており、今は一人で農家として過ごしているようだ。年齢は君よりも上……まあ、敢えて言い表すと兄ということになるか」
「兄、ですか……」
「はっきりとしたことはわかっていないが、自らの素性については薄々知っているようだな。村でも周知の事実ではあるらしい。その上で、ヴェリオン伯爵家に対して何にも働きかけていないということは、ある程度安心できる要素ではあるか」
「そうですね……」
クレンド様の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
実際の所、その男性が何を考えているかはわからない。それを確かめるためには、話をしてみるしかないのだろう。
そう思って、私は気を引き締めるのだった。




