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12・・転移者はどこにでもいる


「いらっしゃいませ」


ドアベルの音が聞こえたのだろう。

にこやかに微笑んだステラが奥からやってきた。


「あら、サアヤじゃない。どうしたの?」

「うん、今日はお休みなの。もしよかったら一緒にお昼ご飯食べないかな?と思って。もう食べちゃった?忙しいかな?」

「ううん、まだ食べていないし、忙しくないわ。ちょっと待ってて、店番を頼んでくるから」


奥に一度引っ込んだステラは、奥にいた従業員に声をかけるとすぐに出てきた。


「どこに食べにいく?」

ステラは、彩綾の腕に自分の腕を絡めながら尋ねる。


「あのね、アパートの人から、王都で人気のお店を教えてもらったの。よかったらついてきてくれない?デザートが美味しいだって」


彩綾が何者かは知らない同じアパートの人達が、王都に出てきたばかりの田舎の娘だと思ってか色々と王都のことを教えてくれる。

そのうちの一人から、最近人気のお店に行ってみようとステラを誘いに来た。



「このタルト、すごく美味しい」

「こっちのパイも最高よ。サアヤ、一口食べてみてよ」

「ありがとう。ステラにもこっちのをお裾分けするね」

「このパイ、甘酸っぱくて美味しいね。果物?」

「ああ、ラバルバロっていうの」

「ラバルバロ……」

口の中で何度か繰り返して単語を覚える。


「果物じゃなくて野菜なのよ。それ」

野菜……ルバーブみたいな野菜かな。


「ね、サアヤは向こうの世界では友達とどんなことをしていたの?」

「う〜ん、高校……えっと、皆が学園行っている年齢の時に出会った女の子がいて。その子とずっと仲が良いの。学校帰りに街へ遊びに行ったり、こうやってお茶したり……。最近はどちらかの家でお酒を飲みながらダラダラお話ししたり……かな」


