第11話 明かすべき真実
クレンド様の手引きによって、お父様の悪事の数々が公表されていった。
それに際して、ペルリナも証言してくれた。彼女は自分がヴェリオン伯爵家を騙していたこと、バンガルという男をお父様とともに手にかけたことを公表したのだ。
当然のことながら、それらの事実はヴェリオン伯爵家にとって大きな打撃となるだろう。それ所か、没落まで追いつめられかねない事実だ。
「……おお、レフティアか」
「お父様、大変そうですね?」
「ああ、大変だとも。お前の相手をしてやりたい所が、今はそれ所ではないのだ。どうか許してくれ」
お父様の部屋を訪ねると、慌ただしくしていた。
今回の件をなんとか火消しできないかと、務めているのだろう。
私は、そんな彼のことをさらに追い詰めに来た。彼に私に関する事実を、教えに来たのだ。
「お父様、一つ言わせていただきたいことがあるのです」
「なんだ?」
「今回の件は、全て私が差し金です」
「……何?」
作業をしながら耳を傾けていたお父様は、その手をゆっくりと止めてこちらを向いた。
彼は、目を丸めて私を見つめている。信じられないというような表情だ。彼は私が本当に、与していると思っていたということだろう。
私は、お父様に対してわざとらしく笑みを浮かべる。今は彼に、よく理解してもらわなければならない。そのため、多少大袈裟な言動を心掛けておく。
「……笑えない冗談だな。お前がこのヴェリオン伯爵家を裏切るなんてあり得ない」
「どうしてそう思われるんですか?」
「お前は、あれ程の扱いを受けておきながら尚、この屋敷に留まっていた。それは私からの愛を欲していたからだろう?」
お父様は、笑みを浮かべていた。
一応根拠があって、私が裏切らないと思っているようだ。それには少し驚いてしまった。このお父様なら、根拠もなくそういったことを言う可能性もあったからだ。
ただその論には、きっちりと反論することができる。家に留まったことには、明確な理由がある。
「それはこのヴェリオン伯爵家の領民のためですよ。ロメリアがこの家を牛耳ったら、領民は苦しい生活を送ることになりますから」
「な、なんだと……そ、それではお前は私のことを……」
「お父様からの愛なんて、私は欲していません。今まで散々な扱いをしていたあなたから愛されたいなんて思いませんよ」
「なっ……」
私の言葉に、お父様は固まっていた。
その表情に、私は思わず笑みを浮かべる。彼の態度が豹変してから、ずっとこれを言いたくて仕方なかった。少しだけ晴れやかな気分だ。
「なんということだ。お前まで、私を騙していたのか……」
お父様は、拳を握り締めて表情を強張らせていた。
本当に私のことを信じ切っていたということだろうか。それはなんというか、愚かなことだ。私なんて、お父様を恨む筆頭であるというのに。
「……お前など、私の娘ではない!」
「ええ、そう思ってもらっても構いませんよ。私も、あなたのことを父親だなんて思っていませんでしたから」
「何だと? この不届き者め!」
お父様は、口汚く私のことを罵倒し始めた。
ロメリアの時もそうだったが、彼には親子の情というものはないのだろう。
あくまで自分を好いているかどうかでしか判断していない。その癖、自分が嫌われるような行いをしていると気付いていないのは、なんと滑稽なことだろうか。
「ヴェリオン伯爵家は、もう終わりです。バンガルさんを殺したことや圧力をかけたことは、既に周知の事実ですからね」
「そんなものは、この私の権力で揉み消してやる!」
「それは無理です。エヴォート侯爵家のクレンド様が、私の味方ですからね」
「な、何?」
既に出回っている情報を覆すことなんてそもそもできるのかは微妙な所だ。
しかし仮にそれができるとしても、そうはさせない。エヴォート侯爵家の権力で、お父様は叩き潰される。つまり、ヴェリオン伯爵家は終わりだ。
「お前……自分が何をしたのか、わかっているのか! 先祖が代々守ってきたこの伯爵家を没落させようとするのは、どういうことだ!」
「お言葉ですが、最初にヴェリオン伯爵家の名誉を貶めたのはお父様です。あなたの自分勝手な行動は許されるべきものではありません」
「道理も何も知らない子供が、偉そうな口を聞きよって! 綺麗事だけでは、まかり通らないのだ。貴族というものは!」
「お父様がやったことは、私利私欲のための殺人ではありませんか」
お父様は、ヴェリオン伯爵家の権力を自分の欲望のために用いて、人を一人に手にかけた。
私はそれを許すつもりはない。ヴェリオン伯爵家は、その報いを受けなければならないのだ。私達がこれ以上権力を持っている訳にはいかないのである。
「まったく、愚かな考えしか持たない女だ。お前もさっさと始末しておけばよかった」
「え?」
「……うん?」
そこでお父様は、おかしなことを口にした。
今彼は、「お前も」と言った。それは事前に誰かを始末していなければ、出てこない言葉だ。
その対象がバンガルさんだという可能性もある。ただ彼と私を並べるだろうか。今の言葉には、もっと別の意図が隠されているような気がする。
「お父様、今の言葉はどういうことですか?」
「いや……」
私の質問に、お父様は言葉を詰まらせていた。
