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28・・居場所


今夜は二つの月が重なる夜。

彩綾が向こうの世界に戻る夜がやってきた。


「本当に帰っちゃうんだな」


こちらの世界に転移した時に着ていた服を着ている彩綾を見てライリーが呟いた。


「色々助けてくれてありがとうね」

「いや、今回サアヤの協力のおかげで、昇級できたし、迷い人についての研究も大っぴらにできるようになったよ。感謝しかないさ」


ライリーは彩綾の世界の知識を上手く使い、この世界に様々な道具や仕組みを流通させた。


例えば電話。

電話回線ではなく、魔力回線とでも言うべきトランシーバーのようなものを開発した。騎士団や商人から圧倒的な支持を受けている。


今は、カメラのように魔力で写したものを紙に念写できる道具を開発中だ。


「テオさんをお願いね」

「任せておけ。サアヤも頑張ってこいよ。こっちに戻る時は向こうのお土産を頼んだからな」

ライリーがウインクしながら笑う。



「ステラ、笑って見送って欲しいわ」

泣きじゃくっているステラをぎゅっと抱きしめる。


「待っているからね。おばあちゃんになる前に戻ってきてくれないと困るから」

「ふふふ、おばあちゃんのステラも絶対可愛いけど、できる限り……早く帰るわ」

「絶対よ」

「ええ、元気でいてね」


ステラと見つめあって微笑みあった。




最後に、テオの前に立った。


「じゃあ行ってきます」

彩綾は微笑みながら背伸びをしてテオにキスをする。


最後は笑ってる顔で別れたい。きっとテオがこれから何度も思い出すだろうこの光景に泣き顔の彩綾が出てくるのはいただけない。


「次の月が重なる夜に待っているから。必ず彩綾を連れ戻すから」

テオが今にも泣きそうな顔で笑う。

「私の運命の人なんだもの。絶対にまた会えるわ」


名残惜しそうに彩綾の頬を手の甲でそっと撫でるテオに抱きついた。


テオの胸の中で思い切り息を吸い込む。

愛おしい香りを吸い込むように、大きく息を吸う。


名残惜しくて胸が張り裂けそうになるのを感じながら、テオから体を離す。


2、3歩後ろに下がった彩綾は、瞳を閉じて身体中に魔力を纏わせることに集中した。

全身がほんわかと暖かく感じれば、完了だ。


エイミのいる世界、彩綾が元にいた世界へ帰りたいと願いながら月を見上げる。

小さな月が大きな月に重なった月を見つめながら、元の世界へ戻りたいと願う。


足元から突風が吹いてくるような感覚があった。

この感覚を覚えている。

エイミ、あなたの元へ帰るわ。

私をどうか連れ戻して。


突風が彩綾の体を包み込む。

彩綾の長い髪が旋風で舞い上がる。


もうそろそろだ。


巻き上がる風の壁の向こうに、テオがいた。

泣きそうな顔でじっと彩綾を見つめているのがわかる。

彩綾は、大丈夫と伝えたくて、頬を上げて微笑みを作る。

テオの口がゆっくりと動いたのが見えた。

「ア・イ・シ・テ・ル」


すぐに突風で前が見えなくなり、目を瞑った。




「彩綾!」


懐かしい声が聞こえた。


空気が違う。

音が違う。


突風が止んで、瞳を開けた彩綾の目に飛び込んできたのは親友のエイミの泣き笑い顔だった。


「戻って来た!」

状況がまだ飲み込めていない彩綾にエイミが飛びつくように抱きしめた。


「エイミ?」

「うん、そうだよ。エイミだよ。おかえり、彩綾」

「……うん……ただいま」


帰ってこれた。

元の世界にちゃんと帰ってこれたんだ。


エイミを抱きしめ返しながら、周りを見ると自分が転移した場所と同じ、家の近くの路地だった。



「彩綾、私のせいで転移させちゃってごめんね」

エイミが彩綾を抱きしめて、嗚咽しながら謝り続ける。


「ううん、エイミのおかげでテオさんに会えたの。だから、ありがとうだよ。それに、私がいない間色々とフォローしてくれてありがとうね」

「お兄ちゃん……との諸々の話聞かせてよ」

鼻を啜りながらエイミが笑う。


「私も早く、灯央(てお)君と愛理(あいり)ちゃんに会いたいんだけど」

「うん……聖那(せな)と待ってるよ。叔母さんに会えるのを」

二人で泣き笑いをしながら、手を繋いで歩き出した。


「彩綾の部屋はまだ解約していないの。今、三人でそこで待ってるよ」


エイミに渡していた合鍵がこんな時に役立つとは思わなかった。

「色々とありがとう」



エイミの夫、聖那(せな)はエイミがこっちの世界へ転移してきたのを目の前で見ている。だから、既に彩綾に起こったことを含めて全てを理解して受け入れてくれている。

自分が転移して改めて思う。

こっちに来たばかりのエイミに味方がいてよかった。



「これからどうするの?」

「どうしよう。まずはお父さんとお姉ちゃんに会ってくるよ」

「なんていうの?異世界に戻りますって?」

「そうね……どうやって言おうか」


そう言いながら、自分の左腕を伸ばしながら上げる。


左の薬指には、テオからもらった指輪がちゃんと嵌められていた。

その向こうには、大きな満月が浮かんでいた。


「指輪?」

目ざとく見つけたエイミがはしゃいだように声を出した。


「うん、来る前にテオさんから貰ったの」

「お兄ちゃん、やるじゃん」


ガーネットが一つ、真ん中についている指輪。

テオの瞳の色だ。


「こっちの世界では指輪を交換するっていう話をしたことがあったの。それを覚えてくれていたみたいでサプライズでくれたの」

「もう、彩綾じゃなくお姉ちゃんって呼ぶべきかしら?」

