19・・エイミとエミリー
エイミがテオさんの妹のエミリーだってステラは言っているの?
でも……でも……
「これは私の世界で撮った写真だよ。向こうにテオの妹がいるなんて……」
テオが呆然とした様子で笑顔で微笑むエイミの写真を見つめている。
一筋の涙が頬をゆっくりと伝い膝の上に落ちたのが見えた。
「テオさん……」
本当に?
エイミがテオの妹?
似ているだけじゃなくて?
「な、サアヤはこの子に初めてあったのはいつ頃?」
放心状態から抜け出したのか、ライリーが静かな声で尋ねてきた。
「高校の時だから……16の時。今から8年前」
「エイミはどういう生活をしていた?親はいるのか?」
「……孤児院にいたよ。外国から私の国に来たばかりだって言っていた。お父さんは小さい頃に亡くなって、確か14の時にお母さんが亡くなって……お兄ちゃんがいるけど、今は離れているって……」
離れているお兄ちゃんってテオさんのこと?
「……でもエイミって名前だよ。エミリーじゃないよ」
静かな声でテオが呟く。
「エミリーの好きな本の主人公の名前が『エイミ』だ。その本が好きでよく読んでいた。主人公が異世界転移する話だった」
否定したくても、出会う前のエイミについて知らないことが多いことに気がついて何も言えない。
「……生きてた」
絞り出すように震える声で呟いたテオが両手で顔を覆う。
テオの肩が震えていた。
本当にエイミがエミリーなの?
エイミの笑顔が、エイミとの想い出が、エイミの言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡る。
エイミはこの世界から私の世界へ転移したの?
ぼんやりと肩を震わせているテオを見つめる。
自分の目の前で消えた妹を探すため、敢えて危険な第三師団に入って全国各地を回っていた。
誘拐されたのでは、売られたのではと、遠征先の娼館を虱潰しに探していた。
妹がいなくなってから8年もの間、妹探しに全てを費やしていたテオの気持ちを思うと……何も言葉が見つからない。
「もっと早く……写真を見せればよかった」
今まで、見せる機会があったはずなのに……。
「ごめんなさい」
彩綾はテオを見ることができなくて、俯くしかなかった。
「サアヤ、俺たちは帰るな。テオと話してやってくれないか」
「でも……」
目を真っ赤にしたステラが彩綾をぎゅっと強く抱きしめながら耳元で囁いた。
「サアヤが謝ることではないわ。三人ともエミリーが生きていて嬉しいの。テオのこと宜しくね」
二人が帰った後、部屋に降りた沈黙が彩綾を息苦しくさせる。
何から話せばいいのか、頭の中が混乱していてわからない。
ソファのテオの横にポスンと座ると、もう一度携帯の画面に微笑むエイミの写真を表示させた。
エイミ、この世界から日本にやってきたの?
気づかなくてごめんね。
でも、なんで話してくれなかったの?
会いたいよ、エイミ。
いつの間にかポロポロと泣いていたらしい。
頬に触れる手に気が付いて顔をあげると、真っ赤な目をしたテオが大きな手でそっと彩綾の頬の涙を拭った。
「……ごめんなさい。もっと早く写真を見せればよかった」
もっと早く見せていたら、テオが妹を探す苦しい時間はもう少し減っていたはずだ。
彩綾の言葉にテオが静かに首を振る。
「生きているだけで嬉しいんだ。どこにエミリーがいるか教えてくれて……ありがとう」
テオの言葉は本心なのかどうか、探るように榛色の瞳を覗き込む。
柔らかで穏やかな眼差しだった。
「エミリーのこと、教えてくれないか?」
エイミとの出会いから話を始めた。
祭りの夜に、道に迷っていたエイミをたまたま通りすがった彩綾が助けたことがきっかけで親交が始まったこと。
別の学校に通っていたけれど、放課後に街で待ち合わせてよく遊んでいたこと。
高校卒業後にエイミが就職して社会人になったこと。
携帯に保存されている写真を見せながら、一緒に旅行した話やホーストレッキングをしに行ったこと。
しっかり者だけど時々抜けているエイミの可愛い失敗や面白いエピソードも。
テオに話したいこと伝えたいことは、キリがないほどたくさんあった。
一枚一枚の写真を食い入るように見ていたテオが、大きく目を見開いたのはエイミと聖那の結婚式の写真だった。
ウェデイングドレスを着たエイミが幸せいっぱいの笑顔でこちらを見ている。
「聖那は運命の人だってエイミは言っていたわ」
「運命の人……」
「エイミがいた孤児院で二人は出会ったの。すごくいい人ですよ。真面目に働いて、エイミと結婚するためにお金を貯めて。エイミをとても大切に思っている人なんです」
「そうか……あいつは見つけたんだな」