その様子に、私は確信する。お父様は、バンガルさんの他にも手にかけている人がいるのだ。
その人が誰なのか、それも実は見当がついている。ただそれは、私にとってはできればそうあって欲しくないことだ。
「お父様、一つお聞きします。あなたはまさか……まさか、私のお母様を」
「な、何を言う」
「母は突然死にました。突発的に心臓発作が起きたと、お医者様から聞きましたが……」
「ふん、それが事実だ。それ以外に何かあるという訳ではない」
お父様は、私の言葉を必死に誤魔化してきた。
それは図星であるからとしか思えない。やはりお母様は、お父様に殺されたのだろうか。
その可能性は、低いという訳ではない。二人の仲は悪かった。お父様なんて妾を作っていたくらいだ。
もちろん、流石の私でも実の父親が実の母親を手にかけたなどという事実は、できれば嘘であって欲しい。
ただ、お父様の態度はそれが事実であると私に告げてくる。私は少し気分が悪くなっていた。
しかし、なんとか自分を奮い立たせる。お父様がもしも罪を犯しているというなら、私はそれを償わせなければならないのだ。
「お父様、隠し切れるとお思いですか?」
「な、なんだと?」
「私の背後には、エヴォート侯爵家のクレンド様がいるのですよ? 彼の権力を持ってすれば、お父様が揉み消した事件件を調べるのも容易なことです。この際洗いざらい吐き出した方が、身のためですよ?」
「そ、それは……」
お父様は、私からゆっくりと目をそらした。
その表情からは、迷いが伝わってくる。一応自主的に発言した方が罪が軽くなるなどと、考えているのだろうか。
そしてお父様は、意を決したような表情をしてこちらを向いた。それは話してくれるつもりになったということだろうか。
「……レフティア、わかった。観念しよう。私はお前に、全てを話す。しかし少々時間がかかる。そこに座ってくれ」
「……構いませんが」
お父様に促されて、私は部屋にある応接のようのソファに座った。
するとお父様は、お茶の準備をし始めた。このままゆっくりと話したい。そういうことだろうか。
いや、恐らくそうではない。お父様がそんな殊勝な人であるとは思えない。長年の経験から、私は察していた。
きっとお父様は、私に何かを仕掛けてくるつもりだ。つまり先程の迷いというものは、実の娘を手にかける覚悟だったということなのだろう。
その事実に、私はゆっくりと息を呑む。やはりお父様は、最低な人間であるようだ。
「先日取り寄せておいた極上の紅茶だ。こうしてお茶を飲むのも最後になるかもしれないからな。せっかくだから、開けてみた」
「そうですか?」
「まあ、遠慮せず飲むといい。これは私からお前に渡せる最後の贈り物だ」
紅茶を入れたお父様は、私の対面にゆっくりと座った。
彼はとても穏やかな表情で、こちらを見つめている。その穏やかさが、私にとってはとても奇妙なものだった。
私は、目の前にある紅茶を見る。それがただの紅茶であるとは思えない。高級とかそういうことではなく、このお茶には何かが仕込まれているのではないだろうか。
「お父様、それなら一つお願いがあります」
「お願い? なんだ?」
「この紅茶を飲んでいただけませんか?」
「な、何?」
故に私は、お父様に要求してみることにした。
私のティーカップを、ゆっくりと彼の方に差し出す。するとお父様は、ひどく慌てた様子でこちらを見てきた。
「用心深い私をお許しください。しかしながら、その紅茶に何か入っていないという確証が欲しいのです」
「ば、馬鹿を言うな。どうして私が、お前を殺さなければならない」
「簡単なことではありませんか。その紅茶を飲めば、いいのです。どうしてそれができないのでしょうか? まさか、毒物が入っていたとか」
動揺するお父様に、私は確信することになった。
やはりその紅茶には、何かしらの毒物が仕込まれているのだ。
実の娘であっても、自分の邪魔になるなら容赦しない。きっとお父様には、人間らしい心なんてものがないのだろう。そう思って私は、ため息をついた。
「その紅茶の成分も調べてもらうことにします。そうしたらお父様の罪状には、殺人未遂も追加されます」
「うぐぅ……」
「そもそも私を殺した所で、結果は変わりませんよ。状況は悪くなるだけです。クレンド様は、例え私が死んでもお父様を裁きますから」
「こ、この……」
お父様の表情が、どんどんと醜悪に歪んでいった。
私への憎しみやこれからに対する悲しみ、その表情にはそれらの複雑な感情が現れている。
「小娘が……私を舐めるなよ!」
「お父様……」
「この私は、ヴェリオン伯爵家を継いだ者なのだ! この私にも誇りというものがある!」
「なっ……!」
お父様が声を荒げたため、私は手を出されるかもしれないと身構えていた。
しかしお父様は、予想外の行動をした。私が差し出したティーカップを手に取ったのだ。
彼はそのまま、それを煽った。毒物の入った紅茶を飲み込んだのである。
「かはっ……うごっ。これはっ……」
するとお父様は、すぐに苦しみ始めた。
どうやら彼は、死ぬことを選んだようだ。これ以上苦境に立たされるくらいなら、その方がマシだということだろうか。
その判断に、私は目を見開いていた。そしてすぐに思った。このままお父様に逃げられてはいけないと。




