閉幕
幕が開くと、住宅街のセットの中を、声の低い男が歩いていた。
確かに足は前進するように動いているが、その場から男は動いていない。
まるで移動しているようにセットが動いていた。
そしてナレーションが聞こえてくる。
「少年は今日、母親と喧嘩をしてしまいました。しかし、いつもとは違って謝るということをしていません」
背景ではいくつもの声が聞こえてきており、まるで本当の住宅街のようだった。
しかし、小学生の遊ぶ声やカラスの声は様々な顔が一つの体から生えた男によって、生み出されているのが見えた。
そしてナレーションが止まる。
すると男の顔に紙が張り付く。
紙が張り付いた男は苦しみだし、死に物狂いで顔から紙を引き剝がそうとしている。
そんな男のことを他所に、ナレーションを続ける。
「勢いで少年は家を飛び出してしまったために、家に戻ることを躊躇していました。そんなさなかに、顔にチラシが張り付いてきました。」
男はどんどん苦しそうな声を上げている。
しかし、声が止まった。
男はピクリとも動かなくなり、チラシは顔からゆっくりとズレ落ちていった。
「少年がチラシを引き剥がすと、それは劇団がやってくるというチラシでした!」
ナレーションは、今までより一回り大きく元気な声で言った。
「そしてそのチラシを見ていると......」
ナレーションがそう言うと、舞台が一瞬真っ暗になった。
そしてすぐに明るくなる。
するとそこには、先ほどまで倒れていた男は居なくなり、今度は軽率そうな男が少年の役になっていた。
そしてその男の後ろには、プロデューサーよりも身長の高い男が立っていた。
プロデューサーが身長以外は一般的な人の形をしているのに対して、その男は足と胴体を足した高さよりも、腕が長かった。
その腕は地面につくほどであった。
役者が変わっているにもかかわらず、ナレーションは気にせず続ける。
「その男は、その劇団の団長であるというではありませんか。団長は人が来ないためどうすれば人が来るのか悩んでいました。そこで心優しい少年はアドバイスをすることにしました」
ナレーションが言い終わる途端、男は口を開く。
「何をするかのジャンルを乗せるといいよ!」
男は、大きな声でセリフを話す。
ぎこちなくも大きな声で言う姿は幼稚園のお遊戯会のようだった。
「少年にアドバイスを貰った団長は、お礼を言って足早に帰ってしまいました。」
ナレーションはあの出来事をできる限り簡潔に言い表すと、場面は夜へと変わった。
「少年が団長と別れた後、このまま帰ることが恥ずかしかったため、あたりを歩いていました。しかし、その少年を見かけた悪者は少年を人質にお金を貰おうと考えました」
セットの陰から現れたのは、肌の色が緑色の大男であった。
上半身が大きく膨れ、その見た目は人というよりは肉団子と表すのが正しいと思える見た目。
おそらく顔があるであろう場所には、巨大な釘が刺さっていた。
そしてその釘の頭には、幼い子供が描いたようなスマイルマークが描かれていた。
そして、大男は少年役の男の後ろにぴったりと付いた。
「そして悪者は、少年を......」
ナレーションに合わせて、照明が暗転して場面転換が行われた。
今度は、倉庫内のセットだった。
そしてお決まりのように、少年役の男は僕を殴ろうとしたバットを持っていた男に変わっていた。
「少年が目を覚ますと、椅子に縛り付けられ身動きが取れなくなっていました。少年は何とかしようともがきます」
すると、少年役の男が我に返ったかのように慌てだしていた。
「おい!なんだよ!放せよ!どうなってんだよ!」
男の訴えは舞台に響き渡る。
しかし、ナレーションはその声をかき消すように続ける。
「目を覚ました少年は助けを呼びますが、それが悪者を怒らせました。」
大男はセットの陰からバットを持って現れると、腕がいきなり太くなった。
そして膨れ上がった腕でバットを振り上げる。
「悪者を怒らせてしまった少年はそのまま......」
鈍い音が舞台に響く。
反響によって何度も繰り返されたのかと思うほど大きな音だった。
