第13話 婚約を結んで
病院から出て来た私とクレンド様は、町にあるレストランに来ていた。
これからのことを話し合いたいと、私から誘ったのである。クレンド様は、快くその申し出を受け入れてくれた。これでやっと、彼にお別れの挨拶をすることができそうだ。
「クレンド様、あなたには色々とお世話になりましたね……これはほんのお礼です。どうぞ遠慮せずにお食べください」
「……まあ、そういうことならいただくとしようか」
レストランの食事は、私持ちということにさせてもらった。
この程度で恩返しということにはなる訳もないが、せめてそれくらいはしたかったのである。
クレンド様は、これに関しても受け入れてくれた。私の心意気を、汲んでくれたということだろう。
「今まで本当にありがとうございました。改めてお礼を言わせてください」
「……レフティア嬢、一つ聞いておきたいことがある」
「はい、なんですか?」
「なんというか、君はこれからお別れでも言いそうな雰囲気だな?」
「え?」
話を切り出そうとした私に対して、クレンド様は鋭く切り込んできた。
きちんと挨拶をしておかなければならないと思っていた私は、身構え過ぎていたのかもしれない。クレンド様に何かがあると感づかれてしまったようだ。
それはなんというか、少しばつが悪い。とはいえ、別にやることも変わらない訳だし、話を進めるとしようか。
「そうですね。クレンド様とは、これでお別れでしょうから」
「お別れ?」
「ええ、ヴェリオン伯爵家はこのまま没落する訳ですし、もう私とクレンド様に関わり合う理由というものはないでしょう?」
「……理由か」
私の言葉に、クレンド様はゆっくりとため息をついた。
その表情は、少し悲しげだ。彼の方も、私との別れを悲しんでいるということだろうか。
それは少し、嬉しいような気もする。悲しんでいるのが私だけだったなら、やはり傷ついていたかもしれない。
「君と俺が関わり合うことに理由なんてものが必要であるとは思えないのだがな」
「そうでしょうか?」
「友人であると思っているのはこちらだけだった、ということだろうか?」
「いえ、そんなことはありません」
クレンド様の言葉に、私はゆっくりと首を横に振る。
もちろん私も、クレンド様のことは大切な友人であると思っている。
ただだからといって、侯爵令息である彼と没落した伯爵家の令嬢が関わるというのも、おかしな話であるだろう。
そもそも私達は、異性である。婚約関係などがなければ、無闇に会うべきではない立場だ。それはクレンド様だって、理解しているはずなのだが。
「さてと、せっかくだから、これからの話をするとしようか」
「これからの話、ですか?」
「ああ、ヴェリオン伯爵家の領地のことは、エヴォート侯爵家が預かることになっている。ただ正直な所、手に余るものだというのが父上の認識だ。侯爵家の領地で、手一杯ということであるらしい」
別れの話を遮ったクレンド様は、ヴェリオン伯爵家の領地のことを話し始めた。
それは、私にとっても重要なことなので、きちんと耳を傾けておく。
「その辺りは、柔軟にできるものではないのですか?」
「もちろん、父上もせっかく得た領地を無駄にしようとは思っていない。ヴェリオン伯爵家の領地は、俺に任されることになっている」
「そうですか。それなら安心ですね」
クレンド様が領地を管理してくれるなら、私としてはとても安心だ。
彼が優秀な侯爵令息であるということは、私が一番よく知っている。きっと、領民達のことも考えた政をしてくれるだろう。
「ただ、そのような大役を任されて、俺は正直不安なのだ。要するに、俺はヴェリオン伯爵を受け継ぐようなものだからな。この年でそんな大役は身に余る」
「そうでしょうか? クレンド様なら大丈夫だと思いますけど」
「君が俺を評価してくれているのは嬉しい限りだ。ただ、俺はそこまで優れた人間という訳でもない。助けが欲しいのだ」
「助け?」
そこでクレンド様は、私の目をしっかりと見つめてきた。
その視線が何を意味しているのか、なんとなく察することができる。まさか私に、助けを求めているということだろうか。
「もしかして、私の助けを必要としているということですか?」
「察しが早くて助かる」
「えっと……もちろん、それは構いませんよ。私に何ができるのかはわかりませんが、そもそもそれも私が蒔いた種である訳ですし」
私は、クレンド様の言葉にゆっくりと頷いた。
彼が私の助けを求めているというなら、それを断るつもりなんてない。
ただ、私に何かできるのだろうか。自分で言うのもなんだが、役に立つ人間であるという自信はあまりないのだが。
「はっきりと言っておこう。君はとても、役に立つ人間だ」
「え? そうなのですか?」
「ああ、君にしかできないことがあるのだ……そこで、提案なのだが、俺と婚約してもらえないか?」
「……うん?」
私は思わず、固まっていた。
クレンド様の発言は、それ程までに驚くべきことだったのだ。
そんな私に、クレンド様は苦笑いを浮かべている。その表情からして、これは冗談の類ではなさそうだ。つまり彼は、本気で私と婚約したいと思っているということなのだろう。
「私とクレンド様が婚約なんて……ヴェリオン伯爵家が没落することを考えたら、良いものであるとは思えないのですけれど」
「そういう訳でもないと俺は思っている。領地の民を安心させるためには、君の存在はきっと強力であるはずだ」
「私の存在が、領地の民を安心させる、ですか?」
クレンド様の言葉に、私は首を傾げることになった。
没落した伯爵家の娘の存在で、領地の人達が安心するなんてことがあるのだろうか。むしろ不安になるような気がするのだが。
「端的に言ってしまうが、領民達はヴェリオン伯爵家が犯した罪などをそこまでは気にしていないだろう」
「え?」
「今回の件を調べるにあたって、俺は領地の民達から色々と情報を仕入れた。その過程でわかったのは、君の母親――ヴェリオン伯爵夫人の評判が良かったということだ」
「私のお母様、ですか? ええ、まあ、人格者として知られていたはずですが……」
私は、お母様のことを思い出していた。
お母様は優しい人であり、その優しさは領地の民にも向けられていた。そういったお母様を見ていたからこそ、私も領民のためにヴェリオン伯爵家に残ったくらいだ。
「同時にその娘である君の評価も悪くなかった。君のことを知っている人達は、君のことを悪くは思っていない。つまり今回の件も、ヴェリオン伯爵個人が起こしたこととして考えられるということだ」
「そういうものでしょうか?」
「社交界は違うかもしれないが、少なくとも領民はそうだろう。そこで俺は、君の影響力に期待したい。君の存在によって、領地の管理を円滑なものにしたいのだ。この際、君がどのような境遇にあったのかも明かしてな」
クレンド様が言っていることは、理解できた。
私が領地の人達から良く思われているというなら、それを利用しない手はないだろう。
領主が変わると、ただでさえ混乱する。その混乱を抑えるために、私は必要ということなのかもしれない。
「……わかりました。そういうことなら、私とクレンド様の妻にしていただけますか?」
「もちろんだ」
私は、クレンド様の提案に乗ることにした。
私の存在が役に立つというなら、それでいいと思ったからだ。それで領地の人達が安心するというなら、私は喜んでこの身を捧げよう。
もっとも、その相手がクレンド様であるので、正直な所嬉しいくらいである。彼のような紳士的な人の妻になれるなら、異論なんてあるはずがない。
私なんかには、過ぎたる幸福とさえ思う。これからどうしようかと悩んでいたのだが、思わぬ道が切り開かれたといえる。




