23・・慣れない移動方法
アンナとテオの親しげな様子を見守るのも限界がある。
早くライリーのところへ行きたい。
「あの……マリアさん、テオさん、ありがとうございました。あの……急いでいたので……これで私は失礼します」
彩綾は二人の返答を待たずに、立ち上がろうとした。
「彩綾!どこにいくんだ?」
立ち上がった彩綾を支えるかのように、飛ぶようにやってきたテオが背中に手を当てる。
「ライリーさんの執務室に……」
「そんな状態で行けるの?」
「ゆっくり歩けば大丈夫です。あ……実はテオさんにお話が……。でもライリーさんも一緒の方がいいかもしれないですけど」
「……どうして?ライリーと一緒って何?」
「あの……実は私達……」
テオがどんどんと不機嫌そうな空気を出してくる。
彩綾は逃げ出したい気持ちと合わせて、エイミと連絡が取れたことをマリアに知れてもいいかどうか判断がつかず、最後まで言えなくて言葉を濁してしまう。
「えっと……ライリーさんの執務室に来れる時に来てもらえますか?」
マリアはニヤニヤとした顔でこっちを見ているし、テオは不機嫌そうだし、もう限界だ。
「……俺は……」
不機嫌そうな低い声が聞こえた後、またテオに横抱きに抱き上げられる。
テオが振り返ることなく、アンナに「じゃあこれで」と声をかけるとさっさと廊下へ出て歩き出した。
「テオさん?」
呼びかけても返答がない。
顔を恐る恐る見上げると唇をキュッと真一文字に引き結んでいる。
「あの……アンナさんに誤解されちゃうから……下ろしてください」」
テオは「なんでアンナ?」と不機嫌そうに言葉を遮った。
彩綾を見つめる榛色の瞳が不穏な色を湛えているようだ。
「え?だって……アンナさんは恋人でしょう?」
廊下で会った時にアンナがテオの頬に手を伸ばして見つめあっていた姿を思い出しながら尋ねる。声が震えてしまったことに気が付かないで欲しいと思いながら。
「は?誰がそんなこと言ったの?」
「え……だってこの前廊下で会った時、二人が見つめあっていて……」
その時、テオが後ろめたそうな顔をしたのを覚えている。
「……見つめ合うなんてしてない」
「え?」
思わず声がでた。
「じゃあ……テオさんの想い人ですか?」
自分の言葉に心が抉られる。
ばれないように小さく深呼吸をする。
「だから、違うって。アンナは医者で俺は騎士、仕事だけの関係だ」
「……」
それなら、どうして私に会いにきてくれなかったの?
どうしてご飯を食べに来てくれないの?
その言葉は恋人ではない私は絶対に口に出してはいけない。
はぁーと大きくため息をついたテオは、低い声で「お前だって……」と呟いた。
「なんですか?」
「いや……なんでもない。ライリーのところにいくのか?倒れたら困るからこのままで行くぞ」
テオは顔を上げると、ずんずんと歩き出した。
テオにぎゅっと抱え込まれて、体が密着している。
すごく近い場所にいるのに、心はすごく遠い場所にいるように感じてしまう。
泣くまいと唇を噛み締めたまま、ずっとテオの騎士服のボタンだけを見つめていた。
「どうした?」
テオに抱き抱えられて登場した彩綾を、呆気にとられたようにライリーが迎えた。
「ちょっと立ちくらんでしまって。テオさんがここまで連れてきてくれたんです」
「そうか。きっともう昼には、テオとサアヤの噂で持ちきりだろうな」
ニヤリとライリーが面白そうに笑う。
「なんでですか?」
「そりゃ……目立つだろ。流石に。テオのこと狙っている女性も多いしな。いい牽制になってよかったな」
誰が誰のための牽制なのか……。
「ライリーさん、それはダメですよ。……どうしよう」
「なんで?」
「だって、テオさん想う人がいるのに」
