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11・・遠乗り


人生初のお姫様抱っこでの移動で、神経も気力も削がれてしまった彩綾を医務室の椅子の上におろしたテオは「ちょっと待ってろ」と言うと、棚からテキパキと目当てのものを取り出してくる。


「靴は脱げるか?」

「え?」


テオさんが見るの?


目をまんまるにさせた彩綾にテオが事も無げに言い放つ。

「このくらいは俺でも処置できる。戦場でやってきてるからな」


見目良い青年の前で靴を脱いで裸足になるのって結構抵抗あるんですが……。

と心の中で文句を言いながらも、断れない雰囲気に流されてブーツを脱いだ。


ブーツを脱ぐ時に力を入れると、ズキっと痛む。

予想はしていたから声は出なかったけれど、一瞬顔を顰めてしまったのがわかったのだろう。


「痛むんだな」

「……ちょっとですよ」


靴を脱ぐと足首がパンパンに腫れていた。


テオが腫れたところに軟膏を塗り、上にガーゼを被せると丁寧に包帯を巻いていく。自負するだけあって、包帯の巻き方が上手だ。


「触ると痛むか?」

気遣うようなテオの声だった。


「大丈夫です。ありがとうございます」

「この軟膏を毎日つけるんだぞ、腫れが引いていくから」

「はい……あの、演習を黙って見に行ってしまってごめんなさい」

座りながら、ペコリと頭を下げた。


「怒っていましたよね?」と恐る恐る尋ねる。

「あ、ああ、いや……すまん。あんたに怒ったわけじゃない」

私に怒ってはいなかった?


「こちらこそ、部下のせいで怪我をさせてしまってすまない」

「私が勝手にバランスを崩しただけですよ」

「原因は部下にある」


その時、勢いよく医務室の扉が開いてライリーが飛び込んできた。


「ああ!ここにいた!漸く見つけたよ」


ほっとしたような表情のライリーをテオが睨んだ。


「サアヤ、ごめん。怖い思いをさせるつもりはなかったんだ。怪我は大丈夫?ああ、足が腫れちゃったか」

ライリーがしょぼんと項垂れた。

「ライリーさんのせいではないですよ。足はテオさんに処置してもらいました。さ、ライリーさん、戻りましょう。テオさん、ご迷惑をおかけしました」

「その足じゃ歩けないだろう。今日はこのまま帰宅していいよ。馬車を出すから送っていくよ」

「俺が送っていく」

ライリーの言葉を遮るようにテオが発言した。


「テオさん、まだお仕事残っているでしょう?」

「部下が起こした不始末だ」

そういうと、ライリーに彩綾の荷物をここまで運んでくるように指示を出す。


「俺は事務所に一言声だけかけてくる。少しだけ待っていてくれるか?」

そう言うと、彩綾の返答を待つ前に出て行った。



§



この世界へ彩綾が来てから二ヶ月が経った。


変わったことといえば、彩綾に女友達ができたこと。


一人暮らしを始めてから生活に必要なものを揃えていくのに、テオに連れて行ってもらったお店のステラに色々相談するようになった。

女性の知り合いがステラしかいなかったのもあったけれど、一緒に過ごす内に意気投合してすっかり仲良くなった。

お互いの時間が許せば、カフェでお茶をしたり、ランチをしたりする。


ステラはテオだけでなく、ライリーとも同級生で知り合いだった。


出自を隠しきれずボロが出そうだと思った彩綾は、ライリーに自分が異世界人だとステラへ伝えていいかと尋ねたらあっさり許可が降りた。


「いいんじゃない?一人でもサアヤに味方がいた方がいいだろう?ステラなら俺もテオも知っているし、信用できるから」


ステラから怖がられるか、疎遠になるか……なんて心配していたのに、ステラは彩綾がこの世界の人間ではないことをあっさりと受け入れてしまった。


「だって、サアヤってめちゃくちゃ綺麗なんだもの。この世界の人じゃないって言われたほうが納得できるわ。それに常識とか知らないこと多い気がしていたしね。……何よりも、あのテオがサアヤを異世界人って信じているんだよ。信憑性も増すって」