「いやよ、やめてよ。彩綾のままがいいわ」

「……家族になれて嬉しい」

「うん、私も」

顔を見合わせて二人で笑い合う。


「さ、まずは私達の可愛い天使達に会ってよ!それからこれからのことを話しましょう」

見慣れたドアの前に立ったエイミが玄関の扉をそっと開けた。




転移した翌日、彩綾は実家に向かう。

エイミが二人に心配かけないように咄嗟についてくれた嘘を回収するため。


「彩綾、研修から帰ってきたの?」

「うん。お姉ちゃん、ただいま」

「なんだかますます綺麗になったわね。いい人でもできた?」

出迎えてくれたお姉ちゃんが、彩綾を上から下まで確認するような視線を送りながら揶揄うように言う。


鋭いお姉ちゃんの観察眼に舌を巻きながら、彩綾は頷いた。


「そうなの?お父さんに報告しなきゃ」

嬉しそうに家の中に入っていくお姉ちゃんの背中を見つめながら、これから吐かなくてはならない盛大な嘘を考えると胸が痛んだ。



向こうの世界とこっちの世界の時間軸はほぼ同じで、私は8ヶ月間海外研修していたことになっている。


そこで出会ったエイミのお兄ちゃんと結婚すること(本当はもうしているけれど……)をお父さんとお姉ちゃんに報告した。


孤児院で育ったエイミと聖那のことを親戚の子供みたいに可愛がっていた父は、エイミと親族関係になったことを喜んでくれた。

二人の子供の灯央と愛理も孫のように可愛がっていると聞く。

私は孫ができてもお父さんに見せてあげられないんだと思うと、申し訳なさで胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えた。


私が選んだ道なんだから。

そう言うことも全部ひっくるめて、テオと一緒に生きることを選んだのだから。

そう思いながらも、胸に込み上げる罪悪感や後ろめたさはなかなか消えなかった。



8ヶ月後にテオの元へ嫁ぎに行くこと。

なかなか帰って来られないかもしれないけれど、手紙のやりとりはエイミを介して頻繁にすることを約束した。


この世界にいる8ヶ月間はしっかりとお父さん孝行をしようと心に固く誓った。





「彩綾、ライリーさんとステラさんへのお土産も全部持った?」

「うん、ねえ、こんなにもたくさんの物を転移した時に持ち込めると思う?」

「大丈夫よ。しっかり抱えて持っていてね。あ、あと、これをお兄ちゃんに渡してくれる?」

「……何?これ」

「彩綾にもあるよ。私達家族四人のお揃いのネックレス」


私が作ったんだ、と言いながら見せてくれたのは、細いチェーンに二つの大小の円盤がついたネックレスだった。


「これって月?」

「ふふふ。正解。月が二つの世界を繋げているように、私たちも気持ちは繋がっているって……ことよ」


最後は少し照れたように説明するエイミを思わず抱きしめた。


「ありがとう。絶対にテオさんに渡すね」


早速つけた彩綾は胸元に揺れる二つの円盤を見つめる。

エイミの胸元にも、同じ二つの円盤がゆらゆらと揺れている。


「離れていても、私達は親友よね」

「ええ、親友よ。そして家族ね。元気でいてね」

ネックレスの月をそっと触りながら微笑む。


「お兄ちゃんと喧嘩したらすぐに報告よ!私がたくさん叱るから!……手紙書いてね」

「喧嘩するかなぁ?でも、その時はお願いね。勿論手紙は書くわ。エイミもね」

見つめあった後、ぎゅっと抱きしめ合う。


「……じゃあ、行くわね。お父さんやお姉ちゃんのことお願いします」

「任せておいて。お兄ちゃんのことお願いします」

微笑み合いながら、でも名残惜しくて、握り合っていた両手を少しずつ離しながら、後退りして距離を空ける。


彩綾は頭上の満月を見つめて愛しいテオのことを想った。

この8ヶ月間、涙が出るほど恋しくて会いたくてしょうがなかった。


テオの元へ帰りたい。


ただそれだけを心の中で念じながら満月に願う。


きっとテオも彩綾が戻ることを強く願ってくれているはず。

だから帰れる。

信じている。


ふわっと足元に突風を感じた。


この感覚、いける!


突風が彩綾を全身を包み込むのを感じる。

彩綾はエイミをみて微笑む。

視界がぼやけた時、エイミの声が聞こえた。

「彩綾大好き!」


兄妹揃って同じようなことするんだから、って少し笑ってしまった。




体にまとっていた風が止んだのを感じて瞳を開ける。


さっきまでみていた満月よりも大きくて明るい月が目の中に飛び込んできた。

そして……

「彩綾!」


駆け寄ってきたテオがぎゅっと強く彩綾を抱きしめる。

懐かしい香りに胸がいっぱいになる。


「テオさん……待っていてくれてありがとう」

「本物だよな?夢じゃないよな?」


テオが彩綾の顔を、肩を、背中を、腕を撫でるように触りながら確かめる。


「うん、本物よ。……会いたかったです」

「……俺も会いたかった。会いたくて死にそうだった」


再び彩綾の存在を確認するかのように、ぎゅっと強くテオに抱きしめられた彩綾は、テオの胸の中で落ち着くいつもの場所を見つける。


「ただいま、テオさん」

「おかえり、俺の運命の人」


微笑みあった二人はお互いを愛おしげに見つめる。そしてそっと唇を重ねた。



最後まで、読んで頂きありがとうございました。




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どうぞよろしくお願いします!



誤字脱字のご報告もありがとうございました。

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