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27・・覚悟


さっきまで幸せで蕩けていた彩綾の顔に固い表情が現れているのを見たテオは、少しだけ悲しそうな顔をしながらもう一度唇にキスを落とすと、手を引いてソファに連れていく。



「ね、テオさん、これでは話にくくなくて?」


彩綾が座らせられたのは、ソファに座ったテオの膝の上。

テオに抱きしめられながら横向きに座った彩綾はどことなく落ち着かない。


「一秒だってもう離したくない」


顔の距離が近くなってしまっている状況で、好きな人に寂しそうに言われたら断れない。


「重くないですか?」

「羽のように軽い」


足掻いてみるものの、ベタな表現でいなされてしまってはもうお手上げだ。

それに……彩綾もテオとくっついているのは嬉しい。



「テオさんのことが好きで離れたくないです。ずっと一緒にいたいです。でも……私は帰らなきゃいけないの。……だから……」

「だから?」


ちらりとテオをみると、聞いているよとでも言うように彩綾の髪の毛を梳くように頭を撫でてくれる。


「家族に会いに帰っていいよ」

「テオさん……」

「彩綾の気持ちも待っている家族の気持ちもわかる。だから戻っていいよ」


言葉に詰まった彩綾の頬にテオが優しくキスを落とす。


「でも、テオさんを一人にしてしまう」

「そこは、待っていて、でいいんだよ」

彩綾の涙を拭いながら、なんでもないことかの様に言った。


「彩綾はこっちに戻ってくるつもりがあるんだろう?だから転移の方法を調べていたんだろう?」

頷いた彩綾を見て、テオは嬉しそうに口元を緩めた。


「もう後戻りができないほど、彩綾を愛している。別れなんて絶対受け入れない。向こうにいる家族に会って納得したらこっちに戻ってこればいい」

「でも、すごく待たせることになる」

少なくとも彩綾が向こうに戻ってから8ヶ月は帰れない。


「どれだけ待ったっていい。待つのは得意だ」

片方の口の端をあげたテオが彩綾の瞳を覗き込んで、知っているだろう?と微かに笑った。


「もし成功しなかったら?もし帰ってこられなかったら?」

「何度でも月に祈るよ」

「テオさんに辛い思いをこれ以上させたくないのに」


エイミの帰りを八年も苦しみながら待っていたテオに、また人を待つことを強いていいんだろうか。


「彩綾も……辛い?もし帰って来れなかったら。俺に会えなかったら」

「もちろんです」

「じゃあ、辛いのは半分こになる。お互いに会いたいと思っていると思えば俺は生きていける」


ライリーが言っていた、辛さの半分こだ。


「どっちにしろ、俺には彩綾しかしないんだ。好きになったのも愛おしいと思うのも。だから別れたって結局待つだけなんだ。だったら未来がある状態で待たせてくれないか?」

「本当にそれでいいの?」

「それがいい」


なんでもないことかのようにキッパリというテオの声を聞いて、いろんな感情が押し寄せて涙腺が緩んでしまう。


「私もテオさんしかいないの。もし、ここに戻れなくて、会えなかったとしてもテオさん以外の人と人生を共にすることはないわ」

「そうしたら、来世で会おう。来世では一緒の世界で生きられるよう祈りながら死んでいくことにするよ」

「ふふふ……神様信じていないって言ってたくせに」

「神様は信じていないけれど、転移と月の力は信じている。だからどれだけだって祈るよ。彩綾にまた会えるなら」


テオの言葉に胸がいっぱいになって、泣きながら笑った。




「テオさん、月を見に行きませんか?」


大事な言葉をまだテオに伝えていない。

伝えるなら月の前でだと思った彩綾は、テオをバルコニーへと誘う。


「この世界は空気が綺麗だから、星も月も綺麗に見えますね」

「彩綾の世界はこんなに見えないのか?」

「ここまで綺麗に見えるところは少ないですよ」


寒くないようにと気遣ってくれたテオが彩綾を後ろからそっと包み込んだ。


「私……小さい頃から月にお願いことをしていたんです。月に何か力があるとは知らずに。エイミもね、同じだったんです。エイミも月にお願いする子だったの。その癖が……こうやってテオさんに会えることになるなんて……人生何が起こるかわかりませんね」


斜め後ろを見上げると、端正な顔が彩綾を見つめていた。


「最初の会話がここはどこですか?なんて不審者の言葉そのままだったのに……助けてくれてありがとうございます」

「初めて……彩綾を見た時、なんて綺麗な子なんだろうって驚いた。ここの常識は知らないし……確かに怪しいし……でも放って置けなかった。あの時ほど、騎士で良かったと思ったことはないよ」

「どうして?」

「迷い人を保護するって大義名分が成り立つから」

ふふッとテオが微かに笑った。


「彩綾への気持ちを認めるのが怖かったんだ。妹みたいに、保護者みたいに接していればこの気持ちはおさまっていくのかと思っていた。でも、無理だった。彩綾に気持ちを伝えたら困ると思って言えなかったんだ。本当はずっと好きだって言いたかった」

