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24・・至れり尽くせり


ライリーからの連絡ですでに王宮の門で待っていてくれた馬車にテオも乗り込むと、御者に指示を出して彩綾の家へと向かう。


その頃には、発熱を自覚しだした彩綾は、なぜテオも一緒に馬車に乗っているのか、なぜ自分がテオの膝の上で抱き抱えられたままなのかということを考えるのは放棄していた。


避けられていると思ったけれど……今テオから伝わってくる感情に嫌悪は感じられない。


ずるいとは思うけれど、もう少しこうしていたい。




「彩綾、目を瞑ってていいぞ」

低く優しい声が頭上から降りてくる。


思考力が働かない彩綾は『帰る前に最後だけテオに思い切り甘えてみたい』という誘惑も手伝ってテオの言葉通り瞳を閉じた。


馬車の揺れと背中に回ったテオの腕の中にいる心地良さが抗い難いほどの眠気を誘う。


「着いたら部屋に連れて行ってやるから」


たくましい胸に頭を預けたまま瞳を閉じる。

規則的な上下の動きに意識が重くなっていく。


「……おやすみ、彩綾」


頭に柔らかいものが触れたような気がした。





髪を梳く様に優しく頭を撫でられる感覚をぼんやりと感じた。


気持ちがいい。

うとうとと夢現の間で微睡む。



「あれ?」

ゆっくり瞳を開けると目の前に見慣れた天井が目に入った。


「彩綾、気がついたのか?」

不安そうな声と共に、心配そうなテオの顔が視界の中に飛び込んできた。



「……テオさん?どうして……」

ぼんやりと視線を動かしながら独り言のように口にだす。


「馬車の中で眠ってしまったようだったから、勝手に部屋に連れて帰ったんだ」

「あっ!!ごめんなさい!私すっかり寝てしまって……」


突如どうしてこうなったかを思い出した彩綾が、慌てて飛び起きようとするのをテオが優しく宥めた。


「まだ寝てていい。熱は……まだ下がっていない」

テオが彩綾の額に手の平を当てながら優しい声を出す。


どのくらい眠ってしまったのだろう。

窓の外はすっかり夕闇に包み込まれている。


「……テオさん、ごめんなさい。お仕事中だったのに」


ずっとそばについていてくれたのだろう。

優しさに甘えてしまった罪悪感と、心配してくれて嬉しい気持ちが心の中を満たす。


「仕事のことは気にしなくていいんだ。……何か食べるか?」


首を振った彩綾に、テオは水の入ったコップを持ってきてくれた。

体を起こした彩綾の背中の後ろに枕やクッションを入れて、居心地を整えてくれる。


水を飲むと頭がだいぶスッキリした。

スッキリしたせいで、このまま優しいテオに甘え続けていいのだろうかという罪悪感だけが膨らんでくる。


私のことを避けていたのに……。

体調不良を言い訳に、テオさんの責任感を利用してここにいてもらうわけにはいかないよね。


さっきまでの多幸感や安心感がみるみるうちに萎んでいく。


顔が曇った彩綾をみて、テオが心配そうな声を出した。


「起き上がると辛いか?」

「……もう一人で大丈夫です。テオさん、帰っていいですよ」


その言葉に傷ついたような表情を浮かべたテオに言い訳のように言葉を続ける。

「テオさんに無理させたくないんです」

「どういう意味だ?」

「だって……テオさん、私のこと避けていましたよね。それなのに、こんなによくしてもらって……」


頭が回らないせいか、考える前に思ったことをそのまま口に出してしまっている。

駄目だとわかっているけれど、止められない。


「テオさんを怒らせてしまって……ごめんなさいってずっと言いたかったんです」

「怒らす?」

「だって、エイミの……エミリーのこと早く教えてあげられなかった。苦しい思いを余計にさせちゃった。ごめんなさい」


熱のせいで感情がコントロールできないのか、涙が止まらない。

私が泣くのはおかしいのに。

泣くまいと思えば思うほど、涙が出てくる。

こんな時に泣くのはずるいとわかっている。俯いてポロポロと涙が出てしまう顔を隠した。


ベット脇の椅子に座ったテオが、彩綾の頬を流れる涙をそっと拭う。

テオの行動に驚いて顔をあげた彩綾は、困ったような顔をしたテオと見つめ合う形になった。


「俺は怒ってなんかいない。そう思せてすまなかった」

「……怒ってないんですか?」

「ああ、だから、泣き止んでくれ。頼む」


そういうと、テオはもう一度彩綾の頬を包み込むように頬に手を当てると、親や指で涙を拭う。


怒ってないんだ……でも避けていたよね。


「じゃあなんで私を避けていたんですか?」

「……」

「全然ご飯も食べに来てくれないし、遠征行く時も帰った時も連絡をくれなくなりましたよね」

