開幕
僕はチラシを見ながら歩いてた。
そして気づいたら夜になっていた。
正確にはチラシを見ることで夜になっていくことから目をそらしていた。
だから僕は、後ろから近付いてくる人に気が付かなかった。
目を覚ますと、僕はパイプ椅子に座らされていた。
両手は後ろで組んだ状態で、綱引きの綱と同じような紐で固く結ばれていた。
両足も同じ紐で足首を椅子につなげられていた。
頭の中にある重りみたいものが暴れて、頭蓋骨にぶつかっているみたいな痛みが続いている。
何とか結び目を解こうと、もがいていると後ろから声が聞こえた。
「なぁこいつ起きたけど、どうする?」
低い声で言い放ったその言葉は、まだ小学生の僕には冷たくて、心臓の鼓動が速くなったのを感じた。
「ん?あぁ、ほっといていいんじゃね?こいつ年齢の割にうるさくないじゃん?」
先ほどとは打って変わって、高い声だった。
その声は、あまりこの状況に対して重く見てない、言ってしまえば軽率な雰囲気であった。
「ところでさ、なんで口塞いでないの?なんなら耳も。もう一発殴らないといけなくなるかもしれなくね?」
さっきまでの二人と比べて、特段低くもなく、かといって高すぎるわけでもない声だった。
でも、口調や声色から、一番怖いと感じた。
「止めておいてください」
後ろから別の声が聞こえてきた。
「その子供は人質ですし、もう一度気絶する勢いで殴ったら、今度こそ死んでしまうかもしれません」
その声は、冷静で賢そうだった。
「ただ、顔と声を聴かれたのは痛いですね。」
「あなたの言うことも確かです。金を受け取ってから喉を潰すというのはありかもしれませんね」
前言撤回。
この人が一番怖いかも......
恐怖から、心拍数が上がりながらも周囲を見回した。
多分倉庫だと思う。
テレビでしか見ない、フォークリフトで運ぶことしか考えていないような、砂の袋が重なっているものが置いてある。
さらには、多分船に乗せるための木箱が置いてあった。
ただ、一番後ろが見えない。
だから、一番怖い人の顔も見えなかった。
それがまた、僕の心拍数を早くさせた。
「あんまりキョロキョロするされると困るんだよね」
そう言った男の手には、バットが握られていた。
そしてその男は、バットを振り上げる。
あぁ、変にいろんなところ見るんじゃなかった......
そらそうだよな。
誘拐した子供に顔を見られた上、キョロキョロしてるんだもん。
殴るよな......
そんなことを考えながら、振り下ろされるバットはやけに遅く感じた。
「やりすぎるなよ」
そう後ろから聞こえた瞬間、目の前が真っ暗になった。
次の瞬間、聞き覚えのある声が響く。
「Ladies and gentlemen、Boys and girls!Welcome to the Mirage Theater Company!」
夕方に出会った、プロデューサーの声であった。
その場にいる皆が、あっけにとられていると、倉庫内にどこからともなくスポットライトが空中を照らす。
そのスポットライトの先では、プロデューサーが空中で両手を上に広げていた。
「これからご覧いただくのは、他では見られないハラハラドキドキの物語!」
空中で止まっているプロデューサーは張り巡らされた糸の上に立っており、劇団というよりかはサーカスを見ている気分だった。
するとプロデューサーは何やら、空中をワイヤーを伝いながら申し訳なさそうに話し出す。
「なのですが、今残っている団員のみでは、演目が出来ないんです......」
それを聞いた誘拐犯たちはハッとした顔で、口々に言い返す。
「誰だお前!見たところ警察じゃなさそうだが?」
「すっげー!どうなってんだ!?」
「お前らうるさいぞ。早く引きずりおろせ」
「どこから入ってきたんだ......?」
そんな犯人たちを他所に、プロデューサーは続けて話す。
「と言うことで、貴方たちには手伝っていただきます!」
急に言われたことに犯人たちは困惑していた。
そしてその中の一人、バットを持っていた男がそのバットをプロデューサーに投げた。
宙を舞うバットは、先ほどまでプロデューサーがいた場所まで飛んで行った。
プロデューサーはバットを投げた犯人の目の前に降り立ち、鼻を指でつつきながら、胸にバラを刺してあげた。
「ご安心ください。急遽参加になったのです。もちろん良い役ですよ?」
それを聞いた犯人たちは、なぜか笑っていた。
その光景は、テレビで見た催眠術師が催眠術をかけた所にそっくりだった。
「それでは役をやっていただく演目の紹介です!」
再び空中を歩き、説明を始める。
「今回の演目のテーマは『愚かな選択』!主人公は家出をした少年です!」
その言葉を聞いた僕は、ドキッとした......
たまたまにしても状況が同じすぎる。
何か嫌な予感がした。
「そして......」
プロデューサーが続けようとすると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「ちょっと団長!あんまり説明しちゃうと劇の楽しみが無くなっちゃうよ!」
マイクで拡声されたかのようにノイズ交じりの大声を聞き、プロデューサーは慌てて気を取り直す。
「それでは皆さんには主人公をやっていただきます!さぁさこちらに!」
プロデューサーの声が響きわたると同時にスポットライトが消え、あたりが真っ暗になる。
すると体に浮遊感を感じる。
それと共に手と足を縛っていた縄の感触が消えた。
何が起こったのか分からないでいると、徐々に暗闇に目が慣れてきた。
辺りを見回すと、劇場のような場所に変わっていた。
そして僕はさっきまで座らされていたパイプ椅子ではなく、高級感のあるふかふかの椅子に座っていた。
一度にいろいろなことが起こりすぎて固まっていると、隣から話しかけられた。
「お隣失礼しますね。今回は、彼らに任せようと思います」
その声の主は、プロデューサーであった。
急に話しかけられて、肩が跳ね上がった。
それを見てプロデューサーは申し訳なさそうに言った。
「驚かせるつもりではなかったのです。しかし、今回は人が少ないので彼らだけで完成させてほしいのです......」
正直、状況が状況だから話なんて入ってきてなかった。
それを見透かしたかのようにプロデューサーは小声で語りかけながら、あったかい紅茶を差し出してきた。
「本来、上演中は飲食禁止ですが......私とあなたしかいませんので、団長権限で許可いたします」
その紅茶はいい香りがして、紅茶にしては妙に落ち着く味だった。
そんなことを思っていると――
大きな音でブザーが鳴った。




