第12話 裁くべき人
私はクレンド様とともに、病院に来ていた。
そこにいるある人物に、会いに来たのである。
「うがあああああああ!」
部屋の前に立っていると、中から大きな声が聞こえてきた。
その苦しむような声を聞いても、あまり同情することはできない。彼がやって来たことを考えると、それは当然の報いだからだ。
「失礼します」
「うぐっ……お、お前達は」
私の姿を見たお父様は、目を丸くして驚いていた。
私が訪ねて来るなんて思ってもいなかったのだろう。その驚愕に満ちた表情は少し滑稽だ。
毒物を飲んだお父様は、すぐさま病院に運ばれた。そしてそこで、治療を受けたのだ。
その結果として、お父様はなんとか一命をとりとめた。毒物を体から取り除くことによって、助かったのだ。
しかし今は、その後遺症に苦しんでいる。毒物は少量体に回っており、それは苦痛となってお父様の体に害を及ぼしているそうだ。
「お体の方はいかがですか? お医者様は、数日すれば治ると言っていましたが……」
「そ、そんなことを聞く必要が、ある、もの、か……あぐっ、見ればわかるだろう」
「苦しいようですね?」
「お前の、せいだ……お前が、私を助けたから! あがっ」
お父様は、私に対して悪態をついてきた。
それくらいの元気があるなら、もう大丈夫なのだろう。少なくとも死ぬことはなさそうだ。
「死んで罪から逃れようなんて、私は許しませんよ。あなたにはしっかりとその罪を自覚して、罰を受けてもらわなければならないのですから」
「な、なんだと……」
「クレンド様に協力してもらって、お母様の事件について調べました。あなたがやったと証言する人が何人も出てきましたよ」
お母様の事件について、私はクレンド様に相談した。
すると彼は迅速に対応してくれて、その真相を暴き出してくれたのである。
当時の使用人や医師達などは、エヴォート侯爵家の権力に怯えて、洗いざらい話してくれたそうだ。
「紅茶の毒物も検出されました。殺人罪に殺人未遂、母とバンガルさんと私の三件で、あなたは裁かれます」
「な、なんということだ……」
「司法の元で、厳正に裁きを受けてください。その結果は、もしかしたらお父様がしようとしたのと同じようなことになるかもしれませんが……」
「う、ぐっ……お前は、どこまで、私に屈辱を! があっ!」
お父様は、私に対して怒号を飛ばした。
しかしそれには、大した迫力もない。負け犬の遠吠えでしかないからだ。
何はともあれ、これでお父様をきちんと裁くことができそうである。そのことに私は、安心するのだった。
◇◇◇
「ふう……」
お父様の病室から出て来た私は、ゆっくりとため息をついた。
するとクレンド様が、少し気まずそうな顔をしながらこちらに視線を向けた。彼としても、色々と思う所はあるのだろう。その表情からは、それが伺える。
「レフティア嬢、大丈夫か?」
「クレンド様、ええ、私は大丈夫です」
「そうか。少し憔悴しているように見えたのだが……」
「そうですね……疲れていないと言ったら、嘘になります」
クレンド様の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
お父様のことで、重たい気持ちになったことは間違いない。多分私は、かなり疲れた顔をしていることだろう。
ただ、気持ちはどちらかというと晴れやかだ。とりあえずこれで、お父様がその権力を乱用することもなくなった訳だし、それ自体は喜ばしいことではある。
「クレンド様、改めてお礼を言わせてください。本当に、ありがとうございました。クレンド様のお陰で、やっとお父様を黙らせることができました」
「それについては、君の努力の賜物だ……こんなやり取りを前にも交わしたな」
「ええ、そうですね……」
今回の件に関して、私はクレンド様の協力がなければ成し遂げられなかったと思っている。
ただ、それをあまり言うのは良くないことなのかもしれない。彼はこれについて誇ろうとしていないのだから。
