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25・・曖昧な幸せ


テオは「ずっと一緒にいたい」と言った言葉通り、ずっと彩綾と一緒にいる。


朝はライリーの執務室まで送ってくれて、帰りも迎えにきてくれる。

手を繋ぎながら一緒に市場に寄って夕飯の買い物をして、彩綾の家で夕飯を一緒に食べて、彩綾の家の別の部屋でテオは眠る。


そして、時々触れるようなキスを彩綾へ落とす……ようになった。

……唇以外に。


まるで何かを振り切ったかのようなテオの変わり様に戸惑いながらも、彩綾は理由を聞くこともできず受け入れている。





「本当にこれでいいの?」

彩綾の心の中まで覗き込むようなステラの瞳に、一瞬たじろぐ。


「いいって、何が?」

「テオとの関係に決まっているでしょ」

「……」


いいかどうかなんてわからない。

彩綾の無言をどう捉えたのか、ステラがため息をつきながら彩綾をみた。


「もう付き合ってるようなものじゃない」

「付き合ってはいないよ」

慌てて否定する。


「あのね、どこからどう見ても、テオは彩綾のことが大好きよ。彩綾だってテオのことが大好きだから、一緒にいるんでしょう?」


テオからは明確な言葉はもらっていない。

発熱した彩綾を看病したことがきっかけで、なし崩し的に同棲しているようなものだ。

友人、同居人……色々とテオとの関係を説明する言葉はあれど、恋人ではない。

言葉に出して関係を明確にさせて、居心地の良い宙ぶらりんの関係を壊すのが怖い。


「……言えないわ、好きだなんて」

「なぜ?」

「私の気持ちを伝えたところで、どうなるの?」


あと1ヶ月で離れてしまう現実はいつも私たちの側に横たわっている。


「それに……テオが一緒にいてくれるのは……保護者的な責任感や妹の親友だからとか……理由があると思うの」


彩綾の言葉に呆れたようにため息をついたステラは話題を変えた。


「エミリーとは連絡をとっているの?」


ステラに、エミリーと手紙のやりとりができたことは伝えてあった。


「うん、結構頻繁に」

「……テオとのことなんか言ってるでしょ」

黙って頷く。


「サアヤったら、異世界にきたことはあっさりと受け入れて前向きにやって来れたのに、どうしてテオのことになるとそんなに積極性がなくなるのかしら」

「だって……義務感で一緒にいてくれているのに。言葉にしたら今の関係が壊れちゃうもの」

「なんで、そうなるの?義務感なわけないでしょ。」

「もしよ、もし、テオさんが私のことを異性として見てくれる気持ちがあったとしたら……それこそ、どうなるの?テオさんを苦しめちゃうだけだもの」


ハラハラと涙が溢れる。

最近、情緒が不安定だ。


ステラがそっと彩綾の手を握った。


元の世界へ帰るまで1ヶ月もない。


現実を見ないふりをしながらテオと笑顔で過ごす。

まるで恋人同士のように。でも、絶対に未来の話はお互いにしない。

そして、気持ちは言葉にしない。

たとえ、お互いの髪の毛に、指に、手に、頬にキスを落とす関係でも。


ずるいってわかっている。

テオに好きって気持ちを伝えてしまったら、それはテオを縛る鎖になる。

きっと誠実なテオは一生彩綾に囚われてしまう。


それにテオは絶対に帰るなと言わないのもわかっている。

突然いなくなった人を待つ家族の辛さを知っているから。


明確な言葉は、明確な関係は、未来のテオの鎖になってしまう。



もう会えないのに。

ずっとテオさんの横にはいられないのに。

だから私は期間限定の同居人になるしかない。






頬を柔らかな風がそっと撫でたような気がして、彩綾はふと目が覚めた。

部屋の窓から見える空はまだ暗い。


目が冴えてしまった彩綾は水でも飲もうと部屋を出ると、リビングのバルコニーに続く窓が少し開いているのが見えた。


窓に近づいた彩綾が見たのはバルコニーに佇むテオの後ろ姿だった。


「テオさん?」

こんな夜中にどうしたんだろうか。


声をかけようと窓に近づいた彩綾は、それ以上動くことができなくなってしまった。


夜空を見上げていたテオの背中が細かく震えていたから。


彩綾も視線をあげると、お互いの距離が近づいている二つの月が見えた。

あの二つの月が重なった夜が、彩綾がここからいなくなる夜だ。


きっとテオは彩綾がこの世界からいなくなった後も、こうやって月を見上げて涙するのかもしれない。


きっと私も……。

どうしたらいいんだろう。

テオさんがいない世界で生きていくことを考えると、苦しくて息の仕方がわからなくなる。

テオさんに重荷を背負わせたいわけじゃないのに。


気配に気がついたのか、テオが振り向いた。

その頬に涙が一筋光っているのが見えた彩綾は窓を開けてテオの胸の中に飛び込んでいった。


テオが彩綾を優しく抱き止めてくれる。


好きになってごめんなさい。

帰るって決めてごめんなさい。

言葉で伝えなくてごめんなさい。

ずるくてごめんなさい。


言葉にできない想いが伝わればいいと、ぎゅうと力を込めて抱きしめる。