その音が収まる前に、横のプロデューサーが声を掛けてきた。
「せっかくですし、貴方も出演しましょう」
そう言って指を鳴らした瞬間、目の前が真っ暗になった。
次の瞬間には舞台上だった。
そして僕の服装が、古典的な母親の服装に変わっていた。
「それでは少年はどうすることが最善だったのでしょうか?それではご覧いただきましょう......」
ナレーションが言い終わると、ゆっくりと舞台上が明るくなる。
目の前には男が座り込んでいた。
その男は、メガネをかけたロングヘアだった。
さっき一番怖かった声の男だろう。
その男は顔を上げると、慌てた様子で僕に縋り付いてきた。
あの一番怖かった冷静な声で、今は子供のように泣き出した。
男は、母親にお菓子をねだって置いていくと言われた時の子供のようだった。
「すまなかった、本当に!すまなかった!本当に……ごめんなさい……」
大人が泣きじゃくる様子は、初めてだった。
だけどこんなに見てられないものだったとは思わなかった。
男が謝り出すと、ナレーションがより一層大きな声で語り出す。
「そう!少年は謝るべきだったのです……しかし、些細なすれ違いと、芽生えたプライド。そして、気まずさに身を委ねてしまったのです……」
それを聞いて、僕は心拍数が上がった……
そんな僕を他所にナレーションは続ける。
「少年は『愚かな選択』をしてしまったために、あの様なことになってしまいましたとさ……」
ナレーションが言い終わると、幕がゆっくりと閉じていく。
それと同時に、開始の時と同じブザーが鳴り響く。
そのブザーを聞いた男は意識を失い、僕からズルズルと倒れた。
そして、幕が完全に閉じると同時に、浮遊感に襲われる。
気づくと僕は、席に戻っていた。
会場が明るくなる。
そして、観客の居ない会場に大きな拍手が鳴り響いた。
拍手に答えるように、会場にプロデューサーの声が響く。
「それでは、カーテンコールです!」
その宣言がされると、幕が開く。
舞台には先程まで演じていたであろう異形たちが並んでいた。
肉団子のような男、複数の頭が1つの身体から生えている異形、異様に手の長い男。
そして、頭に当たる部分が拡声器になっている女性。
服装はリングアナのようなフォーマルなスーツを着ている。
そして喉には、つまみが付いており、ポニーテールのように頭の後ろからケーブルが寄り集まって伸びている。
おそらくナレーションだろう。
しかし、出演者たちが挨拶をしているそこには、誘拐犯たちは居なかった。
拍手は一向に弱まらなかったが、ゆっくりと幕が再び閉まっていく。
そして、幕と連動するかのように、会場全体が暗くなっていく。
幕が閉じきる頃には、僕の目の前は真っ暗になっていた。
気が付くと、僕は元の倉庫に戻っていた。
目の前には、重なり合って倒れている誘拐犯たちがいた。
そして、誘拐犯を挟んでプロデューサーが後ろを向いて立っていた。
「ふぅ......何とか無事に終わりましたね」
明らかに無事には見えない誘拐犯を背に呟いた。
そしてプロデューサーは、スーツの襟を正すと、こちらを振り返って話しかけてきた。
「いやはや、飛び入りとは思えないほど素晴らしい演技でした!」
誘拐犯の山を踏みつけ、近づく様子はこれまでの丁寧な対応からは想像もできないほど恐ろしさを感じた。
「ぜひ、あなたも......」
プロデューサーは後ろから頭を叩かれ、会話を中断させられた。
「ちょっと!私も居たのに何で出演させてくれないのよ!」
甲高い声の主は、唇を動かさずに話していた。
彼女?の顔は仮面のように張り付いた表情をしていた。
そしてその腕は、本来の2本の他に、脇腹にそれぞれ4本生えていた。
まるでその腕の生え方は昆虫のようであったが、それぞれ上から、「女性」、「老婆」、「少女」を思わせる風貌となっていた。
「申し訳ない......今回の演目には”ヒロイン”にあたる人物が居なかったもので......」
弱ったように話すプロデューサーに対して、被せるように彼女は文句を言う。
「母親役とか私にぴったりじゃない!そんなこと言って、彼を出演させたかっただけでしょ!」