苦しいと叫んでいる心を無視する。
私のせいで変な噂が立って、テオの恋が上手くいかなかったどうしよう。
ライリーが吹き出した。
「なんて言った?」
「……え、だって……アンナさん……」
「何度言えばいいんだ?アンナは違う。ただの患者と医者の立場だけだ」
「患者?テオさんどこか悪いんですか?」
苦しかった胸の痛みを忘れ、思わずテオを見上げる。
「いや……どこも悪くないが……」
「……」
ただ会いに行っていたってことかな。
「お前違うようにとってるだろう」
テオが怒っているような困っているような顔で彩綾に鋭い視線を向けた。
もう、何が違うのか正しいのかわからない。
ただ言えるのは、私は彼女でもなんでもないから、テオさんの行動に何も制限はかけられないってことだけ。
この話題も自分自身の心を攻撃するだけの不毛なものって思うと虚しい。
ずっとケラケラ楽しそうに笑っているライリーを見て、本来の目的を思い出した。
「ああ、ライリーさん!エイミから、エミリーから昨夜手紙が届いたの!」
ライリーの笑いが止まり、テオが彩綾を見たまま固まったように動きが停止している。
「これ、見て!」
カバンからエイミが送ってくれた手紙を出した。
そして、テオ宛の手紙を取り出して、テオへ渡す。
「一緒に入っていたの。中は見ていないわ。テオさん宛よ」
「……俺宛?」
「ええ……エミリーにこの前手紙を送ってみたの。できるかどうかわからなくて事後報告になってごめんなさい。無事届いたみたいで、昨夜返信がきたのよ」
「……」
テオはじっと手元の封書を見つめると、徐に封筒の中から手紙を出して読みはじめた。
一人にした方がいいと思った彩綾は、静かにライリーのそばへ移動した。
「私もエイミから手紙をもらったの」
「そうか、よかったな。どう届いたんだ?」
雲に隠れていた月が現れ、手紙が届いたことを伝える。
「そうか、やっぱり月が関係するんだな。エミリーからの手紙には聞きたいことが書かれていたか?」
ライリーの問いに彩綾は頷いた。
「こっちも向こうも大体同じ時間軸みたい」
エイミは日本語で手紙を書いてくれていた。
彩綾の転移の瞬間をエイミは実は見ていたという。
風が巻き起こった時「彩綾!」とエイミの声が聞こえたような気がしたけれど、やっぱりエイミだった。
光った彩綾が消えた状況から見て自分と同じように転移したのだと思ったエイミは、彩綾の会社と家族に連絡をとってくれていた。
いきなり人が消えたと言っても伝わらないから、父と姉には海外研修へと。
会社には急な事情で会社に行けなくなったとして、退職届を出してくれていたらしい。
対応は大変だっただろうに……。
勝手に各方面に嘘をついてごめんなさいと謝罪の言葉が並んでいた。
難しい判断だったと思うし、大事にならないように対応してくれたことに感謝しかない。
そして、無事に双子の赤ちゃんを産んだことも綴られていた。
出産は彩綾も読みながら泣いてしまったほど、大変だったようだ。
「あとね……やっぱり、私たちの予想は合っていたみたい」
「……そうか。それなら……前に彩綾が言っていたことも可能かもしれないな」
「そうね……」
「ね、気になっているんだけど、その理論って誰のために調べているの?自分のため?エミリーのため?」
あと1ヶ月半後、私は元の世界に戻る。
ここと向こうを自由に行き来できるかもしれないと思って、転移について調べ始めた。
そもそも、なぜ人が転移をするのか。そこから紐解いていくうちに、一つの推論が成り立った。
エイミからの手紙によって、その推論はあらかた正しいのではないかと判断できそうだ。
「わからない……」
私はまたここに戻りたいのだろうか。
私が戻りたい理由があるとすれば……。