「……困る?」

「彩綾は元の世界に帰りたがっていただろう。それを止めたくない思いと止めたい思いが交差していて……でも、やっぱり帰るのを止めたくなかったんだ」

「……私もテオさんにこの気持ちを伝えたら、テオさんの鎖になってしまうと思って言えなかったんです。私達、同じようなこと考えていたんですね」

「でも、彩綾はまたここへ戻る方法を見つけてくれた。ありがとうな」


テオはそっと体を離すと、彩綾と向き合った。


「戻ってきてほしい。家族のこと、気になること、ちゃんと整理できてからでいいから」

「……待っていてくれますか?」

「ずっと待っている」


突然、すっとテオが彩綾の前で膝をついて見上げた。


「彩綾を心から愛している。彩綾に会って初めて自分が生きてきた意味がわかったんだ。全部彩綾に会うためだったんだって。彩綾とずっと生きていきたい。どんなことも彩綾と分かち合いたいんだ。だから……俺と結婚してくれないか」

「……結婚?」

想像していなかったテオからの言葉に頭が真っ白になる。


「結婚しよう」

「……後悔しないですか?」

「するわけがない」


真っ直ぐに彩綾を見つめる榛色の瞳が、慈しむような優しい光で輝いてるいる様に見える。


「彩綾を……誰にも渡したくないんだ。彩綾の世界でもこの世界でも。俺と離れている間に不安にならないように。俺のことを信じて帰ってきてもらえるように、結婚してほしい」


テオの気持ちが彩綾の心を優しく揺り動かす。


「結婚なんてしなくても信じているのに」

「俺が彩綾と結婚したいんだ。彩綾は?」


不安そうな色と期待するような色が榛色の瞳に見え隠れする。


「私も……テオさんと結婚できたら嬉しい。テオさんのこと……誰にも渡したくない。不安になってほしくない」


愛されていると自負できるほどの柔らかなテオの視線に心が震える。


「じゃあ、結婚してくれる?」

「……はい、結婚してください」


柔らかく、とろけそうに甘く嬉しそうな声で、彩綾と私の名前を呼ぶと、立ち上がったテオが抱きしめてきた。

彩綾も素直にテオの胸に擦り寄う。

「彩綾、好きだ、愛してる……」

繰り返し耳元で囁きながら、髪の毛を優しく撫でるように梳いてくれる手つきに多幸感が湧き上がってくる。


「この言葉をどんなに彩綾に伝えたかったか。どれだけ言っても足りないくらいだ」

「私も大好きっていっぱい伝えたかったです」

「彩綾の居場所は俺のところだってちゃんと覚えていて」

「私の居場所はテオさんのところ?」

「そう、彩綾が戻ってくるのは俺のところ」

「絶対に戻ってくるから、待っててください」


ああ、と頷いたテオが優しく彩綾の顎を持ち上げると、端正な顔を近づけた。

「愛しているよ、彩綾」

お互いの唇が触れるか触れないかのところで、囁く。


「テオさん……今夜……私をちゃんと奥さんにしてくれますか?」

至近距離にあるテオの瞳に吸い込まれそうになりながら、恥ずかしさを押し殺して必死に言葉を出した。


自分の顔が真っ赤になっているのはわかる。頬が熱くて、恥ずかしさで涙が出そうだ。


でも……覚悟を決めて伝えた。

結婚の話が出るとは思わなかったけれど、今夜テオに申し入れようと初めから決めていたことだった。


私もすがる想い出が欲しい。

唯一無二の存在のテオさんに愛されたという想い出がどうしても欲しかった。

いつ帰ってこれるかはわからないから、今の私を覚えていて欲しかった。

本当に帰ってこれるかは賭けみたいなものだから……。


互いの顔が至近距離のまま、テオが固まったように動かない。


沈黙が怖くて、熱を持っていた顔から血の気が引いていく思いになる。

はしたないって思われたのかな……


そう思った瞬間、テオが彩綾の肩口に額をぐりぐりと擦り付けた。


「……反則だよ、彩綾。可愛すぎて心臓が止まりかけた」


首筋まで真っ赤になっているテオの言葉に緊張が緩んでしまって、プッと吹き出してしまった。


「ふふふふ………テオさんの顔が近づいた時の私の気持ちがわかりますか?格好良すぎて、いつも心臓が止まりそうなほどドキドキしていますよ」


テオも苦笑いをしながら、顔を起こす。

「はは……俺が彩綾をドキドキさせているのなら嬉しいけど……」


二人で顔を見合わせてひとしきり笑った後、彩綾はテオの頬に手を伸ばした。


「テオさんと少しも離れたくないし、ずっとこうやって触れていたいくらい大好きなんです。だから……今夜はずっと一緒にいたいです」


彩綾の想いを全部受け止めてくれるような、とろけるような笑みに包まれながらそっと瞳を閉じた。


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