「テオさんで?」

「うん……テオ、家族のことで色々あってね。そのテオが受け入れているんだもの」

「家族に何かあったの?」


そう尋ねると、ステラは困ったように笑った。


「私からは詳しく話せないんだ。きっとテオが話すと思うよ」


テオと出会って二ヶ月経ったけれど、未だにその話は聞かされていない。


「最近、テオとどうなの?」

「どうって?」

「よく会ってるじゃない」

「うん、会っているよ……相変わらず面倒見がいいお兄ちゃんみたいだよ」

「……それはないでしょう」

「面倒見なきゃいけない存在だと思っているんだよ。人がいいから……」

「そうかなぁ」


面倒見がいいテオは彩綾との約束通り、最近、馬に乗って遠出に連れて行ってくれる。


きっかけは足を怪我した日、テオが馬で彩綾を家まで送ってくれた時だった。



「馬は怖くないか?」

目の前に現れた馬を見て、言葉が出ない彩綾を見て怖がっていると思ったようだった。


「大好きです!」

嬉しさが爆発して満面の笑みで答えてしまった。

「この子の名前はなんて言うんですか?」

「……オリビアだ」

「女の子ですか?」

「ああ」

「触っても?」


テオが答える前に、オリビアが顔を擦り付けてきた。

「触らせてくれるの?ありがとう。ふふふ。可愛い……」

首のあたりを撫でると、気持ちよさそうに目を細めている。


「テオさんの馬ですか?」

「ああ、こいつに乗って帰るぞ」

「乗ってもいいんですか?嬉しい」


ある日馬に乗りたいと言い出したエイミに、彩綾も付き合って乗馬を習うようになった。

ホーストレッキングのために旅行も行った。

エイミが羨ましがるだろうな、と思うとクスクス笑いが止まらない。


「そんなに嬉しいのか?」

彩綾を抱き上げるようにオリビアに乗せたテオは、彩綾の後ろに跨がった。


「はい!馬に乗るのは大好きです」


テオは彩綾を抱き込むようにしてオリビアの手綱をとり、歩を進める。


「風が気持ちいいですね」


馬に乗っているといつもより高い場所にいるのが心地良い。


「……そんなに馬に乗るのが好きなら……今度……俺の休みの時に遠乗りにいくか?まだ……この王都から出たことがないだろう?」

「本当に?嬉しい!」


テオからの提案が嬉しくて、思わずテオの顔を振り返って覗き込む。

「それなら、お弁当を作って持っていきましょうか」


ふっとテオの榛色の瞳が細められたような気がした。


「まずは足が治ってからだけどな」

「このくらいならすぐ治りますよ。明日はお仕事はお休みだし」

「無理するなよ」

「わかりました。治ったら本当に連れて行ってくださいね」



それがきっかけで、テオのお休みの日に二人で王都から少し離れた場所へ馬に乗って遠出するようになった。

テオはオリビアに乗り、彩綾はローレンスという青鹿毛色の美しい馬に乗る。


「彩綾もだいぶ上達してきたな」

「ローレンスがとっても賢いおかげです」


何度か遠出にいくうちに乗馬のコツを掴んだ彩綾は、テオの速さについて行けるようになった。

木陰で彩綾が作ってきたお弁当を広げながら、草を()んでいるローレンスを見つめる。


「黒色の髪の毛が珍しいとステラから言われたのですが、ローレンスの黒色も珍しいのですか?」


ローレンスの毛はほとんどが黒色で所々に茶色が見える青鹿毛色だった。


「馬もそう多くはないな。でも黒髪の人を見たのは彩綾が初めてだ。……彩綾の世界では黒色の髪の毛は多いのか?」

「人種によっても違いますが、私の国では黒髪の人の方が多いです。でも、黒以外の色に染めている人も多いですよ」

「彩綾は染めないのか?」

「親友が私の黒髪が好きだったんです。染めると悲しむので、色を変えるのはやめちゃいました」

「ああ……確かに彩綾の髪の毛は美しいものな」


ステラのお薦めの香油のおかげで、彩綾のさらさらストレートは健在だ。


「……ありがとうございます」

何気ない褒め言葉に嬉しくなる。


テオは決して口数が多い方でも、表情が豊かな方でもない。

二人でいると沈黙することだって多い。それでも彩綾は、テオと一緒にいるのは居心地が良かった。


彩綾のお弁当を美味しそうに食べ、慣れない世界にいる彩綾を気遣うようにこうやって連れ出してくれるテオと過ごすことは、彩綾にとって特別に大事な時間だった。


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