16・・試食販売
彩綾の持つ籠の中には小さなおにぎりがたくさん入っている。
それを持って、市場のお米を売っているおじさんの元へ向かう。
テオの家で久しぶりに食べたお米は、懐かしくて胸がいっぱいになる美味しさだった。
テオもお米が気に入ったようで、おかわりをしていた。
塩おにぎりしか作れなかったけれど、残ったお米で明日の朝ごはん用におにぎりを作ると喜んでくれた。
翌日、家で炊いたお米でライリーにおにぎりを作って持って行くと、「これか!」と感動していた。
どうやら、過去にも日本人の迷い人がいたようだ。
ライリーが読んだ文献に『おにぎり』の言葉が出ていたけれど、何かわからなかったみたいだ。
その後、ライリーに引きずられるように市場に連れていかれ、お米を売っているおじさんを紹介する。
おじさんも彩綾の助言通りにお米を炊いて食べたそうだ。
美味しかった!と言っていたけれど、どうお客さんに宣伝すればいいかわからないと嘆いていた。
「食べないとわからないもんな」とのライリーの言葉に彩綾が閃いた。
「試食して貰えばいいんじゃない?」
言い出しっぺでもあり、おにぎりを作れる人も彩綾だけなので、彩綾が試食用のおにぎりを作って持ってくることになったのだ。
「サアヤ、ここだよ!」
すでにライリーとステラが、市場のおじさんと一緒に待っていた。
ライリーは「試食販売」という向こうのやり方に興味があって、ステラはなんとなく面白そうだからと言ってくれて、二人が売り子と呼び込みをやってくれるそうだ。
「はい、おじさん。おにぎり作ってきましたよ」
幾つ必要かわからなかったから多めに作ってきた。と言っても小さな一口サイズの塩おにぎりだけれど。
この世界の人にお米が受け入れられるか、この“おにぎり試食”にかかっているから彩綾は緊張しっぱなしだ。
まずは、おにぎり初体験のおじさんとステラに一つずつ食べてもらう。
結局、食べたいと駄々をこねたライリーも嬉しそうに大きな口を開けて一口で食べる。
「いかがですか?」
「ああ!塩気が効いて美味しいな。冷めても美味しいんだな」
「片手で食べられるからいいわね」
好評で何より、まずは一安心。
午前の早い時間だからか、市場に来るお客さんの姿はまばらだ。
それでも、持ち前のコミュ力と営業力でステラは次々とお客さんを呼び込んでいく。
「ステラってすごいね。なんでもできちゃう」
美人の明るくて人懐っこい笑顔の威力を、まざまざと見せつけられる。
「あいつは昔っから物怖じしないんだよな」
「ステラとテオさんとライリーさんの三人はずっと仲良かったんですか?」
「そうだな、出身も同じ地区だったから入学前からなんとなく顔見知りだったりして、自然と三人で話すことが多かったな」
「へぇ……学生からの友達っていいですね」
私もエイミに会いたいなぁ。
元の世界の親友に想いを馳せる。
きっとエイミだったらステラとも仲良くなって、上手にお客さんを呼び込むだろうな、なんて想像して心の中で笑った。
ステラの声掛けのおかげで、お昼を回った頃には試食で用意したおにぎりは売り切れてしまった。
「余るかと思ったのに……」
空になった試食用のおにぎりの籠を見て驚いている彩綾に、ふふふとステラがしたり顔で笑う。
「試食なんてお客さん達も初めてなんだもの。興味を持って手が伸びるわよ。きっと明日からもおじさんは忙しくなるね」
今日試食したり、お米を買ってくれた人たちが口コミで広げていくだろうというのだ。
SNSが無いこの世界では口コミの影響力が一番強いってことね。
「今日はありがとう。おかげでよく売れたよ。いやー。最初は変なものを商人から掴まされたと思ったけど……まさか、当たりの商品になるとは……お嬢ちゃんのおかげだ。ありがとう!」
もし、また珍しいものを見つけたら教えてもらう約束をする。
あわよくば……お味噌やお醤油みたいな調味料が手に入らないかな……なんて願いつつ。
「今日はお疲れさま。ステラもありがとう。二人にはおにぎり以外のお米料理を振る舞いたいの。もし良かったら……今夜夕ご飯を食べに来ない?」
「行く!」
「もちろん!」
二人が即答で頷いてくれる。
「あ、でもテオを呼ばないと絶対俺殺される……」
ライリーの言葉にステラが大きく頷く。
「さすがに大袈裟よ」
「サアヤはわかってないわ。テオの気持ち」
「気持ち?」
「手紙で聞いてみよ。絶対来ると思うわよ、テオは」
行動が早いステラはすぐにテオに手紙を飛ばした。
「じゃあ、夕方に私の家に来てくれる?」
まだお昼を少し回ったところだ。
準備する時間は十分にある。
「わかった。今夜の異世界料理が楽しみだ」
ライリーは、ワクワクした研究者の顔になって言う。
「テオから連絡がきたら、すぐに知らせるわ。何か手伝おうか?」
「ううん、一人で大丈夫よ。二人とも朝から立ちっぱなしで手伝ってくれて疲れたでしょ。ゆっくり休んでから来て」
ステラと話している最中に、ポンと手紙が届いた。
メールに目を通したステラが彩綾とライリーを見てニヤリと笑う。
「ほらね。やっぱりテオも来るって」
私も早く文字がスラスラかけるようにならなきゃな、と思った瞬間、いや、もうすぐ帰るんだし……と自分でツッコミを入れる。