そもそもの話、ヴェリオン伯爵家の結末を彼に背負わせるのも、微妙な所だ。責任は私にあるのだから、成果も自分のものとしてしまった方が、後腐れはないのかもしれない。
「まあ、そういうことなら誇らせてもらいます」
「む? 急にどうしたのだ?」
「いえ、あまり謙遜するのもどうかと思いまして」
クレンド様は、これからはヴェリオン伯爵家のことなど忘れて生きてもらわなければならない。
もちろん領地のことは任せる訳だが、少なくともお父様やペルリナやロメリアのことは、彼が背負うことではない。私が背負うべき事柄だ。
だからそろそろ、彼とは離れなければならない。悲しいことではあるが、今日という日が彼と過ごす最後の時ということになるだろう。
「そうか……そういうことならいいのだが」
「ええ、さてと、それではそろそろ……」
「ああ、ロメリア嬢の元に向かうのだったな?」
「あ、はい。そうですね。念のため、彼女のことも見届けておきましょう」
クレンド様と別れようと思っていた私は、彼の言葉にほぼ反射的に頷いていた。
彼とまだ別れたくない。そういった思いが、私の中にはあるのかもしれない。
とはいえ、ロメリアとはクレンド様も関わっていた。そんな彼女のことは彼も気になっているかもしれないし、ここは二人で一緒にロメリアの元を訪ねるとしよう。
◇◇◇
「だ、誰?」
「……私よ」
「あ、あなたは……」
私とクレンド様が病室を訪ねると、ロメリアはベッドの端に素早く後退った。
彼女の顔には、恐怖が張り付いている。私達は、ただ普通に部屋に入って来ただけだ。だがそれでも今のロメリアにとっては、ひどく怖いことであるらしい。
「はあ、ははっ……私をどうするつもりですか?」
「どうするつもりも何もないわ。私達はあなたに危害を加えるつもりはない。それだけは約束してあげる」
ロメリアは、大量の汗をかいていた。
彼女の根底に染みついている恐怖は、余程根深いものであるらしい。未だに私に、怯えて切っている。
もっとも、クレンド様はともかく私はロメリアと敵対していた訳なので、善意だけでここにいる訳でもない。その意思を感じ取って、怯えているということだろうか。
「……ひっ!」
「ロメリア?」
「窓の外で、何かが動きました」
「窓? ああ、鳥が飛んでいるみたいね……」
「鳥……鳥?」
私の言葉に、ロメリアは目を丸めていた。
彼女の視線は、ゆっくりと窓の方に向く。そして鳥を視界に収めて、彼女は安心したようにゆっくりとため息をつく。
「なんだ、鳥ですか……うふふ、あははっ」
ロメリアは、急に笑い始めた。
どうやら、彼女はかなり憔悴しているようだ。その笑みからは、それが伝わってくる。
「……何をしに来たのですか?」
ロメリアは、たどたどしい様子でこちらに顔を向けてきた。
彼女は、まだ鼻で息をしている。こちらへの警戒は、解けていないようだ。
それは当然といえば当然かもしれない。私と彼女は、敵対関係にあったのだから。
「別に何をしに来たという訳でもないわ。お父様のついでに、あなたの様子を見に来たのよ」
「私を嘲笑いに来たということですか?」
「今のあなたには、嘲笑う価値もないわ」
ロメリアの言葉に、私はゆっくりと首を横に振った。
彼女には色々と恨みもあるが、最早私が何かを言う必要があるとも思わない。
「わかっているとは思うけれど、これ以上余計なことはしないことね。あなたが大人しくしているなら、こちらから何かをするつもりもないのだから……」
「ほ、本当ですか?」
「ええ、本当よ」
「……」
私は、本心から言葉を発している。しかしロメリアは、明らかに信じていない。
事件によって、彼女の中には疑念が染みついた。その疑念が、元々信用しにくい私の言葉をはじき返しているのだ。
そしてその疑念によって、ロメリアは身動きが取れないだろう。彼女はもしかしたら、ずっとそのままなのかもしれない。




