18・・真実は小説より奇なり
「テオがサアヤのご飯を食べによく行っているって本当?」
「そうだよ。食べに来てもらってるの」
「ついに、付き合ったの?」
「違うよ。一人分作るより二人分の方が食材使いきれたりするし、キリがいいから。……それに誰かと一緒に食べた方が美味しくない?」
可愛らしく頬を膨らませるステラを眺めながら、目の前のケーキを口に運ぶ。
「私もサアヤのご飯食べたい」
「うん、いつでもおいで。あ、そういえば、ライリーをまた家に呼ぶ予定なの。その時また来る?」
「うん、行く!」
ステラが機嫌を直したように嬉しそうに笑った。
テオは、初めの方こそ回数は頻繁ではなかったけれど、そのうち遠征で王都にいない日以外は毎晩彩綾の家に寄って夕飯を食べてから帰宅するようになった。
最近はお返しと言って、テオが彩綾にご飯を作ってくれることもある。
テオと過ごす時間は居心地が良い。
帰るまであと三ヶ月。
テオへの気持ちはなんとなく自覚している。
けれども、この穏やかな関係を崩したくなくて気づかないふりをしたまま。
この気持ちを抱えたまま戻ってもきっと大丈夫。
§
「ライリーさん、元の世界への帰り方って魔力を纏って念じるって言ってたわよね?」
「過去に元の世界へ戻ったと言われている迷い人に関しての文献には全部目を通したけれど、同じようなことしか書いていないんだ。結局書き手は、見ているだけでやったことがないからな」
三ヶ月後の二つの月が重なる夜、魔力を体に纏わせて戻りたい場所を心に浮かベる。
そうすると、戻りたい場所へ転移するのだという。
心に戻りたい場所を思い浮かべる時に迷いが出たりすると歪みが生じて、違う世界へ飛んでしまう可能性があるそうだ。
「絶対に気持ちが揺らぐことのない、心から会いたい人を想って念じるといいよ」
「心から会いたい人ね……」
「サアヤは誰を想うの?家族?」
「親友よ」
彩綾は、エイミを想うと心に決めていた。
「よく話に出てくる子だね」
「そうなの。ねぇ、ここでの8ヶ月は向こうでの8ヶ月と同じなのかしら」
ふと浦島太郎の話を思い出す。
帰ったらエイミがおばあちゃんになっているとかないわよね。
「それはわからないんだ。ただ、エミリーがいなくなってから約8年。彩綾がエミリーと出会って8年、と考えると大体同じ時間軸かもしれないな。ま、答えは彩綾が帰った時にわかることなんだけど」
「そうね」
「……やっぱり帰りたい?残る気はない?」
ライリーをみると、冗談ではなく本気の顔をしている。
「……」
「その様子をみると、少しはここに残りたい気持ちもあると思っていいのかな?」
彩綾はぎゅっと手を握りしめて俯く。
「……ごめん。意地悪なことを言ったな。ステラも俺も……テオも、サアヤにここに残って欲しいんだ」
テオも?
彩綾の心の声が聞こえたかのように、ライリーがふふッと笑った。
「テオもだよ。二人でそんな話をしたことはないけれど、見てたらわかる」
「そうかな……」
ライリーの言葉をどう受け取ればいいのかわからない。
重くなった雰囲気を変えるかのように、口調を変えたライリーが「そういえば……」と続けた。
「ケイタイだっけ?もしかしたら、その道具を動かせるかもしれない」
「携帯を動かせる?……でも、電力っていう動力がないと動かないのよ」
「この世界の魔力が異世界の動力に置き換わるみたいなんだ」
「置き換わる?」
「ああ、文献に載っていた異世界の道具はサアヤの世界の物とは違うから失敗するかもしれないけれど……やってみる価値はあるかなって」
「あると思うわ!詳しく教えてくれる?」
来たばかりの頃、携帯や写真の文化をライリーに説明したのは覚えている。
電気という動力がこの世界には無くて充電が出来ないから、携帯を動かして見せてあげられない話もした。
ここにきた時に電源を落としていたけれど、結局充電は無くなってしまっていたのだ。
その話をライリーは覚えていて、なんとしてでも携帯を作動させるため、文献をもう一度読み漁ったらしい。
ついに、この世界の魔力で異世界の動力を補充できるという一文を見つけてきた。
「だから、一度サアヤのケイタイが動くか試させてもらえないかな?」
「うん!是非ともお願いしたいけれど……成功するかわからないのよね……じゃあ……」
携帯に直接流し込んで壊れては困るので、モバイルバッテリーにライリーの魔力を流すことにしてもらう。
「早速だけど、今夜サアヤの家に行ってもいいかな?」
「ええ、もちろんよ。テオさんも今夜は遠征じゃないから夕食を食べにくると思うの。ステラも誘おうよ」
ライリーからステラ、テオへ連絡をとってもらい、二人にも実験に立ち会ってもらうことになった。
