15・・赤子泣いても蓋取るな
─今夜は何を作ろう。
さっきからチラチラと時計を見てばかりの彩綾にライリーが苦笑する。
「落ち着きなよ。まだ時間になっていないから」
昨日彩綾と会う前に、テオはライリーの執務室に遠征に行く報告をするために立ち寄ったそうだ。その帰りに彩綾に偶然出会った訳だけれど、ライリーがテオに彩綾のご飯を食べたことを自慢していたらしい。
「もうね、テオったらめちゃくちゃ羨ましそうに悔しそうにしていたんだよ。テオの百面相面白かったなぁ。あいつだって遠乗りの時に彩綾のお弁当食べているくせにな」
ライリーが思い出し笑いしながらケラケラ笑う。
「私のご飯って向こうの家庭料理よ。そこまで羨ましがってもらう程では……」
「彩綾のご飯、めちゃくちゃ美味しいよ」
「本当?なんだか、どんどんとハードルが上がってる気がするけど」
「お世辞とかじゃなくて本当に美味しいよ。今度彩綾が言っていた調味料についても調べてみるね」
「ええ、お願い」
「だから、今夜はテオに譲るけどその次は僕も呼んでよ」
帰るまであと四ヶ月。
ライリーにも色々食べてもらいたい。
「もちろんよ。ステラも呼びましょうよ」
そういえば、四人で飲みに行く日程も決まっていないな。
家に呼んだ時にお酒を用意しておけばいっか。
おつまみも作って宅飲みしよう。
「少し早いけれど、もう今日は帰りなよ。きっとテオもそわそわしながら待ってるよ」
ニヤニヤと笑いながらライリーが彩綾に促す。
ライリーの言葉に甘えて早めに上がった彩綾は、テオとの待ち合わせ場所へ足早に向かった。
─今日の夕食は何にしようかな
ずっと頭の中でメニューを練り続けていたのになかなか決まらない。
王宮の門まで迎えに来てくれるテオと一緒に市場へ買い物に行くことになっている。
─夕食のメニューは何がテオさんの家に残っているか、何が市場で買えるか分かってからにしよう。
王宮の門が見えるところまで来ると、背の高いテオが門柱に寄りかかるようにして立っている姿が目に飛び込んできた。
無表情のイケメンが一人で佇む姿はそれなり威力があって、王宮の門を出入りする女性達が熱心に秋波を送っているのが遠目でもわかる。
それなのに、本人は気づいていなさそうな様子でどこか遠くを見ていた。
「テオさん」
近くまで行って声をかけると、腕組みをしていた手を解いたテオの表情が戻ったようにやわらぐ。
思わず特別感を感じてしまった彩綾の胸が高鳴った。
「お待たせしました」
「俺が早く来すぎただけだ」
「あ、それとお帰りなさい。無事に帰ってきてくれて嬉しいです」
「……ただいま」
言葉はそっけないけれど、テオは優しい視線で彩綾を見つめ返してくれる。
きっと今回の遠征もエミリーを探していたのだろう。
今夜は美味しいものを作って労わってあげたい。
一度家に戻ったのか、騎士服ではなくゆったりとしたシャツ姿だった。
背が高くてスタイルのいいテオによく似合っている。
横を歩くテオの姿をチラチラと見つめていたら、テオが首を傾げた。
「どうした?」
「騎士服もものすごく似合っていて素敵ですけれど、普段着のテオさんも格好良いですね」
聞かれたから思ったままを素直にいうと、耳まで真っ赤になる。
─テオさんも真っ赤になって照れることあるんだ。可愛い。
キュンとしてしまった。
「……いきなり……どうした?」
「聞かれたから言っただけですよ。っていうか、いつも思ってますよ」
「いつも?」
「はい、テオさん顔もスタイルも抜群ですよ。騎士服着込んだ姿は凛々しくて素敵だし」
「……」
「容姿がいいって言う自覚はないんですか?さっきの門のところでもそうですけど、いつも女性から熱い視線を送られていますよ。横にいてビシビシと感じます。ほら、今も」
市場に向かう道ですれ違う女性達が頬を染めてチラチラとテオを見ているのがわかる。
容姿端麗で背が高くて、スタイル抜群。
長髪の男性が多い中、騎士の象徴でもある短髪の男性は目立つ。
「いや……それを言うなら、彩綾だって……」
ゴニョゴニョ言っているテオを尻目に、彩綾は市場で行商人が広げる食材に目を奪われてしまう。
「テオさん!お米があるわ!!」
「オコメ?」
行商人のおじさんが、彩綾の反応に驚いたように声をかけてきた。
「お、お嬢ちゃん、これを知っているのかい?」
「ええ、多分……。ねえ、おじさん、これをどうやって食べているの?」
「これなぁ。この前、異国の商隊から買ったんだけども、食べ方がいまいちわからなくて困っているんだよ」
「もし私が知っている穀物で正しければ、お水を入れてお鍋で炊くと美味しく食べられるの」