成人してからは、二人ともお酒が好きなこともあって、よく宅飲みで飲んでいた。


「サアヤはお酒飲めるの?」

「うん、飲めるし、好きだよ。そういえばこっちのお酒飲んだことないな。ステラは?」

「うん、好き好き!ね、今度美味しいお酒のお店行こう!そうだ、テオやライリーも誘ってさ」

ステラが良いことを思いついたように、楽しそうに瞳をキラキラさせている。


「ライリーさんは来てくれそうだけど、テオさんは来るかな?」

「サアヤがいるから来るでしょ」

「保護者みたいね」

「えー違うわよ。……テオって今遠征中なんだっけ?」

「うん、今回はそんなに長期にはならないって聞いたわ」


先日、遠征に行く前にライリーの執務室に来て彩綾に会いにきてくれた。


「じゃあ、テオが帰ってきたら日程を決めましょう。早く帰ってきてもらえるよう手紙飛ばしておくわ」

「飲み会のために早く帰るなんて……真面目なテオがするわけないでしょう」

「わかってないわね。テオは絶対にサアヤの為に飛んで帰ってくるわよ」


ステラは面白そうに笑うと、いつの間にか書いたのか手紙を魔力を使ってテオへと送った。



§




「ね、ライリーさん、もしかしたら私のいた世界にも異世界からやってきた迷い人がいたりするのかしらね」

「いると思うよ。だって事実、サアヤがこっちに来ているじゃん」


日本の街中ですれ違った人の中にも迷い人がいるのかもしれないな、なんてぼんやり考えていたら、ライリーが難しい顔をして話を始めた。


「これは僕の仮説なんだけれど……実はこの世界からも人が消えることがあるんだ。それもまた、二つの月が重なる夜に起こっているんだよ」

「人が消える?」

「そう、ある日忽然と。誘拐でも事故でもない。ただ、今までそこにいた人がいなくなっているということが少なからずあるんだ」」


彩綾は二つの月が重なる夜にこちらに転移してきた。

二つの月が重なる夜には、彩綾と同じ状況がこちら側でも起こっているかもしれないとライリーは考えているのだろう。


「私の世界では、そういう唐突な失踪のことを神隠しと呼ぶ言葉があるのよ」

「ああ、いい例えかも。本当に神の領域の話だからな」

「この世界から姿が消えてしまった人は……多いの?」

「僕がここで働き始めてから数件聞いたよ。全員が全員転移したとは思っていないけれど、その内の何件かは転移しているかもしれないと思うんだ」

「まだ一人も帰ってきていない?」

「……ああ、一人も、ね」


行方不明になってしまった人の中に、本当に異世界に飛んでいってしまった人はどのくらいいるんだろう。


「……残された家族の方は辛いわね」

「……そうだね。今も探し続けている人がいるよ」


ふと、自分の残した家族のことを想う。


向こう(元の世界)と時間感覚が一緒ならば、彩綾が転移してからの日々をどう過ごしているんだろう。


ここへ来て、もう三ヶ月が経とうとしている。


お父さん元気かな。

お姉ちゃん怒ってるだろうな。


「ああ、ごめんね。余計なことを言ったね」

黙ってしまった彩綾を心配してくれたライリーが気遣ってくれた。

「今度の月が重なる日……サアヤが帰れるよう全力を尽くすよ」


ライリーの言葉に彩綾は弱々しく微笑むことしかできなかった。


彩綾も一緒に文献を調べて帰る方法は大体目処がたった。けれども、結果はこちらの世界ではわからないから確証のないものだ。


本当に帰れるのかな……帰りたいな。




「彩綾」


ライリーの執務室でぼんやりと窓の外をみていた彩綾の背中に、懐かしい声がかかった。

振り向くと、旅装束のままのテオが執務室の扉のところに立っている。


「あ、テオさん。お帰りなさい」

彩綾は椅子から立ち上がって出迎えた。


遠征から帰ってきたばかりなのだろう。


1週間近く遠征に行っていたはずだ。

疲れているだろうに、律儀に彩綾に挨拶にやってくるテオの気遣いが嬉しい。

今日みたいに元の世界のことを思い出して不安定になりがちな彩綾の心を満たしてくれる何かをテオは持っていると思う。


「テオさん、ちょっと痩せました?」


執務室に入ってきたテオの整っている顔がよりシャープになって精悍さが増しているように見える。


「ああ……今回は結構行程がきつかったからかな」

テオが自分の頬を触りながら、彩綾の顔をみて目を瞬いた。

「……泣いていたのか?」

「え?」


慌てて、彩綾も自分の顔に触れる。

いや、涙の跡もないし、そもそも泣いていないし……。


「泣いていないですよ」

ちょっと家族や向こうの世界のことを思い出して、しんみりしてしまったのは事実だけれど……。


「……ならいい」


声を聞きつけたのか、隣の書斎にいたライリーがやってきた。

「あれ、テオじゃん。遠征から帰ったんだ。着替える前にこっちに寄るなんて……ふーん」


ジロリとテオがニマニマしているライリーを睨むけれど、慣れたものなのかライリーの軽口は止まらない。


「サアヤがちょっと元気なくなっちゃったから、景気付けに二人でご飯でも行ってきたら?テオ、どうせ家にこのまま帰ってもご飯を作る気はないでしょ」

「お前が泣かせたのか?」

「ははっ、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「おい!」

「サアヤ、今日はもう帰りなよ。そうそう、テオに美味しいもの沢山食べさせてあげて。この前教えてあげたお店に連れていくといいよ。テオの好きなものがたくさんあるから」


じゃあ、また明日ねと片手をあげてライリーが隣の部屋へ戻っていく。


呆気にとられていた彩綾は、黙ってしまったテオを見上げた。

「テオさん、疲れています?良かったら一緒にご飯を食べに行きませんか?」


テオはライリーが消えた部屋のドアを見ながら一度大きなため息を吐くと、彩綾を見て「ああ、行こうか」と頷いた。


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