今夜の目的は携帯の作動確認だから、夕食は簡単に済ませられるようグラタンにする。
気もそぞろなライリーに苦笑しながら夕食を食べ終った後、テーブルの上に彩綾は携帯電話とモバイルバッテリーを並べた。
「これが携帯電話か!」
携帯電話とモバイルバッテリーを食い入るようにライリーが見つめている。
「なんだかツルンとしている板だな」
「そうね。この材質はこっちではみたことがないわね」
「科学技術が発展している世界なんだな」
「魔力がない代わりに科学技術を発達させて生活をよりよくさせているの」
ワクワクしている少年みたいな目のライリーに、モバイルバッテリーを手渡す。
「電力を中に貯めることができる道具よ。これに魔力を注ぎ込んでほしいの。魔力が電力として反応すれば、ここが青色に光るはずよ」
ライリーが緊張した様子で受け取ると、真面目な顔で魔力をそっと込めていく。
ぽわんとその手元が光っている。
最初見た時は魔力が光るなんて驚きでしかなかったけれど、流石に五ヶ月目。
慣れとは恐ろしいもので、すっかり見慣れた光景になってしまった。
「サアヤ!!青い光がついたぞ!!」
「え?本当?」
しばらく魔力を込めていたライリーが興奮した顔をあげて、得意気に笑った。
手元のモバイルバッテリーには確かに充電中を示す青い光が光っている。
まさか本当に充電できるなんて……。
「すごいわ!ライリー!あなた天才よ!あともう少し頑張って!」
充電完了を確認して、彩綾はいそいそと携帯とモバイルバッテリーとをケーブルでつなぐ。
高揚する気持ちを堪えながら、繋いで暫くしてから携帯の電源をオンにした。
懐かしい無機質な光が現れる。
動く!
嬉しい!!
携帯電話の重みも、触り心地も慣れ親しんでいる感触に胸がいっぱいになる。
すっかりこっちの世界に慣れた気がしていたけれど、自分が向こうの世界の人間だということをまざまざと感じてしまう。
「触ってみる?」
ライリーに手渡すと、大きな目がさらに見開いて手元を凝視する。
興奮しているのか、驚いているのか言葉が出ない様子だ。
「好きように触っていいよ」
「あ!画面が変わった!」
ライリーが恐る恐るというように、並んでいるアプリの表示を一つ触った。
インターネットに接続されていないから更新されていない画面が出るだけだ。
それでも、こっちの世界の人から見たら驚きなんだろう。
「この並んでいる記号が……サアヤの世界の言葉?」
「そうだよ。私の国の言葉と全世界の共通語みたいな言葉が二種類表記されているよ」
「普通の人も自分の国以外の言葉がわかるの?」
「人によるけど、ここに並んでいる全世界の共通語は大抵の人がわかると思う」
「すごいな……」
ライリーは夢中になって色々と触っていたが、ため息をつきながら彩綾に戻してきた。
「ちょっと胸がいっぱいで……。心が落ち着いてから色々聞いてもいいか?」
「もちろんよ。またこれに魔力流してくれたら好きなだけ触れるから」
「わかった。流す!どれだけでも流す!」
子供のように嬉しそうに笑うライリーを見ていて、ふと思い出した。
「あ、そうだ。写真も見てみる?」
「シャシン?」
ステラが不思議そうに繰り返す。
「こっちには写真がないものね……なんて言えばいいんだろう……映像を記録するもの、かな。見たらわかると思う」
写真フォルダから一枚の写真を選ぶと、三人の前に置いて画面が見えるようにした。
「なにこれ!?」「うわぁ〜」「!」
三者三様の驚き方で三人が画面を凝視する。
「これって絵じゃないの?」
「絵ではないわ。目の前に見えている景色をそのまま、この携帯の中に記録している……って言えばわかりやすいかしら」
ちょうどエイミと遠出をした時の景色の写真が画面に映っている。
「これは桜っていう花なの。あ、私の親友を紹介するわ。エイミっていうの」
確かこの時、エイミと二人で桜の花をバックに自撮りをしたんだった。
その写真を画面に出して三人に見えるように置く。
「可愛いでしょう。私の親友なの」
画面を見せた瞬間、三人の顔の表情が一気に抜け落ちた。
あれ?私、変な写真を見せてる?
慌てて彩綾も携帯画面を覗き込む。
そこには、澄まし顔の彩綾とエイミが映っている。
「……どうしたの?」
誰も何も一言も発しないことに違和感を感じて、尋ねてみる。
「……ね、この子の名前もう一度言って……」
掠れた声でライリーが尋ねる。
「エイミ」
「……エイミ……か」
「なに?一体エイミがどうしたの?」
凍りついたような雰囲気に不穏さを感じて不安になる。
「エミリーなの」
レイラがポツリと呟いた。
今なんて言った?
「テオの妹のエミリーなの」
エイミがエミリー?
テオの妹の?