少しだけ寂しそうな顔になったのは見間違いだろうか。
「実は……」
エイミのお腹に子供がいることを伝えると、テオは目を白黒させた。
「子供……」
「双子なんです。ここへ来る時にはもう五ヶ月だったから、もう生まれているかもしれない」
無事に産まれたかしら。エイミも絶対無事よね。
産んだエイミに、おめでとうとお疲れ様を言ってあげたかった。
生まれた赤ちゃん達に会いたかった。
「男の子と女の子の双子って聞いてます。確か写真を送ってもらったんです……ほら、これがお腹の中の赤ちゃん達の写真ですよ」
送ってもらったエコー写真を画面に出すと、驚きすぎて言葉が出ないのかテオは口をはくはくとさせている。
「テオさん、おじさんですね」
「おじさん……」
「……そういえば、名前をお母さんとお兄ちゃんからとって愛理と灯央って名付けるって言っていました」
「アイリとテオ……」
「灯央って名前はテオさんからとっているんですね」
紙を持ってきて、漢字で愛理と灯央と書いてテオに見せる。
「母の名前はアイリーンなんだ……」
そう言うと、テオは静かに嗚咽し始めた。
「本当にエミリーだ。あいつ本当に転移したんだな」
テオも本当にエミリーが転移してしまったのか信じきれないところがあったのだろう。
「エイミは、ううん、エミリーはいつもテオさんの話をしていたんです。小さい頃、外遊びして疲れてぐずるとお兄ちゃんがいつも背負って家まで連れて帰ってくれた、とか。学校の寮から帰ってくる時はいつも好きなお菓子を買って帰ってきてくれた、とか……。優しくて格好良いお兄ちゃんが大好きなのっていつも言っていました。私が聞いていたお兄ちゃんの話は全部……テオさんのことだったのですね」
思い出すままに、今まで聞かされたお兄ちゃんの話をテオへ伝える。
「美味しいものを食べる度、お兄ちゃんにも食べさせてあげたいって言ってました。……私が作ったスペインオムレツを覚えていますか?あれもその内の一つなんです。あと……両親がいなくなった後はお兄ちゃんが育ててくれたんだっていつも感謝していました」
テオは泣き笑いしながら懐かしそうに瞳を細めた。
きっと何かを思い出しているのだろう。
「テオさんのことをいつも心配していました。責任感が強いから危険な仕事引き受けていそうだ、とか。あと、一番よく言っていたのが……一人で寂しく暮らしていないかな、って」
自分は運命の人に会えたけれど、お兄ちゃんは出会えたかなっていつも言っていた。
……そして、彩綾に出合わせたいとも。
エイミ、あなたの自慢のお兄ちゃんに会えたよ。
教えてくれた通り、すごく素敵な人だよ。
テオの手にそっと自分のを重ねる。
エイミの思いが彩綾を通してテオへ伝わればいいのに、と願いながら。
テオが不意に彩綾の手首を掴み、自分の胸へ引き寄せるようにして抱きしめた。
広い胸の中に彩綾はすっぽりと包み込まれる。
彩綾の背中に回ったテオの腕に力がこもる。
テオは彩綾の肩に顔を埋めたまま掠れた声を出した。
「エミリーと仲良くしてくれてありがとう。あいつが彩綾に会えてよかった」
異世界で暮らしている妹を知って、テオの心中に去来する思いはなんだろうか。
きっとすぐには消化できない気持ちが渦巻いているに違いない。
「エイミがね、良く言う言葉があるんです。『偶然の出会いはない、全て必然だ』って。きっと私がエイミに出会えたのも、テオさんに出会えたのも、必然の出会いだってエイミは笑いながら言うんだろうなって思います」
彩綾もテオの広い背中へ腕を回して抱きしめ返したあと、労わるように背中を上下に撫で続けた。
夜が更けていくことを感じないまま、彩綾とテオはエイミの話を続けた。
エイミとは、8年間毎日のように連絡をとっていた仲なのだ。
テオに伝える話はたくさんあった。
彩綾は時折思い出し笑いをしながら、榛色の瞳を潤ませているテオにエイミとの思い出を共有する。
ふと窓の外を見ると、空がほんのりと明るくなっていた。
いつの間にか夜明け前になっている。
彩綾の視線に気づいたテオが、立ち上がりながら彩綾の頭に優しくポンと手を置いた。
「もう朝になってしまうな。遅くまですまなかった。今からゆっくり寝るといい、ライリーには事情を話しておくから」
「テオさんは?」
「今から王宮に戻って騎士団事務所で仮眠するから大丈夫だ」
ソファで寝ていけばと勧めたけれど、キッパリと断れられた。
「……また食べに来てくれますか?」
「……ああ」
玄関の扉の前に立ったテオが、振り向いて彩綾の顔をじっと見つめてきた。榛色の瞳が心なしか揺れている。
彩綾はなんとなくだけれど、もうテオは食べに来てくれないのではないかと思った。