僕は半ば無理やり参加させられただけだが、なんだか責められてる気分になった。
「あなたに”怒り顔”は似合いませんよ......」
プロデューサーは胸元から笑顔の仮面を取り出し、彼女の仮面と交換をした。
何かがはまる音がすると、その仮面は笑顔の彼女の表情になった。
「もう!調子いいんだから!」
どこか嬉しそうにする彼女へ、プロデューサーは畳みかける。
「それに......私は小柄の方がかわいらしいと思いますよ?現在の高身長も悪くありませんがね」
微笑みながら彼女に語り掛けるプロデューサーを見ると、何となくモテる男というものを理解できる気がする。
「そ、そう?」
彼女は、恥ずかしそうにスカートを捲ると、膝に付いているダイヤルを回しだした。
1回右に回すと、彼女の身長がわずかに大きくなった。
すると彼女は慌てて左に回しだす。
すると、みるみる身長が縮み、小学生ほどの身長になった。
「お嬢はプロデューサーに弱いねぇ......いや、プロデューサーがお嬢の扱いが上手いのかな?」
プロデューサーの後ろから現れたのは、白いトレンチコートにフェドーラ帽を被った高身長の渋い声の男だった。
「おや?あなたがいらっしゃるということは皆さんも帰ってきていたんですね」
プロデューサーは、悔しそうに続ける。
「あと一歩早ければ、皆さんも出演させれたというのに......!」
そんなプロデューサーに対し、トレンチコートの男は話す。
「ところでプロデューサーさんよ......この坊ちゃんに何か言うことがあったんじゃねぇですかい?」
それを言われたプロデューサーは襟を正し、プロポーズをするように跪き、僕に手を差し出した。
「我々の一員になりませんか?いわゆるスカウトというものです」
正直僕は迷った。
お母さんと喧嘩別れしていたのもあるし、プロデューサーを始めとする団員たちのことが気になってきてもいた。
僕がプロデューサーの手を取ろうとしたその瞬間......
広い倉庫内に電話の着信音が鳴る。
初期設定から少し変えただけのピアノの音があたりに響く。
その音は、お母さんから貰ったスマホの音だった。
買ってもらったのが嬉しくて、お母さんからの着信だけ特別なピアノの音に設定していたことを思い出した。
その音を聞いたプロデューサーは立ち上がり、襟を正した。
「おや......残念ながらあなたは所属済みでしたか......」
残念そうに言ったプロデューサーは、顔の横で両手を叩く。
するとプロデューサーの陰から、真っ黒な動物が出てきた。
その動物は、ゴムまりに犬の特徴があるみたいな、ほぼ球体の犬だった。
その犬が飛び出てくると、周りにいた劇団員たちの足元を一人づつ回りだした。
その犬に足元を回られた団員は、自身の陰が丸い落とし穴のように変化し、徐々にその穴に沈んで行った。
「では!ごきげんよう!」
プロデューサーは、シルクハットを手に持ったまま上へと掲げ、その手を流れるようにおなかで包みこむ。
それと同時に頭を下げ、足を交差させる。
そうして挨拶をしながら、徐々に沈んで行くプロデューサーに対して、僕は最後に質問をした。
「また会えますか!?」
倉庫に響くほど大きな声だった。
それに対して、プロデューサーは答えた。
「我々は、スカウトはしますが、引き抜きはしません......もし、我々の一員になる時が来れば......」
プロデューサーは、仮面を少し上にあげ、口元のみを見せて、微笑みながら言った。
「その際は、歓迎いたします......」
それが、僕とプロデューサーの最後の会話だった。
それから僕は、警察に事情を聴かれたり、お母さんに謝ったりして、今回の出来事は幕を閉じた。
これは後から知ったことなんだけど、この日から全国で妙な噂がされるようになったらしい。
それは、「どこにでも現れるけど、実際に見れる人はほとんどいない幻の劇団がある」っていう噂。
そしてその噂は様々だったけれど、1つだけ......
「居場所のない子供が出会った場合は、その子供は連れていかれる」
この一点だけは共通していた。