ソファに座って一心不乱に妹からの手紙を読んでいるテオを見つめる。
視線に気がついたのか、テオがふっと顔をあげて彩綾をじっと見つめた。
エイミからの手紙には「お兄ちゃん格好いいでしょう?きっといい男になっていると思うんだよね。彩綾好みでしょう?彩綾もお兄ちゃんと必然の出会いをしたんだね。お兄ちゃんが彩綾を大好きになるって私はわかっていたよ。兄妹だからね。二人が幸せになってくれたら嬉しい」と書いてあったのを思い出していた。
エイミがかなり暴走している感じは否めないけれど、テオは彩綾の好みだというのは間違っていない。
でも、テオが彩綾のことを好きってのは間違っている。
エイミの思い込みをどう訂正したものか……。
そんなことをつらつらと考えていたら、ソファから腰をあげたテオがそばにやってきた。
「テオさん?」
「彩綾、体調が悪いだろう」
彩綾が返答する前にテオが額に手を当ててきた。
「熱が出てる?気づかなかったのか?」
「熱?」
頭がぼんやりとはしているけど、睡眠不足か貧血かと思っていた。
「ライリー、彩綾を連れて帰るぞ」
「ああ、いいけど、お前……」
「全部終わった」
「そっか。ちゃんと話せよ」
「……わかってる。また連絡する」
ライリーとテオが何やら話をしているのをぼうっと見ていると、テオがライリーから彩綾のカバンを受け取っていた。
私のカバン?
「サアヤ、王宮の門のところに馬車を手配しておく。今日はこれで帰りな。体調良くなったら出ておいで」
「え?大丈夫だよ」
「だめだ。帰るぞ」
テオがまたも彩綾を抱き抱えて歩き出す。
「ちょっと!」
今日3回目の不意打ちに、胸が苦しい。
「テオさん、ダメだって」
「体調をもっと酷くしたいのか?黙って目でも瞑っておけ」
「ライリーさん……」
助けを求めるつもりでライリーを見ると、面白そうに微笑みながら手を振られた。
「言うことを聞いた方がいいと思うよ。顔色も良くないし。あの件は体調が戻ってからちゃんと話そう」
そこまで言われたらもうなにも言えない。
熱があるかは自覚はないけれど、確かに寝不足で頭がぼーっとしている。
「わかったわ。でもテオさん、このままだとまた誰かに見られて噂されちゃうわ。だから降ろして」
テオが無言のままライリーの執務室を出るとずんずんと歩き出した。
テオの肩越しでライリーがニヤニヤしながら手を振っているのが見える。
この状況を止める気はないらしい。
「ね、テオさん?」
見上げて声をかける。
距離が近すぎてやっぱりドキドキしてしまう。
こんな状況なのに下から見上げた、テオの綺麗な喉や頬のラインに見惚れてしまうのは、惚れた弱みかもしれない。
しばらく黙っていたテオが、ポツリとつぶやいた。
「ライリーのいうことなら彩綾は聞くのか?」
「どういうこと?」
「俺のいうことは聞かないくせに」
少しだけ拗ねたような口調に驚きながら、もう一度尋ね返す。
「どういうこと?」
それには何も答えてくれない。
「誰かに見られちゃうよ。変な噂が立ったら申し訳ないわ」
さっき会った妖艶な笑みを浮かべるマリアを思い出しながら、胸の痛みには気づかないふりをして言う。
私とテオさんの間に未来はない。
エミリーがこの世界から転移してしまったテオさんはここでは一人ぼっちだ。
テオさんの横にいて、幸せにしてあげる人が必要だってわかっているから。
それは私の役目ではないってことも。
テオが怒ったような鋭い視線で彩綾を見下ろした。
榛色の瞳が、戸惑うような怒っているような複雑な表情をしている、ように見えた。
テオは何も言わず、ぎゅっと腕の力を込めて彩綾を自分の胸に押し付けるようにすると、そのまま王宮の門へ歩いて行った。