そんな彩綾の想いを全て包み込んでくれるように優しく抱きしめて返してくれるテオを見上げた。

榛色の瞳が濡れている。

彩綾は手を伸ばしてテオの頬に触れた。


「冷たいわ。体が冷えているから風邪引いてしまいますよ、戻りましょう」


テオの言葉を待たずに、彩綾はテオの手を引いて部屋の中へ入った。




ホットミルクが入ったカップを二つ持って、ソファに座っているテオの元へ向かった。

見慣れたはずなのに、ゆったりとした服を着た夜のテオはため息をつきたくなるほどの色香を纏っているようで、彩綾の心は落ち着かなくなってしまう。


少しばかり離れて、テオの横に座った彩綾を訝しそうにテオが見つめながらホットミルクを口に運んだ。

お互い黙ったままホットミルクを飲み終える。


「眠れそうですか?」


二人の飲み終えたカップを流しに置きに行きながら、テオに尋ねると苦笑しながら首を横に振った。


「彩綾は?」

「……私も寝付けそうにないです」

「じゃあ……話をしよう」


立ち上がったテオが彩綾を後ろからぎゅっと包み込むように抱きしめた。

背の高いテオに包み込まれるようで安心する。テオの温もりに心も体も溶けていきそうになる。


「ふふふ、このままで?」

「彩綾とくっついていたい」

「どうかしましたか?」

「さっき、ソファで距離を取られたから」


彩綾の肩に顔を埋め、傷ついたような声で情けなさそうに話すテオが愛おしくなる。

彩綾のお腹に回っているテオの手に彩綾のそれを重ねた。


「テオさんが素敵すぎて緊張したんです」

「なにそれ」

「顔が良すぎて、スタイル抜群すぎるんですよ。騎士服も格好良くて素敵なんですが、普段着はもっと格好良くてドキドキします」

「それを言うなら、どんな時も彩綾が可愛すぎて、綺麗すぎて俺はいつも緊張しているのに」


ふふふ……。馬鹿ップルみたいなやりとりに笑いが込み上げてくる。


「ようやく笑ってくれた。でも、本当のことだよ。本当に彩綾が綺麗で困る」


泣いていたのはテオなのに。

テオはどこまでも彩綾に甘くて優しい。


「テオさん……」

彩綾が言いかけた言葉をテオが遮った。


「今夜、一緒に寝てもいいかな。何もしないって誓うよ。ただ……一緒にいたいだけなんだ」

「……」


突然の申し出に驚いて返事ができないでいると、テオが震えるような寂しそうな声で続ける。

「朝起きるのが怖いんだ。まだ向こうへ戻る時じゃないってわかっているけど、起きたら彩綾がいなくなっているんじゃないかって」


そうだ、テオは目の前でエイミ(エミリー)が転移しているのを見ている。

突然いなくなる恐怖を知っているんだ。


「うん、いいですよ。一緒に寝ましょう」



その夜は彩綾のベットで、二人はくっつくようにして眠った。

緊張して眠れないかと思ったけれど、テオの温もりに安心して眠りにつくのは幸せだった。

その夜から、当たり前にように二人で一緒のベットで寝るようになった。

手を繋いでいる時もあれば、テオに抱きしめられながら眠ることもある。


でもそれ以上は何もない。


友達、同居人以上で恋人未満の曖昧な立場は居心地が良かった。



§




「もうそろそろ覚悟は決まっただろう?良い加減、テオと向き合っておいでよ」


ライリーの執務室で他国の文献を読んでいた彩綾が顔をあげて背伸びをしたタイミングで、ライリーに声をかけられた。


「突然どうしたの?」

「いや、突然じゃないし。結構前から言ってるだろう?」

「うん……」


この話になると口が重たくなってしまう彩綾にいい加減業を煮やしたのか、今日はライリーが珍しく話を続ける。


「あと半月もないんだぞ。テオとの関係はこのままで良いのか?」

「……」

「そもそも、テオに彩綾の計画は伝えたのか?」

「……伝えていないの」

「なんで?」

「わかってるでしょう。テオを縛り付けたくないからよ」


一瞬きょとんとしたライリーは、なんでもないことかのように言い放った。

「それは間違ってる」


驚いて顔をあげた彩綾にライリーは淡々と言い含めるかのように話す。


「サアヤはエミリーを探すテオの姿を知っているだろう?あいつは誰がなんと言っても自分が納得するまでは、勝手に縛られる性格なんだよ。だったら、サアヤの考えをちゃんと伝えないと、違う風に捉えられて縛り付けることになるぞ」

「……」

「あいつの親友として頼む。ちゃんと話をしてくれ。もう後戻りなんてできないくらい、お互いの気持ちがちゃんとあるだろう?」


「……親友に聞くわ。私が彼に待っていてってできるかどうかわからない不確かな約束してもいいと思ってるの?」

「待っててと言っても、待つなと言っても結局は待つタイプなんだよ、あいつは。それなら、幸せな未来の方を夢見させてやれ」


黙り込んでしまった彩綾にライリーが止めを刺す。

「それに……サアヤもそのための努力をするんだろう?だったら、一人で孤独に待つよりも、二人で辛さを分かち合う方を俺なら選びたいね」


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