13・・二人で飲んじゃった
四人で飲もうとステラと言っていたのに、まさかテオと二人で先に飲みにいくことになるなんてね。
目の前でグラスを傾けているテオを見ながら、彩綾は手に持ったグラスを空ける。
「飲みすぎるなよ」
呆れたような声を聞き流して、彩綾は横を通りがかった店員にグラスを上げて「もう一杯同じものを」と頼んだ。
ベリー味の発泡酒が美味しい。
久しぶりのアルコールで気分が高揚している。
「テオさんだって飲んでるじゃないですか」
「俺は飲み慣れているから」
騎士団で飲むことが多くて鍛えられたと言うテオは、顔色一つ変えずにグラスを空けていく。
「このお店には良く来るんですか?」
テーブルの上に所狭しと並べられた料理を見て、何から食べようかと迷っていた彩綾にテオが料理を取り分けてくれる。
─できる男すぎて、なんだかずるい。
そんなことを思いながら料理を口に入れた。
「学園を卒業してから、ライリー達と集まる時はよくここで集合してるんだ」
頬を緩ませながら食べる彩綾を見ながら、テオは優しい顔で微かに笑う。
「テオさんはどんな学生だったんですか?」
「どうって……騎士科だったから、毎日鍛錬に明け暮れていたよ」
「なんで騎士を目指したんですか?」
「……父も騎士だったんだ。勉強よりも体動かす方が好きだったというのもあるけどな」
そういえば、テオの家族のことを詳しく聞いたことがなかった。
両親が亡くなって、妹がいると言っていたことを思い出す。
「お父様はきっとテオさんのこと誇りに思っていらっしゃるでしょうね」
「……そう思っていているといいけどな」
そう呟くと、この話はおしまいというかのように「他に食べたいものはあるか?」と彩綾へ問いかけた。
「大丈夫です。目の前にあるお料理も食べきることができるか自信がないくらい」
目の前に並んだ幾つもの皿に目をやった。
「テオさんは?」
「久しぶりにちゃんとしたものを食べている気がするよ」
「ふふふ、良かったです。外食もたまにはいいものですね。ここなら一人でも食べに来られそう」
店の中を見渡すと、一人で食べている人達の姿がちらほら見える。
料理をするのは嫌いではないけれど、ゆっくりしたい日は王宮近くのお店で惣菜を買って帰っていた。
─これからは、ここに食べにくるのもいいかも。
そんなことを考えて店内を見回していた彩綾にテオがぼそっと呟いた。
「……いつでも俺に声をかけてくれれば……一緒に来る」
思わず、テオの顔を見つめる。
わざとらしくそっぽを向いているけど、首が赤い。
きっとお酒を飲んだせいの赤みではないはず。
「嬉しいです。じゃあまた一緒に来てくださいね」
そう答えると、テオは「ん」と軽く返事をした。
「テオさんすごい食べましたね。さすが騎士ですね〜」
テーブルの上に所狭しと並べられた料理のお皿はどれも綺麗に片付いている。テオの食べっぷりは相変わらず見ていて気持ちが良い。
「お前はよく飲んだな。気分は大丈夫か?」
彩綾の前にはたくさんの空のグラスが並んでいる。
美味しくてたくさん飲んでしまった。
「はぁーい!大丈夫でーす!」
テオの呆れたような顔に思わず吹き出してしまう。
酔っ払いのテンションの高さに呆れているんだろう。
無愛想だし、目つきは鋭いし……でも顔もスタイルもいい。そして気配り上手で優しい……モテるはずだよね。
「ん?何?」
ぼーっとテオを見ながらそんなことを思っていたら、視線に気づいたテオが不思議そうな顔でこちらを見た。
「テオさんってモテる要素しかないですよね。なんで独り身なんですか?」
この世界で男性の26歳は結婚している方が多数だ。
「え?」
「テオさんみたいに、ちゃんとした職業について稼ぎだってあって、しかも容姿も文句なしだったら引くて数多じゃないですか?実際、演習の見学の時もテオさん目当ての女性達が沢山いたし」
酔っ払っているからか、口がよく回る。
「……結婚よりもやらなくちゃいけないことがあるんだ」
彩綾の言葉に目を丸くさせながらテオが呟いた。
「やらなきゃいけないこと?」
「ああ」
テオの顔がスンと真顔になる。
よっぽど大事なことなんだろうな。
なんだろ。
仕事?
