26・・告白
テオさんと一緒にいたい。
でも、お父さんとお姉ちゃんにどうしてもちゃんと別れの挨拶をしたい。
二人にエミリーを探し続けたテオのような思いをずっと抱いていて欲しくない。
帰りたくないけど、帰りたい。
§
矛盾する気持ちを抱いていた彩綾は、他国の文献の中で一人の迷い人の手記を見つけた。
100年以上前にこの世界に来た女性だった。
この世界で愛する人を見つけたその迷い人は、この世界で愛を貫きたいと考えながらも一度故郷に戻って家族に別れを告げたいという彩綾と同じような葛藤を持っていた。
手記と文献から、元の世界へ戻ったその迷い人は、その後こちらの世界へ帰ってきて愛する人と最期まで過ごしたという。
その人がどうやって、転移先の世界から元の世界へ戻り、元の世界からまた戻ってきたのかを必死に調べた。
その結果、ライリーと見つけ出した推論がある。
その推論が正しいのではないかと裏付けになったのがエイミの話だった。
転移には必要不可欠なものがある。
どの世界でも同じこと。
それは、月。
元の世界の満月と、こちらの世界で二つの月が重なる夜に異世界をつなぐ扉が開かれる。
そして魔力を持つ者の願いと持たざる者の願いが重なった時。
彩綾の場合は、魔力を持たない彩綾が運命の人に出会いたいと願った。そして、魔力を持つエイミがお兄ちゃんの幸せと彩綾の幸せを願った。
そのことから考えると、テオに会うために彩綾がこの世界へ転移してきたと言うことになる。
そして、テオが彩綾にとって運命の人、だとも。
元の世界に戻るためには、魔力を持つ彩綾の願いと彩綾の帰りを待ち望んでいる家族の気持ちがあれば良い。
反対に、この二つの条件が揃えば、再び向こうの世界からこっちへ戻って来られるのではないかと考えている。
でも不確かだ。
そして、それが可能だとしても、この世界で二つの月が重なるのは彩綾が戻ってから8ヶ月後。
§
『一人で孤独に待つよりも、二人で辛さを分かち合う方を俺なら選びたいね』
ライリーから言われた言葉は、彩綾の心に確かに響いた。
「サアヤはどうしたいの?」
ライリーが真剣な表情で彩綾を正面から見つめる。
「……テオさんとずっと一緒に生きていきたい。そばにいたいし居てほしい。でも家族にはちゃんと挨拶してきたい」
「答え出てるじゃん」
ふふッと笑いながらライリーが言う。
「素直になって、ちゃんとぶつかっておいでよ」
ライリーの言葉に覚悟を決めたように彩綾は頷いた。
テオが迎えにきてくれる時間より前に、ライリーに断って今日は早く上がらせてもらった。
きっとこの時間はまだ鍛錬しているはず。
そう思ってグランドに向かった彩綾は、予想通り鍛錬中のテオの姿を見つけた。
相変わらずテオ目当ての女性が多そうだ。
テオがよく見えるベンチに陣取った女性達が食い入るようにテオを見ている。
これがテオさんの世界。
彩綾はテオをとりまく全てのものが見えるよう、だいぶ離れたところに座った。
忘れてしまわないように、しっかりと目に焼き付けようと思った。
「彩綾、きていたんだ」
鍛錬が終わったテオが彩綾のところへ真っ直ぐやってきた。
「私がいたこと気づいていたのですか?」
遠くから見ていたから、気づかれないと思ったのに。
「当たり前だろ、俺をなんだと思ってるんだ」
そう微かに笑うと、テオが手を差し出してくる。
「今から着替えるけれど、ここで一人にはできない。一緒に事務室へ行こう」
当たり前のように差し出された手に彩綾のそれを重ねて、手を繋ぐ。
大きな手。
剣だこのある厚い掌。
全てが愛おしくてしょうがない。
「来て邪魔ではなかったですか?」
「見て楽しかった?」
「楽しかったです。鍛錬中のテオさんも素敵だし……それにテオさんが毎日過ごしている世界を俯瞰して見たかったから」
質問で返された答えに笑顔で答える。
「見て……どうだった?」
「……エイミに伝えようと思いました。どれだけテオさんがすごいか。どれだけ頑張っているか。ふふふ、どれだけ格好良くて女性からの視線を集めているかも」
笑いながら、繋いでいるテオの手を少し力を込めて握る。
今まで二人が避けてきた、元の世界へ戻ってからの話。
「テオさん、今夜話したいことがあるんです」