怒ってるのではなく、嫌われていたんですね……小さく呟いた彩綾の言葉が耳に届いたのだろう。

テオがピクッと体を震わせた。


「違う……」

「あっ!アンナさん……」


はたと思い出してしまう。

テオと見つめあっていた、妖艶な美人のアンナさんの姿を。


「だから、アンナがどうして出てくるんだ?」

「だって、前に廊下で……」


ゴニョゴニョと言い淀む彩綾の言葉を遮るようにテオがため息をついた。

「何を誤解しているのはわからないが、アンナは騎士団の専属の医者だ。俺の恋人でも想い人でもなんでもない」


……そうなんだろうか。

黙り込んでしまった彩綾にテオが焦れたように続けた。


「信じてくれ。アンナに気持ちは全くない。そこを誤解されたら辛い」

「でも、二人が一緒にいたのは?」

「遠征を続けるにはアンナの許可がないと行けないから、よく会うことにはなったけれど。彩綾が廊下で見たのは、ただの健康チェックだ」

「遠征続き……にしたのは私を避けていたのではなくて?」


一番聞きたかったことの答えが怖くて、声が震えてしまう。


テオは黙ったまま、彩綾の頬にもう一度優しく触れた。

「……彩綾と残りの滞在時間を一緒に過ごしたかったから……遠征を入れたんだ。これからしばらく遠征はない」


反射的に見つめてしまったテオの顔は、頬も耳も赤く染まっている。


「一緒に?」

テオの言葉の意味を何度も反芻する。


「私と一緒にいるために、遠征を行き続けたんですか?」

「ああ……暫く遠征はなしで、休みもとれる」


私のために……。


テオの気持ちは嬉しいけれど、きっと彼なりの責任感や誠意からでた言葉だろう。

勘違いしてはいけないと心に刻む。


「ありがとうございます。やっぱりテオさんは優しいですね。気遣ってくださって嬉しいです」


その言葉にテオが情けなさそうながっかりしたような表情を見せたのは気のせいだろうか。





「ご飯は食べられるか?」


そう言いながらベットテーブルの上に食事を乗せて、テオが部屋に入ってきた。


「ありがとうございます。でも、もう起き上がれるのに」

「また熱が出たら困る。しっかり安静にしていてくれ」

テオの榛色の瞳に心配そうな困ったような色が見え隠れする。

「彩綾は、こっちにきてからずっと気を張り詰めていただろう。今は休んでいてほしい」


そんな瞳で見つめられたら断ることなんてできない。

首を縦に振った彩綾を見て、満足そうにテオが微笑んだ。


「彩綾の口に合うといいんだが」

そう言って、スープをすくったスプーンを彩綾の口へ運ぼうとする。


「じ、自分で食べます!!」

流石に食べさせてもらうほど弱っていないし、恥ずかしすぎる。


なんだか悪いことをした気になってしまうほど気落ちした様子で残念そうなテオの顔を見ないように、テオが作ってくれたスープを口に運ぶ。


「……美味しい」


呟いた声が聞こえたのだろう。彩綾を見つめながら嬉しそうに、ふふッと声を漏らして柔らかく微笑むテオがいた。


テオさんが甘い……。




熱を出して彩綾を王宮から馬車で家まで連れてきたテオは、一人では心配だからと、そのままその夜は彩綾の家に泊まった。


部屋はあるから別にいいんだけど……。

なんだか優しいテオに調子が狂う。


それでも、精悍な顔つきのテオが柔和な笑顔を見せてくれると絆されてしまって、テオを独り占めできる喜びで胸がいっぱいになってしまう。


なかなか熱の下がらない彩綾の身の回りを甲斐甲斐しく世話をしてくれることに申し訳なくなって、流石にそろそろ仕事に行かなくていいのかと尋ねてみた。


「いいんだ。そのために遠征に行きまくっていたんだから」


なんでもないことかのように言われると、それ以上彩綾も強くは言えない。

だって、彩綾がテオがそばにいてくれるこの状況を喜んでしまっているのだから。

勘違いしないようにと言い聞かせながらも、彩綾はテオとの甘い時間を享受していた。




結局3日間熱が下がらずに寝込んだ彩綾に、テオはつきっきりだった。

至れり尽くせりとは正にこう言うことかと思ったほどだ。


「テオさん、もう熱が下がったので、明日から王宮に行きますね。ずっと側にいてくれてありがとうございます」


テオと一緒に住む、と言うよりは世話をされただけだったけれど、一緒にゆったりとした時間を過ごしたのは彩綾がこの世界にきてから初めてのことだった。


「テオさんもご自分の生活に戻ってくださいね」

寂しくなる気持ちを抑えて、テオへ伝える。


テオが少しだけ戸惑いながら口を開いた。

「彩綾が元の世界に帰るまで、ここにいてはいけないだろうか。帰るまでずっと一緒に居たいんだ」


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