「彩綾は……結婚は?」
「そうですね〜いい人がいればいいんですけどね〜」
「……今までは?」
「これでも結構モテたんですよ、向こうではね。でも、なかなか関係を長く続けられる人がいなくて。親友は運命の人がいるはずっていつも言うんです。本当にいると思います?いるなら目の前に連れてこい!ですよ。テオさんは運命の人って信じます?」
「……お前、酔いすぎ」
彩綾の勢いに押されているテオを無視して続けた。
「親友ったらいっつもこの話になると、私と親友のお兄ちゃんをくっつけたがるんですよ。親友曰く、絶対相性抜群だって。でも親友のお兄ちゃんに一度も会ったことないんです。運命の人だったらいつか会えるのかな〜」
テオを見ると、眉根に皺を寄せている。
「テオさん、ふふふ、眉間の皺でいい男が台無しですよ〜」
手を伸ばしてテオの眉間の皺を伸ばそうとした彩綾の手を、テオが絡め取る。
「テオさん?」
首を傾げた彩綾を見て、テオが「もう十分飲んだだろう。帰るぞ」と声をかけた。
彩綾が飲んでいたベリー味の発泡酒は思っていた以上にアルコール度数が強かったらしい。
久しぶりのアルコールでふわふわとした心地良い酔いの中にいた彩綾は、手をテオに取られたまま席を立つ。
大きなテオの手には剣だこがあるのがわかる。そして、少しガサついている。でも温かくて気持ちがいい。
なんだかこの手を離すのが名残惜しい。
「じゃあ……帰ります。また一緒に飲んでくださいね」
「送っていくよ」
「テオさんの家と反対方向ですよ」
店はちょうど二人の家の真ん中。
まだそこまで遅い時間でもない。
一人で帰れるというと、ジロリと睨まれた。
「夜だし、危ない。酔っ払いだし」
「テオさんは遠征帰りで疲れているでしょう?」
「このくらいは大丈夫だ。それに明日は休みだから気にしなくていい」
「じゃあ……お言葉に甘えます。テオさんの手、まだ離したくないから」
繋いだ手を彩綾は前後にブンブンと振ったあと、しげしげとテオの手を見つめる。
「テオさんの指が細くて長くて綺麗」
「そうか、剣だこだらけだぞ」
「ふふふ、頑張った証拠ですね」
背の高いテオを見上げるように微笑めば、テオが空いているもう片方の手で顔を隠すように覆っていた。
「ね、テオさん。あのお店のお料理が美味しかったです。お酒も久しぶりに飲めて楽しかった」
「そうか、それは良かったな」
「テオさんのおかげです。一緒に行ってくれてありがとうございます」
えへへ、とテオに笑いかけた。なんだか無性に楽しくて頬が緩みっぱなしだ。
「……お前、酔うとよく喋るんだな。酔うといつもこうなのか?」
「こう?わからないけど……私、どんな感じです?」
「絶対に他の奴と飲むなよ」
「え〜なんでですか?」
「……危ない」
危ない?
……って何が?
テオの言葉に首を傾げながら、言葉を続けた。
「テオさんって本当に優しいですよね。私に最初に見つかっちゃったせいで色々気を遣わせてしまって……」
「気を遣う?」
「色々と気にかけてくれているじゃないですか」」
「……気遣っているだけじゃない」
「え?やっぱり迷い人を拾った責任みたいな感じ?保護者的な?」
「……どうしてそうなる?」
「テオさんには本当に感謝しているんですよ。おひとり様でも平気だと思って向こうでは生きていたけれど、テオさんのおかげで、ステラやライリーさんと仲良くなれたし……」
「おひとり様?」
「はい、向こうの言葉ですけど、一人で生活したり行動する人のことを言うんです」
「……恋人は向こうで待っていないのか?」
「言ったじゃないですか。運命の人待ちだって」
自分で言って彩綾は声を出して笑う。
運命の人ってエイミが何度も言うからすっかり摺り込まれてしまったけれど……本当にいるんだろうか。
「テオさんこそ本当にいないんですか?」
前に聞いたらいないって言ってたけど、こんな素敵な人が一人なんて……ね。
頷いたテオを見て、ふと、テオにはエミリーさんっていう待ち人がいるのを思い出した。
運命の人はいるけど、今は一人ってこと?
あれ?こんがらがってきた。
あ……でも、部下の人たちが言ってたよね?
「娼婦キラーだっけ?」
突然、テオと繋いでいる腕がグイと後ろに引っ張られる。
振り返ると、テオが後ろで唖然とした顔で立ち止まっていた。
「どうしました?」
行こうというように、繋いだ手を引っ張るけれどテオが動かない。
「あ……さっきの言葉……違うから……」
「さっきの言葉?」
珍しくゴニョゴニョ話すテオを見ながら、あまり動いていない頭を働かせる。
あ……娼婦キラーって心の言葉が漏れたのか。
「あ、大丈夫ですよ。26歳の男性ですもんね」
気にしなくていいと伝えたくて言った言葉に、テオの表情が一気に曇った。
あれ?私、言葉間違えた?
お酒でふわふわしながらも、頭を一生懸命回す。
「えっと……あ、娼館に好きな人がいるとか?」
それだったらテオさん辛いよね。
テオがついにその場にしゃがみ込んだ。
それでも手を離さないから、引っ張られるように彩綾もテオの前にしゃがみ込む形になる。
テオは頭を膝の中に入れるように小さくなっている。
彩綾はそっとテオの頭を撫でた。
短いグレーブロンドの髪の毛は思っていたより、柔らかく触り心地がいい。
「辛いですね。好きな人となかなか会えないですか?あ、あと、酔っているから心の声が出ちゃっただけで、他の人には黙っていますから心配なさらないでくださいね」
「違うんだ」と絞り出すような声が聞こえた。
「……人を探しているだけなんだ。買ってる訳じゃないん」
苦しそうな声だった。
どうやら、彩綾はテオの触れてほしくないところを突ついてしまったのかもしれない。
一気に酔いが冷めていく。
「……もしかして、エミリーさん?」
テオが探している人の名で思いつくのは「エミリー」と言う名だけだ。
こくんとテオが頷く。
「妹なんだ。……8年前の月が二つ重なる夜に、妹はいなくなったんだ」
ステラの言葉が脳裏をよぎった。
『テオ、家族のことで色々あってね。異世界って言葉に関して人一倍敏感なんだ』
「妹さん……」
……そう言うことなんだ。