二つの月が重なる夜まであと四ヶ月。
この世界の居心地が良くなっていると感じることが多い。
帰ることに後ろ髪を引かれる感覚にそっと蓋をした。
早速、家に帰ると夕食の下拵えを始めた。
お米は今朝、おにぎりのために多めに炊いたのがまだ残っている。
これでオムライスを作ろう。
あとは、鶏肉の唐揚げとポテトサラダ。野菜のスープ。それと簡単なおつまみを幾つか。
デザートには、パイナップルのような甘味と酸味がある果物でアップサイドダウンケーキを作ろう。
こんなメニューでいいかな。
三人が喜んでくれますように。
まずは鶏肉の処理から始める。
お醤油がないから、塩味の唐揚げだ。
一口大に切った鶏肉に調味料を加えて揉み込んだものを、収納箱へ入れておく。
みんなが来る直前に揚げよう。
卵黄、塩、酢をボールに入れてもったりとするまで泡立て器でよく混ぜ合わせると、ポテトサラダに使うマヨネーズになる。
最初は腕が痛くなって泣きそうだったけど、何度も作っているうちにコツが掴めてきた。
トマトケチャップは、試行錯誤してスパイスを入れて試作品を何回も作ったおかげで、納得できるものが作れるようになった。
最近、ようやく向こうの調味料を手作りできるようになった。
既製品しか買ったことがなかったから、手作りで慣れた味に近いものができた時はちょっと感動してしまった。
もっと向こうで料理をちゃんと習っておけば良かったと何度思ったことか……。
今夜、三人に振る舞う料理はありがちな家庭料理で申し訳ないけど、失敗しない安定感重視で頑張らせてもらうことにする。
一通り下拵えが終わり、あとは皆が来てから仕上げるだけになった。
「あ、しまった!お酒や飲み物を買い忘れてた」
唐揚げやポテトサラダってエールが進むもの。
用意しなきゃね。
まだ皆が来る時間まで余裕があるから、市場まで行って買ってこよう。
彩綾はお財布を掴んで外にでる。
夕方に近い市場は、帰宅途中の買い物客で賑わっていた。
飲み物を扱っている目当てのお店に向かって歩いていると、後ろから「彩綾!」と呼ぶ声が聞こえた。
立ち止まって振り返ると、騎士服を着たテオが人波を縫うようにこちらへ向かってきていた。
「テオさん、お仕事お疲れ様です。どうしました?」
「彩綾が市場に入っていくのが見えたんだ」
彩綾の元まで辿り着いたテオを見上げると、額に汗を浮かべている。
「わざわざ追いかけてきてくれたんですか?」
ハンカチを渡しながら尋ねると、
「この時間は混んでいるから一人だと危ないだろう……」とボソボソっと照れたように答える。
「ありがとうございます。飲み物を買いにきたんです。テオさんもエールを飲むでしょう?」
「一緒に買いに行くよ」
「いいですか?そうすると、荷物持ちをお願いすることになりますよ」
「力仕事なら任せろ」
「ふふ、頼もしいですね」
軽口を叩きながら目当ての店へと向かう。
「テオさん、どれが飲みたいですか?それとお薦めってあります?」
「……彩綾も飲むのか?」
「もちろんですよ」
「それなら……弱いやつにしておこう」
「え?なんでですか?」
「……」
この前飲んだ時、そんなに迷惑かけたかしら。
いつものエールとテオのお薦めの果実酒を幾つか買った。
「テオさんのおかげでたくさん飲み物が買えてよかったです」
重い飲み物を持っていてくれるテオにお礼を言う。
「他に欲しいものはないか?」
「飲み物だけで大丈夫なので、戻りましょうか」
ますます市場が混み合ってきて、真っ直ぐ歩くのも覚束なくなっている。
テオと逸れないようにと、無意識的にテオの騎士服の端を握りしめて彩綾は歩いていた。
「どうしました?」
「……」
少し人並みが落ち着いたところで、突然テオが立ち止まった。
勢い余ってテオにぶつかりそうになってしまった彩綾が見上げて尋ねると、マントを握っていた彩綾の手を取ったテオが再び歩き始めた。
テオさんの手が大きい。
テオさんの手が温かい。
前に一緒にお酒を飲んだ時も手を繋いだから、これが初めてではないのになんだか頬が熱くなってくる。
本当にテオさんは優しいな。
口数が多くない分テオの行動に嘘はないような気がして、もしや彩綾に好意があるのではと誤解しそうになる。
右も左もわからない世界でこんな風に優しくされたら……落ちちゃうよ。
なんとなしに見上げるとテオの榛色の瞳と目が合う。
優しげな視線に彩綾の心臓がドクンと跳ね上がった。
どうした?というように首を傾げたテオに、彩綾は微笑みだけを返した。
テオの手の感覚を、感触を余さず感じたいと手の感覚に集中してしまう。
市場が混んでいるから。
逸れてしまわないように。
騎士服を掴むよりは手を繋いだ方がいい。
テオの気配りから来る行動だって分かっているのに、胸の高鳴りが治らない。
テオの温かくて大きな手に包まれている安心感が心地良くて、手を離したくない。
市場を抜けてもしっかりとテオの手を握ったまま、彩綾の家の前に着いた。
着いちゃった。
どちらともなく解かれた手が、今までの温かさを失ってスッと冷たくなったように感じて寂しさを覚えた。




