17・・異世界料理で宅飲み
ライリーとステラがやってきて、異世界料理の夕食が始まった。
三人には簡単なおつまみと買ってきたお酒で待ってもらって、彩綾は唐揚げを揚げ始める。
こんがりと色づいて、美味しそうに揚がった唐揚げを熱いうちに食べてもらおうと三人の前に並べると歓声があがった。
献立はオムライス、唐揚げ、自家製マヨネーズを使ったポテトサラダに野菜スープ。デザートには、パイナップルに似た味の果物でアップサイドダウンケーキ。
オムライスに手作りケチャップでそれぞれのイニシャルを書いてみたら喜んでくれて嬉しい。
唐揚げの人気はこっちの世界でも抜群で、特にテオとライリーの食べっぷりの良さに用意した量が足りなかったかと冷や汗をかいてしまう。
三人とも美味しいと褒めてくれて、出した料理をペロリと平らげてくれたことに彩綾はほっと安心する。
食後に果物とケーキを出して、エールや果実酒を飲みながら四人でとりとめない話を続けていた。
「ね、またサアヤの世界の料理を食べさせてほしい!」
ステラの言葉にライリーも同調する。
「うん、私の料理で良かったらいつでも招待するよ。私一人だけだとこんなに食べれないから。みんなが来てくれると私も色々食べられて嬉しい」
「カラアゲが最高。なんでこんな単純な料理が今までここにはなかったんだろう」
グビグビとエールを飲みながら、ライリーが残念そうに言った。
「醤油っていう調味料があればもっといろんな味を教えられるのに……残念だわ」
「ショウユ……聞いたことないなぁ。他国の商人に尋ねてみるよ」
「調味料といえば、このマヨネーズ。画期的な味だわ。これを流通させたら凄く儲かりそう」
商売人のステラらしいコメントだ。
「うーん、生卵を使うから流通させるには賞味期限が難しいかも。収納箱でなんとかなるかもしれないけど」
「ショウミキゲン?」
「そう、品質が変わらずに食べられる期間のこと」
「あーそういう視点はこっちにはないな。詳しく教えてよ」
ライリーが研究者の顔になる。
食料事情や流通について元の世界の話をライリーに伝えていると、
「ねぇ、サアヤ、向こうに帰らないで。お願い……帰らないで。ここにいてよ」
突然ステラがぐずぐずと泣き出した。
「サアヤがここに来てくれて本当に嬉しいんだもの。こんなに仲良くなったお友達は今までいなかったの。大好きなの。サアヤがいなくなるなんて嫌よ。ね、お願いだからここにいて」
「ステラ……」
「お前飲み過ぎだぞ」
慌ててライリーがステラが持っていたグラスを取り上げる。
「ステラは泣き上戸なんだ。サアヤ、気にするな」
『帰らないで』
『ここにいて』
ステラの言葉が彩綾の心の柔らかなところに突き刺さる。
『帰りたくない』
『ここにいたい』
そう言えたらどんなにいいだろう。
「私もステラのこと大好きよ」
それが精一杯の返事だった。
ライリーが苦笑しながら、グスグスと泣くステラをあやすように「無茶を言っちゃいけないよ」と諭している。
無茶……なんだろうか。
今の彩綾の本音は帰りたい気持ちと残りたい気持ちが半々だ。
ここは、居心地が良すぎるんだ。
でも、それは、彩綾がこの世界のお客様だから。
現実に向き合っていないから。
いいとこ取りの生活だから。
ここで根を張って生きていく覚悟は……まだない。
「ステラ、飲みすぎたな。ほら、帰るぞ。ステラを家まで送ってくるよ。テオ、ここの片付けの手伝いを頼んだ」
ステラは朝から市場で働いて疲れていただろうから、余計に酔いの周りが早かったのかもしれない。
ライリーは「ほら、立って歩くぞ」とぐずぐず泣いているステラを宥めながら立たせる。
「サアヤ、ご馳走様。じゃあまた明日な」
レイラを連れてあっという間に帰って行った。
「……」
二人が出て行った家は一気に静かになって、まるで取り残されてしまったように感じる。
玄関で見送ってドアを閉めた彩綾はテオの顔を見上げた。
ライリーみたいに呆れた顔でもしているのかな、と思っていたのに、口を真一文字に結び眉根を寄せて険しい目つきをして宙を睨んでいる。
「……テオさん?」
いつも無愛想で表情が豊かではないテオだけれど、こんな厳しい顔を見るのは初めてだった。
なんだか知らないテオが横にいるみたいで心細くなる。
無意識にテオの服の端を掴んでいた。
「テオさん、怖い顔をしてる」
テオがゆっくりと彩綾の方に顔を向ける。
顔の険がなくなった代わりに、テオの瞳の奥に彩綾には読めない感情が渦巻いているように見えた。
「俺も……」
テオの言葉の続きを待ちながら、彩綾もテオの榛色の瞳をじっと見つめ返す。
しばらく見つめあった後に、先に目を離したのはテオだった。
「何でもない」
ふっと微かに笑ったテオが「片付けるか」と何もなかったかのように呟くと、テーブルの上の食器を流しへ運び始めた。
慌てて彩綾もお皿を運ぶ。
さっきのはなんだったんだろう。
今さらながら心臓が音を立て始めた。
「片付けを手伝ってくれてありがとうございます。帰る前にお茶を飲んでいきませんか?」
洗ったお皿を棚にしまい終えた彩綾が帰り支度を始めたテオに声をかけた。
「今朝は早くから市場に行っていたんだろう?疲れていないか?」
「大丈夫です。どっちにしてもお茶を淹れようと思ってて。テオさんが疲れていなければ……もう少し付き合ってくれませんか?」
一人でいるのは平気なはずなのに。
なぜか、今から一人になるのが怖かった。
私のことを知っている人に少しだけ側にいて欲しかった。
ううん、違う。
テオさんにまだ帰って欲しくなくて、お茶という理由で引き止めてしまった。
「昨日作ったおにぎり、食べました?」
「今朝食べたよ。美味しかった」
「良かった。……お米って少しの量を炊くより、たくさんの量で炊いたほうが美味しく感じるんです。……ね、テオさん、たまにこうやって、ここに食べに来てくれませんか?」
お茶を淹れたカップをテオの目の前に差し出しながら、何気なく提案してみた。
「大変じゃないのか?」
「一人分作るのも二人分作るのも労力はあまり変わりません。それに……やっぱり誰かと一緒に食べた方が美味しいです」
どうテオが返答するのか不安で、彩綾の心臓がバクバクと音を立てる。
「迷惑にならないのなら……そうさせてもらう」
「よかった!来れる時突然でも構わないので、手紙ください」
「読めるのか?」
「ふふふ、もう文献も読めるほど勉強したんですよ」
「そうか、頑張ったんだな」
テオがふっと目を細めポンと彩綾の頭に片手を乗せた。
「わかった。来れる時はなるべく早く手紙を送る」
「っはい!」
これからテオとご飯を一緒に食べられる機会があるかと思うと、無性に嬉しかった。
頬が緩んだ彩綾をみて、テオの口角がわずかに上がったように見えた。