米を手にとってよく見てみる。
うん、精米されている。よかった。
「おじさん、これを……3キロ欲しいわ」
きっとライリーも食べたがるだろうから、多めに買ってみた。
明日おにぎりにして持っていってあげよう。
「お嬢ちゃん、安くするから食べ方を教えてくれないか?」
チラッとテオを見ると、頷いている。
きっと教えても大丈夫ってことよね。
おじさんにお米を鍋で炊く方法を説明するついでに、懐かしいフレーズも合わせて伝えておく。
「うまく炊くコツは、『始めちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣くとも蓋取るな』よ」
「初めちょろちょろ……?」
「作り方のおまじないみたいな言葉なんです。あとで一緒に作ってみます?きっと意味がわかりますよ」
不思議そうに繰り返したテオに提案すると目を細めて頷いた。
また買いに来ることを約束して、おじさんの店を後にする。
お米を手に入れて頬が緩みっぱなしの彩綾をみたテオが「幸せそうだな」と微かに笑う。
「ふふふ、お米は私の国の主食なんです。今夜はお米を炊きましょう。きっとテオさんも気にいると思うわ」
「楽しみだな。それにしても結構な量を買ったな」
「ええ、明日ライリーさんにも持っていってあげようと思って。おにぎりにして」
「ライリーに?オニギリ?」
一瞬眉が顰められたような気がした。
聞き慣れない言葉だからかな。
「おにぎり、ですよ。炊いたご飯を持ち歩きできるように丸めるの。テオさんの分も作りましょうか?明日の朝ごはんに食べられるように。……もしお米の味が気に入ったら、ですけど」
「おにぎりを俺も食べたい」
「ふふ、まだお米も食べてないのに……」
テオがお米を気に入ってくれると嬉しいなと思いながら、他の市場のお店も覗く。
これにお味噌やお醤油があればいいのにな。
本当は手作りできるんだろうけど……作ったことないから方法がわからない。
調味料のお店を覗いて気づいたことがあった。
ここの世界は簡単に一品が作れるように、調味料をすでに組み合わせた商品がない。
そうだ!そういうのをライリーさんに提案したらいいかもね。
頭の中のメモに忘れないように書き留めた。
テオの家の収納箱に食材が多く残っているようなので、お米だけ買って市場をあとにする。
テオの家に着いた彩綾は、お米を洗って水に浸すと収納箱の中を覗いた。野菜も肉も結構な種類が入っている。
お米と合うもの……。
頭の中では日本食しかイメージが出てこないけれど、食材的に難しい。
きっと遠征中にはお野菜は十分食べられなかったわよね。
テオの健康のためという視点で、野菜たっぷりのトマトスープと豚肉の塊肉でローストポークを作ることにした。
材料を収納箱から出した彩綾がキッチンに戻って料理を始めようとすると、隣にテオが立った。
「手伝うよ」
「テオさん、遠征明けでお疲れでしょう?休んでていいんですよ」
「今までゆっくりしていたから体は大丈夫だ。それに……彩綾一人だけにやらせるのは……だから俺も手伝う」
ぶっきらぼうだし、たまに目つきは鋭くて怖いけど、イケメンで気配り上手。
仕事はできるし、料理も作れる……モテる要素しかないじゃん。
「ん?何?」
横目でこそこそと観察していたのがバレてしまった。
「いや〜テオさんって、完璧だなって」
「は?何?」
「なんでもできるからすごいなって褒めてるんですよ」
綾を見るテオの眉間には皺が寄っている。
テオが眉間に皺を寄せる時は照れている時が多いっていうのも、わかってきた。
「眉間に皺がなくなったらもっと完璧ですよ」
クスクスと笑いながら言うと、テオはそっぽを向いた。
「さ、後は煮込むのと、オーブンにお任せするだけなので……待っている間にお茶でも飲みましょうか。用意しますね」
お茶を飲みながらお喋りをしていると、オーブンからいい匂いが漂ってくる。
お肉が焼き上がったようだ。
お米は『始めちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣くとも蓋取るな』をちゃんと守って炊いた。
テオに炊いているところを見てもらいながら、おまじない言葉を説明すると納得したのか面白そうに口元を緩めていた。
炊き上がったお米をほぐす時に少しだけ味見をしてみる。
元の世界のお米の味と変わらなくて、美味しくて、懐かしくて、嬉しくてちょっと涙が出たのは内緒だ。
「出来上がったみたいですね。そろそろいただきましょうか」
食事を並べるため、彩綾は立ち上がった。