なんとなく察したのだろう。
「わかった」と少しだけ固い表情で答えたテオは、繋いでいる手を持ち上げてそっと彩綾の手の甲にキスを落とした。
「彩綾、お茶を淹れたよ」
バルコニーに出て空を眺めていた彩綾は、家の中からのテオの声に返事をして部屋の中へ戻る。
空には月が二つ。その距離は日毎に近づいている。
二つの月が重なるまであと二週間を切ってしまった。
彩綾が何を見ていたかわかっているはずのテオは、何も言わずに冷え切った彩綾の体を温めるかのように抱きしめた。
彩綾もテオの背に腕を回して抱きしめ返す。
「彩綾、話って転移のこと?」
抱きしめられたまま、テオの言葉に頷いた。
「ライリーさんと転移のことについて調べたんです」
月が関係していること。そして、魔力を持つ者と持たない者の願いが重なること。
二つの条件が重なると転移することを伝えた。
「じゃあエミリーは……」
魔力を持つエイミは運命の人に会うために転移したいと、魔力を持たない聖那は愛する人に出会いたいとそれぞれ月に願った夜、二人は出会った。
「エイミは聖那の目の前に転移したんですって。だから、聖那はエイミが転移者ってことも全部分かった上で一緒にいるの」
「……そうか、あいつに彩綾以外にも味方がずっといたんだな」
そう、エイミには全てを知っている聖那という心強い味方がいた。
そして、私にも……。
「私にもテオさんがずっといてくれましたよね。実は……私の転移した理由も……多分わかりました」
少し体を離して、テオの顔を見つめる。
綺麗な榛色の瞳に彩綾が映っている。
私だけを見てくれているという多幸感なのか、今から言うことをどうテオが受け止めるのか怖いのか……体が震えてきてしまう。
「私は……向こうの世界の月が満月、こちらの世界の二つの月が重なった夜に運命の人に出会いたいと祈り、エイミはお兄ちゃんと私の幸せを祈りました。だから……」
なんとなく言いにくい。
「サアヤの運命の人は俺ってこと?」
テオが掠れたような声で呟いた。
勝手に決めるなと言うだろうか、それとも……。
「彩綾がこの世界で一番最初に会ったのは俺だよね?あの日遠征から帰ってきて本当に良かった」
テオの柔らかな声が、柔らかな視線が、彩綾に愛しいと告げているようで勘違いしないようにと思いながらも胸がいっぱいになる。
耐えられず、心から溢れるように言葉が口を衝いて出てきてしまった。
「テオさんが好き。大好きなの」
ああ、言ってしまった。テオの未来に絡みつく鎖の言葉を。
「好きになってごめんなさい。望まないから、これ以上は。だから、あと少しだけテオさんのそばに居させてください」
「そんなこと言うな」
俯いた彩綾の頭上から柔らかな声が聞こえた。
「……彩綾、顔をあげて?」
ぎこちなく体を離し、テオの顔を見上げる。
柔らかな光を湛える榛色の瞳が彩綾を見つめていた。
「愛してるよ、彩綾。……伝えるのが遅くなってすまない。彩綾に気持ちを伝えたら俺から離れていってしまうようで怖かったんだ」
テオを見上げて固まったまま彩綾を柔らかく見つめながら、彩綾の頬をそっと撫でた。
「俺も彩綾が大好きだ。愛おしくてしょうがなくて、どんどん深みにはまっているよ。自分がこんなにも狂おしいほど誰かのことを想うなんて……。彩綾を愛している」
そう言うと、テオは彩綾の両頬に手を置いて包み込むようにして彩綾の顔を引き寄せた。
「テオさんが私を?」
やっとの思いで出た言葉は掠れてしまう。
「一緒にいたくて遠征に行かなくて済むようにしたり、なし崩し的に一緒にここに住んだり……。ちゃんと言葉で伝えられなくてごめんな」
額同士をくっつけたテオがもう一度「愛している」と囁くと、そっと唇を重ねる。
繰り返される啄むようなキスと合間に囁かれる「愛している」というテオの言葉に、彩綾の心は幸せでドロドロに溶けていくようだった。
膝から崩れていきそうで、テオにしがみつきながら彩綾もキスを返す。
それでも、まだ全部伝えきれていないことを思い出した彩綾は、理性を総動員させてテオの胸を押して体を離した。
「テオさん大好きです……でもこのまま一緒にはいられないんです。元の場所へ帰らなきゃいけないの」




